第5話 『昔話5:カロン島であった、昔話』

 やがて、二ヶ月経ち、新たな年となった。

 蒼瑠璃1146年 朱珊瑚90年である。

 父が亡くなって一年となる、冬の白月、クレアがカロン島に行こうと言い出した。

 春の緑月は、学校が休みとなる。だから、旅行に行こうというわけだ。

 アレスはそれを楽しみにしていた。







 + + +







 そして……運命の月 春の緑月

 二人は帰りは迎えに来てくれるライゼに見送られつつ、大陸を出発した。

 予定は、一泊だった。

 一日目は朝に出発し、昼に着くと、カロン島の町を見て回った。





 二日目……二人は森へ向かった。

 空はどんよりとした曇に覆われていた。

 街の噂から、森の奥の神殿に二人とも興味を持ったのである。

「はやく〜! ねえさま〜!」

 元気に前を走るアレスを、クレアが追う。

 旅行に連れてきて、本当に良かったと心から思っていた。

「あらあら……そんなの急ぐと転びますよ」

 結局、その心配は杞憂に終わった。

 道なき道の割に、女子供という組み合わせの二人でもすんなり歩けたからである。

 二人は何かに導かれるように遺跡にたどり着いた。

 レンガ造りの階段を上り、クレアは扉に手をかけた。

 下からは、アレスが楽しそうに覗き込んできた。

「ねえさま……あく?」

「さあ、どうでしょう。あら?」

 扉は静かに開いた。

 力を入れた覚えがなかったが、まぁいい。

 人が住んでいるという話も聞かなかったし、危険性も少ないだろうと、クレアは考えた。

「いこうよ、ねえさま! おもしろそうだよ」

 のだが、クレアは中にはいるのに、戸惑った。

 アレスが中に一歩踏み出したとたん、嫌な予感が押し掛けてくる。

 引き返すべきなのだろうか? しかし、アレスが楽しそうにしているので、言い出すことはできなかった。

 何かあれば、私がちゃんと守るのだ。

 そう決意すると、クレアはアレスに続いた。

「……わかりました。行きましょう」







 誰もいない扉を開けることに慣れた頃、一つの扉にたどり着いた。

 その扉は、例の白い神殿への扉。

 クレアがよく見ると、鍵穴があった。

「鍵穴……ということは」

「かぎが、いるの?」

 クレアが動かないので、アレスが不思議そうにしたから覗く。

 鍵がいる、と言うと頷くクレアを見て、アレスはポケットに手を入れた。

 先程の部屋で見つけた物を思いだしたからである。

 怒られると言うことは考えなかった。

 綺麗な物を見つけて、どうしても手放したくなかったのである。

 アレスが手を再び開くと、そこには、根本に紅水晶のついた小さな鍵があった。

「アレス、これは……」

「ごめんなさい。さっきみつけて、きれーだからねえさまにもみせようとおもって」

 しゅんと沈み込んでしまわれては、怒る気も起きない。

 どうやら、今になっていけないことをしたことに気付いたのだろう。

 仕方ないと、クレアは息をついた。

「まぁ、いいでしょう。あけてみましょうか?」

「うん」

 クレアに抱き上げられて、鍵を差し込んだアレスは左に回そうと思った。

 しかし、鍵は動かない。

 右に回してみると、今度はすんなり動いた。

 軽く押すと、白い扉はゆっくりと開く。

「あいたよ、ねえさま!」

「正解だったようですね。さぁ、行きましょうか」

「うん!」

 クレアは微笑むと、アレスの手を握った。

 扉の中にあったのは、金銀財宝、とまではいかずとも、すばらしい物ばかりだった。

 みたこともない装飾。飾り棚。子供にしてみれば、宝の山である。

「すっご〜い」 「凄いですね」

 二人とも、少しの間見とれていた。



 見とれていたのは初めだけで、子供の興味はすぐに移る。

 クレアが気づいた時、アレスはそれを手に取っていた。

 綺麗な水晶だから、見せようと思ったのかもしれない。

「わっ、わあぁぁ?!」

 しかし、手に取った瞬間、それは光を放ち始めた。

 驚いたアレスはとっさに手を離したが、間に合わずそれは右手に吸い付いた。

 アレスの手に合わせ、縮んでいき……そして、あろうことか手の中に入っていく。

「あぁぁぁぁぁっ!」

 水晶は完全にアレスの右手の中に吸い込まれてしまい、光も出なくなった。

「アレスっ! 大丈夫ですか?」

