第拾弐話 『真夜中の大決戦』

 睦月の考えはこうだった。

 十六夜の歌から推測するに、力の半分は中庭の池に眠っている。しかし、それは簡単に得られるモノではない。池の主の現れる時……新月の夜中のみである。

 十六夜の家には生徒会主催の行事の準備といったら納得したらしい。

 さほど厳しい家ではないのが幸いした。

 睦月、薫、雪影の方も、いつも通りといった風で何ら問題はなかった。





『あ、むー。悪い、今日帰れなくなった』

「……わかった。ゴメンね、しー兄に任せちゃって」

『別に良いさ。戸締まりに気をつけろよ』

「わかった、しー兄も気をつけてね。うん、おやすみ〜」

 携帯を切ると、無月は再びベッドに転がった。

 料理を冷蔵庫にしまおうかとも考えたが、ラップもかけたので、時期的には少しくらい置いても平気だろう。

 何より、もう下の部屋に降りる気力がなかった。

 外に出てはいけない為、かなり暇をもてあましているようである。

 つきっぱなしのパソコン、机の上に広がったノートと教科書等の跡が、それを物語っていた。

「真夜中になるか……言ったとおりだったね。大丈夫カナ?」

『大丈夫だ、無月』

「うん、そうだね」

 無月は誰かと会話しているようだが、この部屋に他の生き物の影はない。

 ハタから見れば、一人でしゃべっているようにも見とれる。

 しかし、声は無月の頭の中に響いていた。

『それより、無月は大丈夫か? なんともないか?』

「うん、平気だよ。一人じゃないから」

『そうだな。だが、師走は知らない……おやすみ、無月』

「おやすみ〜」

 そのまま布団もかぶらず2〜3秒足らずで無月からは寝息が聞こえ始めた。





 夜も更け、時計が真夜中を少し過ぎた辺りをさした頃。

 無月が目をカッと開けた。

 部屋に差し込む灯りは、ほとんど無い。シンと静まりかえった、夜の気配がそこにあった。

『師走の記憶を消したのは良かったことなのか。まぁ、今更悩んでも仕方あるまい。あの様子では少しかかるな……そろそろワタシも『気』を張り出さなければな。無月が家にとどまってくれているうちは良いが……』

 ブツブツと言う姿は無月だが、その口調は全く別の物だった。

 先程、無月の頭に語りかけた声の持ち主のようである。

 外灯に照らされた目は血のような紅。手の甲にあった六芒星はなく、かわりに額にそれはあった。

『彼女』は、額に手を当てると周囲一帯の気を探り出す。

『無月の力は全て閉じたな。これで影響はない。少々手助けでもしてやろうか? 気は進まないがな。時神(ときがみ)の者、長月の月卯使い(ラビット)か。黒の大地の赴くまま 黒き天の傾くまま 流れに逆らうな 求めるものは……すぐそこだ』

