第2話 『隣家にての再会』

 ミケルの父親が帰ってくるまで自己紹介の場となったクラフの家。

 キリがこの国の王である……と言った時、ティナとアレスはやはり驚いた。

「驚くことなの?」

 ちなみに、相も変わらずキリの王という自覚は半分である。

 公式の場でならばきちんとするのだが、親しい者の前ではそんなものは必要ない。

「キリ様、お言葉ですが、いい加減こういう場でも自覚を持たれた方が」

「む〜」

「それにしても……ミケルに仲間がいるとは思ってもみなかったですよ」

「どういう意味だよ、クラフ」

「そのままですよ。ミケルは昔から、人を避けるような所があったじゃないですか」

 ミケルには返す言葉がなかった。

 人付き合いをさけていたのは事実だ。面倒くさいからが主だった理由。

 しかしミケル自身、対等な力を持った、自分の認める者しか友達にしたくなかったのである。

 人は自分よりできる者を誉める。

 だが、それがいきすぎると妬みの対象に転じてしまう。

 そのせいでか人から避けられるようになった時期もあった。

「へぇ〜……かなり意外ですね。今のミケルを見ていると」

「意外どころか、信じられない」

 キッパリと言い切ったティナに、少なからず怒りを覚えたミケルだった。

 紅茶を飲んでからクラフは目を閉じた。

(旅と出会いが……いえ、二人がミケルを変えたのかもしれませんね)

 旅という未知の物の中で、決して孤独ではなく仲間がいるということが、変化を与えたのかもしれない。

 人となれ合うことを嫌っていたときよりも、今の方が断然良いとクラフは思った。

「もしかして、恥ずかしくて過去のことを話さなかった……というのでは?」

「そうかなぁ。でも、ありそうだね」

 話をまとめようとするティナとアレスに、我慢のきかなくなったミケルが割り込んだ。

「お前ら……人の過去を推測だけで語るんじゃねぇよ。てか、勝手に決めるな!」

「だって……ねぇ」

 ティナは微笑みながら、アレスの方を向いた。

「決めて下さいと言わんばかりの情報じゃないですか。実際」

 ね、とアレスもティナの方を向いて微笑んだ。

 明らかに楽しんでいるとしか思えない光景だ。

「……」

 素直に負けを認めるミケルだった。







 + + +







 日がだいぶ傾きだした頃、キリとレテーフェは帰っていった。

 勿論、ミケルとクラフがキリを言い聞かせてだ。

 キリは、「また来る〜!」と言っていたが、三人が旅立つまでには難しいだろう。

 これが、キリにあう最後の機会だったとは、まだ誰も知らない。



 ミケルの父親が帰ってきたのは、日もどっぷり沈み月の出てくる頃だった。

「いい加減、帰ってきやがれ。お・や・じぃ……」

 空腹に耐えながらミケルはテーブルに突っ伏した。

 ティナは横でスースーと寝息を立てている。

 一方のアレスはクラフと共に台所で夕食を作っていた。

 その時、この家(言わずとしれたクラフの家)の玄関の扉の鈴が鳴った。

 クラフの家に帰ってくる者はいない。

 何故なら、先程聞いて分かったことだが、病弱だったクラフの唯一の家族である母親が、ミケルの旅立った一ヶ月後になくなったそうだ。

 ミケルはこんな時間に誰だ? と思いつつ、玄関に駆けていったクラフの方に意識を向けた。

「あっ、親父さん、お疲れさまです」

 聞こえた声に思わずずっこけるミケルである。

 今確かにクラフは「親父さん」と言った。

 それは、自分の父親のことではないのだろうか。ではなぜ、ここに来るのか?

