「なんか……」 いつの間にか、砂糖菓子をほおばる手も止まり、ティナが口を開いた。 お茶はとうに冷めていて、湯気はもうでていない。 「なんかさ、不思議なことばっかりだね。ウェクトの事とか、さ」 「そうだな。けど、信じる以外ねぇんじゃねぇの? 嘘を言ってるとも思えねぇし」 ティナとミケルは同時にため息をついた。 情報はあっても、それを飲み込む頭の処理速度が追いついていない。 まだ、もやもやしている感じがしている。 「オレの親父がさ……」 唐突に、ミケルは別のことを口走った。 「言ってたんだよ。『ウェクトの者に気をつけろ』って」 「それってどういう」 「何かを感じたのは確かだ。こう……なんつーか」 ミケルの目は、二人を見てはいなかった。 これ以上は何も言わせてはいけない。そう、ティナは本能で感じた。 「ミケル!」 「あ、何だ?」 「何だじゃないよ! どうしたの?」 心配そうに覗くティナに、ミケルはわけが分からない、という顔をしている。 困惑気味に、アレスの方を見ると、こちらも困ったように笑った。 「別に、どうもしねぇぞ?」 「それなら良いのですが……今、変だったのは確かです」 「変……」 変と言われて喜ぶ者はいない。 ミケルは少し考えてみたが、つい先程のことなのに、覚えがなかった。 「……とりあえず」 ティナは自分達の荷物から、一つの大きな袋を取りだした。 「これ、食べよ」 ドサドサと出てきたのは、アシュレで買ったお菓子である。 会話の解決は思いつかない、だから別なことで気を紛らわそうと思ったのだろうか? 「広げるなよ、ここに!」 「え〜…だって、どうせお茶会だしさぁ」 ティナの言葉に二人はもう一度テーブルの上を確認した。 砂糖菓子だけでは、少々物足りない気がしていたのは事実だ。 だからといって、持参したものをここで食べるのは非常識ではないのだろうか? ミケルは盛大にため息をついた。 「お前……なぁ」 「いいじゃん、いいじゃん」 砂糖漬けの雪藍花(せつらんか)の花びらを瓶から一枚取り出しながら、ティナは言った。 雪藍花は5枚の大きな花びらで有名だ。 育てやすく、2週間ほどで花を咲かせ、その後は花びらをとっても再生するという便利でポピュラーな物である。 色も多彩で、観賞用としても売られている。 「雪藍花を食うなぁ!」 実はミケルの好物だったり。 密かに多めに買っておいたのだが、それがバレてはまずいという本心を隠しつつ、建前は自分の好物だからということで瓶を奪い返した。 そして、その辺の瓶を眺めてから、一つをとり、ティナに渡す。 「これならいいぞ!」 それは、赤いラベルの付いた少し大きめの瓶。 すでに、何を買ったか覚えていないので、ラベルを確認する。 ……ミケルが、食べられないものを渡すことはないだろうが、念のためである。 「薔蓬の実(しょうほうのみ)かぁ」 薔蓬の実は大きさは口に楽々入るほど小さい、赤い実である。 甘酸っぱい味のする、南のシグス国だけで取れる南国の果物と言ったところだ。 「だっ、だめです、ティナ! それは僕の……」 甘い物が大の苦手なアレスの唯一食べられるお菓子なのである。 果物なので、お菓子とは言い難いかもしれないが……とにかく、それを必死で取り戻していた。 「ぶ――。いいもん。他の食べるから」 テーブルに散らばった物を袋に戻すと、革袋から鈴影草の茎を取りだし、かじっていた。 鈴影草は茎に水をため込む性質がある。 それを利用して、蜂蜜とレモンを水で溶いた物――つまり、蜂蜜レモンにつけ、かじると甘い汁が出るようなお菓子に仕立て上げるのだ。もちろん、そのまま茎を食べることもできる。 これだけ食べて、あとで夕食が入るのだから、ティナの胃袋はどうなっているのか……未だによくつかめない二人であった。 + + + 大分経った頃、スクリが一人戻ってきた。 『そろそろ、お茶がきれてるでしょ……って、どーしたの?』 三人の異様な雰囲気をスクリは謎に思ったらしい。 ティナは拗ねながら茎をかじっているし、ミケルはどこか遠くを見ている……いや、寝ているのだろうか? そしてアレスは、テーブルに伏せ、寝ていた。 