第拾壱話 『兄として?』

 さてさて、学園に着いた師走は真っ先に葉月に捕まっていた。

 勿論、もの珍しげな視線を送られて、である。

「珍しいね。師走君がこの時間にいるなんて」

「まぁ、今日はむーが休みだからな」

「……そっか。そういうことか。初音ちゃんなら教室にいたけど?」

 上履きに履き替え顔を上げると、葉月がにっこり微笑んでいた。

 小学生の頃からの親友というのは、こういう時、話が分かってくれるためありがたい。

「あ、ああ。そっちもいかねぇとな。睦月のは……どうすっか」

「睦月ちゃん?」

「ああ。手紙を頼まれてな。ついでに翠も」

 取り出したのは二つの封筒。カバンを滅多に持ってこない師走だが、こういう時はキチンと持ってきている。

「翠さんにも?」

「ああ、よーわからんが」

 首を傾げる葉月をさておき、師走は頭を掻くと足を動かし始めた。

 教室に向かうはずの足は、自然と一階の保健室に向かっていた。



 + + +



「お〜い。翠!」

「はいは〜い、ちょっと待って……って、師走君?! 入って良いけど、何か用かい?」

 この時間よく翠はちょっと待ってをかけることが多い。

 自宅から来た場合はあまりないのだが、泊まり込みだった場合はかならずである。

 当然理由は、素顔だから

 声のトーンも地声に近い故、低いし、何より胸がない

 だが、男だと知っている者ならば、このように簡単に招き入れられるのである。

「むー……無月の頼みで手紙を持ってきた。で? またここに泊まり込みかよ、その様子じゃ」

 いつもの呼び方を慌てて訂正し、中に入るとすぐに扉を閉める。

 奥からでてきた、毛布を肩にかけ、前髪を眠たそうにかき上げる翠を見て、師走はため息をついた。

 この保険医はまた、家で何をやらかしてきたのだろうか。

 確か、前に聞いた話では、誰かと同棲しているとかいないとか。

「あははは〜。昨日蒼に追い出されて……やっぱり、やりすぎはいけないよねぇ。平日だし……って、そうじゃない。君がいるって事は、もう授業開始だろ?」

 問いかけにすんなりと答えた翠であったが、すぐに我にかえったようだった。

 師走への認識は"遅刻魔"ということらしい。

 そうなれば、慌てるのにも合点が付く。

「今日はまだ違いますよ、翠さん。でも、女の子とか……何より知らない男の子が泣いちゃいますよ? その格好じゃ」

 師走の後ろから苦笑いを浮かべ、ひょっこり頭を出すと、葉月は急かすように言った。

 翠が女子生徒にも人気なのは、同性としてのあこがれの存在に位置するからである。

 当然、男子生徒は美人保健医とくれば文句はない。

 そんなあこがれの的である保健医が、実は女装趣味の男だった……と知れば、そのショックはいささか大きすぎるだろう。

 まぁ、この姿でも大体は騙されるだろうが。

「それは困る。……よし」

 五分足らずで二人の目の前には準備万端の保健医 翠の姿がそこにあった。

 服装を整え、いつも通り薄化粧をし、横長の細い眼鏡をかける。白衣を着れば完全体。

 先程の寝起きの顔と声などカケラも残ってはいない。

 さすがである。

「で? 手紙は?」

 口調もバッチリ、やさしい美人の保健医である。

「ああ、これだ。じゃ、俺は行くぞ」

 青の封筒を差し出すと、師走は保健室からでようとした。

 受け取った翠は、足を組み直すと、ペン立てからペーパーナイフを取り出す。

 その時、慌てたように声がかかった。

「返事書くかもしれないから、放課後か何かに取りによってちょうだいね」

「へいへーい」

 ヒラヒラと手をふると、葉月と共に次の目的地に向かった。

