第4話 『真の実を口にして、誰もが黙り込んだ』

 ケティアについたミルファーレとルナシュアはこの町の中で力の強い者の所へ住ましてもらおうと考えた。

 計画に荷担する気はあまりなかったが、ミケルにはやはり強い者になって欲しいという思いのほうが、優先されたのだ。





 二人は噂を元に、アバルと出会ったのである。

 初めの数日は双方とも様子を見ていたが、ウェクトに関わりがあることを見抜くと、全て話し合った。

 アバルはその時初めて計画のことを知ったのである。

 おそらく、アバルの両親は語らなかったのだろう。

 話し終わった後、ミルファーレとルナシュアは出ていこうとしたが、アバルはそれを止めた。

 放っておけないと思ったことと、彼女に惹かれていたからである。

 ミルファーレはミケルがいるので留まったが、ルナシュアはカシレン村を探しに旅立った。

 それから、たびたびルナシュアは連絡をしていたのである。







 水龍の守護があったとはいえ、時間移動に力を費やしたミルファーレは、この時代に来てから二年で亡くなっている。

 ミケルが三歳になる前のことだ。

 だから、ミケルは母の顔も声も全然覚えていない。

 だが、自分のことを一番に考えていてくれたということは、分かった。







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「ここまでだ。と、言っても俺の知っていることは、だがな」

 長い長い昔話の終わり。

 お茶などとうに冷めていた。

 それだけの時間が経っていたのである。

 月が真上に昇っていた。おそらく、真夜中に近いであろう時刻だ。

 ティナの足元をウロウロしていた猫は、いつの間にか膝の上に丸まっていた。

「それで? お前達の知っていることを、聞いていいか?」

 カップの残りを全て飲み干し、アバルが言った。

 少々戸惑いつつも、自分のコト、カシレン村でのコト、そして、今ウェクト復活計がどこまで進んでいるかをティナは語った。

 ティナの話が終わると、アレスも自分とウェクトとの関わりを語った。

 勿論、ティナとミケルに話していないことは言わなかった。

 誰もが口を閉じた時、ティナの膝の上にいた猫がテーブルの上に飛び、四人を見上げた。

 そして、さも満足そうな不気味な笑みを浮かべたのである。

 幸か不幸かそれを見た者は、この場にはいなかった。



 結局、その後誰も話そうとはしなかった。

 そして、ミケルは自分の部屋に、ティナとアレスはそれぞれ別の部屋に入った。

 だが、床につく者は一人もいなかった。

 いや、床につけなかったと言った方が正しいのかもしれない。







 居間に一人残されたアバルは、窓辺に腰掛け酒を飲んでいた。

 左手には小さな水晶飾りのついた、赤いチョーカーが握られている。

「天運……か。ルーナの言った通りになっちまったな、ミーファ」

 あの日のごとく、満月はこうこうと光っている。

 アバルとミルファーレとルナシュアが全てを話あった日も、満月だった。

 ルナシュアは去り際にミケルに何が起こるかを占っていった。

 それだけが真実とは限らないハズだった。

 だが、実際ルナシュアの占い通り、ミケルは二人の仲間を連れこの家に戻ってきた。

 自分の過去を知るために。

「神様って奴は、いじわるだねぇ」

 冬の氷月らしい冷たい風が頬を撫でた。

 アバルはグラスの酒を一気に喉に流し込むと、月を見上げた。

 傍にはいつの間にか猫が座っている。

 横目で猫を見てからそのままアバルは目を閉じた。









 + + +









 月が随分傾いた頃、丸まっていた猫が目を開けた。

 暗闇に赤い瞳が怪しく光る。

 周りを見渡し、ゆっくりとアバルに近づくと異常に長い爪をのばした。

 月光を反射して、刃物のように光る。

 そのまま、猫はアバルの胸に突き立てようとした。

「寝首を掻こうって寸法か? 甘く見られちゃ困るぜ、まったく」

 ゆっくりと、アバルが目を開いた。

 驚いたように反応すると、猫は爪をしまい後ろに跳びアバルを見上げた。

『寝てなかったの? つまんない』

 顔を撫でる動作をしながら、不思議なことに猫が喋った。

 しかし、正しくは猫が喋っているわけではない。口が動いていなかった。

「まあな。お前の正体と色々なことを聞いてた……ミスカルってんだろ?」

 相手に調子を取ることを許さず、あくまで自分のペースで続ける。

 猫の目が剣呑に細められた。

『そうだよ、ボクはミスカル。聞いていたなら話は飛ばすよ。協力してくれるの?』

「残念なことに、それはできない。俺は何処につくこともないんでな。しいて言えば、ミーファの力になることしかしない」

 一息置き、アバルは続ける。

「あいつらには最低限のことしか教えない。ミーファの頼みだしな。で、ミスカルお前は俺に何を望んでいるんだ?」

 アバルがふと目を向けると、猫――ミスカルには悪魔の翼が生えつつあった。

 紺色の骨しかない翼だが。

 ミシミシときしむような音がしたが、苦しみもせず、ミスカルは笑っていた。

『望み? そうだな……ボクはねできれば四大守護を集めたいんだよ。
 子孫もそうだけど、そっちが優先。守護の力はかなり重要だからね。君は、ボクの望む四大守護のうちの一人だろ?』

