第3話 『昔話3:目覚めた水狼』

 ライゼはアレスを自分の部屋に連れていった。

 仕事があったが、別にアレスがいても支障がないらしい。

 アレスにとって、その部屋は宝の山だった。

 魔法書や魔法道具(マジックアイテム)その他、普段見つけることのできないような物がたくさんあるからである。

 姉の躾のたまものなのか、悪戯をするわけでもなく、全てライゼに断ってから触っていた。

「ライゼさま……これは?」

 アレスは"長老様"とクレアに言われたためか、初めからライゼを様づけで呼んでいた。

 お姉さまの言うことは絶対なのである。

 アレスが指さした物は何かの卵のようだ。青い泡のような模様が書いてある。

 初め抱えようかと思案したが、それも無理そうだった。

「それか? それは見ての通り卵だよ」

 書類に目を通しながら、ライゼは答える。

 あれはそう簡単に持てる物ではない。それに、何か起こる可能性も無いに等しかった。

「たまご? なんのぉ?」

 子供がどこに関心を持つのか分からない。

 ライゼは手を止めると、机から離れアレスの側にたった。

「召喚獣のだ。誰が触れても生まれないんで、そこに置い……」

 ライゼが言葉をおえなかったのは、アレスが触れたとたんに卵にひびが入ったからだった。

「あれ?」

 どうやら、その異変にアレスも気づいたらしい。

 慌てて卵から手を離した。

「これは……」

(どうやらこの子には、魔法使いの素質があるようだな)

「ライゼさま。なにがでてくるのぉ?」

 確実にヒビは広がり、卵の上半分はもう少しで割れそうだ。

 ライゼは棚からその卵を床に移動させた。

 普通こういう得体の知れない何かが出てくると知ると、逃げたり怯えたりする子どもが多いが、アレスはその全く逆のようだった。

「水系の何か……だな」

「ふ―ん」

 水系と言われても、あまりピンとこないアレス。その時、卵が割れた。

 中から殻を突き破り出てきたそれは、蒼い光を放ちながら、少し体積を増した。

「きれ―」

 アレスが感嘆するのも無理はない。

 それは、青いたてがみ、銀の牙、額には藍玉、水晶のような薄い蒼の目、足には鋭い爪、長い尾もある。

 そして、水系の特徴……体全体が水に濡れていた。

 全てを青で統一された姿は、褒め称えるのに等しかった。

「水狼?!」

 ライゼは驚いた声をだした。

 誰にも扱えない召喚獣。それをこの子供が呼び起こしたことにも驚いたが、それ以上に狼の姿だったことに驚いていた。

(狼は召喚獣の中でも高位。魔法使いでない子供が孵すなど……)

 修行なり、勉強なりをした魔法使いなら、召喚獣を孵すこともたやすい。

 納得はできた。どうしていままでこの卵が孵らなかったかに関しては。

 しかし、狼族は召喚獣の中でも孵すのが難しいとされている。

 扱うための魔力が大きくなければ、どうやっても孵らないからである。

"我を起こすのはお前か?"

 水狼は水晶のような目を細め、アレスのほうを見た。

 喋っているのではない。

 頭の中に思考を伝える、テレパシーの様な物を使っていた。

「ほえ? べつに、おこしたわけじゃ、ないけど」

 アレスは、平然と水狼と会話している。

 あまりにとぼけた返事をアレスが返したためか、水狼はふ、と笑った。

"まあよい。手を……出すが良い"

「て? はい」

 アレスは、水狼の言うままに左手を差し出した。

"我を起こしたヌシを、主と認めよう…水紋来光(すいもんらいこう)!"

 アレスの左手首に、泡の三つ連なったような紋が現れる。

 それは、契約の証である紋の魔法だった。

「これは?」

"ヌシとの契約の証だ"

 幼いアレスに契約の意味は分からない。

 だが、水狼と繋がりができたということは、わかったらしい。

"必要な時に我を呼ぶが良い。して……ヌシの名は?"

「ぼく? ぼくはアレス」

"アレスか。良い名だな、覚えておこう。我の名はカイだ"

 カイは自分の名を名のると、光を放ち泡となった。

「カイっていうんだね」

 アレスが返事を返したとき、すでにカイは跡形もなく消えていた。

 その様子を、呆然と見ていたライゼは、ようやく口を開いた。

「アレス君……君はいったい」

 どういう子なんだ? と言いかけて、ライゼは止めた。

 水狼も認める魔力を持った子供……生まれ持った才能なのかもしれない。

「ねぇ、らいぜさまぁ……どうやったら、カイにあえるのぉ?」

 あの綺麗な召喚獣に、もう一度会ってみたい。

 幼いアレスには、それしか考えられなかった。

「アレス君が魔法使いになれば、会えますよ」

「まほーつかいに? なる! ぼく、ぜったいなる!」

 一つの出会いが、道を決めた。

 アレスが魔法使いになった原点は、ここにあった。







 + + +







「ねぇ」

「はい?」

 ティナが口を挟んだ。

「私が……あの時、倒しちゃったのがカイ?」

 アレスと初めに会った時、ティナは水狼と対峙した。

 自らの剣で水狼を貫いたことは、記憶に新しい。

 もしそれがアレスの水狼であったら、と、ティナはすまなそうにしていた。

「ああ、あれは違います。カイはまだ、生きてますよ」

 ほら……と、アレスは左手首の水紋を見せてくれた。

 紋が消えない限り、召喚獣は死んでいない。

 そう、説明を付け加えて。

「よかったぁ」

 ティナはそれを確認すると、安堵の息をもらした。







 + + +







 水狼のことは、アレスではなくライゼからクレアに伝えられた。

 クレアは少々驚いたが、悪いことではないので喜んでいた。

「ライゼさん、アレスには強い魔力があるのですか?」

 狼族が滅多に生まれないことを聞いたとき、クレアは尋ねた。

「……普通よりは、強いのでしょうね」

「やはり、母様の血なのでしょうか」

 事情を知るライゼにだからこそ、漏らした言葉だった。

 二人の母、スーアは元々アシュレの者ではない。

 隣国である、イロリアの魔法使いだった。しかも、かなりの実力者である。

「でしょう。学校のある日は、連れていらっしゃい、あの子がいると楽しいですし」

「はい」

 クレアはライゼに礼を言うと、アレスを連れ家路についた。

 勿論アレスは、今日あったことを寝るまでずっとクレアに話し続けた。


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