第5話 『明日への道の選択』

「もし……ウェクトに行くならば、一度スシャラに行くといいわ」

 朝食の後、唐突にルナシュアが言った。

 どうしてここでその国の名がでてくるのか、それが不思議だった。

「スシャラに?」

「ええ……どうせ通り道だし、色々とすることがあるでしょう?」

 色々と、にミケルのことが含まれているのは言うまでもない。

 それを分かった上で、ティナはあえて二人に尋ねた。

「う〜んと、どうする? 二人とも」

「僕は賛成ですね。川を下るのは無謀ですし」

「別にいいぜ。ただ、スシャラに行くならケティアに寄っていいか?」

 珍しく、ミケルの声音は真剣だった。

 昨日のことで決心が付いたのだと思う。

 知ろうとしなかったこと、信じたくはなかったこと、けれどもやはり避けては通れない道なのだ。

「いいよ。ミケルも知りたいんでしょ」

「ああ……親父は絶対に何か隠していた。それを知るまでは、あいつの言うことを信じた訳じゃねぇからな」

 そう、去り際に囁かれたあの言葉。

 ミケルはあちら側につく気など、さらさら無かった。

「じゃぁ、決まりだね。母さま〜」

 ティナはシェイナのいる台所まで、駆けていった。

 立ち直ったとは思ってはいない、けれども、元気な姿のティナがそこにいるのだから、ルナシュアは安堵していた。

 そして、同時に思い出す一つのこと。

「それで、あなた達はいいの? もしその先に……」

 進むべき先を占ってみたのだが、どうしても見えなかったのだ。

 だから、今度こそ何が起こるのかは分からない。

 ウェクトの行く末も同様で、だからこそ心配なのだ。

 それを聞いた二人は顔を合わせてから、答えた。

「いいんですよ」 「オレのやりたいように進むから、いいんだよ」

 二人の笑みを見たルナシュアは、くすぶっていた不安が消え満足そうだった。





 + + +





 それから出発まで、たいして時間はかからなかった。

「母さま、行ってきます!」

「行ってらっしゃい、ティナ」

 抱きしめたシェイナの腕をほどくと、ティナは精一杯の笑顔を見せた。

 再会はまた別れとなってしまった。

 だが、ティナはシェキの……この村の人達の願いを叶えるために旅立つのである。

 だから――迷いはなかった。

「目指すは、スシャラ国 ケティアだね」

「ここからでは……結構かかりますね」

「まぁ、どーにかなるんじゃねぇの」

 地図を広げようとしていたアレスも、準備運動をしていたティナも、いつも通りだろというミケルの言葉に、笑いながら頷いた。

「よ〜し、じゃ行こう」

 三人はようやく、風花のおさまった結界の外に出たのだった。







 + + +







「行っちゃいましたね」

 水晶から三人が見えなくなるのを確認すると、ルナシュアは顔を上げた。

 カップに残された最後の一口を、喉に通す。

 これで、役目は終わりだ。

「ええ。これで、あの子も大丈夫」

 お茶のカップを片付けながら、シェイナは微笑んだ。

 カチャリと、食器の音だけが響く。

「けど……ルナシュアさん。これからもティナのことお願いします」

「え? でも、シェイナさんは、これから……」

 ルナシュアは微かなきな臭さに気付いた。

 そもそも、この村全体がおかしかったのだ。どうして、シェイナとシェキ以外の人の気配はなかったのだろうか。

 さぁっと、ルナシュアの顔から血の気が引いた。

「まさか!」

「察しの通りです、村に火を放ちました。私はこの村と共に、永遠の眠りにつきます」

「でも、それじゃぁティナは……」

「あの子なら大丈夫。終わらせるためには、この村の存在は不要なんです」

 あってはならない過去の産物は、全て消す。そう、彼女の目が言っていた。

 それが、残された自分の使命である、と。

「人々の願いは既にティナの元にあります。あの子は正しい道を選んでくれた。感謝せねばなりませんね、ティナを育ててくれた方に。そして、最後くらいあの子の役に立ちたかった」

 これは、子供に何もできなかった母の、せめてもの償いでもあった。

「ルナシュアさん…あなたに任せます。ウェクトの行く末を、辛いかもしれないけど見届けて下さい」

「っけど、それは」

「大丈夫。あなたはもう許されているはずですよ。生きているということは、何かきっと意味があるのだから。世界に必要とされていないだなんて、思わないで……」

「……はい」

 最後の最後で、全てを許された……そんな気がした。

 涙をこらえ、ルナシュアは頷く、もしかすると声は涙声だったのかもしれない。

 掌をルナシュアの方に向けると、シェイナの目が厳しくなった。

「空間転移! 蝶達よ、ルナシュアさんを結界の外へ。そして、何者も入れぬように!」

 蝶達が数羽、ルナシュアの周りを飛び、光を放ち始めた。

 ルナシュアが気づいた時には、空間転移はすでに始まっていたのである。


「シェ……シェイ」

 ルナシュアの言葉は、最後まで聞こえなかった。

 ひらひらと蝶達が心配するかのように、辺りを彷徨う。

 火の燃えさかる音が、じわじわと近づいていた。

「ごめんなさい。そして、ありがとう。あなたのおかげで、私たちは行動にでることができたのだから」

 世界に静寂が満ちた。

 迫る火炎の音も、自分の言葉さえも聞こえない無音の世界。

 だから、最後の言葉が言えたかは分からない。



彼らに神の加護が多くあることを……








 結界の外へ荷物ごと放り出されたルナシュアは、すぐに中へ戻ろうと体を向けた。

 だが、それは叶わぬことだった。

 結界にふれることはできても、それ以上進むことはできないのだ。

 ずるずると、その場に座り込んでしまった。

「シェイナさん……。ティナ達を見守り通すことは約束します。そしてウェクトの全てを見届ける」

 空を見上げると、嫌なくらいにきれいに晴れ渡っている。

 全てが無くなれば、この結界も消え去るだろう。

 そこに、カシレン村は存在しないが。

「手助けはできないよね、そもそもの発端は私達がここにいること。許されるはずはない……あの子達がそれを断ち切ってくれるよね? ミーファ」

"ルナの星見はよく当たるものね……けど、今回だけはそうなって欲しくはない。ワガママかもしれないけど、やっぱり……ね"

 声が、聞こえたような気がした。

 かつての友が悲しそうに言っていた言葉。

 今は、自分も同じ気持ちである。

 天を仰ぐと、ルナシュアは静かにティナ達の後を追った。





 星は生まれた場所に戻ってきた

 そして、消えてしまった小さな星の願いを叶えるため、再び旅立ったのである



 少女の星は、生まれた場所が消えてしまったことを知らない

 また、大いなる流れが遠くから見守っていることも知らない

 それでも星達は、巨大な闇を消し去るための旅を続けるのである


第7章 終わり



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