第5話 『緊迫の? お茶会』

 青年に案内されたのは白い小さな部屋。

 いつもそこでお茶を飲むのか、机には砂糖菓子やクッキーがおいてあった。

 緊張のまま、和やかなお茶の時間……になるはずもなく。

 沈黙が影を落としていた。

『おまたせ〜!』

 そんな中、スクリの緊張感のない声だけが響いた。

 お茶を取りにいったのだが、当然ながら一往復で済まず……数回にわけて行動していた。

『ありゃ……なんでこんな静かなのー?』

「スクリ、先にお茶を。緊張をほぐすにはとてもいいですよ」

 決して、空気が読めないのではなく、ただただマイペースに青年は笑いかけた。

 カップに注がれた紅茶から、白い湯気が上がる。

 ただそれだけだったが、場が少し和やかになった気がした。

『どうぞ、カーチェ様』

「ありがとうございます、スクリ……さて」

 一口飲むと、青年は自己紹介をし始めた。

「ワタクシはカーチェといいます。この太陽に一番近き所、カロン島 神殿にて祈りを捧げる者でございます」

 言葉はゆっくりとしたもので、しかしそこにはきっちりと確かな物があった。

「祈り……ですか?」

「はい。太陽神サンテット様と、月の女神ルナーイ様に変わらぬ天候と守りを願うのです」

 神に祈りを捧げる者――つまり、神官の役についている者らしい。

 ただ、今はほとんどの国であり得ない役職なのだが。

「神官……ねぇ、オレはミケル、こっちがティナでこっちがアレスだ」

 ティナは微笑み、アレスは一礼した。

 一応相手の名は分かったのだ、こちらが名乗らなくては失礼にあたる。

「で……だ。いきなり本題に入って悪ぃんだが、さっき一ヶ月って言ったよな?」

「はい。スクリが鍵を持ってここから外に出たのが、一ヶ月前ですけど?」

 カーチェはそれが何か? と、首を傾げる。

 アレスは、先程ミケルから受け取った鍵を差し出した。

「僕がこれを持って、遺跡を出たのが十年前なんです」

『え?!』 「どういう、ことですか?」

 スクリとカーチェは同時に声を上げた。

「それから……ここに来て、一年とも言ったな?」

『う、うん』

 驚きを隠せないスクリは、うわごとのように頷くだけだ。

「さっき言った通り、ウェクトは滅びた。今から百年前にな」

 カーチェは冷静に見えたが、カップを持つ手が震えていた。

 息をのむ音が、大きく聞こえる。

「この中と外との時間の流れが違うと?」

 開いた口から漏れた言葉はどうにか冷静を保っている……という感じだった。

「ああ」

「今は……一体何年なのですか?」

 何年だ? とミケルはアレスに聞いた。

「蒼瑠璃で1156年、朱珊瑚では100年です」

 蒼瑠璃はこの大陸に初めての国 ウェクトができた年、朱珊瑚はウェクトが滅びた年を0年と考えた歴である。

 いつ、誰が定めたというのは明確でない。だが、しっかりとどの国にも根付いていた。

 歴が示すように、ウェクトは初めてできた国であり、初めて滅んだ国でもある、ということになる。

「蒼瑠璃で1156年……本当に100年経ってしまっているのですね」

 カーチェはふと、この島に向かうときのことを思い出した。





 + + +





"ワタクシがカロン島の神殿へ……ですか?"

"ええ。あの神殿を頼みます"

"しかし、大神官様。何故こんな時期に?"

"…………"





 + + +





 その時、大神官の表情は確かに曇っていた。

 今思うに、ウェクトが滅びることを知っていたのかもしれない。


「生き延びた方は、いないのですか?」

 カーチェの問いかけに、三人は困ってしまった。

 滅びたと称されるウェクトには、いくつもの話が残されている。

 当然、その子孫達の行方に関してもあったが、どれが本当でどれが嘘なのかは今になってしまえばあやふやなのである。

「それはわからないです。いるともなんとも……」

「いるとすれば、どっかでひっそり生きてるんじゃねぇの?」

「そうですか。すみません、初対面の方にこんなことを聞いてしまって」

 顔は笑っているが、心では泣いているだろう。

「カーチェさんは本当にウェクトの人なの?」

「ええ。ワタクシとスクリはウェクトからここへ参りました」

 その言葉に、嘘偽りは一つもない。

 三人とも、ひしひしとそれを感じていた。

 そんな中で、ミケルは父親の言っていた"ウェクトの者に気をつけろ"という言葉が気になっていた。

(こいつらは、敵なんかじゃねぇよ、親父)

 変な動きがあれば、すぐ迎え撃つ覚悟でいた。

 しかし、その心配も杞憂に終わりそうだ。

「それにしても……ここの鍵を開けられたのは、どなたなのですか? 普通はまやかしのための部屋に行くはずなのですが」

「あの部屋……魔法道具(マジックアイテム)の部屋ですか?」

 ミケルが答えようとしたとき、アレスが横から口を出した。

 それは、確信をもった発言で、カーチェは少々不思議そうに首をかしげた。

「はい。それが、何か?」

「これを取ることはできないんですか?」

 アレスは手袋を外し、右手を差し出した。

 右手に浮かび上がった魔法陣と、その中心に埋まった水晶が姿を現す。

 それを見たとたんカーチェの目が細められた。

「聖なる珠(ホルオーブ)ですか。あの部屋にあった物ですね?」

 アレスが頷くのを確認すると、カーチェは続ける。

「火傷が消え、魔法陣が出ているとなると、もう無理です。
 ……一度、聖なる珠(ホルオーブ)の力が放たれてしまうと、死ぬまで取ることはできません。こちらに来ていただけますか?」

 カーチェは少しためらった後、アレスを連れ隣の部屋に行った。

「どうひたんらろ(どうしたんだろ)」

 ティナは砂糖菓子をほおばりながら、首を傾げている。

 いい加減、難しい話に飽きてしまい、お菓子だけしか目に入っていなかったようである。

 こいつは……と、ミケルは呆れかけたが、それを口にすることはなかった。

「さあな」

 アレスとカーチェは、数分で戻ってきた。

 二人の予想とは裏腹に、アレスは何ら変わった様子もなかった。

 後から考えると、この時アレスは二人に気を使っていたのかもしれないし、自分自身半信半疑だったのかもしれない。

「さて、話が飛んでしまってすみません。鍵を開けたのは……」

「オレだ。文字が見えたのは、ティナも一緒だがな」

 カーチェはティナとミケルを交互に見た。

 何かを見通そうとしているようだったが、すぐに諦めたようである。

「……お二方とも、ウェクトの出身、ではないのですか?」

「んな訳ねぇだろ」 「違うと思うよ」

 二人は同時に……即座に否定する。

「そうですか」

(しかし、血が流れている可能性はありそうですね。本人に知らされていないこと十分にあることですし。
 ミケルさんなど百年経ったと言っていた割には血が濃過ぎるようですし)

 あの鍵は、ウェクトの者しか扱えない特別な物。

 カーチェがこのように考えていたことを、二人は知るよしもなかった。

『カーチェ様、そろそろ』

 今までずっと、黙ったまま話を聞いていたスクリが声を上げた。

 そういえば、先程から少しそわそわしていたのである。

「ああ、わかりました。すみません、祈りの時間ですので」

「あ、はい」

 アレスだけが、返事を返した。

「ゆっくり、してらして下さい。1時間ほどで戻ってきますので」

 カーチェは立ち上がると、奥の部屋に消えた。

 スクリもついていったのか、いつの間にか姿を消していた。


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