時の過ぎるのは早いもので、イロリアに入ってから二ヶ月が過ぎた。 秋の暮月である。 風が涼しいから少々肌寒くなり、木々の色が赤や黄に染まる頃だ。 そして、アレスの誕生月でもあり、アレスは17歳となった。 町からも山が見えだし、そろそろ国境も近いと思われる。 「へっくし……寒い」 町を歩きつつ、ティナは腕をさすった。 「当たり前ですよ、ティナ。いい加減、長袖か上着を着て下さい」 相変わらずティナは半袖のままでいた。 カルタにいた頃は、長袖を着ることがなかったので、ティナは持っていなかった。 同じ半袖でも、ミケルはマントを羽織っているので寒さは感じないらしい。 「もってない」 「だったら、どこかで買いましょう。北に向かう以上は、着なきゃダメです」 すっかりティナの世話役が板に付いてしまったアレスである。 ちなみにミケルは、ティナの世話から解放された喜びに浸っている、訳でもない。 押しつけた分の仕返しは、それはそれは恐ろしかった。 「……わかった」 アレスはティナの返事を聞きホッと胸をなで下ろした。 旅の途中に風邪などひかれたら面倒だからだ。 すぐに洋服を調達すると、三人は再び町の端に向かった。 + + + 途中、ティナは誰かに呼ばれた気がして立ち止まった。 「え?」 「……ティナ!」 確かに女性の声でティナを呼んでいる。 辺りを見回すと、一人の女性が抱きついてきた。 「ティナー! 元気だった?」 オリーブグリーンの肩に届く髪。左頬に二本のエメラルドがかった傷。左右の目の色が違い、右目は水晶の色、左目は傷と同じ色。左耳には風難よけの赤い輪のピアス。 白い半袖の下に黒の長袖。胸の前には大きめの丸水晶。 そして、赤……というより、ワイン色の長いスカート。 かなり目立つ容姿なのだが、ティナの記憶上こんな知り合いはいない。 だが、相手は何故かこちらを知っているようだった。 「えっと、あの?」 人違いでは? と言いたかったのだが、女性はそれさえも許さなかった。 「私のコト、忘れたの? 仕方ないわね」 女性はティナから離れると、腰に下げていた鞄から茶色いローブを取りだした。 あのローブだけは、何処かで見た覚えがある。 かなり前の記憶なので、思いだすのは少し時間がかかりそうだった。 頭からすっぽりとローブをかぶり、喉の調子を整えると、女性は僅かに笑う。 「こうしなくては、わからないかえ? ティナ」 その声は確かに老人のものだった。 カルタにいた頃には、毎日と言って良いほど聞いていた、懐かしい声。 「ば、ばあちゃん?!」 女性はフードを取ると微笑んだ。 「ご名答。だけど、ばあちゃんはやめてよね」 女性が認める、ということは、正真正銘本人であろう。 だが、ティナにはどうしても信じられなかった。 「じゃぁなんて呼べば?」 「ああ、私の本当の名前、覚えていないのね。ルナシュアよ」 ティナはルナシュアの言動に首を傾げた。 『知らない』というならばわかるが、彼女は『覚えていない』と言った。 どうしてだろうか。そんな疑問が、頭をよぎる。 「ティナ、お知り合いですか?」 後ろで様子をうかがっていたアレスが、ようやく口を開いた。 「うん。カルタで水晶占いしてた人なの」 「へぇ〜初めまして、僕はアレスです」 丁寧に礼をするアレスを見て、ルナシュアは感心した。 そして、すぐさま初めまして、とにこやかに返す。 「オレはミケルだ」 いきなり出てきたルナシュアを警戒してか、ミケルは睨みつけた。 初対面の相手に、睨みつけるとはあまり良い対応ではない。 そんな態度に対しルナシュアはミケルの顎を掴むと、さらっと言ってのけた。 「初めての人でなくても、そんなに睨むと逆に相手に警戒心を植え付けるわよ」 顔をかなり近づけられ、ミケルは固まっている。 「こ、この目は生まれつきだ!」 何とか返した言葉も小声だった。 ルナシュアは楽しげにミケルから離れると、ティナの方を向いた。 「さてと、今日は話があってあなたを捜してたの」 「話?」 「そ、話。立ち話ってレベルじゃないから、とりあえず私の宿に行く?」 どうする? と、ティナはアレスとミケルを見た。 二人はティナの好きにしろ(好きにして下さい)と言ったので、ルナシュアについていくことにしたのだった。 back top next |
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