第1話 『回想1:6年前』

 二人がアレスと出会ってから数日のこと。

 夜、森の中ということで、ミケル一人で見張りをしていた時のことである。

「そういやぁ……あいつ、どうしてっかな」

 街を出てまだ一月と経っていないにもかかわらず、丁寧語がとても懐かしく感じた。

 そしてあの長い黒髪。

 アレスと同じように、丁寧語で喋る幼なじみはどうしているのだろうか?

(町にいた頃を懐かしいって思えんのも、旅の醍醐味ってか?)

 珍しく感傷にひたりそうな自分に、苦笑がもれる。

 旅というのはこうも簡単に気持ちを変えるのだろうか?

 ミケルは、昔の思い出に、少しの間ふけってみることにした。



 + + +



 六年前――蒼瑠璃1150年 朱珊瑚94年 秋の暮月

「……へっ、ざまぁみろっ!」

 路地裏から逃げてゆく少年達に向かって、黒髪の少年は偉そうに言い放った。

 顔に所々擦り傷や、土埃がついていることから、何らかのとっくみあいでもしたのだろう。

「少し、やりすぎじゃぁないですか?」

 少年の後ろから、同じく黒髪の少女がおどおどと顔を覗かせる。

 彼女の口振りから、一応相手を心配しているようだ。

 だが、少年はそんなこと全くもって気にしていない。

「いいんだよ。あいつらが突っかかってくんだし。弱いくせに、口だけは達者なんだよな」

 確かに少年の言うとおり、逃げていった少年達は、口が達者でも実力はなかった。

 ケッ と、そっぽを向いた少年は、かなりえらそうにしている。

 実力がともなっていない相手には、何を言ってもいいと思っている証拠である。

「ん〜……そうですかねぇ。ま、いいです、ミケルがそう言うなら」

 少女は少年――ミケルの前に、にっこりと笑って立った。

 そう、この少年こそ六年前のミケルの姿なのである。

 年は9歳。今とは違い、長い黒髪を後ろに結んでいる。

 だが、どうやら目つきと態度と口調は昔からのようだ。

「まあな。オレ様に勝とうなんて、百年はえーんだ!」

 昔から、こういう意識は強かったらしい。

 少女はミケルと一緒になって笑ってから、ふと思い出したように口を開いた。

「あ、そうだ。昨日、また新しいこと習ったんです」

「新しいこと……って、勿論魔法だよな? クラフ」

 少女――クラフは、誇らしげに胸を張った。

 クラフはミケルの幼なじみである。

 ミケルと同じ長い黒髪を、ポニーテールにしていた。

 違うところといえば、暗緑色でたれ目、というところぐらいだろう。

 それほど、二人はそっくりだった。

「はい」

「よかったな」

 ミケルはクラフの頭をワシャワシャとなでた。

 クラフはミケルより一つ年下だが、魔法は先に習っている。

 本来なら魔法を習える歳なのだが、学校に通うことを父親に許されていないミケルは、自分のまだ知らないことに興味津々だった。

「で、何を教わったんだ?」

 ワクワクしながらミケルは尋ねる。

 だが、そのワクワクはすぐに消え去ることになった。

 クラフが言いよどんだからである。

 こういう時は、あまり期待は出来ないことが多かった。

(まさか、また)

「……忘れちゃいました」

 ぺろっと舌を出して笑うクラフを見て、ミケルはガックリうなだれた。

「クーラーフー! オレの楽しみをぉぉ!!」

 クラフの肩をがくがく揺さぶりながら、ミケルは少し大声を出す。

「はうっ……ごめんなさいぃ〜!!」

「あ、まだ精霊の召喚は出来ないよな?」

 ミケルの興味がある魔法と言えば、今は精霊召喚のレベル。

 簡単な魔法よりも、少し高度なレベルが気になっている。

 その言葉に、クラフは苦笑を浮かべた。

「はい。残念ですけど、まだ」

「ならいい。行くぞ! あいつらの所為で、よけいな時間くっちまった」

 先を歩き出したミケルの後を、クラフは追った。

 日が大分傾いてきている。もう、遊ぶ時間はないだろう。

 クラフの見せる魔法を今日は見ることは出来なかったけど、別に悪い気分ではなかった。



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