 三年二組の教室。初音がいる場所である。

 睦月のいる場所よりも先に来たのは、こちらの用事の方が簡単に済みそうだったからだ。

 教室にいた初音に無月の欠席を伝え、ノートのことを頼むと葉月と別れた。

 そして次に向かうは別棟にある生徒会室。

 ちなみに現在の時刻は授業開始まで後1時間というところ。普段師走の登校してくる時間までも後1時間であった。





 + + +





 扉を軽く二回叩くと、入る許可がおりた。

「失礼シマス」

 一応礼儀で頭を下げてみた。

 しかし、何も返ってこないため不思議に思い顔を上げてみると、そこには驚愕という文字がピッタリの睦月の顔があった。

「……何だよ」

「すまぬ。あまりに意表をつかれてな」

「お前……普段からそういう風に見ていたわけか。ま、見られても仕方ねぇけど」

 一応、"遅刻魔"の自覚はあるらしい。

 ふぅとため息をつくと、睦月のいる机の上に薄桃色の封筒を置いた。

「むーからだ。何が書いてあるかはしらんが、次は中庭だとか言っていたぞ。あとあの1年」

「1年?」

 手紙に目を通しながら相づちを打った。

 その様子に気づいてか、師走は続ける。

「長月といったかな。そいつが関係しているそうだ」

「ふむ成る程。手紙もそのことのようだ。……薫!」

 睦月が呼ぶといつも通り薫が横に現れた。

 本日は朝なので天井からではない。しかも、制服姿である。

「すまぬが放課後、翠先生の所へ行ってくれ。長月を連れてきて欲しい、連絡はいっているそうだ」

「はっ」

(あの手紙はそういうことか、ふ〜ん)

 胸に下げているシルバーアクセサリー(今日は十字架である)をいじって見ていると、後ろから肩を叩かれた。

 振り返ってみると、特徴的な蒼の垂れ目がじーっと見下ろしていた。

 副会長の如月雪影その人である。

 身長は雪影の方が5pほど高く、結果的に師走が見下ろされる。自分が見下ろすのは良いが、見下ろされるのは気分が悪い。

「何だよ」

「……幻が見えるから、本物かな? と」

「雪影……遠回しに嫌味言ってねぇ?」

「直球の方がいいかい?」

 悩殺エンジェルスマイルブラックverと称される笑み。

 説明すると、後ろに奇妙な黒い物体を出しつつのにっこりとした微笑みである。

 黒い物体を見ることができる人間は、実は少ない。

 師走の場合は、なんとなしに影を感じる程度である。

 普通ならここで、別意味のノックダウンだが、普通が通じる師走ではない。

「遠慮しとく」

「ま、君と争っても仕方ないしね。君がかけると困るから、いろいろと」

「……」

 あえて、突っ込みはしなかった。

 学園の裏を取り仕切る彼にとって、師走はなくてはならない存在である。

 喧嘩は嫌いではない故に、手伝ってはいるが、ややこしいことはゴメンだった。

「じゃ、俺は戻るから……」

「ちょっと待って」

 師走が半分逃げようと試みたところ、後ろ襟の部分を捕まれた。

 自分がつかむのは良い。だが、捕まれるのは気分が悪い。

 むっとした様子で、師走は相手を睨みつけた。

「……用はないはずだ」

「こっちにはあるんだよ。ね、睦月」

「ああ。連れて行けとなっているぞ、師走。どうやら無月は代わりに行って欲しいそうだ」

 ……話の展開からして、本日の放課後はさっさと帰れそうにない。

 ガックリとうなだれる、師走であった。

(しかし雪影は何故分かったのだ? 我はこの手紙の内容をまだ言ってはおらぬ)

 睦月が首を傾げる様を、微笑んで雪影が見ていたのは別の話。

 侮りがたし、愛の力。いや、以心伝心?