 それはどこか、初音の言霊のようだった。

 しかし、影響する力そのものの大きさが違う。

 淡い光となった言霊は、窓の外へ、夜の空の彼方へと消えていった。

『丑三つ時前には決着もつくだろう。せいぜい頑張るんだな……』

 彼女の言葉には、迷いのような物が感じられた。

 その時が来なければいいというような、そんな思いが。

 心の奥底にある、わずかな願望が。

 まるで、叶わないと知っているのに、それでも願ってしまうものが。

 きちんと着替え、布団の中に潜り込むと、無月の中の彼女は眠りについたのだった。





 + + +





「どーでもいいが、俺は何もしないで良いのか?」

「ああ、側にいれば、見ていればよい」

 池の近くに陣地を張って五人は『刻―とき―』が来るのを待っていた。

 十六夜は、まだ眠ったままである。

「というか、邪魔しないでくれればそれでいいよ」

 悩殺エンジェルスマイルブラックverをかぶった雪影のオーラは、今が邪魔だよ、気を利かしてどっかに行けばいいだろ? と言っていた。

 オーラ読みはできないが、相手の気配に割と敏感な師走は、どうしたものかと一応頭の一部で考えてはいた。

 しかし、実行にうつす気は全くない。

 相手にするのも飽きたのか、雪影は横の睦月に視線を滑らせた。

「睦月、誰か呼んだの?」

「そのつもりだったが、やめておいた」

「そっか。で? いつその『刻―とき―』が来るんだい?」

「それは……」

 開きかけた睦月の口の動きが止まる。

 一帯を何かが見ている――いや、気を探られている気配がしたからである。

 気配は少し懐かしいような、敵意のこもったような、そんな感じがした。

(気にいらぬな)

 その気配はすぐに消えると思われたが、そうではない。そして一帯の『気』が変わった。おそらく、覗いていた者の力であろう。

 辺り一帯に及ぼすような力を持っている、と言うことは味方ならばありがたい。が、敵ならば……。

 不安は一瞬だけ、睦月の心をよぎった。

 池が……水面が大きく揺れた。

「来たか? しかし、それでは長月が目覚めていない」

「様子、見てくるよ。睦月はここにいて……師走、行くよ」

 弓を手に取ると、雪影は立ち上がった。

 声をかけられた師走はというと、間抜けな顔で見上げていた。

「は?」

「行・く・よ」

「……あ、ああ」

 嫌と言おうものならば、瞬殺されそうなオーラを出され、師走は渋々立ち上がったのだった。





 池の水に変化はない。しかし波紋はやまなかった。

 学園の湖には街灯が設置されているため、歩くくらいならば、足下に注意する必要はない。

 少し冷たい風が、師走に悪寒を運んできた。

「なんか、出てくんの?」

「さあね。とりあえず、鬼が出るか邪が出るか、月人の力には違いない……」

「なぁ、その月人って何なんだ?」

 師走の問いに雪影は沈黙を持って返した。

「だんまりかよ。誠実だが良い答えじゃねぇな。むーはちょっと特別なようだし? なぁ、その力を持つ――もてる奴に規則はあるのか?」

「規則か。睦月、薫、葉月、卯月、初音に僕に今回の長月……名前に『月』が入っているな。それぐらいか」

「『月』ねぇ。睦月、雪影――如月、卯月、皐月、葉月、長月、初音――霜月……成る程。昔の月の呼び方か」

「もし仮にその仮説が正しいとすれば、残りは……弥生、水無月、文月、神無月と師走」

「ふ〜ん。俺入ってんじゃん」

 にやり と、師走は笑った。

 こういう笑いは、彼が優位に立った時にしか見られない。

 雪影が何とか話の流れを自分に戻そうとしたその時、待っていたかのようにまた水面が大きく揺らいだ。

「雪影様、師走殿!」

 音もなく薫が二人の近くに現れる。

 黒い忍び装束を来ている状態で、木の陰に立たれると、その姿を捉えることはできない。

「薫……睦月の方に付いていたんじゃなかったのか?」

「はい。様子をうかがいに使わされました。いかがですか? 雪影様」

「なんにも。しいて言えば、動くのは……今みたいだ!」

 突如弓をとると、光の矢を創り雪影は放った。師走の背後では水がはじけ飛ぶ。

「な゛?!」

 水が狙っていたのは、雪影でも薫でもなく師走だった。

 手のひらのようになりつつあった水が、うねって再び形を形成していく。

「無差別ってワケでもなさそうだね」

「承知。報告をして参ります」

 薫が姿を消すと同時に、続けて光の矢は数回弧を描く。

「俺ねらいってことか?!」

「当たり」

「げっ」

 さすがに運動神経はいい為と、雪影が攻撃を殺してくれている為、今のところ師走は無事だった。

「でもおかしいなぁ。さっきよりも邪気が減ってる。あの『気』の所為……?」

「『気』だぁ? 俺は何にも感じなかったぞ」

「君に感じることができたら、世界は終わりだね」

 聞かれたら困るので、師走は小さくうるせぇと呟いたのだった。


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(2004/03/29訂正)

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