遺跡の中は案外整っていた。明かりがつき、床も煉瓦ではなく鏡のような物でできている。 これで、噂だけ……というのは少しおかしいような気がする。 まるで、今も誰かが住んでいるような雰囲気もあった。 「なんか、迷っちゃいそうだね」 一応前を歩いていたティナが、立ち止まった。 (やはり、ここはまだそのままでしたか。となると……) アレスは杖を強く握りしめた。 その顔に迷いはもうなく、はっきりとした意志がそこにあった。 「行きたいところがあるんです。ついてきてもらえますか?」 「「え?」」 二人は驚いた。アレスが何故そんなことを言うのか? と思ったからである。 それも、当然だろうとアレスは苦笑いを漏らした。 「十年前に来たことがあるんです。丁度、今日みたいな曇り……時々小雨の降る日でした。僕と姉様……唯一の家族だったクレア姉様はこの島に遊びに来て、この遺跡で遊んでいました。その時、ある部屋に入ったんです、途中で見つけた鍵を使って」 当時六歳だったアレスは、その部屋で水晶を見つけた。 珍しい物だからと、アレスがクレアに水晶を見せようとしたとき、アレスの右手に入り込んでしまったのである。 その水晶はおそろしく魔力が高く、反動なのかアレスは右手に火傷のような物をおった。 そして、その水晶は――今もアレスの右手にある。 不安そうな二人の視線に、アレスは頷くと、右手だけにしていた手袋を外した。 元に戻ってはいるものの、手の甲には魔法陣がクッキリと焼き付き、その中心に水晶が埋まっていた。 「これ、もうとれねぇ……のか?」 それは、あまりに痛々しいものだった。 火傷のできるようなものが、六歳の子供によく耐えられたと思う。 「はい。おそらくは。ただ、当時そのまま逃げてしまったので、本当の持ち主ならば……」 「そうか」 辛かったねとか、痛かったね……などという同情の言葉は失礼に当たる。 故に、二人とも何も言えなかった。 「そして、あの時。すぐに遺跡をでたんです。でも……」 「でも?」 「雨が降っていたんです、外は。勿論、今日のように獣が来ました。そして……」 アレスは、少し言うのをためらった。 「そして――姉様は僕を庇って獣に噛み殺されました。ここまでです……十年前の出来事は」 無理に明るく笑うアレスは、何かに耐えているようだった。 「そう……だったんだ」 沈黙が訪れてしまった。 先程まで元気だったティナが落ち込み、ここまで重くなると思っていなかったミケルも沈んでいる。 「……じゃぁ、行きましょうか」 「え? 何処に?」 「この水晶を見つけた部屋ですよ。実はその部屋の鍵、僕が持ってるんです」 苦笑いを浮かべ、アレスは腰につけているポシェットから、宝石のついた鍵を取りだした。 細かい細工の施された、本当に使えるのか分からないような鍵である。 「お前なぁ。十年間も持ってたのかよ」 さすがのミケルも、今までの雰囲気を飛ばしたアレスに呆れた。 気を遣ったと言うには、あまりにおちゃらけすぎである。 「はい。返しそびれちゃって。あれ以来島に来ることもなかったんですよ」 「へえ〜……すっごい綺麗だね」 いつの間にかアレスの手から鍵をとったティナは光にかざしていた。 「あれ?」 違和感があった。 鍵の根本についている紅水晶の中に、光っている文字を見つけたのである。 「なにか……書いてあるよ」 「え?」 アレスは今までそんな物を見た覚えはない。 不思議に思い覗き込むが、何も見えなかった。 「何も書いてありませんけど?」 「ええ〜……書いてあるって。ミケル、見える?」 ティナはミケルにひょいと鍵を渡した。 「……確かに、見えるな。て"神殿への鍵"って書いてあるぞ」 「「え?!」」 先に歩き出していた二人は、ミケルの言葉に驚き走って詰め寄った。 「字が見えるんですか?」 「読めるの?!」 「二人でいっぺんに言うなぁ!」 ひとまず二人を黙らすと、ミケルは自分の言い分を述べる。 「字なら見えるし、読めるぞ。何故かは知らんが」 「つまり、僕だけに見えないんですね」 「なんで読めなかったんだろ」 今はまだ、その理由は分からない。 だが、それは――この先にかかわる確かな証であることを、まだだれも気づいていなかった。 back top next |
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