第2話 『風花舞う、山の中』

 次々と倒される魔物は、全て気を失っているだけである。

 といっても、峰打ちではなく、致命傷になるかならないかの傷をあたえて、だ。

 殺してしまっても、こちらには何の利益もないわけで、三人はなるべく殺さずを貫いていた。




 大分経った頃、水弓を手にしたミケルが一人ルナシュアの方に戻ってきた。

 ただし、魔物一匹のおまけつきだ。

「いい加減、しつけぇ! 全てを凍らす白き刃よ、我が力となり矢となれ、白糸矢(はくしや)!」

 苛立った様子でミケルが弓を引くと、矢が無数放たれた。

 光とともに弧を描く白いそれは、全て魔物の胸に刺さると、たちまち凍らせていく。

 体の前面がほとんど凍った魔物は、前のめりに倒れた。

「よっしゃぁ、オレの勝ち!」

 ミケルが腕を上げ、ガッツポーズを取りかけた時、ティナが目の前に降り立った。

 剣についてしまた血をなぎ払い、背中にもどすと、ミケルを見据える。

「残念でした。私もほぼ同時だよ」

 ほら、と言って今倒したばかりの魔物を指した。

 大きさはほぼ同じ、それならば同点と言ったところか。

「ちっ、勝ったと思ったんだが……」

「同時ならば、ティナの勝ちですよ、ミケル」

 マントに付いた葉を落としながら、アレスが茂みからでてきた。

 自分が勝ちとは言い張らないあたり、アレスらしい。

「はぁ? 何でそうなるんだよ」

 水弓を消し、杖を持つと、ミケルはアレスに詰め寄った。

 同点ならば許せる、だが見てもいないやつに何故そんなことを言われなければならないのか、と不満そうである。

「考えて下さい。今回の敵は炎の魔物ですよ? 大体、ティナは剣、ミケルは魔法で……って、聞いてます? ミケル」

「へいへい」

 ふてぶてしく適当に頷くミケルを見て、アレスは思った。

(絶対、聞いてませんね。後で、懲らしめましょう)

 アレスのミケルへの懲らしめがあったか否かは謎だが、そのまま数日……四人は歩き続けた。





 + + +





 途中、北と東に道が分かれていた。

 北に行けばキケトとの国境、東ならばイロリアからでることになる。

 四人はカシレン村に向かっているので、当然東の道を選んだ。

 イロリアの国境を越える頃、山の中腹ということもあり、白い『何か』が舞いだした。

 『何か』を知るのは、四人の中でルナシュアだけである。

 ティナは物珍しげに手を広げ、『白い何か』を掴んだ。

「わっ、冷たい」

 それは、ティナの手に触れると、一瞬だけ白く光り形を崩し水となる。

 いつの間にか吐く息は白く、なんとなくだが肌寒い。

「花……? アレス、何かわかるか?」

「さぁ? 僕も初めて見ますから」

 春によくみる、白い花の吹雪とよく似ているが、それが何かは分からない。

 第一、今は春ではなく冬に近い、秋。花が咲いているはずもない。

 そして、冷たいという点でもとても不思議だった。

「そっか、もうこんな時期だったわね」

 暖かそうな茶色いマントを羽織りながら、ルナシュアが空を見上げた。

 晴れていたと思っていたのは勘違いのようで、灰色の雲が全てを覆い尽くしている。

 そこから、次から次へと冷たい白い花が降ってきていた。

「ルナシュアねえさま、これ何か知ってるの?」

「勿論。これはね、秋の暮月中頃から、冬の白月の間に北の地方とか、高い山の上の方で降る物なのよ」

 北や高い山に降るモノならば、三人が知るはずもない。

 ティナは昔の記憶がなく、山も海もないクーシア国のカルタにいたし、ミケルはスシャラ国を出たことがなかった。

 そしてアレスは暖かい南のシグス国にいたのである。

 地域に限られたモノなのだから、気候に関する本でも読まない限り、とうてい知らぬ知識だろう。

「名前がね、風に舞う花のようってことで、『風花(かざはな)』。別名を光る白い花という意味で、『白光花(びゃっこうか)』とも『雪』とも言うわ。『雪』という言い方は、ウェクトだけなんだけどね」