 疑問を持ちつつ、すぐさま立ち直ると、玄関に慌てて出た。

「なんで、親父がクラフのとこに来るんだよ」

「おおーミケル。もう帰ってきたか、腰抜けめ」

 玄関にいたのはやはり父親だった。

 髪の後ろを赤いバンダナですっぽりくるみ、まるで海賊の子分のような髪型である。

 だが、茶色い前髪は、目に掛かるほど長いうえに、量が多い。

 両耳には二つづつ、違う形のピアスがついている。

 無精ヒゲが、少々面倒くさがりさを感じさせた。

 さすが、ミケルの父親と言うべきだろうか。

 ここにミケルがいることを、不思議に思っていないらしい。

 それどころか、楽しげに笑っている。

「こっ……腰抜けって……違う! 断じて違う!」

 ミケルは慌てて訂正させた。

「何だ? そうじゃないのか。つまらん」

 ミケルの父はバサバサの茶色い前髪を掻き上げた。

「あの〜ミケルも、親父さんも、とりあえず夕食を食べてからにしませんか? お客様もいらっしゃることですし」

 言いにくそうに、クラフが二人の間に割り込んだ。

「何ィ?! 客だと、ミケルにかっ?!」

 人一倍……否それ以上に驚くミケルの父である。

 しかし、クラフを呼ぶアレスの声に、父親は眉をひそめた。

「ちっ……男友達か」

 さり気なく呟いたようだが、ミケルには丸聞こえだったようだ。

 一体何を期待したというのか……いや、おそらく何も考えてはいないだろう。

 こんなのでも一応は父親なのだ、二人にどう紹介するのか……それだけでミケルの頭の中はいっぱいだった。







 + + +







 夕食後、一通りの紹介もすみ、クラフのいれたお茶で全員は一服していた。

「んで……一体何の用なんだ? 突然帰ってきやがって」

 ミケルの父こと、アバルが、突然きりだした。

「話して欲しい。今まで隠してきたこと、全部だ」

 いつもの数倍真剣な眼差しを、ミケルは向けた。

 アバルの方もその雰囲気を察してか、姿勢を正す。

 声のトーンが低くなっていた。

「理由は?」

「それは……」

 どう説明しようかと迷うミケルのかわりに、ティナが答えた。

「ミケルがウェクトの血を引いているか確かめたいの。本当に、私と同じか」

 ティナが「同じか」と言ったところで、アバルは目を見開いた。

 とっさにクラフの方へ視線を移す。

 だが、どうやら聞こえていなかったようだ。彼女は台所で仕事をしていた。

 アバルは言ったことが真実かどうか見極めようと、ティナの方をしばし見ていた。

 それだけで分かったかどうかは分からないが、アバルは口を開いた。

「……結局、あいつの言ったとおりになったか。時が来たか。だから気をつけろって言ったんだ」

 それは旅立つ前の最後の忠告。

 ウェクトの者に気をつけろ……全ては隠してきたミケルの過去にあるのだ。

 アバルは、一度喉をととのえてから、口を開いた。

「俺の知りうることを、初めから順に話した方が良さそうだな……だが、クラフちゃんを巻き込むわけにはいかない。だから……」

「……分かった。クラフ、家に戻るわ。今日はさんきゅ」

「うえ? はい。分かりましたー。おやすみなさーい」

 まだ手が離せないのだろう、返事だけが返ってきた。

 ティナとアレスに視線だけを移すと、二人とも僅かに頷く。

 三人とアバルは、急いでミケルの家へ移動した。





 ミケルの家に着くなり、アバルは話を始めようとしたが、「お茶くらい出せ!」というミケルの意見に阻まれた。

 しぶしぶお湯を沸かしに行くアバルを見送ると、それぞれ居間のソファーに腰を下ろす。

 一人掛けのソファーに座ったティナの足元に、青色の何かがすり寄ってきた。

「え、何?」

 ティナが持ち上げてみると、それは小型な赤い瞳を持つ猫だった。

 ただ、その目は好意的には見えない。

 しかし、元々自由気ままに生きている猫なのだ、特に気にはとめなかった。

 猫はティナの手をすり抜けると、膝を伝って下に降りた。

「……猫?」

「親父、何で猫なんかいるんだ?」

 ミケルも不思議そうにしている。

 つまり、ミケルが出ていった後、この家に住みついたと考えて良いだろう。

「ああ、そいつか。つい最近居着いてんだよ。別に俺が拾った訳じゃねぇぞ」

 確かに、動物を保護しようとするような人間にはお世辞でも言えない。

 音を立てながら、アバルはテーブルの上にお茶のカップを置いた。

「なんか……私にくっつてくる?」

 足の間を行ったり来たりする猫を見ながら、ティナはくすぐったそうにしている。

「ですねぇ……痛っ! 僕は嫌われているみたいですが」

 そっと撫でようとしたアレスだったが、手を引っ掻かれた。

「俺が撫でようとしても、逃げるんだよな。ほら、行け! ミケル」

 さりげなく、アバルはミケルの背中を押した。

「は? 何で、オレが!」

「反応が見たいだけだ。観念しろ」

 ミケルは渋々と手を差し出した。

 猫は逃げるわけでもなく、引っ掻くわけでもなく、ミケルの手の臭いをかいでいた。

 まるで、本人かどうかを確認するように。

 一瞬ビクついたミケルだったが、何事もないことを確認すると、自分の場所に座った。

 猫は相変わらずティナの足元にすり寄っている。

 邪魔にはならないことだし、猫の自由にすることにしたのだった。

 どっかりと腰を下ろしたアバルは、大きく息を吐いた。

 今日この日まで黙ってきた全てを話す覚悟を決めたのだろう。

 次に飛び出した言葉は、三人の息を一瞬だけとめた。

「まず、始める前に単刀直入に言おう……ミケルは俺の本当の子供じゃない」



 その言葉は、長い長い真実の話の幕開け。



 そして……なかなか明けぬ夜の始まりでもあったのである。



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