第6話 『お茶会とお昼寝と』

 「なんか……」

 いつの間にか、砂糖菓子をほおばる手も止まり、ティナが口を開いた。

 お茶はとうに冷めていて、湯気はもうでていない。

「なんかさ、不思議なことばっかりだね。ウェクトの事とか、さ」

「そうだな。けど、信じる以外ねぇんじゃねぇの? 嘘を言ってるとも思えねぇし」

 ティナとミケルは同時にため息をついた。

 情報はあっても、それを飲み込む頭の処理速度が追いついていない。

 まだ、もやもやしている感じがしている。

「オレの親父がさ……」

 唐突に、ミケルは別のことを口走った。

「言ってたんだよ。『ウェクトの者に気をつけろ』って」

「それってどういう」

「何かを感じたのは確かだ。こう……なんつーか」

 ミケルの目は、二人を見てはいなかった。

 これ以上は何も言わせてはいけない。そう、ティナは本能で感じた。

「ミケル!」

「あ、何だ?」

「何だじゃないよ! どうしたの?」

 心配そうに覗くティナに、ミケルはわけが分からない、という顔をしている。

 困惑気味に、アレスの方を見ると、こちらも困ったように笑った。

「別に、どうもしねぇぞ?」

「それなら良いのですが……今、変だったのは確かです」

「変……」

 変と言われて喜ぶ者はいない。

 ミケルは少し考えてみたが、つい先程のことなのに、覚えがなかった。

「……とりあえず」

 ティナは自分達の荷物から、一つの大きな袋を取りだした。

「これ、食べよ」

 ドサドサと出てきたのは、アシュレで買ったお菓子である。

 会話の解決は思いつかない、だから別なことで気を紛らわそうと思ったのだろうか?

「広げるなよ、ここに!」

「え〜…だって、どうせお茶会だしさぁ」

 ティナの言葉に二人はもう一度テーブルの上を確認した。

 砂糖菓子だけでは、少々物足りない気がしていたのは事実だ。

 だからといって、持参したものをここで食べるのは非常識ではないのだろうか?

 ミケルは盛大にため息をついた。

「お前……なぁ」

「いいじゃん、いいじゃん」

 砂糖漬けの雪藍花(せつらんか)の花びらを瓶から一枚取り出しながら、ティナは言った。

 雪藍花は5枚の大きな花びらで有名だ。

 育てやすく、2週間ほどで花を咲かせ、その後は花びらをとっても再生するという便利でポピュラーな物である。

 色も多彩で、観賞用としても売られている。

「雪藍花を食うなぁ!」

 実はミケルの好物だったり。

 密かに多めに買っておいたのだが、それがバレてはまずいという本心を隠しつつ、建前は自分の好物だからということで瓶を奪い返した。

 そして、その辺の瓶を眺めてから、一つをとり、ティナに渡す。

「これならいいぞ!」

 それは、赤いラベルの付いた少し大きめの瓶。

 すでに、何を買ったか覚えていないので、ラベルを確認する。

 ……ミケルが、食べられないものを渡すことはないだろうが、念のためである。

「薔蓬の実(しょうほうのみ)かぁ」

 薔蓬の実は大きさは口に楽々入るほど小さい、赤い実である。

 甘酸っぱい味のする、南のシグス国だけで取れる南国の果物と言ったところだ。

「だっ、だめです、ティナ! それは僕の……」

 甘い物が大の苦手なアレスの唯一食べられるお菓子なのである。

 果物なので、お菓子とは言い難いかもしれないが……とにかく、それを必死で取り戻していた。

「ぶ――。いいもん。他の食べるから」

 テーブルに散らばった物を袋に戻すと、革袋から鈴影草の茎を取りだし、かじっていた。

 鈴影草は茎に水をため込む性質がある。

 それを利用して、蜂蜜とレモンを水で溶いた物――つまり、蜂蜜レモンにつけ、かじると甘い汁が出るようなお菓子に仕立て上げるのだ。もちろん、そのまま茎を食べることもできる。

 これだけ食べて、あとで夕食が入るのだから、ティナの胃袋はどうなっているのか……未だによくつかめない二人であった。




 + + +




 大分経った頃、スクリが一人戻ってきた。

『そろそろ、お茶がきれてるでしょ……って、どーしたの?』

 三人の異様な雰囲気をスクリは謎に思ったらしい。

 ティナは拗ねながら茎をかじっているし、ミケルはどこか遠くを見ている……いや、寝ているのだろうか?

