ミケルの父親が帰ってくるまで自己紹介の場となったクラフの家。 キリがこの国の王である……と言った時、ティナとアレスはやはり驚いた。 「驚くことなの?」 ちなみに、相も変わらずキリの王という自覚は半分である。 公式の場でならばきちんとするのだが、親しい者の前ではそんなものは必要ない。 「キリ様、お言葉ですが、いい加減こういう場でも自覚を持たれた方が」 「む〜」 「それにしても……ミケルに仲間がいるとは思ってもみなかったですよ」 「どういう意味だよ、クラフ」 「そのままですよ。ミケルは昔から、人を避けるような所があったじゃないですか」 ミケルには返す言葉がなかった。 人付き合いをさけていたのは事実だ。面倒くさいからが主だった理由。 しかしミケル自身、対等な力を持った、自分の認める者しか友達にしたくなかったのである。 人は自分よりできる者を誉める。 だが、それがいきすぎると妬みの対象に転じてしまう。 そのせいでか人から避けられるようになった時期もあった。 「へぇ〜……かなり意外ですね。今のミケルを見ていると」 「意外どころか、信じられない」 キッパリと言い切ったティナに、少なからず怒りを覚えたミケルだった。 紅茶を飲んでからクラフは目を閉じた。 (旅と出会いが……いえ、二人がミケルを変えたのかもしれませんね) 旅という未知の物の中で、決して孤独ではなく仲間がいるということが、変化を与えたのかもしれない。 人となれ合うことを嫌っていたときよりも、今の方が断然良いとクラフは思った。 「もしかして、恥ずかしくて過去のことを話さなかった……というのでは?」 「そうかなぁ。でも、ありそうだね」 話をまとめようとするティナとアレスに、我慢のきかなくなったミケルが割り込んだ。 「お前ら……人の過去を推測だけで語るんじゃねぇよ。てか、勝手に決めるな!」 「だって……ねぇ」 ティナは微笑みながら、アレスの方を向いた。 「決めて下さいと言わんばかりの情報じゃないですか。実際」 ね、とアレスもティナの方を向いて微笑んだ。 明らかに楽しんでいるとしか思えない光景だ。 「……」 素直に負けを認めるミケルだった。 + + + 日がだいぶ傾きだした頃、キリとレテーフェは帰っていった。 勿論、ミケルとクラフがキリを言い聞かせてだ。 キリは、「また来る〜!」と言っていたが、三人が旅立つまでには難しいだろう。 これが、キリにあう最後の機会だったとは、まだ誰も知らない。 ミケルの父親が帰ってきたのは、日もどっぷり沈み月の出てくる頃だった。 「いい加減、帰ってきやがれ。お・や・じぃ……」 空腹に耐えながらミケルはテーブルに突っ伏した。 ティナは横でスースーと寝息を立てている。 一方のアレスはクラフと共に台所で夕食を作っていた。 その時、この家(言わずとしれたクラフの家)の玄関の扉の鈴が鳴った。 クラフの家に帰ってくる者はいない。 何故なら、先程聞いて分かったことだが、病弱だったクラフの唯一の家族である母親が、ミケルの旅立った一ヶ月後になくなったそうだ。 ミケルはこんな時間に誰だ? と思いつつ、玄関に駆けていったクラフの方に意識を向けた。 「あっ、親父さん、お疲れさまです」 聞こえた声に思わずずっこけるミケルである。 今確かにクラフは「親父さん」と言った。 それは、自分の父親のことではないのだろうか。ではなぜ、ここに来るのか? 疑問を持ちつつ、すぐさま立ち直ると、玄関に慌てて出た。 「なんで、親父がクラフのとこに来るんだよ」 「おおーミケル。もう帰ってきたか、腰抜けめ」 玄関にいたのはやはり父親だった。 髪の後ろを赤いバンダナですっぽりくるみ、まるで海賊の子分のような髪型である。 だが、茶色い前髪は、目に掛かるほど長いうえに、量が多い。 両耳には二つづつ、違う形のピアスがついている。 無精ヒゲが、少々面倒くさがりさを感じさせた。 さすが、ミケルの父親と言うべきだろうか。 ここにミケルがいることを、不思議に思っていないらしい。 それどころか、楽しげに笑っている。 「こっ……腰抜けって……違う! 断じて違う!」 ミケルは慌てて訂正させた。 「何だ? そうじゃないのか。つまらん」 ミケルの父はバサバサの茶色い前髪を掻き上げた。 「あの〜ミケルも、親父さんも、とりあえず夕食を食べてからにしませんか? お客様もいらっしゃることですし」 言いにくそうに、クラフが二人の間に割り込んだ。 「何ィ?! 客だと、ミケルにかっ?!」 人一倍……否それ以上に驚くミケルの父である。 