「もし……ウェクトに行くならば、一度スシャラに行くといいわ」 朝食の後、唐突にルナシュアが言った。 どうしてここでその国の名がでてくるのか、それが不思議だった。 「スシャラに?」 「ええ……どうせ通り道だし、色々とすることがあるでしょう?」 色々と、にミケルのことが含まれているのは言うまでもない。 それを分かった上で、ティナはあえて二人に尋ねた。 「う〜んと、どうする? 二人とも」 「僕は賛成ですね。川を下るのは無謀ですし」 「別にいいぜ。ただ、スシャラに行くならケティアに寄っていいか?」 珍しく、ミケルの声音は真剣だった。 昨日のことで決心が付いたのだと思う。 知ろうとしなかったこと、信じたくはなかったこと、けれどもやはり避けては通れない道なのだ。 「いいよ。ミケルも知りたいんでしょ」 「ああ……親父は絶対に何か隠していた。それを知るまでは、あいつの言うことを信じた訳じゃねぇからな」 そう、去り際に囁かれたあの言葉。 ミケルはあちら側につく気など、さらさら無かった。 「じゃぁ、決まりだね。母さま〜」 ティナはシェイナのいる台所まで、駆けていった。 立ち直ったとは思ってはいない、けれども、元気な姿のティナがそこにいるのだから、ルナシュアは安堵していた。 そして、同時に思い出す一つのこと。 「それで、あなた達はいいの? もしその先に……」 進むべき先を占ってみたのだが、どうしても見えなかったのだ。 だから、今度こそ何が起こるのかは分からない。 ウェクトの行く末も同様で、だからこそ心配なのだ。 それを聞いた二人は顔を合わせてから、答えた。 「いいんですよ」 「オレのやりたいように進むから、いいんだよ」 二人の笑みを見たルナシュアは、くすぶっていた不安が消え満足そうだった。 + + + それから出発まで、たいして時間はかからなかった。 「母さま、行ってきます!」 「行ってらっしゃい、ティナ」 抱きしめたシェイナの腕をほどくと、ティナは精一杯の笑顔を見せた。 再会はまた別れとなってしまった。 だが、ティナはシェキの……この村の人達の願いを叶えるために旅立つのである。 だから――迷いはなかった。 「目指すは、スシャラ国 ケティアだね」 「ここからでは……結構かかりますね」 「まぁ、どーにかなるんじゃねぇの」 地図を広げようとしていたアレスも、準備運動をしていたティナも、いつも通りだろというミケルの言葉に、笑いながら頷いた。 「よ〜し、じゃ行こう」 三人はようやく、風花のおさまった結界の外に出たのだった。 + + + 「行っちゃいましたね」 水晶から三人が見えなくなるのを確認すると、ルナシュアは顔を上げた。 カップに残された最後の一口を、喉に通す。 これで、役目は終わりだ。 「ええ。これで、あの子も大丈夫」 お茶のカップを片付けながら、シェイナは微笑んだ。 カチャリと、食器の音だけが響く。 「けど……ルナシュアさん。これからもティナのことお願いします」 「え? でも、シェイナさんは、これから……」 ルナシュアは微かなきな臭さに気付いた。 そもそも、この村全体がおかしかったのだ。どうして、シェイナとシェキ以外の人の気配はなかったのだろうか。 さぁっと、ルナシュアの顔から血の気が引いた。 「まさか!」 「察しの通りです、村に火を放ちました。私はこの村と共に、永遠の眠りにつきます」 「でも、それじゃぁティナは……」 「あの子なら大丈夫。終わらせるためには、この村の存在は不要なんです」 あってはならない過去の産物は、全て消す。そう、彼女の目が言っていた。 それが、残された自分の使命である、と。 「人々の願いは既にティナの元にあります。あの子は正しい道を選んでくれた。感謝せねばなりませんね、ティナを育ててくれた方に。そして、最後くらいあの子の役に立ちたかった」 これは、子供に何もできなかった母の、せめてもの償いでもあった。 「ルナシュアさん…あなたに任せます。ウェクトの行く末を、辛いかもしれないけど見届けて下さい」 「っけど、それは」 「大丈夫。あなたはもう許されているはずですよ。生きているということは、何かきっと意味があるのだから。世界に必要とされていないだなんて、思わないで……」 「……はい」 最後の最後で、全てを許された……そんな気がした。 涙をこらえ、ルナシュアは頷く、もしかすると声は涙声だったのかもしれない。 掌をルナシュアの方に向けると、シェイナの目が厳しくなった。 「空間転移! 蝶達よ、ルナシュアさんを結界の外へ。そして、何者も入れぬように!」 蝶達が数羽、ルナシュアの周りを飛び、光を放ち始めた。 ルナシュアが気づいた時には、空間転移はすでに始まっていたのである。 「シェ……シェイ」 ルナシュアの言葉は、最後まで聞こえなかった。 ひらひらと蝶達が心配するかのように、辺りを彷徨う。 火の燃えさかる音が、じわじわと近づいていた。 「ごめんなさい。そして、ありがとう。あなたのおかげで、私たちは行動にでることができたのだから」 世界に静寂が満ちた。 迫る火炎の音も、自分の言葉さえも聞こえない無音の世界。 だから、最後の言葉が言えたかは分からない。 彼らに神の加護が多くあることを…… 結界の外へ荷物ごと放り出されたルナシュアは、すぐに中へ戻ろうと体を向けた。 だが、それは叶わぬことだった。 結界にふれることはできても、それ以上進むことはできないのだ。 ずるずると、その場に座り込んでしまった。 「シェイナさん……。ティナ達を見守り通すことは約束します。そしてウェクトの全てを見届ける」 空を見上げると、嫌なくらいにきれいに晴れ渡っている。 全てが無くなれば、この結界も消え去るだろう。 そこに、カシレン村は存在しないが。 「手助けはできないよね、そもそもの発端は私達がここにいること。許されるはずはない……あの子達がそれを断ち切ってくれるよね? ミーファ」 "ルナの星見はよく当たるものね……けど、今回だけはそうなって欲しくはない。ワガママかもしれないけど、やっぱり……ね" 声が、聞こえたような気がした。 かつての友が悲しそうに言っていた言葉。 今は、自分も同じ気持ちである。 天を仰ぐと、ルナシュアは静かにティナ達の後を追った。 星は生まれた場所に戻ってきた そして、消えてしまった小さな星の願いを叶えるため、再び旅立ったのである 少女の星は、生まれた場所が消えてしまったことを知らない また、大いなる流れが遠くから見守っていることも知らない それでも星達は、巨大な闇を消し去るための旅を続けるのである 第7章 終わり back top next |
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