 四大守護……どの属性でも一番力の強いとされる、水龍、火馬、風鳥、土狼のことである。

 その守護を持つ者は、同じ時代に二人はいない。

「確かに、俺の守護は土狼だ。だが、俺一人いたところでどうにもならないだろう?」

『……水龍と火馬は捜すさ。風鳥の居場所は分かってるし。あいつはよく、化けているから』

 床を蹴り、ミスカルは宙に浮いた。

 もうそれは猫の姿を借りた別物でしかなかった。

「化けている……?」

 アバルは片眉をつり上げた。

『そう。ルナシュアがいたろう? 彼女の守護は風兎じゃない。鳥と同じで一羽二羽って数える動物だからと姿を借りているのさ。
 あの姿でいる時は、四大守護という鎖に縛られないからね』

 さすがのアバルもこれに意見を述べることはできなかった。

 彼女までもが四大守護を持つ者。

 ではあのとき、あの場には四大守護のほとんどがそろっていた。

 そう考えると、出会いは全て何かに決められたような気さえした。

 ミスカルは羽のない翼を動かし、アバルの上を通り過ぎると、外に出た。

 あわてて我に返る。こいつにだけは、油断してはいけないと思いかえしたからである。

 月を背にミスカルは振り返った。

『反逆者であるティナと鍵の少年であるミケル……間違えてどっちか……いや、どっちも殺しちゃうかもしれないよ? ボク』

「それは困る」

 キッパリとこれだけは言いきった。

 利用されたりすることが良いわけではない。

 だが、せめて生きていては欲しいと思った。

 ここでふと、アバルは疑問を持った。

 ミスカルは二人の名だけ言った。人数が一人足りない。

 それを察してか、ミスカルはまた笑った。

『あははっ……ああ、聖なる珠(ホルオーブ)の少年、アレスはいいんだ。ボクじゃなくてアレが決める。じゃぁね、また来るよ』

 ミスカルは翼をはためかせ、夜の闇に消えていった。

「来なくていい……っつって、聞こえねぇか」

 アバルはバンダナをはずすと頭を掻いた。

 音を立てないよう気をつけながら窓を閉め、もう一杯だけ酒を飲みソファーに寝ころんだ。

 せっかくの酔いが醒めてしまい、気分が少々悪い。

「四大守護……か。どうして俺なんだろうなミーファ。お前も苦しんだのか? 水龍が守護で」

 何をするわけでもなく、何も道具を使わないのに守護の声が聞けた。

 幼い頃は、周りから特別な視線で見られていた。

 そして、繰り返し繰り返しそれが天運の……お前の星の定めだといわれた。

 アバルにとってそれが何よりの重荷だった。

 いつだったか、土狼が『お主がワシを守護に持ち、どれだけ苦しんだかは知っておる。じゃが、このおかげでミーファと出会えたと考えてはどうじゃろうか』と言っていた。

 その言葉にアバルは少なからず救われたのである。

「なぁ、土狼……お前は知っていたのか? ルーナの守護のことを」

"ああ。さすがに我らは出会えば分かる。言わなかったのは、フートに口止めされたからじゃ。
 そしてあの子は知っておる……ミルファーレとは真逆の罪をルナシュアに課せられたことを"

「……罪?」

"……自然の理から外れたことをすればどうなるのか、ウェクトの人間は分かっていたはずじゃ。それでも二人は受け入れて、この時代に現れた。
 天運は……長寿であったはずのミルファーレの命を削ぎ、ルナシュアには永遠の時間を与えた"

 アバルは大きく目を見開いた。

「永遠だと?!」

"そうじゃ……10年では分からないであろうがな。風鳥を守護とする者は、この先現れぬということじゃ。
 フートはそれをルナシュアに話したろうし、ルナシュアもそれを受け入れた"

「それをあいつらは……」

"知らぬじゃろ。知る必要もないことじゃ。さぁ、アバルお主も少し眠れ……"

 耳元で囁く声が、徐々に小さくなっていく。

 そのまま、アバルは深い眠りへと誘われていった。





 夢の奥底で静かに見つめる土狼は、ゆっくりと目を閉じた。

 頭の中で、100年の記憶が走馬燈のように流れていく。

 そして最後に、星々の輝きが微かに見えた。

"唯一の傍観者は、我ら四大守護のみ。天運は珍しく見えぬようになってきおった……
 ワシはこのまま見続ける。スシェルは籠もりっきり、フートはルナシュアと共に。はて、カーテはいずこに?"

 その疑問は、誰にもとどかずに夢の中で泡と散った。



 こうして、長い夜はようやく朝日を迎え、終わりを告げた。



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