第1話 『おかえり。ただいま』

 山を下ることは、登るときよりも慎重になる必要があるといわれている。

 山を下ったことのない三人にとってはもちろんのことだ。

 結果、歩く時間が増えるというわけで……

「……あ゛――っ、疲れた! 飽きた!」

 この日数度目であるミケルの野次が飛んだ。

 だんだんと、叫ぶ間隔が短くなっているような気がするのは気のせいではないだろう。

 ただ歩くだけという単調なことに、飽きてきているのだ。

 意外なことに、アレスは疲れた様子を見せていない。

 ティナなどピンピンしているので論外である。

 ため息つくと、ティナはミケルの方を向いた。

「ミケル、もしここで魔物が出てきたらどうするの?」

「戦うに決まってんだろ」

 至極楽しそうに、ミケルの口は三日月を描く。

 戦いとなると、妙に元気を出すミケルである。

「そう言う元気があるならば、文句を言わず歩いて下さい。そうしないと、一体いつケティアにいつつけるのか」

「う゛」

 確かに、ダラダラと歩き続ける気はない。

 かといって、歩く気も起きぬミケルであった。







 風花の妨害は何故かなく、三人は順調に進んだ。

 少し南に向かっていたので、過ごしやすく、また歩くことにも支障がない気温となってきたことも関係している。

 山裾に来る頃、立ち寄った村の話から、一ヶ月も経っていることを知った。

 そう、冬の氷月に入っていたのである。

 一年の終わりに当たるこの月は、どの村も忙しそうにしていた。







 + + +







 それからケティアにつくまで、たいして日数はかからなかった。

 懐かしい、半年ぶりの門が徐々に大きく見えてくる。

 門を遠くから見たティナとミケルは、出たときのことを思いだした。

「……そう言えばさ。私達、門番とか倒してこなかったっけ?」

「ははっ……すんなり通してくれりゃぁ良いんだけど」

 後ろめたさがやはりあるのか、二人とも逃げ腰である。

 早々に、近くの茂みに隠れてしまった。

 そんな様子を見て、アレスは口は厳しく、しかし叱る様子は楽しそうである。

「事情はあまり知りませんが、何にしても後先考えず強行突破なんてするからですよ」

「んな事言ったってなぁ。あの場合仕方なかったんだよ」 「……」

 ティナは反論ができなかった。

 今考えると、あの時自分には暴れていい理由はなかったのだ。

 ミケルがいいと言ったから、つい乗ってしまったのだが……いや、そもそもただ暴れ足りなかった記憶もあるわけで……。

 何故だろう、思い返すほど自分を追いつめているような気がして、ティナはそっとため息をついた。

「ともかく、門番が素直に通してくれるかどうか……だ」

 門の様子をうかがっていたミケルの動きがとまった。

「どうしたの? ミケル」「どうしました? ミケル」

 不思議そうに、ティナとアレスはミケルの目線を辿った。

 そこには見るからに門番ではない人物が一人。

 遠目でよくは分からないが、金髪の子供だろうか?

「なんであいつがここに? いや、あいつ一人ってのもおかしいな」

 ブツブツと、呟く言葉を聞いても、二人にはさっぱりである。

 そもそもミケルがあまり自分のことを語るということはなく、よって『あいつ』が誰なのかは二人には皆目見当がつかない。

「……ティナ、アレス。門は無事に通れるかもしれねぇ。いや、無事に通れるな」

 それなら良かった、と安心したティナだったが、『門は』という言葉に引っかかりを覚えた。

 徐々にそわそわし始めるミケル。

「まぁどっちみち見つかるだろう」

 ポンッ と、ミケルの右肩に誰かの手が置かれた。

 反射的にミケルの肩があがる。

 ティナとアレスはミケルの前にいるから違う。

 と、なると……

「あ……」

「本当に帰ってきていらっしゃったのですね。あの方の勘は良く当たりますから」

 振り返ったミケルの顔が青ざめた。

「お久しぶりです。どうか致しましたか? ミケル様」

 ミケルを様付けする人物は、この世でただ一人。

 にこやかな笑顔、腰に下げてある剣、ミケルと似た色の髪。

 国旗の下部分をかたどった入れ墨に、海の色のような瞳。

 現スシャラ国王 キリ・シャスラの世話役兼教育係のレテーフェである。

「レフェ、なんでいるんだ? まさかとは思うが……」

 ようやく紡ぎ出した言葉は、至って分かりきっていることでもあった。

 彼がいるということは、国王であるキリがなんらかの理由で城をあけたのだろう。

「今日は違います。キリ様の御公務が終わり、休んでいらっしゃった時、突然ミケル様が帰っていらっしゃる……と」

 レテーフェ自身その時は半信半疑だったが、久々に外へ行くのもいいだろうと考え、連れてきたのである。

 事実、その目でミケルを確認した時は、驚いたのだと付け加えた。

(相変わらず、すげぇ勘だな。キリの奴)

