第4話 『扉の向こうへ』

 アレスの話では、目的の部屋はかなり奥にあるらしい。

 外から見た感じでは、この神殿はそう大して広くもないと思われた。

 だが、ただの見間違いのようで、かなり入り組んだ迷路のような回廊が続いていた。

 数十分ほど歩き回った頃。

「この角を曲がれば、すぐです」

 ただ歩くという単調な事がようやく終わる、とミケルは安堵の息をもらした。

 道案内をしていたアレスを抜かすと、ティナが一番乗りで角を曲がったのである。

『あ――――!!』

「「え゛?」」

 アレスとミケルはティナのいる方――曲がり角の向こうから妙な音を聞いた。

 まるで、誰かがぶつかり合った……というよりも、やわらかい物を顔にぶつけられたというような音である。

 二人は顔を合わせると慌てて角を曲がった。

「いったぁ」

 ティナは地べたにしゃがみ、赤くなった顔をなでていた。

 やはり、顔面に何かあたったようである。

『いたたた……ブレーキ効かなかった』

 ティナと同じく痛がっていたのは、桃色の横に跳ねた髪に赤い目。

 右頬に菱形の黄色い入れ墨。両耳には二枚の長い金属がついたピアス。胸には蒼い水晶のついたペンダント。

 そして、薄茶で妙に袖の長いローブを着た小さな人だった。

 背中に透けている桃色の羽根が見えるので、おそらく妖精だろう。

「お前……誰だ?」

 ミケルが唐突に口を開いた。

『ん? あたし? って、あんた達こそ誰よ!』

 小さい割に声が大きい――否、頑張って腹の底から大きな声を出しているようだ。

 体全体を使った甲高い声は、少々耳に障る。

「誰って、オレはミケル。こっちがアレスで、お前がぶつかったのがティナだ」

 めんどくさそうに、ミケルは答えた。

『ふ〜ん。あたしはスクリよ。って、そんなのどうでもいいわ! 鍵っ!』

「鍵?」

 ティナは二人の顔を見上げた。

 だが、ミケルもアレスもわからないと首を横に振る。

『後の二人じゃなくて、えっと……ティナ、あんたが持ってるやつ!』

「へ?」

 ティナはしばしの間考えていたが、右手に握ったままの鍵を思い出した。

 この神殿の鍵。それしか今は持っていない。

 握っていた右手を開くと、スクリは嬉しそうに近づいてきた。

『そう。それ! 返し……』

 ティナは見せただけで、手を引っ込めた。

 別に悪気があったわけではないただ、あまり信用もできなかった。

 当然ながら、スクリは怒鳴る。

『返してよ!』

「ダメ。これが、スクリのだって証拠がない!」

『それは、普通の人には使えない代物なの!』

 言ってしまってから、スクリは顔を強ばらせた。

 まずい、必要のないことまで口を滑らせてしまった。

 どうしてこう、あたしは……と一人自己嫌悪に浸っている。

 "普通の人"とスクリが言ったところで、ミケルがピクリと動いた。

「まさか、中の水晶の文字が読める人だけとか、言うんじゃねぇよな?」

『そ、そうよ。て、誰か読めたの?!』

 こうなったら仕方がない。さっさと諦めて貰おう……と、スクリは思ったのだが、どうやらそうも行かない状況になってきた。

 オレだけだけど、とミケルが言うと、スクリはじろじろと見ながら、周囲をを飛んでいた。

 本当に、嘘は言っていないのだろうか?