「風花……」

 白い息を吐いたティナは、ふと何かを思い出しかけた。

 だが、ハッキリとはわからなかった。

「さ、行きましょう」

 ルナシュアの声に引き戻され、気がかりだったことはすぐに忘れてしまっっていた。





 イロリアから歩き出して数週間。持っていた食料も底をつき、四人はある村に立ち寄った。

 そこでは、滅多に旅人が来ないから、と歓迎され、食糧の補給も十分にできた。

 ただ、風花が吹雪いてきたため、先に進めなくなってしまった。

 自然をねじ曲げることはできないので、大人しく村にとどまった。







 + + +







 秋の落月に入る頃には、風花も少し落ち着いた。

 その隙を見逃すことなく、四人は村を出た。

 さすがにこの寒さゆえか、魔物は数えるほどしか出てこなかった。

「ルナシュアねえさま……まだ着かないの?」

 見つけた洞窟で、火をおこし一休みしていた時にティナが不満そうに呟いた。

 足が棒になるほどではないが、山道をしかも風花が舞っている中歩いてきたため、普通に歩くよりは疲労がたまってる。

 手の先の感覚が無くなる手前になってしまい、急いで暖をとっているところなのである。

「うーん。本来なら、着いてもいいハズなんだけど……まさか、行き無限の結界にはまっちゃった?」

「「「行き無限の結界?」」」

 三人の声がきれいにそろった。

 行き無限の結界という言葉は、あまり聞き慣れない物である。

「村に余計な人が入らないように、施してある結界のこと。それにかかると、進んでも進んでもたどり着かなくて、けど戻るのは簡単っていう感じのモノよ」

 普通の人にとって、行けども行けども続く結界だから、行き無限の結界というらしい。

 ごめんね。とルナシュアは苦笑った。

「過ぎてしまった事は、どうしようもないです。でも、これを抜ける方法はあるんですか?」

「迎えを呼ぶか、あのコに頼むか」

 ルナシュアは迎えを呼ぶ気はなかった。

 この風花だし、自分が連れていくと言いだしたからでもある。

 三人はあのコという言葉に、首を傾げた。

「風兎に頼んでも良いんだけど、寒さが苦手だからかわいそうでしょ。だから……ちょっと下がってくれる?」

 洞窟は広いとはいえ横幅は狭い。三人は壁ギリギリまで下がった。

 これで高さが無かったら、かなり窮屈だったのだが、その心配はなかった。

 ルナシュアは服をめくり、右腕を出すと一呼吸おいた。

 その右腕に、氷の結晶のような紋があるのをミケルは見逃さなかった。

「我が右腕に氷紋をあずけし氷熊(こおりぐま)……」

「「「え゛」」」

 ルナシュアが召喚魔法を唱えだしたことは明らかなのだが、『熊』と言う言葉に、三人は固まった。その様子にルナシュアは気づいたが、口を止めることはなかった。

「その名をキュマ。今、我が助けとなるべく、姿を現せ! 召喚!」

 入り口から吹き込んでいるような風が、ルナシュアの手の先から発せられ、あたりに白い煙が充満する。

 たき火の炎に照らされたその中に、何かの影が見えた。

 大きさは、犬か猫のたぐいほどで、三人の心配は一つ解決されたことになる。

 モゾモゾと動くそれは、煙が晴れたところでようやく姿を確認できた。

"な―――……ルーナ、何の用?"

 そこにいたのは、大きさがぬいぐるみくらいの小さな白熊だ。

 大きな目は水晶の色。額には紺色の水晶が埋まっている。

 小さいとはいえ、手には長く鋭い爪があった。

 とてとてと、ルナシュアに近づき、キュマは服を引っ張った。

 ぬいぐるみが歩いているような感覚で、可愛い物好きにはかなり嬉しい動きだが、あいにくとそんな人物はここにいない。

 頭を一撫でしてから、その体を持ち上げると、ルナシュアはキュマを自分の膝の上に乗せた。

「キュマ、お願いがあるの」

"な―――……お願い?"

「カシレン村までの道を、教えてくれる? 行き無限の結界にはまったらしいの」

"な―――……いいよぉ。ルーナのお願いきく!"

 お願いでなくても、召喚獣ならば主人の命令は絶対なのだが、あいにくとそういう扱いをしたことはない。

 ルナシュアはキュマの頭を再びなでると、抱きしめた。

「ありがと、キュマ」

"な―――……"

 キュマは洞窟の出口付近まで行くと、大きな手を伸ばし風花を掴んだ。

 風花はキュマの手に触れても溶けることはなかった。

 おそらく、キュマが氷属性の召喚獣だからであろう。

 風花のやむまで、しばしの休息は続いた。



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