第4話 『昔話4:アレスとライゼの日常』

 季節は巡り、秋の初め……秋の黄月。

 父親が死んで、半年である。

 南に位置するシグス国は未だ暑さが抜けきっていなかった。

 相変わらずアレスは、ライゼの所に毎日通い続けている。

 一人で預ける事へのクレアの不安も、いつしか消えていた。

「ライゼさま〜きょうは、だれかくるのぉ?」

 塔の人々がせわしなく動いているので、アレスは部屋に入るなり尋ねた。

 今までに何度かこういうことはあったのだ。

 けれども、今日はその時以上に騒がしい。

「おお、アレス」

 いつからか、ライゼはアレスを呼び捨てにしている。

 毎日会っているうちに、だんだん自分の子供か孫のように思えてきたからかもしれない。

「今日は王都から、使いが来るんじゃ」

 王都――ルハはアシュレの隣にある。

 とにかく、偉い人がライゼ様に用事があるんだ、とアレスは思った。

「なんのごよう?」

「わからんよ。だが、急ぎの用らしい」

「ふ〜ん」

 いつも通り本棚から一冊本を選ぶと、アレス用に置いてある机の上に広げた。

 アレスはライゼの部屋に置いてある本を、夏頃から少しずつ読んでいる。

 ライゼは、読めているのだろうか? と思ったこともあったが、どうやらアレスは挿し絵を見て、内容を理解しているらしい。

 時々、わからないと聞きに来るので、ライゼはまあ良いだろう……と考えを変えた。

 本日アレスが引っぱり出したのは、古い本だった。

 いつもの魔法書をとったつもりだったが、位置が変わったのか違うものだったらしい。

 表紙を見ても、裏表紙を見ても何も描いておらず、アレスは首を傾げた。

「ライゼさま……これ、なんのほん?」

「んん?」

 書類に目を通そうと、眼鏡をかけていたライゼの横にアレスは立った。

 古ぼけた茶色の、少し厚めの本を開いて、ライゼは目を細めた。

「おお、これはな、海の向こうにあると言われておる、別大陸のお話を書いた本じゃ」

 何かのお話の本というのは分かる。

 けれども、別大陸、海の向こう、などと言われ、アレスはキョトンとしている。

「ホホッ……海の向こうなど、信じられんか?」

「うん」

 当然の答えと言うべきである。

 そもそも航行技術がそれほど進歩しているわけではない。

 離れているカロン島でさえ、信じられないという者が多い世の中。

 さらに海の向こうなど……一体どんな場所なのか、誰も想像などできないだろう。

「でも……あるかもしれんのじゃ。なんせ、それを書いた人物はその大陸から来たと言われておる」

「ふーん。どんなひとなの?」

「今ではあり得ぬ使い魔を、連れた者じゃ。それ以外はなにもわからん」

 伝え聞いた所はそこまで。

 この本は、人から貰った物で、その人は多くは語らなかった。

「……ライゼさま、このほんもらってもいい?」

 わからないものに興味のないアレスは、本を欲しがった。

 魔法書はいつかクレアが買ってくれると言っていた。

 けれども、この話の本はどうやっても手に入らないと思ったのかもしれない。

 アレスが物を欲しがることは少ないので、ライゼは少し驚いたが、それをすぐ許してくれた。

「かまわんよ」

「わ〜い」







 + + +







「ねえさま〜! これ、しってる?」

 家に着いたとたん、アレスは誇らしげにクレアに本を見せた。

 クレアはまじまじとその本を眺めた。

 中を開いてみると、初めの紙に黒い題字。そして、題字の下には島の絵があった。

 題字が、今の文字と少し形が違う。上についているふりがなは、今と同じだった。

 そのふりがなから、推測できる言葉を探す。

「てんしょう……天證の伝説ですか。いいえ、知りませんよ」

 アレスの顔が明るくなった。

「あのね、あのね、きょう、ライゼさまにもらったの」

「よかったですね」

 そう言いつつ、クレアはテキパキと夕食の用意をしだした。

 アレスは、窓辺にとまっているカルにも、楽しげに本を見せていた。

 だが……カルに理解ができるはずもなく、そのしっぺ返しに髪を引っ張られたりはしたのだが。



 + + +



 アレスが寝付いた後、クレアは自分の机の前に座り、本をめくった。

「天證の伝説……遙か昔、別大陸でのお話」

 今まで知っている物語は全てアレスに話したつもりだった。

 アレスが言うには、その大陸では魔法使いでない人が召喚獣を操り、精霊のような種族も存在していたらしい。

 物語というには、少々描写が細かい様な気がした。

 実話……なのかもしれない。

 本編は全て今の字で書かれてはいるが、中表紙の文字を見る限り、この大陸の人間が書いたとも思いにくい。

(明日、学校で文字を調べてみますか)

 クレアは一枚めくっただけで本を閉じ、自分の勉強に取りかかりだした。







 + + +







 秋の暮月に入った頃、一つの問題がでてしまった。

「ということなのですが。どうしましょう、ライゼさん」

「う〜む」

 ライゼは考え込んでしまった。

 その問題とは、クレアが学校の研修で、家に帰れない日がでてしまったことである。

「おそらくこの先は、時折……」

 クレアが戸惑うのも無理もない。

 今までこんな研修などなかった……というより、クレアが上のクラスに上がったため、外にでる機会が増えたのだ。

 治癒能力者は、実地訓練が一番重要視される。

 学校のことともあり、他の日にずらすということもできない。

「二人がよいのなら、預かるのだが?」

「そうして下さると、私は良いのですが……アレス」

 お菓子を食べていたアレスは、一気に飲み込んだ。

 喉に詰まらなかったのは幸いだろう。

「なあに? ねえさま」

「明日……ライゼさんの所に、お泊まりをしてくれますか?」

 お泊まりの意味が分からないらしく、アレスは首を傾げている。

「一人で、一晩ライゼさんの家に行くことですよ」

 一人と言われ、アレスは戸惑う。

「え、ねえさまは?」

「私は……学校の用事があるんです」

 クレアは苦笑いを浮かべた。

 アレスは何か言おうとしたが、すぐに口を閉じた。

 姉様が一日帰ってこない……それは嫌だが、それを言って困らせたくはない。

 さんざん悩んだあげく、一つの結論を出した。

「……わかった」

「本当ですか? よかった」

 アレスはその後、少しの間黙っていた。

 その姿に、困ったなという顔をしたのはライゼだった。

 しばしの間考えたあと、アレスに耳打ちをした。

「……ホント? ライゼさま」

「ああ、少しずつな」

「やったぁ!」

 アレスは喜び、はねまわる。

 とたんに元気になった様子を見て、クレアは疑問を投げかけた。

「ライゼさん。一体何を?」

「なぁに、簡単じゃよ」

 ふふふ、と初老の老人は微笑んだ。

「好奇心旺盛な子供の、探求心をくすぐるだけじゃ。魔法という名の勉学でな」

 魔法使いの勉強を、学校に入る前からしている子供も少なくはない。

 その程度の知識なら、片手間で教えられると、ライゼは笑っていた。


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