 そう、疑っているのだろう。

『そういうなら……開けてみてよ、あの扉』

 スクリの指した先に、白い扉があった。

 扉が開けば本当。開かなければ嘘。

 判断を下すのは、それからでもいいだろうと、思ったのだろう。

 ミケルはめんどくさそうに、ティナから鍵を取ると鍵穴に差し込んだ。

 頑丈そうな扉の鍵穴。すっぽりはまった鍵は、左右どちらにでも動いた。

 どちらが正しいのか、判断がしにくい。

 手元をよく見ると、左に回したときだけ根本についている紅水晶が光っていた。

 ならば、こっちか……とミケルは左に回したのである。

 轟音と共に、白い扉はゆっくりと開いた。

『やだ、嘘。開いた……神殿への扉が』

 信じていなかったスクリが、小声で呟いたのは誰も聞いてはいなかった。

 だが、これが証明になったのは明白である。

 開いた扉の向こうは、真っ暗闇だった。

「アレス……こんなんだったか?」

「いいえ、中は明るかったです」

「何でもいいからさ、入ってみようよ」

 ワクワクを押さえきれないティナが、一歩踏み出そうとしたその刹那。

『あ――! まだ、危ない!』

 スクリが慌ててティナの前に飛んできた。

「へ?」

『いきなり入っちゃダメなの。何処に行くかわからないから。ヘタすれば、ここから出られなくなるんだよ!』

 ティナはその言葉に息をのんだ。

『わかった?』

「う、うん」

 スクリは返事を聞くと、暗闇の方を向きペンダントについている蒼い丸水晶を向けた。

 その水晶は、淡く光ると宙に六芒星をえがいた。

『淡く光し我が星よ、かの地 神殿へ我らを導きたまえ……』

 六芒星は闇を切り裂き、蒼く光る道をつくった。

 道は一直線に闇の奥へと続いている。

『これで、大丈夫。道に乗ったら、扉を閉めてね、もちろん鍵をとって』

 ティナがおそるおそる道に一歩踏み出した。

「……大丈夫みたい」

 内心、相当怖がっていたのだ、安堵の息を漏らすのは当然である。

 ティナに続き、アレスも道に乗った。

「ですね……ミケル?」

「ああ。よっと」

 三人が道に乗ると、扉が自動的に閉じる。

 それを合図に、道であったはずの光は、闇を飲み込み始めた。

「……え? え? 一体どうなってるの?」

 ティナは混乱と興味心でいっぱいだ。

 当然ながら残りの二人も目を見張っている。

『ふふふ〜。凄いでしょ、これがウェクトの技術なんだよ』

 スクリが自慢げに飛び回っていた。

 だが、"ウェクトの技術"という言葉にミケルは引っかかりを覚えた。

「今……何て言った?」

『え?』

 ミケルの声がいつもより低かったので、よく聞こえなかったのか、スクリは傍に寄った。

「今、なんて言った」

『だから、ウェクトの技術だって』

 どうして、そんなことを聞き返すのか。そうスクリは言いたげである。

「何故、滅んだ国の技術だとわかるんですか?」

 横で、アレスも口を開いた。

 口調が重たい。

 あの国は今はないはずだ、と二人は言い切っているのである。

『な、何言ってるの?』

 今度は……スクリが驚く番だった。

『ウェクトが滅びるはずがない。そんな知らせ、届いてないっ! ここに来て、一年しか経ってない!』

 もう、何を言っているのかも分からない。

 ただただ思考が混乱して、思ったことは全て口にしていた。

『あたし、絶対信じない! 外の人の言うことなんてぇ!』

 スクリはボロボロと涙をこぼしている。

 その必死な姿に、さすがのティナも異変に気づいた。

 どう、説明していいのやら……そう、三人が困っていた所に、翠色の小さな珠が現れた。

 それは、スクリを元気づけるように周りを一周すると、消滅した。

『いけないっ! こんなコトしてる場合じゃないんだった』

「クスクス。そうですよ、スクリ。ワタクシは一ヶ月も待ったのですから」

 何もない宙から声がして、白い布が見えたかと思うと、何かの香りが漂う。

 三人が香りに戸惑っていると、先ほどの白い布をまとった人物が着地し、こちらを向いた。

 光を反射して輝く銀髪。両耳には金色のピアスが二つずつ。

 目は細く、糸目なので瞳の色は見えない。右目の辺りに真っ直ぐな赤い線の入れ墨がある。白い布は右肩から左脇に通り結んである。勿論、前も後も足元まで包まれている。

 長い後ろ髪は、首の辺りからクリーム色の布でまかれ、腰辺りまで伸びていた。

「おや、こんな神殿に、何のご用でしょうか? ここに、普通の方は入ってくることができないはずなのですが?」

 微笑む青年は、ゆったりとした口調で語りかけてきた。

『カ、カーチェ様。ごめんなさいっ! でもっ』

 スクリの訳のありそうな慌てかたを見て、青年は納得したようだった。

「わかりました。とりあえず……久々にスクリのお茶を頂きたいので、こちらにどうぞ。スクリ、お願いできますね?」

『は〜い!』

 スクリは怒られなかったのが嬉しかったのか、喜んで奥に飛んでいった。

 そちらのお客様も、よろしければどうぞ……と、勧められ、三人はとりあえずその言葉に従うのだった。


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