 クレアは、倒れてしまったアレスに駆け寄る。

「ねえ……さまぁ」

 半泣き状態のアレスは、必死に右手を差し出した。

 クレアの見た右手は、酷い状態だった。

 火傷が右手が覆いこんでいる。

 これは、自分の力で治せる範囲ではない。

 クレアは、アレスの右手に気休めかもしれないが包帯を巻いた。

「帰りますよ、アレス」

「う、うん」

 二人はその部屋を出て、駆け足で遺跡をあとにした。

 鍵を返す暇など、無いに等しかった。

 森を進んでいるうちに、雨がパラパラと降り出した。





 + + +





 クレアの嫌な予感は、運悪く当たってしまう。

 森を駆ける二人を追うような影が現れた。

「ねえさまっ!」

 アレスが叫んだので、クレアが不思議に思い振り向いた。

「どうしました、アレ……」

 光景を見たとたん、クレアは言葉を失った。

 そこにいたのは、数匹の狼のような獣。

 牙を剥き、唸っている獣の集団。

「ねえさまぁ……」

 アレスの言葉にクレアは我に返る。

 守らなくては、この子だけは。

 必死に走った所で、獣の足の速さには敵うかどうか。

「……仕方ありませんね」

 クレアは落ちていた、少し太く長めの木の枝を拾った。

「アレス、逃げなさい!」

 アレスを背に獣の方を向いた。

「でもねえさま!」

「いいから、逃げなさい。私は後から行きます」

 アレスはクレアの言うことを聞かないわけにもいかず、泣きながら走り出した。

「ふえ〜っ…」

 アレスが走っていくのを確認すると、クレアは再び獣を見た。

「さぁ、来るんなら、来なさいっ!」

 勝てるとは微塵も思わなかった。

 ただ、アレスが逃げる時間さえ稼げれば。

 あわよくば、自分の逃げる時間も稼げればと考えていた。









 + + +









 アレスは何かを感じとり、クレアの元に走っていた。

 逃げろと言われたが、胸騒ぎがする。

「……ねえさまっ」

 ようやく辿り着いた先で、アレスが見たものは残酷なものだった。

 辺りに倒れる数匹の獣。

 その中で一人ボロボロで立っているクレア。

 そこに、最後の一匹が飛びかかるとこだった。

「ね、ねえさま?!」

 喉を一噛みした獣は、満足そうに森の奥に駆け戻っていった。

「ねえ……さま? ねえさま?」

 アレスが駆け寄り、揺すっても、クレアが返事をすることはなかった。

 至る所から流れ出す赤い赤い血。

 雨が流すこともなく、広がっていく赤。

「ねぇさまぁぁぁぁぁぁ!」

 アレスの叫びは、誰にも届かなかった。









 + + +









 そこから先を詳しく覚えていない。

 どうやって街に戻ったのかは分からないが、迎えに来たライゼに連れられて国に戻ったこと。

 静かに行われたクレアの葬式には、何もなかったこと。

 そして、引き取り手のいなくなったアレスをライゼが育てるようになったこと。

 それくらいしか、確かな物はなかった。











 + + +











 アレスが一呼吸をして、ティナを見ると、いつの間にか眠っていた。

 昔話が、少々長すぎたのかもしれない。

 ティナに布団を掛けると、立ち上がり窓を開けた。

 いつのまにか、月は天頂まで昇っていた。

「僕は……何のためにまだ生きてるんでしょう?」

 星空を見上げ、アレスは呟く。

 カロン島で聞いた真実、それはあまりに意外だった。

――聖なる珠(ホルオーブ)はすでに役目を終えています。つまりは……

 右手を眺めて思いだすことは、カーチェのあの言葉。

 自分だって今更のことだ。

 だから、二人に打ち明けるのはもう少し時期を見るつもりだ。

「いつかきっと、役に立つためですよね? 姉様」

 静かに窓を閉じると、明かりを消し、アレスも眠りについた。



 己の真実は意外な所で知らされる

 しかし、それを他人に話すには、かなりの覚悟がいるであろう

 光に守られしこの星は、一体どんな運命が待っているのか

 黒髪の少年は、たとえどんな過去であろうと、それを忘れず、今を見て進むのである


外伝 アレスの章 終



back top next

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送