『おーい! どーしたのさ!』 スクリはそれぞれの前をパタパタと飛び回った。 さほど心配をしている訳でもないが、気になるのである。 『おーい……わぁ?!』 「んっ……カルぅ」 丁度アレスの前に来た時、スクリは羽を捕まれた。 羽ばたいていた羽をつかんだのだから、本当に寝ていたのか疑りたくもなる。 『ちょっ、ちょちょちょっと待ってよ。てか、離して……は〜な〜し〜て〜!!』 慌てるスクリの声に、ようやく気づいた者が一人。 「あ、スクリおかえりぃ」 なんか音がするなと、ふとテーブルに目を向けたティナだった。 『ただいま〜! ……じゃなくて、助けてよ〜!』 このままでは、羽が取れてしまいそうで、半泣きのスクリは声をさらに上げる。 スクリの発言で、その様子を見たティナは、慌ててアレスの所にまわった。 「アレス、いつの間に寝たんだろ」 『感心してないでよ!』 「でも……この様子じゃ、起きないと思うよ」 寝言を言っているということは、夢を見ているのだろう。 普通、夢を見ている場合浅い眠りなのだから、起きやすいハズだが、アレスの場合はそれが逆だった。 『そんなぁ』 「魔法で抜けられないの?」 『そんなに便利じゃないんだって。それに、私が使えるのは限られてるのー』 妖精と言っても、それほど万能ではないらしい。 一つ勉強になったなぁなどと、ティナは頭の片隅で思っていた。 「仕方ない。アレスー!」 ティナはためしにアレスの頬を抓ってみた。 古典的だが、一番効くだろうと思ってのことである。 「お〜き〜て〜!」 アレスの頬は意外にもよく伸びた。 途中から、その頬の伸びを楽しむようになったのは、余談である。 「ひ、ひはいんれすけろ(い、痛いんですけど)」 さすがのアレスも、いくらかして目を覚ました。 船の上のように、寝ぼけている様子も無い故に、ティナはすぐにてを離した。 「手、離してあげてね」 「え? 手……ですか?」 言われてみれば、何かを持っている感触がする。 右腕をたどってみれば、掴んでいるのは、スクリの羽。 アレスは二・三度、目を瞬かせた。 「すっ、すみません」 『あ〜ビックリした』 解放されたスクリは、くるくると宙を舞う。 羽はなんとか無事のようだ。ホッと安堵の息をもらした。 「で、何の用だったの?」 『ああ、お茶がもうないかな〜って』 「もう少し、早く来てもらえたほうがよかったかも……」 ずっと何も飲まず、甘い物を食べていたティナは喉がカラカラだった。 やはり、お茶の時間はお菓子だけでは駄目なのである。 『カーチェ様がそろそろ戻ってくるからいれてくるけど?』 「いる」 『わかった。じゃ、待っててね』 スクリが部屋を出ると、今度はアレスが動いた。 「そろそろ、ミケルを引き戻さないと」 「あ、そっか」 起きているのかと思っていたが、やはり寝ているらしい。 ……目を開けたまま寝るなどと、随分器用である。 自分のされた嫌なことを、最近ミケルに対してやっているアレス。 だから、今日の起こしかたも、当然この前の仕返しだった。 「ミケルー?」 頬を叩かず、とりあえずは抓ってみる。 アレスほどではないが、ミケルの頬もよく伸びた。 「……ダメですねぇ」 数分ほど続けたが、反応はない。 実は、仕返しがやりたいがために少々力加減をしてはいた。 それはどうやら正解だったようである。 「どうしようか」 「押してダメなら、引いてみな、ということで」 「どういうこと?」 「別方法を取れってことですよ。大気中に住みし水精よ、我が助けとなり、かの者に冷水を掛けちゃって下さい……降水!」 アレスは少々考えた後、普通の降水を唱えた。勿論、量は半端ではない。 極小でコップ一杯ほどなので、普通に唱えるとバケツ数杯ほどの水となる。 つまり、大量の水がミケルの頭上から降りかかることとなった。 「アレス……いいの?あんなにかけて」 「大丈夫ですよ」 アレスは少し間をおいて、多分……とつけたした。 back top next |
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