第3話 『話し始め』

 宿は町から少し離れた場所にあった。

 ルナシュアは宿の主人に温かい飲み物を頼むと、自分の部屋に三人を案内した。

「その辺の椅子に座っちゃって」

 一人で泊まっているハズなのに、その部屋にはベットが三つ、大きめのテーブルと椅子が六脚もあった。

「ルナシュア……ねえさま、一人でこんな部屋にいたの?」

 呼び捨てに抵抗があったので、ティナはねえさまとつけて呼んだ。

 三人からしてみれば、こんな部屋は夢のまた夢だ。

 お金を増やすには、賞金稼ぎか魔物退治、後は芸を見せるのどれかしかない。

 前者の二つは滅多に巡り会うことがないし、後者にしてみればミケルとアレスの気が向かねば不可能である。

 なので、仕方なく宿代を今までケチっていた。

「ええ、三人を呼ぶつもりだったからね。あ、今日泊まっても良いわよ」

「ホント?!」

「勿論、と言っても話をマズしないとね。飲み物もとどいたし、はじめましょ」

 ドアで主人から受け取ったものをテーブルに並べ、ルナシュアは静かに椅子についた。

「でも……話って?」

 ティナはカップを取ろうと右手を伸ばした。

 その手首に結んである、火馬のツノのお守りに、話し出そうとしていたルナシュアが気づいた。

「それ、どうして持ってるの? ティナ」

「へ?」

 自分の手首を指され、ティナは首を傾げた。

 彼女の心底不思議そうな顔に、どう対応していいのやら。

「どうして? って言われても、もらったから」

 ティナはカロン島でのことをかいつまんでルナシュアに話した。

 ウェクトの遺跡、そこにいた神官 カーチェと妖精 スクリ。

 ミケルとティナにしか見えなかった鍵の文字。

 全て信じがたい話なのだが、ルナシュアは真実と取ってくれたようだ。

「でもよかった。それがあれば、火龍の許可も取れるわね」

「それ、どういうこと?」

 ティナはまだ、お守りをもらった経緯しか話していない。

 それなのに、ルナシュアはまるでこのお守りの使い方を知っているようだった。

「言った通りよ。でも、『声だけ』じゃ面倒から『姿も出して』もらいましょうか」

 ルナシュアはティナに貸してねと言って、お守りを取るとテーブルの中央に置いた。

「あら、あなた達のもあるのね。貸して頂戴」

 笑顔ではあったが、少々強制的なところがあった。

 ミケルとアレスは顔を見合わせ、すぐに外すとティナのお守りの横に並べた。

「さてと、これで」

 ルナシュアは自らのカバンから、一冊の本を取りだした。

 横から覗くと、それは魔法陣の本のようで、色々な記号が書き込まれている。

 そこに書いてある物を、一筆書きの要領で、ルナシュアはお守りの上の中に描いた。

「汝 彼らを守りし者達 今 ここに媒介を用いて 姿をあらわさん 召(しょう)・転(てん)・封(ふう)・空(くう)!」

 魔法陣は光を放ちながらテーブルの上に降りた。

 するとお守りからそれぞれ、朱・蒼・翠の光が零れ、そこに火龍・水虎・風蛇が現れた。

 といっても、大きさは置物サイズなのだが。

「久しぶりね、火龍」

 ティナが口を開こうとした横で、ルナシュアが喋った。

 人の守護に会ったのに、久しぶりと言うルナシュアをアレスは少々不審に思う。

"その声は……ルナシュアさん。ということは"

「そ、外よ」

"そうですか、では"

 火龍は炎に身をくるむと、人型に姿を変えた。

 白いツノはそのまま額に、真紅の目とそれにかぶさる同じ色の髪。両耳の所から伸びる黒く長い髪はおそらくひげ。

"このほうが、話しやすいでしょう。時がきたのですね?"

「ええまぁ。そっちの二人はどうする?」

 いきなり召喚されて、状況を掴みきっていない水虎と風蛇は、ルナシュアに声をかけられようやく答えた。

 とはいえ、水虎は何かを心得ていたかのように、半分は納得した顔をしている。

"……とりあえず、人型とろか?"

"そうだなァ……二人にあわせるかァ"

 水虎は水、風蛇は風に身をくるむと姿を変えた。

 水虎のほうは耳と尻尾がそのままで、相変わらず右目は閉じたまま。後ろで結べるほどある髪はミケルと同じ色。

 白で端が紺色の長袖の上下である。

 一方風蛇は、ツノと胴の先(尻尾の部分)と黒い翼はそのまま。

 白い短い髪(先は碧)に半袖の黒い上着。下は黄緑の長ズボンだ。

 三人(三匹)が机の上に並ぶと、妖精が立っているようである。

「お前ら、人型になれるのかよ」

 姿を変えた時、一番驚いたのはミケルだった。

 否、ティナとアレスは声も出せないほど驚いているのかもしれない。

"なんや、気ぃつかんかったんか? お前"

 尻尾を振りながら、水虎は笑った。

「普通、おもわねぇって」

"そうやろうか? わかるとおもうけどなぁ"

「なにぃ」

 会話を見ていたアレスはキリがつかないと思い、まとめにかかった。

「ともかく、なってしまうものは、そうだと考えて」

「納得いかねぇ!」

「納得して下さい、ミケル。でないと話が進みません」

 さすがにそこまで言われると、ミケルは黙り込んだ。

「ごめんね、何もかもがいきなりで。でも、今は……」

"ティナの……残っていない記憶の話、ですね。ルナシュアさん"

 どういう表情をして良いか悩みつつ、火龍が言った。

「ええ。水虎と風蛇は事情を」

"前に、火龍から聞いとるで"

"同じくゥ。どちらにしろォこうなることはァ見えたけどなァ"

 少し先の見える守護達には、ルナシュアが来ることが以前から見えていた。

 だから、それなりの覚悟を持ってきている。

"始めるならば、そうしましょう。ティナ……大丈夫?"  うつむいて黙っているティナに火龍は声をかけた。

「大丈夫。自分のことだもん、知らなきゃいけないんだから、ね」

 本当は大丈夫ではないのかもしれない。

 けれども、これはあの占いの日から覚悟していたことで……真っ直ぐな目線をティナはそこにいた全員に向けた。

 一番辛いはずのティナにこう言われれば、文句を言う者などいなかった。



 ルナシュアの話は、ウェクトの滅びた話から始まった。



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