第1話 『指し示された、近き未来』

 カロン島を出発し、2・3日が経った。

 夏の赤月から、夏の光月になり、暑さが少しずつ和らぐ時期に移り変わる。

 とはいえ、大陸の南を一直線に西に向かっている三人には、あまり関係のないことだった。

「あっ……見えた、見えた」

「門か?」

「うん」

 ようやく、シグス国の国境にたどり着いたようだ。

 久々に町を抜ける旅は、楽しかったらしく、ティナはずっとはしゃぎ通しだった。

 そんなティナの相手をしつつ歩く二人も、相変わらずである。

 門の外にはイロス川が流れていて、対岸にもう一つの門が見えた。

 イロス川は、海に近いためか川幅が広く、浅い。

 なので、渡し船がでているわけでもなく、靴を脱げば楽々渡れるのである。

「わ〜い!」

 ティナは岸に靴を脱ぎ捨て、バシャバシャと川に入った。

 その様子は、まるで小さな子供が初めて川で遊んでいるようである。

 ……もしくは、興味津々な子犬がじゃれているような感もあった。

「靴持っていけよ!」

「やーだー!」

 ティナは笑いながら答えた。

「まあ、たまには良いんじゃないですか?」

 ようやく川の傍に降りてきたアレスがミケルに問う。

「……そのたまにが、多すぎるぞ」

 ミケルの絶妙なツッコミに、アレスは苦笑いしか返さなかった。

 そして、マントを外し、杖を小さくして左手のお守りにつける。

 靴は畳んだマントの側に置き、準備が整うとアレスも川に入った。

「まだいくらか暑いので、丁度良いですよ」

「んなの、見りゃわかる」

 ミケルも頭をかきながら、アレスに習い、マントを外し杖を小さくして腕輪につけると、川に駆けて入った。

 ひんやりとした感覚が、足に伝わる。

 ズボンの裾が濡れることも気にせずに、そのまま狙いを定めてミケルは水を蹴り上げた。

「どおりゃっ」

「やったなぁ……てぇい!」

 飛沫が舞い、それを挑戦と受け取ったティナは、水を掛け返す。

 それを笑って見ていたアレスが、このかけ合いに巻き込まれるには数分とかからなかった。







 + + +







 バシャバシャと三人でかけ合いを続けること、数十分。

「はぁ〜……疲れた」

 ティナは水の中に音を立てて座り込んだ。

「あはは…久々ですからね、こんなに遊んだのは」

 アレスも同じく音を立てて座り込む。

「遊びで、疲れるまでやるなよ」

 二人より2・3倍疲れた様子のミケルは、岸に転がる。

 気のせいか、自分ばかり標的になっていたのは。

 ため息と共に見上げた空は、夏らしく青々としている。

 太陽に導かれた鳥が、群れをなして飛んでいた。

「なんか、平和だね」

「平和で……良いんじゃないですか?」

 それに、平和以外に何を望むんですか? と、アレスはつけ足した。

 そう言われては、返答に困った。

 平和以外。

 漠然としたその言葉に、自分は何を望んでいるのだろう?

