ライゼはアレスを自分の部屋に連れていった。 仕事があったが、別にアレスがいても支障がないらしい。 アレスにとって、その部屋は宝の山だった。 魔法書や魔法道具(マジックアイテム)その他、普段見つけることのできないような物がたくさんあるからである。 姉の躾のたまものなのか、悪戯をするわけでもなく、全てライゼに断ってから触っていた。 「ライゼさま……これは?」 アレスは"長老様"とクレアに言われたためか、初めからライゼを様づけで呼んでいた。 お姉さまの言うことは絶対なのである。 アレスが指さした物は何かの卵のようだ。青い泡のような模様が書いてある。 初め抱えようかと思案したが、それも無理そうだった。 「それか? それは見ての通り卵だよ」 書類に目を通しながら、ライゼは答える。 あれはそう簡単に持てる物ではない。それに、何か起こる可能性も無いに等しかった。 「たまご? なんのぉ?」 子供がどこに関心を持つのか分からない。 ライゼは手を止めると、机から離れアレスの側にたった。 「召喚獣のだ。誰が触れても生まれないんで、そこに置い……」 ライゼが言葉をおえなかったのは、アレスが触れたとたんに卵にひびが入ったからだった。 「あれ?」 どうやら、その異変にアレスも気づいたらしい。 慌てて卵から手を離した。 「これは……」 (どうやらこの子には、魔法使いの素質があるようだな) 「ライゼさま。なにがでてくるのぉ?」 確実にヒビは広がり、卵の上半分はもう少しで割れそうだ。 ライゼは棚からその卵を床に移動させた。 普通こういう得体の知れない何かが出てくると知ると、逃げたり怯えたりする子どもが多いが、アレスはその全く逆のようだった。 「水系の何か……だな」 「ふ―ん」 水系と言われても、あまりピンとこないアレス。その時、卵が割れた。 中から殻を突き破り出てきたそれは、蒼い光を放ちながら、少し体積を増した。 「きれ―」 アレスが感嘆するのも無理はない。 それは、青いたてがみ、銀の牙、額には藍玉、水晶のような薄い蒼の目、足には鋭い爪、長い尾もある。 そして、水系の特徴……体全体が水に濡れていた。 全てを青で統一された姿は、褒め称えるのに等しかった。 「水狼?!」 ライゼは驚いた声をだした。 誰にも扱えない召喚獣。それをこの子供が呼び起こしたことにも驚いたが、それ以上に狼の姿だったことに驚いていた。 (狼は召喚獣の中でも高位。魔法使いでない子供が孵すなど……) 修行なり、勉強なりをした魔法使いなら、召喚獣を孵すこともたやすい。 納得はできた。どうしていままでこの卵が孵らなかったかに関しては。 しかし、狼族は召喚獣の中でも孵すのが難しいとされている。 扱うための魔力が大きくなければ、どうやっても孵らないからである。 "我を起こすのはお前か?" 水狼は水晶のような目を細め、アレスのほうを見た。 喋っているのではない。 頭の中に思考を伝える、テレパシーの様な物を使っていた。 「ほえ? べつに、おこしたわけじゃ、ないけど」 アレスは、平然と水狼と会話している。 あまりにとぼけた返事をアレスが返したためか、水狼はふ、と笑った。 "まあよい。手を……出すが良い" 「て? はい」 アレスは、水狼の言うままに左手を差し出した。 "我を起こしたヌシを、主と認めよう…水紋来光(すいもんらいこう)!" アレスの左手首に、泡の三つ連なったような紋が現れる。 それは、契約の証である紋の魔法だった。 「これは?」 "ヌシとの契約の証だ" 幼いアレスに契約の意味は分からない。 だが、水狼と繋がりができたということは、わかったらしい。 "必要な時に我を呼ぶが良い。して……ヌシの名は?" 「ぼく? ぼくはアレス」 "アレスか。良い名だな、覚えておこう。我の名はカイだ" カイは自分の名を名のると、光を放ち泡となった。 「カイっていうんだね」 アレスが返事を返したとき、すでにカイは跡形もなく消えていた。 その様子を、呆然と見ていたライゼは、ようやく口を開いた。 「アレス君……君はいったい」 どういう子なんだ? と言いかけて、ライゼは止めた。 水狼も認める魔力を持った子供……生まれ持った才能なのかもしれない。 「ねぇ、らいぜさまぁ……どうやったら、カイにあえるのぉ?」 あの綺麗な召喚獣に、もう一度会ってみたい。 幼いアレスには、それしか考えられなかった。 「アレス君が魔法使いになれば、会えますよ」 「まほーつかいに? なる! ぼく、ぜったいなる!」 一つの出会いが、道を決めた。 アレスが魔法使いになった原点は、ここにあった。 + + + 「ねぇ」 「はい?」 ティナが口を挟んだ。 「私が……あの時、倒しちゃったのがカイ?」 アレスと初めに会った時、ティナは水狼と対峙した。 自らの剣で水狼を貫いたことは、記憶に新しい。 もしそれがアレスの水狼であったら、と、ティナはすまなそうにしていた。 「ああ、あれは違います。カイはまだ、生きてますよ」 ほら……と、アレスは左手首の水紋を見せてくれた。 紋が消えない限り、召喚獣は死んでいない。 そう、説明を付け加えて。 「よかったぁ」 ティナはそれを確認すると、安堵の息をもらした。 + + + 水狼のことは、アレスではなくライゼからクレアに伝えられた。 クレアは少々驚いたが、悪いことではないので喜んでいた。 「ライゼさん、アレスには強い魔力があるのですか?」 狼族が滅多に生まれないことを聞いたとき、クレアは尋ねた。 「……普通よりは、強いのでしょうね」 「やはり、母様の血なのでしょうか」 事情を知るライゼにだからこそ、漏らした言葉だった。 二人の母、スーアは元々アシュレの者ではない。 隣国である、イロリアの魔法使いだった。しかも、かなりの実力者である。 「でしょう。学校のある日は、連れていらっしゃい、あの子がいると楽しいですし」 「はい」 クレアはライゼに礼を言うと、アレスを連れ家路についた。 勿論アレスは、今日あったことを寝るまでずっとクレアに話し続けた。 back top next |
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