「それにしてもミケル様。何故、キリ様に黙って旅になど行かれたのですか? あなた様が国を出られた後、こちらは大変だったのですよ」

 話はそれだけで終わるはずもなく、レテーフェのたまりにたまった愚痴がこぼれだした。

 こうなっては止めようがない。

 ミケルは悪いと思いつつも、全てを右耳から左耳に流しはじめた。

「キリ様はあまり暴れなかったものの……いえ、あの天真爛漫なキリ様が、ずーっと無言でいらっしゃったのですから、ある意味では何より怖かったですよ。天変地異の前触れかと思うくらいです。
 さらに、リトス老殿を落ち着かせるまで、どれだけの時間を費やしたことか。……一月ですよ、ひ・と・つ・き。それが、どれだけのもったいない時間だったことか……ミケル様、聞いていますか?」

 アレスの嫌みには大分慣れたつもりだったが、年齢の分レテーフェの方が強力である。

 ウンザリとした顔を慌てて消して、レテーフェの勢いがとまった隙に、ミケルは口を開いた。

「まぁ、とりあえず行こうぜ、俺の家に。レフェ、話を聞くのは良いんだが、今は、それより優先したいことがあって戻ってきたんだ」

「優先って一体どういう……」

 ミケルの真剣な顔に、さすがのレテーフェも黙った。

 門を通るため、ミケルは風難よけにつけていた杖を元の大きさに戻した。

 ティナとアレスの頭上には、たくさんの疑問符が浮かんでいたが、今ではなく、後で聞くことに決めた。





 + + +





 門まで行くとそこにいた門番ではない人物……先ほどの金髪の少年が駆け寄ってきた。

「ミケル〜! おかえり」

 満面の笑み。

 記憶と寸分違わない、キリの笑顔である。

「ただいま」

 結局、どう対応するか悩みつつ、ミケルはキリの頭の上に手を置いた。

 キリは一瞬目をパチクリしてから、嬉しそうに微笑んだ。

「よく、わかんないね」

「まぁ、仕方ないですよ。ミケルは自分のことをあまり多く話してくれないんですから」

「そうだね。本人それが無意識みたいだけど」

「一番、聞きづらいですね…そう言うのって」

「うん」

 後ろでティナとアレスがこのようなことを話すのも無理はない。

 カロン島に言った時とその後、アレスは自分のことをほとんど語った。といっても、ティナにはだが。

 ティナなど出会った直後に全て話し、わからなかった過去もつい最近明かされたのである。

 二人で考え込んでいると、キリのおかげで門番に睨まれつつも通る許可を得たミケルが呼んだ。

「何してんだ? 二人とも。行くぞ、迷っても知らねぇからな」

 ティナとアレスは、それは大変…と、慌てて後を追ったのだった。





 + + +





 町の中心街から横道に入り、少し歩いたところにミケルの家はあった。

 どちらかというと、森や山に近い方である。

 住宅街の一角で、昼間だからかもしれないが、辺りはしんとしていた。

「オーイ親父! いるかぁ?」

 どうやら玄関の扉には鍵がかかっているようで、ミケルは扉を叩いた。

 よくよく考えてみれば、時間帯的に仕事にでているのではないか、と後ろの二人は思う。

 しかし、ミケルは扉を叩き続け……

「ちぃっ」

 しまいに、思いっきり蹴りをいれた。

 あわててその足に、キリがしがみつく。

「ミケル、扉を壊すのはダメ!」

「んな事言ったってなぁ」

「親父さんなら出掛けてますよ」

 意外な場所から声が聞こえた。隣の家の窓からである。

 長い緑の混じる黒髪をポニーテールにした同じ色の垂れ目の少女がそこから覗いていた。

 左耳にリボンのピアス……火難よけをつけている。

 ミケルの隣の家に住む人物といえば、幼なじみのクラフである。

「て、ミケル?!」

 声をかけたクラフもそこにいた人物が意外だったようだ。

「お、クラフ、いいところに。悪い、親父が帰ってくるまでそっち行ってもいいか?」

 両手を胸の前であわせミケルは苦笑いを浮かべた。

「……いいですよ。どうぞ」

 一瞬考える素振りを見せたクラフだったが、笑いながら承諾してくれた。

 後ろにいた二人を少々気にしたようだが、ミケルが一言何かを言うと「仕方ないですねぇ」と笑みをつくる。

 何がなんだか分からないまま、知らない人の家に上がり込むことになった。



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