宿は町から少し離れた場所にあった。 ルナシュアは宿の主人に温かい飲み物を頼むと、自分の部屋に三人を案内した。 「その辺の椅子に座っちゃって」 一人で泊まっているハズなのに、その部屋にはベットが三つ、大きめのテーブルと椅子が六脚もあった。 「ルナシュア……ねえさま、一人でこんな部屋にいたの?」 呼び捨てに抵抗があったので、ティナはねえさまとつけて呼んだ。 三人からしてみれば、こんな部屋は夢のまた夢だ。 お金を増やすには、賞金稼ぎか魔物退治、後は芸を見せるのどれかしかない。 前者の二つは滅多に巡り会うことがないし、後者にしてみればミケルとアレスの気が向かねば不可能である。 なので、仕方なく宿代を今までケチっていた。 「ええ、三人を呼ぶつもりだったからね。あ、今日泊まっても良いわよ」 「ホント?!」 「勿論、と言っても話をマズしないとね。飲み物もとどいたし、はじめましょ」 ドアで主人から受け取ったものをテーブルに並べ、ルナシュアは静かに椅子についた。 「でも……話って?」 ティナはカップを取ろうと右手を伸ばした。 その手首に結んである、火馬のツノのお守りに、話し出そうとしていたルナシュアが気づいた。 「それ、どうして持ってるの? ティナ」 「へ?」 自分の手首を指され、ティナは首を傾げた。 彼女の心底不思議そうな顔に、どう対応していいのやら。 「どうして? って言われても、もらったから」 ティナはカロン島でのことをかいつまんでルナシュアに話した。 ウェクトの遺跡、そこにいた神官 カーチェと妖精 スクリ。 ミケルとティナにしか見えなかった鍵の文字。 全て信じがたい話なのだが、ルナシュアは真実と取ってくれたようだ。 「でもよかった。それがあれば、火龍の許可も取れるわね」 「それ、どういうこと?」 ティナはまだ、お守りをもらった経緯しか話していない。 それなのに、ルナシュアはまるでこのお守りの使い方を知っているようだった。 「言った通りよ。でも、『声だけ』じゃ面倒から『姿も出して』もらいましょうか」 ルナシュアはティナに貸してねと言って、お守りを取るとテーブルの中央に置いた。 「あら、あなた達のもあるのね。貸して頂戴」 笑顔ではあったが、少々強制的なところがあった。 ミケルとアレスは顔を見合わせ、すぐに外すとティナのお守りの横に並べた。 「さてと、これで」 ルナシュアは自らのカバンから、一冊の本を取りだした。 横から覗くと、それは魔法陣の本のようで、色々な記号が書き込まれている。 そこに書いてある物を、一筆書きの要領で、ルナシュアはお守りの上の中に描いた。 「汝 彼らを守りし者達 今 ここに媒介を用いて 姿をあらわさん 召(しょう)・転(てん)・封(ふう)・空(くう)!」 魔法陣は光を放ちながらテーブルの上に降りた。 するとお守りからそれぞれ、朱・蒼・翠の光が零れ、そこに火龍・水虎・風蛇が現れた。 といっても、大きさは置物サイズなのだが。 「久しぶりね、火龍」 ティナが口を開こうとした横で、ルナシュアが喋った。 人の守護に会ったのに、久しぶりと言うルナシュアをアレスは少々不審に思う。 "その声は……ルナシュアさん。ということは" 「そ、外よ」 "そうですか、では" 火龍は炎に身をくるむと、人型に姿を変えた。 白いツノはそのまま額に、真紅の目とそれにかぶさる同じ色の髪。両耳の所から伸びる黒く長い髪はおそらくひげ。 "このほうが、話しやすいでしょう。時がきたのですね?" 「ええまぁ。そっちの二人はどうする?」 いきなり召喚されて、状況を掴みきっていない水虎と風蛇は、ルナシュアに声をかけられようやく答えた。 とはいえ、水虎は何かを心得ていたかのように、半分は納得した顔をしている。 "……とりあえず、人型とろか?" "そうだなァ……二人にあわせるかァ" 水虎は水、風蛇は風に身をくるむと姿を変えた。 水虎のほうは耳と尻尾がそのままで、相変わらず右目は閉じたまま。後ろで結べるほどある髪はミケルと同じ色。 白で端が紺色の長袖の上下である。 一方風蛇は、ツノと胴の先(尻尾の部分)と黒い翼はそのまま。 白い短い髪(先は碧)に半袖の黒い上着。下は黄緑の長ズボンだ。 三人(三匹)が机の上に並ぶと、妖精が立っているようである。 「お前ら、人型になれるのかよ」 姿を変えた時、一番驚いたのはミケルだった。 否、ティナとアレスは声も出せないほど驚いているのかもしれない。 "なんや、気ぃつかんかったんか? お前" 尻尾を振りながら、水虎は笑った。 「普通、おもわねぇって」 "そうやろうか? わかるとおもうけどなぁ" 「なにぃ」 会話を見ていたアレスはキリがつかないと思い、まとめにかかった。 「ともかく、なってしまうものは、そうだと考えて」 「納得いかねぇ!」 「納得して下さい、ミケル。でないと話が進みません」 さすがにそこまで言われると、ミケルは黙り込んだ。 「ごめんね、何もかもがいきなりで。でも、今は……」 "ティナの……残っていない記憶の話、ですね。ルナシュアさん" どういう表情をして良いか悩みつつ、火龍が言った。 「ええ。水虎と風蛇は事情を」 "前に、火龍から聞いとるで" "同じくゥ。どちらにしろォこうなることはァ見えたけどなァ" 少し先の見える守護達には、ルナシュアが来ることが以前から見えていた。 だから、それなりの覚悟を持ってきている。 "始めるならば、そうしましょう。ティナ……大丈夫?" うつむいて黙っているティナに火龍は声をかけた。 「大丈夫。自分のことだもん、知らなきゃいけないんだから、ね」 本当は大丈夫ではないのかもしれない。 けれども、これはあの占いの日から覚悟していたことで……真っ直ぐな目線をティナはそこにいた全員に向けた。 一番辛いはずのティナにこう言われれば、文句を言う者などいなかった。 ルナシュアの話は、ウェクトの滅びた話から始まった。 back top next |
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