しかし、クラフを呼ぶアレスの声に、父親は眉をひそめた。 「ちっ……男友達か」 さり気なく呟いたようだが、ミケルには丸聞こえだったようだ。 一体何を期待したというのか……いや、おそらく何も考えてはいないだろう。 こんなのでも一応は父親なのだ、二人にどう紹介するのか……それだけでミケルの頭の中はいっぱいだった。 + + + 夕食後、一通りの紹介もすみ、クラフのいれたお茶で全員は一服していた。 「んで……一体何の用なんだ? 突然帰ってきやがって」 ミケルの父こと、アバルが、突然きりだした。 「話して欲しい。今まで隠してきたこと、全部だ」 いつもの数倍真剣な眼差しを、ミケルは向けた。 アバルの方もその雰囲気を察してか、姿勢を正す。 声のトーンが低くなっていた。 「理由は?」 「それは……」 どう説明しようかと迷うミケルのかわりに、ティナが答えた。 「ミケルがウェクトの血を引いているか確かめたいの。本当に、私と同じか」 ティナが「同じか」と言ったところで、アバルは目を見開いた。 とっさにクラフの方へ視線を移す。 だが、どうやら聞こえていなかったようだ。彼女は台所で仕事をしていた。 アバルは言ったことが真実かどうか見極めようと、ティナの方をしばし見ていた。 それだけで分かったかどうかは分からないが、アバルは口を開いた。 「……結局、あいつの言ったとおりになったか。時が来たか。だから気をつけろって言ったんだ」 それは旅立つ前の最後の忠告。 ウェクトの者に気をつけろ……全ては隠してきたミケルの過去にあるのだ。 アバルは、一度喉をととのえてから、口を開いた。 「俺の知りうることを、初めから順に話した方が良さそうだな……だが、クラフちゃんを巻き込むわけにはいかない。だから……」 「……分かった。クラフ、家に戻るわ。今日はさんきゅ」 「うえ? はい。分かりましたー。おやすみなさーい」 まだ手が離せないのだろう、返事だけが返ってきた。 ティナとアレスに視線だけを移すと、二人とも僅かに頷く。 三人とアバルは、急いでミケルの家へ移動した。 ミケルの家に着くなり、アバルは話を始めようとしたが、「お茶くらい出せ!」というミケルの意見に阻まれた。 しぶしぶお湯を沸かしに行くアバルを見送ると、それぞれ居間のソファーに腰を下ろす。 一人掛けのソファーに座ったティナの足元に、青色の何かがすり寄ってきた。 「え、何?」 ティナが持ち上げてみると、それは小型な赤い瞳を持つ猫だった。 ただ、その目は好意的には見えない。 しかし、元々自由気ままに生きている猫なのだ、特に気にはとめなかった。 猫はティナの手をすり抜けると、膝を伝って下に降りた。 「……猫?」 「親父、何で猫なんかいるんだ?」 ミケルも不思議そうにしている。 つまり、ミケルが出ていった後、この家に住みついたと考えて良いだろう。 「ああ、そいつか。つい最近居着いてんだよ。別に俺が拾った訳じゃねぇぞ」 確かに、動物を保護しようとするような人間にはお世辞でも言えない。 音を立てながら、アバルはテーブルの上にお茶のカップを置いた。 「なんか……私にくっつてくる?」 足の間を行ったり来たりする猫を見ながら、ティナはくすぐったそうにしている。 「ですねぇ……痛っ! 僕は嫌われているみたいですが」 そっと撫でようとしたアレスだったが、手を引っ掻かれた。 「俺が撫でようとしても、逃げるんだよな。ほら、行け! ミケル」 さりげなく、アバルはミケルの背中を押した。 「は? 何で、オレが!」 「反応が見たいだけだ。観念しろ」 ミケルは渋々と手を差し出した。 猫は逃げるわけでもなく、引っ掻くわけでもなく、ミケルの手の臭いをかいでいた。 まるで、本人かどうかを確認するように。 一瞬ビクついたミケルだったが、何事もないことを確認すると、自分の場所に座った。 猫は相変わらずティナの足元にすり寄っている。 邪魔にはならないことだし、猫の自由にすることにしたのだった。 どっかりと腰を下ろしたアバルは、大きく息を吐いた。 今日この日まで黙ってきた全てを話す覚悟を決めたのだろう。 次に飛び出した言葉は、三人の息を一瞬だけとめた。 「まず、始める前に単刀直入に言おう……ミケルは俺の本当の子供じゃない」 その言葉は、長い長い真実の話の幕開け。 そして……なかなか明けぬ夜の始まりでもあったのである。 back top next |
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