カロン島を出発し、2・3日が経った。 夏の赤月から、夏の光月になり、暑さが少しずつ和らぐ時期に移り変わる。 とはいえ、大陸の南を一直線に西に向かっている三人には、あまり関係のないことだった。 「あっ……見えた、見えた」 「門か?」 「うん」 ようやく、シグス国の国境にたどり着いたようだ。 久々に町を抜ける旅は、楽しかったらしく、ティナはずっとはしゃぎ通しだった。 そんなティナの相手をしつつ歩く二人も、相変わらずである。 門の外にはイロス川が流れていて、対岸にもう一つの門が見えた。 イロス川は、海に近いためか川幅が広く、浅い。 なので、渡し船がでているわけでもなく、靴を脱げば楽々渡れるのである。 「わ〜い!」 ティナは岸に靴を脱ぎ捨て、バシャバシャと川に入った。 その様子は、まるで小さな子供が初めて川で遊んでいるようである。 ……もしくは、興味津々な子犬がじゃれているような感もあった。 「靴持っていけよ!」 「やーだー!」 ティナは笑いながら答えた。 「まあ、たまには良いんじゃないですか?」 ようやく川の傍に降りてきたアレスがミケルに問う。 「……そのたまにが、多すぎるぞ」 ミケルの絶妙なツッコミに、アレスは苦笑いしか返さなかった。 そして、マントを外し、杖を小さくして左手のお守りにつける。 靴は畳んだマントの側に置き、準備が整うとアレスも川に入った。 「まだいくらか暑いので、丁度良いですよ」 「んなの、見りゃわかる」 ミケルも頭をかきながら、アレスに習い、マントを外し杖を小さくして腕輪につけると、川に駆けて入った。 ひんやりとした感覚が、足に伝わる。 ズボンの裾が濡れることも気にせずに、そのまま狙いを定めてミケルは水を蹴り上げた。 「どおりゃっ」 「やったなぁ……てぇい!」 飛沫が舞い、それを挑戦と受け取ったティナは、水を掛け返す。 それを笑って見ていたアレスが、このかけ合いに巻き込まれるには数分とかからなかった。 + + + バシャバシャと三人でかけ合いを続けること、数十分。 「はぁ〜……疲れた」 ティナは水の中に音を立てて座り込んだ。 「あはは…久々ですからね、こんなに遊んだのは」 アレスも同じく音を立てて座り込む。 「遊びで、疲れるまでやるなよ」 二人より2・3倍疲れた様子のミケルは、岸に転がる。 気のせいか、自分ばかり標的になっていたのは。 ため息と共に見上げた空は、夏らしく青々としている。 太陽に導かれた鳥が、群れをなして飛んでいた。 「なんか、平和だね」 「平和で……良いんじゃないですか?」 それに、平和以外に何を望むんですか? と、アレスはつけ足した。 そう言われては、返答に困った。 平和以外。 漠然としたその言葉に、自分は何を望んでいるのだろう? 「わかんない。けど……」 その時、誰かのお腹が鳴った。 誰か――といっても、顔を赤くしているティナなのだが。 どうやら、答えは聞かずじまいになりそうである。 「ティナ、お昼も近いですから、そろそろ行きましょう」 「うん!」 三人はそれぞれ別な場所で着替えると、石の上をつたい向こう岸に渡った。 現れたのは、今まで見た中でもっとも古そうな門である。 何事もなく門番は通してくれたが、一つだけ注意された。 『我が国(イロリア)の北側には、注意して下さい』と。 イロリアは、大陸最西にあり、リョーンの次に大きい。 王政がなく、歴史上、あまり表には名を残していない国でもある。 これといった特徴もなく、内戦が起きない方が不思議とささやかれている。 噂では、キケトとの国境に近い北側は治安が悪いとか。 門の中は中心地と言われるニクルなので、かなり賑わっている。 ニクルはこの国で唯一魔法術塔がある場所である。この町が、この国の支えと言えよう。 最西というだけあり、他にはない魚や果物が売られていた。 店だけでなく、旅芸人の小屋なども目立った。 「こんな町もあるんだ」 「珍しいですよね」 商人達の店を見つつ、三人はどんどん進む。 ふと、ティナがその足を止めた。 