 + + +





 時は過ぎてあっという間に放課後である。

 本日の出席率はまぁまぁで、以下が欠席する者達の理由(とかいて、言い訳と読んでも可)だ。

「お姉さまがいないのに、ワタクシは行きませんわ。いなくても、平気ですわよね?」

 とは、久々に出てきた卯月。

「今日は用がある。師走にノートは渡した(筆談より)」

 とは初音。

「……ゴ、ゴメン。ホントは……行くつもりだった……けど」

 とは、真っ青な顔+αで保健室に寝ていた葉月である。





 さて、なにやら分からぬまま十六夜は生徒会室までつれてこられた。

「お初にお目にかかる。生徒会長の明神睦月だ」

「初めまして……ぼく、何かいけないことしました?」

 少しビクビクしているようである。まぁ、突然生徒会室などに連れてこられては当然か。

 睦月は苦笑いを浮かべると、机の上に肘をつき、口の前で手を組んだ。

「あまり強ばられてもな。我らは咎めるつもりはない。ただ、確かめたいだけだ」

「確かめたい……こと?」

 オウム返しの要領で、十六夜は問いを返してきた。

 それだけで分からないのは当然のことではある。

「もし本当に……いや、今はそれを言っても分からぬかな。歌だ。昨日無月の保健室で聞いたという。それと、そのぬいぐるみ。歌によって動き出したそうだが……」

「うさが? 歌? ……」

 『うさ』に顔をうずめると、十六夜は考え出した。

 その時彼の耳には微かな水音が響いたのである。

「水音……波紋……真っ暗……」

「長月?」

 突如黙った十六夜を、訝しげに睦月は見つめた。近くにいた雪影は弓を、薫は懐の短刀にそれぞれ手をかける。

 師走はその様子を、入り口の扉の近くで見ていた。

「月のかげりし新月の……雲を映す水上(みなかみ)の……天よりきたる白き光 地より上がるは黒の月……我望むるは たけき翼……水底(みなそこ)より舞い上がれ……」

 『うさ』の耳が上下に大きく揺れ始めた。十六夜は抱えている手を『うさ』の背中の当たりに移動させたが、手に吸い付いたかのようになっており、『うさ』が下に落ちることはなかった。

「月は巡りて姿を消す……闇に潜む影は二つ 天の兎 地の兎 天の兎は白き兎 地の兎は黒き兎 池に沈むは その主か……求むる我はここにあり!!」

 『うさ』はムクムクと大きくなり、縦は十六夜の背丈二つ程の大きさになっていた。十六夜はその肩に腰掛けている。

 何かの怪獣映画にでてきそうな一シーンとなりつつある生徒会室。

 喜劇ならば構わないが、今はそんな場合ではなかった。

「その行く先は……月兎(つきう)のみぞ知る!!」

 それを合図に『うさ』はのそりと動き出すと、窓の方に向かう。

「「「「?!」」」」

 睦月が一瞬だけ見ることのできた十六夜の目は、虚ろだった。

 本来ぬいぐるみに力などありうるはずがない。

 だがしかし、中庭に面している大きな窓ガラスは、枠共々『うさ』のパンチで粉々に砕け散った。

 そしてそのまま外に飛び出すと、中庭の茂みに消えていったのだった。

「薫! 追跡を頼む」

「はっ!」

 その窓から、呼ばれた薫は短刀を片手に飛び出していった。

 散乱した窓の周囲に残ったのは睦月、雪影、師走の三人。

「雪影、師走、我らもゆくぞ。薫に後れをとるな!」

「当然」

「って、俺もかい?!」

 弓を持った雪影と、正元鬼を腰に差した睦月と、丸腰の師走もその窓から飛び出していった。

 生徒会室が二階にあることは、三人の運動神経を考慮し目を瞑っていただきたい。

 ……ちなみに、忍びである薫は論外に当たるのであしからず。







 放課後の少し遅い時間だったのが幸いした。

 目撃者は一人もいない。まぁ、それもこの学園では珍しいことなのだが。

 三人が池にたどり着く頃。

 先に追いついた薫が『風』を使い、池に落ちそうになっている十六夜と元に戻った"うさ"を捕らえていた。

「……何があった?」

「睦月様……池についたとたん。いえ、正確に言えば池の上空にさしかかったとたん元に戻りました。気を失っているのは、慣れぬ力の無理な使い過ぎかと……」

 睦月はしばらくの間思案していたが、後ろの二人を見上げると――いや、雪影の方を向くと口を開いた。

「雪影、どう思う?」

「睦月が思っているのと同じだよ。いいんじゃない?」

「そうか……では、薫。本日は学園に泊まり込むぞ、雪影も。それから師走、お主もだ」

「お、俺も?」

 己に指を向け、師走は素っ頓狂な声を上げた。

 事態はどんどん予想外の方向へ転がっていく。

 いい加減、飽きてきたし、帰りたいと思っていた頃合いなのに、だ。

「ああ。無月に連絡をしておけ、事情は後ほど説明する。薫、雪影、お主達はそれぞれ家に連絡を。長月の家には我が連絡を入れる」

 まったく、厄介な力だ……と睦月が呟いていたのはおそらく気のせいではないだろう。

 トコトンつきあう羽目になった師走は、無月の夕飯が食べたかったなぁと思いつつ、夕闇に染まる空を見上げたのだった。


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(2004/03/29訂正)

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