第3話 『カシレン村』

 風花が収まると、四人は薪の火を消し洞窟を後にした。

 景色は相変わらず単調で、しかし違うことと言えば、先頭を進む一つの影。

 風花に紛れてしまいそうな色だったが、何故かはっきりと姿をとらえることはできた。





 ある程度進んだところで、キュマが立ち止まった。

 一度だけ首を傾げて手を正面に持ってくる。

 そのまま何事か呟くと、突然道が開けた。

 おそらくそこが結界の出口だったのであろう。

 その後、周りから風花が消えてゆき、寒さも消えていった。

「あったかーい……でも、なんで?」

 被っていたマントをはずし、ティナは袖を少しめくった。

 春の陽気まではいかないが、かなり過ごしやすい気温のように感じる。

「風花が向こうに見える……ということは、やはり同じ山の中ですね」

 肩の風花を落とし、今来た道を見ながら、アレスは考えていた。

 見える、という事態が少しおかしい。

 まるでそこに壁があり、窓から風花をみているような状態なのである。

 同じくマントをはずすと、ミケルも辺りを見回していた。

「ここが村なのか? てか、まるで別世界だぜ?」

「まだ、村じゃないわ。でも、ここからは何もないから楽よ」

 キュマを帰し、不思議そうにしている三人にルナシュアは笑いかけた。

「何も……ない?」

「ええ。ここから……結界を端として魔法がかけてあるのよ。過ごしやすいようにね。当然魔物なんかいないし、青空も見えてくるわよ。村に近づけばね」

 これが失われた国の力なのだろうか、三人は感心していた。

 そもそもこの村がウェクトが消えた時点であったのだから、軽く100年は発動しっぱなしの魔法なのだ。

 技術と力と、両方に拍手を送るべきであろう。

「へえ〜……凄いですね。それだけの力があっても、やはり自然だけはねじ曲げれないんですか?」

「そうね……結局、ウェクトの者もでも人間なのよ。人よりも先にうまれた自然には勝てないわ。予知して避けることはできてもね」

 風が辺りを通り抜け、四人は思わず目をつむった。

 その時ティナは風の声を聞いた。

'カエッテキタノ?'

'カエッテキタネ'

'マッテルヨ、ミンナ'

'マッテタヨ、キミタチヲ'

「今の……何?」

 ティナはミケルとアレスに聞いたが、二人とも何も聞いていないと首を横に振った。

 ルナシュアに視線を移せば、彼女だけは分かっているようで、すいっと指を指す。

 その先に、色とりどりの蝶が見えた。

 紅・蒼・翠・生・紫などが主で、どこか不思議な光を放っている。

「蝶々の声……?」

「ううん。違うわ、その向こうよ」

 蝶のさらに向こうというと、少しばかり遠い。

 だが、何故だろう、はっきりと……ティナにはその姿が見えた。

「かあ……さま?」

 光に透ける萌葱色のショールを羽織った、長髪の女性の影がそこにあった。

 振り返ると、ルナシュアが頷くのが見える。

 ティナは、そのまま走り出した。

「っかあさま! かあさまーっ!」

「ティ、ティナ! おかえり……おかえりなさい」

 飛び込んだその先で、ティナはようやく懐かしいぬくもりを取り戻したような気がした。

 ぼろぼろと、止めどなく涙が溢れてくる。

 たとえ、10年前の記憶がなくとも、自分は母のことを覚えていた。

 ティナにはそれだけで十分だった。

「お久しぶりです、シェイナさん」

「おかえりなさい、ルナシュアさん。そして、いらっしゃい……カシレン村へようこそ、最後の旅人達」

 悲しげに目を伏せたような気がしたのは気のせいだったのか、シェイナはすぐに微笑んだ。

 最後と言う言葉に、引っかかりを覚えつつ、どこか緊張した面もちで、ミケルはたたずんでいた。

 アレスはというと、微笑みに微笑みを返すだけで、それ以外には何もしていない。

「シェイナさん、シェキちゃんは……?」

 ふと思い出したようにルナシュアが口を開けば、ルナシュアの表情が硬くなった。

 抱きついていたティナも、さすがにその様子にきづいたらしく、ばっと顔を上げる。

 シェキは自分の妹のはずだ、まさか何かあったのだろうか?

 最悪の事態も一瞬頭をよぎる。

「かあ、さま?」

「シェキは……」

 誰かの喉が鳴った気がした。

「…………会ってあげた方が早いかもしれないわね。家へいらっしゃい、話はそれからよ」

 ひらひらと蝶が舞う。

 全てを知るための扉が、今開こうとしていた。



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