その横には、カード占いをする店がある。 「占い、久々にやりたいなぁ」 ティナが意外なことを口走ったので、二人は驚く。 占いなどとは、随分と乙女趣味だ、とでも言いたいのかもしれない。 「占い、ですか?」 「何だ、いきなり」 「やりたい」 お願い……というように、ティナは後ろの二人を見上げた。 「まぁいいが、自分の金でやれよ」 お金と言われティナは、はたと考えた。 カルタにいた頃は占いと言えば、おばばに無償でやってもらっていた。 つまり、占いにお金がいるとは思っていなかったのである。 まあいいや、とティナは考え、座っている占い師に話しかけた。 「何を占いましょうか?」 ベールを被っているので顔は見えないが、声から察するに女の人なのだろう。 手首にしてあるたくさんの金属の輪が、ジャラリと鳴った。 「運勢を――全体運をお願いします」 手前の椅子にティナは座った。ミケルとアレスは後ろに何気なく立つ。 「それでは」 占い師は重なったカードをなめらかな手つきできっていく。 くばる、ティナに山を選ばせる、くばる。 これを数回繰り返すと、三枚のカードが残った。 「これは、それぞれ現在と未来を現します。未来のほうは、今回二枚残りましたが……」 「それって、二つ道があると言うことですか?」 ティナはカルタでのおばばの占い結果を思い出し、尋ねた。 「カードによりますね」 めくらねば、占い師とはいえ何もわからない。 「そうですか」 ティナが納得したところで、現在を示すといったカードを占い師はめくった。 カードには天秤を揺らす二人の天使の絵があった。 「これは、運命の天秤」 運命の天秤が示す現在は、安定しているということだ。 しかし、天秤のバランスは簡単に崩れる。 良くも悪くも転がすことができる、とも占い師は言った。 めくられた二枚目には、青く広がる海に雨が描かれていた。 「水、すなわち巡る物です」 巡る物……大きく見れば、再会を示すということだ。 未来のカードが二枚のこったのは、誰かということを指すためだと占い師は告げた。 そして三枚目。 そこにあったのは、祈りを捧げる乙女の絵だった。 「これは、神聖なる乙女」 占い師はこのカードの解釈に手間取った。 前にでた物が再会、そこから考えると神聖なる乙女のカードはおかしい。 あるとすれば、勉学に勤しむ者(先生などを現す)切れない絆(親兄弟などを現す)懐かしの学舎(友達を現す)ぐらいなのだ。 神に近い者か、神官、あとは占い師のような者に限られてくる。 深く考えると、正体の分からぬ者ともとれてしまう。 占い師はその全ての可能性を持った者について語った。 そして、最後にこうつけたした。 「この者に会うことで、何かが変わるようです。そうとも取れるカードです。おそらく、運命……天運に何らかの影響がある、ということではないのでしょうか」 占い師はティナの様子が変わったことに気付いたが、続ける。 「その者の助言を信じるか否かはあなた次第。すべては、あなたの思うままです」 占い師は静かに言い終えた。 「……ありがとうございます」 やっとの思いでお礼を言うと、ティナはお金を置き立ち上がった。 「「ティナ?」」 後ろで全てを聞いていた二人は、黙り込むティナを心配そうに見る。 「ん〜…何?」 いつも通りのとぼけた声は返ってきたが、元気が足りない。 ティナは二人の心配そうな顔を見て、少々困った。 「大丈夫だって」 「ですが、ティナ」 「平気だって、行こ。ね」 ティナは二人のマントの端を引っ張り、歩き出した。 「おわっ」 「危ないですよ!」 一度よろけた二人だが、すぐに持ち直すと歩き出した。 ティナが誤魔化している場合、慰めの言葉は必要ない。 むしろ、そういうことをすれば逆に心配されるのがおちだ。 そういうことを一番よく知っているのは二人だった。 町で他に寄り道をすることなく、三人は歩き続けた。 back top next |
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