 そしてアレスは、テーブルに伏せ、寝ていた。

『おーい! どーしたのさ!』

 スクリはそれぞれの前をパタパタと飛び回った。

 さほど心配をしている訳でもないが、気になるのである。

『おーい……わぁ?!』

「んっ……カルぅ」

 丁度アレスの前に来た時、スクリは羽を捕まれた。

 羽ばたいていた羽をつかんだのだから、本当に寝ていたのか疑りたくもなる。

『ちょっ、ちょちょちょっと待ってよ。てか、離して……は〜な〜し〜て〜!!』

 慌てるスクリの声に、ようやく気づいた者が一人。

「あ、スクリおかえりぃ」

 なんか音がするなと、ふとテーブルに目を向けたティナだった。

『ただいま〜! ……じゃなくて、助けてよ〜!』

 このままでは、羽が取れてしまいそうで、半泣きのスクリは声をさらに上げる。

 スクリの発言で、その様子を見たティナは、慌ててアレスの所にまわった。

「アレス、いつの間に寝たんだろ」

『感心してないでよ!』

「でも……この様子じゃ、起きないと思うよ」

 寝言を言っているということは、夢を見ているのだろう。

 普通、夢を見ている場合浅い眠りなのだから、起きやすいハズだが、アレスの場合はそれが逆だった。

『そんなぁ』

「魔法で抜けられないの?」

『そんなに便利じゃないんだって。それに、私が使えるのは限られてるのー』

 妖精と言っても、それほど万能ではないらしい。

 一つ勉強になったなぁなどと、ティナは頭の片隅で思っていた。

「仕方ない。アレスー!」

 ティナはためしにアレスの頬を抓ってみた。

 古典的だが、一番効くだろうと思ってのことである。

「お〜き〜て〜!」

 アレスの頬は意外にもよく伸びた。

 途中から、その頬の伸びを楽しむようになったのは、余談である。

「ひ、ひはいんれすけろ(い、痛いんですけど)」

 さすがのアレスも、いくらかして目を覚ました。

 船の上のように、寝ぼけている様子も無い故に、ティナはすぐにてを離した。

「手、離してあげてね」

「え? 手……ですか?」

 言われてみれば、何かを持っている感触がする。

 右腕をたどってみれば、掴んでいるのは、スクリの羽。

 アレスは二・三度、目を瞬かせた。

「すっ、すみません」

『あ〜ビックリした』

 解放されたスクリは、くるくると宙を舞う。

 羽はなんとか無事のようだ。ホッと安堵の息をもらした。

「で、何の用だったの?」

『ああ、お茶がもうないかな〜って』

「もう少し、早く来てもらえたほうがよかったかも……」

 ずっと何も飲まず、甘い物を食べていたティナは喉がカラカラだった。

 やはり、お茶の時間はお菓子だけでは駄目なのである。

『カーチェ様がそろそろ戻ってくるからいれてくるけど?』

「いる」

『わかった。じゃ、待っててね』

 スクリが部屋を出ると、今度はアレスが動いた。

「そろそろ、ミケルを引き戻さないと」

「あ、そっか」

 起きているのかと思っていたが、やはり寝ているらしい。

 ……目を開けたまま寝るなどと、随分器用である。

 自分のされた嫌なことを、最近ミケルに対してやっているアレス。

 だから、今日の起こしかたも、当然この前の仕返しだった。

「ミケルー?」

 頬を叩かず、とりあえずは抓ってみる。

 アレスほどではないが、ミケルの頬もよく伸びた。

「……ダメですねぇ」

 数分ほど続けたが、反応はない。

 実は、仕返しがやりたいがために少々力加減をしてはいた。

 それはどうやら正解だったようである。

「どうしようか」

「押してダメなら、引いてみな、ということで」

「どういうこと?」

「別方法を取れってことですよ。大気中に住みし水精よ、我が助けとなり、かの者に冷水を掛けちゃって下さい……降水!」

 アレスは少々考えた後、普通の降水を唱えた。勿論、量は半端ではない。

 極小でコップ一杯ほどなので、普通に唱えるとバケツ数杯ほどの水となる。

 つまり、大量の水がミケルの頭上から降りかかることとなった。

「アレス……いいの?あんなにかけて」

「大丈夫ですよ」

 アレスは少し間をおいて、多分……とつけたした。


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