「わかんない。けど……」

 その時、誰かのお腹が鳴った。

 誰か――といっても、顔を赤くしているティナなのだが。

 どうやら、答えは聞かずじまいになりそうである。

「ティナ、お昼も近いですから、そろそろ行きましょう」

「うん!」

 三人はそれぞれ別な場所で着替えると、石の上をつたい向こう岸に渡った。

 現れたのは、今まで見た中でもっとも古そうな門である。

 何事もなく門番は通してくれたが、一つだけ注意された。

 『我が国(イロリア)の北側には、注意して下さい』と。

 イロリアは、大陸最西にあり、リョーンの次に大きい。

 王政がなく、歴史上、あまり表には名を残していない国でもある。

 これといった特徴もなく、内戦が起きない方が不思議とささやかれている。

 噂では、キケトとの国境に近い北側は治安が悪いとか。

 門の中は中心地と言われるニクルなので、かなり賑わっている。

 ニクルはこの国で唯一魔法術塔がある場所である。この町が、この国の支えと言えよう。

 最西というだけあり、他にはない魚や果物が売られていた。

 店だけでなく、旅芸人の小屋なども目立った。

「こんな町もあるんだ」

「珍しいですよね」

 商人達の店を見つつ、三人はどんどん進む。

 ふと、ティナがその足を止めた。

 その横には、カード占いをする店がある。

「占い、久々にやりたいなぁ」

 ティナが意外なことを口走ったので、二人は驚く。

 占いなどとは、随分と乙女趣味だ、とでも言いたいのかもしれない。

「占い、ですか?」 「何だ、いきなり」

「やりたい」

 お願い……というように、ティナは後ろの二人を見上げた。

「まぁいいが、自分の金でやれよ」

 お金と言われティナは、はたと考えた。

 カルタにいた頃は占いと言えば、おばばに無償でやってもらっていた。

 つまり、占いにお金がいるとは思っていなかったのである。

 まあいいや、とティナは考え、座っている占い師に話しかけた。

「何を占いましょうか?」

 ベールを被っているので顔は見えないが、声から察するに女の人なのだろう。

 手首にしてあるたくさんの金属の輪が、ジャラリと鳴った。

「運勢を――全体運をお願いします」

 手前の椅子にティナは座った。ミケルとアレスは後ろに何気なく立つ。

「それでは」

 占い師は重なったカードをなめらかな手つきできっていく。

 くばる、ティナに山を選ばせる、くばる。

 これを数回繰り返すと、三枚のカードが残った。

「これは、それぞれ現在と未来を現します。未来のほうは、今回二枚残りましたが……」

「それって、二つ道があると言うことですか?」

 ティナはカルタでのおばばの占い結果を思い出し、尋ねた。

「カードによりますね」

 めくらねば、占い師とはいえ何もわからない。

「そうですか」

 ティナが納得したところで、現在を示すといったカードを占い師はめくった。

 カードには天秤を揺らす二人の天使の絵があった。

「これは、運命の天秤」

 運命の天秤が示す現在は、安定しているということだ。

 しかし、天秤のバランスは簡単に崩れる。

 良くも悪くも転がすことができる、とも占い師は言った。

 めくられた二枚目には、青く広がる海に雨が描かれていた。

「水、すなわち巡る物です」

 巡る物……大きく見れば、再会を示すということだ。

 未来のカードが二枚のこったのは、誰かということを指すためだと占い師は告げた。

  そして三枚目。

 そこにあったのは、祈りを捧げる乙女の絵だった。

「これは、神聖なる乙女」

 占い師はこのカードの解釈に手間取った。

 前にでた物が再会、そこから考えると神聖なる乙女のカードはおかしい。

 あるとすれば、勉学に勤しむ者(先生などを現す)切れない絆(親兄弟などを現す)懐かしの学舎(友達を現す)ぐらいなのだ。

 神に近い者か、神官、あとは占い師のような者に限られてくる。

 深く考えると、正体の分からぬ者ともとれてしまう。

 占い師はその全ての可能性を持った者について語った。

 そして、最後にこうつけたした。

「この者に会うことで、何かが変わるようです。そうとも取れるカードです。おそらく、運命……天運に何らかの影響がある、ということではないのでしょうか」

 占い師はティナの様子が変わったことに気付いたが、続ける。

「その者の助言を信じるか否かはあなた次第。すべては、あなたの思うままです」

 占い師は静かに言い終えた。

「……ありがとうございます」

 やっとの思いでお礼を言うと、ティナはお金を置き立ち上がった。

「「ティナ?」」

 後ろで全てを聞いていた二人は、黙り込むティナを心配そうに見る。

「ん〜…何?」

 いつも通りのとぼけた声は返ってきたが、元気が足りない。

 ティナは二人の心配そうな顔を見て、少々困った。

「大丈夫だって」

「ですが、ティナ」

「平気だって、行こ。ね」

 ティナは二人のマントの端を引っ張り、歩き出した。

「おわっ」 「危ないですよ!」

 一度よろけた二人だが、すぐに持ち直すと歩き出した。

 ティナが誤魔化している場合、慰めの言葉は必要ない。

 むしろ、そういうことをすれば逆に心配されるのがおちだ。

 そういうことを一番よく知っているのは二人だった。

 町で他に寄り道をすることなく、三人は歩き続けた。



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