第拾参話 『泉の主のお出まし』

「雪影、師走。すまぬ、遅くなった」

「「睦月!!」」

「長月が起きぬのだ……どうすべきか」

 正元鬼を振りかざし、二人の前に睦月は着地した。

「薫は?」

「今、長月を見て……」 「睦月様!」

 睦月の出てきた茂みの上空から、十六夜を背負った薫が現れた。

 背の十六夜は寝ぼけ眼ではあるが、起きているようである。

「今し方目を覚ましまし……て」

 薫が着地の体制に入る手前で、十六夜の体はふわりと浮いた。

 『うさ』のぬいぐるみは、今その手にはない。しかし、そこには、十六夜の背には確かに何かがいた。

「水底に住みし その主よ 我が呼びかけに応えよ 月無き今こそ 力の開放は可能……」

 十六夜の後ろにかぶるのは、四枚翼を持った白の兎。手をさしのべ、池に何かを求めている。

 水は師走を狙うことをようやく止め、中央に渦を作り始めた。

「きた、な」

「ああ」

「へ? いったい何が?」

 睦月、雪影、薫の顔に緊張が走る。

 唯一、師走だけが何も感じていないらしい。

 水面の揺らぎは周辺大地にも影響を与えだしていた。

 池の渦の中心が開け、水底が徐々にあらわとなっていく。

 そこから、鱗に被われ、手足の生えた魚のような物が現れた。長く伸びるひげはナマズのようであり、体は鱗に被われているのだから魚であり、手足の生え方的には……ザリガニのようである。

「って、伝説の中に出てくる姿が曖昧な理由は、これかっ!」

 何も感じないで、何も考えていない師走が、どうでもいいところに突っこんでいた。

 その声で他の3人もようやくハッとなる。

「主、しかし、どうしてそんなやつが?」

「あれが、力の固まり……ってとこじゃないのか? 睦月」

「しかし」

 躊躇する睦月の前に水弾が飛んできた。

 雪影はとっさに睦月を横抱きにすると、後方に下がる。

「暴走による攻撃が、唯一の証拠。それと……見方にもよるけど、よく見てごらん。あれの後ろに兎の影」

 首を巡らせ、雪影の差す方向に微かに見えた黒い影。おそらくあれが、十六夜の後ろに見える白の兎と対になる物。

「あれを、主から切り取れ、ということだな?」

「多分ね。師走を襲うような雰囲気はもうないようだし、一気にいくよ」

 睦月をおろすと、背にくくりつけてあった弓をとった。結びつけていた紐を使い左手と弓を縛り付ける。そして、右手を添えてから弓を引くと、青く光る矢が現れた。

「切り離すとはいえ、そう簡単に……」

「まぁでも、やって見なきゃ分からないだろ?」

 雪影に言われ、何故か後ろ向きに考えていた自分に反省すると、睦月も正元鬼を抜いた。





「うわ〜……」

 師走が間近で主を見上げていると、その上を青い矢が飛んでいった。その軌道を追って後ろを見ると、弓を構えた雪影が見えた。

「あぶな」

 危ないだろっ! と言いかけたが、睨まれたので師走は口をつぐんだ。

 いつもの数倍の勢い。これは、手を出さない方が得策のようだ。

「うん、その方がいいよ。間違って矢が飛んだら姫が悲しむだろうしね」

 心を読むのも健在だった。

 そそくさと木陰に避難すると、その場に座り込んだ。見物に完全にまわるらしい。

「そうそう、その息だよ。じゃ、存分にやらせて貰うから」

 次々と矢を放ちながら池の縁に雪影は近づいてきた。先程から随分と矢を放てはいるが、実は一つも主に当たっていない。妙な盾のような物が手前にあるようで、矢をはじいているのだ。

「ちっ」

「雪影、どけっ! 明神流 剣技 開(かい)!」

 雪影の左肩に手を置き、力を入れて飛ぶと、正元鬼を横一線に走らせた。しかし、妙な盾は上手く斬ることができない。

「同じ力では同じモノは斬れぬと言うことか」

「そうみたいだねっ!」

 無防備な体勢だった二人に、水が再び襲いかかる。が、半瞬薫の方が早く『風』で水は押し返される。

「睦月様。もし十六夜殿の力が、歌を媒介にしているということは、それを思い出さぬ限りは……」

「やはりそうなるか。思い出すとなれば時間の問題。それまで耐えるぞ、二人とも!」

 薫はもとより承知、雪影はわかったと答えると、それぞれ二方向に散った。

 先の見えぬ戦いだ。なるべく温存していきたい。

 『主』となるべく距離をとりつつ、睦月も二人の後に付いていった。





 + + +





「……月?」

 なんだかぼんやりとした意識の中から、ようやく十六夜は引き出された気分だった。

 目の前が徐々に明らかになっていく。背に感じた暖かさと同じ物が目の前にある。

「……」

 浮いていることに、何故か疑問を持たなかった。

 自然のことだなぁと、思ったからだ。そして、自分が何をしたいのか、何をすべきなのかも分かっていた。

「懐かしい感じだ。でも、ぼくのじゃない……姫様? でもないよね」

 言ってみたものの、その『姫様』が誰か分かるわけでもない。少し疑問に思いながら、十六夜は目を完全に開いた。

 学園 池の真上、時間は月の傾きからして真夜中過ぎ。

 目の前にいるのは…池の生き物だろうか。

 その後ろに、薄い兎の輪郭が見えた。

「呼んでいるのは、この子のことかな?」

 後ろの気配が頷いた気がした。

「白き兎は月見の兎 黒き兎は夢見の兎 うん、そうだね。月は天に夢は心に 月卯の力は我が元に……」

 池の『主』が身震いをしたように見えた。

「明け月の朱 暮れ月の白 その名とともに、還りたもう……」

 黒い兎の影が主から徐々に切り離されていった。開けた池の底に主の体は吸い込まれていった。

 水も戻り、池は元の姿を取り戻しつつある。その異変に睦月、雪影、薫の3人は驚きもせず、ただただ様子を眺めていた。

「天はやがて暮れ 夢はやがて明ける 同じ物は一つとしてない 良き方に替わってゆくだけ……その先に見えるは 月人の本当の力」

 兎が嬉しそうに寄り添うと、小さな兎のぬいぐるみと光玉に別れた。

――――その力 兎とともにあり その御名 玖ノ月 長月

 光玉が十六夜のおでこに消え、そこに上弦の月を三日月にした痣が現れる。色は薄い黄色だ。

 ぬいぐるみをしっかり捕まえると、十六夜はその場から落ちた。

 何を思ったか、無防備なまま。

 流石に睦月も雪影も薫も、その行動には驚いた。

「薫っ! 風を!」

「大丈夫だよ。ミニうさ3号! その身 我が支えとならん 月卯の舞……」

 ミニうさ3号という名はこの際無視するとして、ぬいぐるみを下にすると十六夜はなにやら怪しげな呪文を唱え始めた。

 それに呼応し、ミニうさ3号と呼ばれたぬいぐるみが、大きめのクッションに変わった。小さい十六夜なら十分に支えられるほどの大きさである。兎の大きいアップリケがついているのは、十六夜の心の現れであろう。

「よいしょっと。ありがとう、ミニうさ3号」

 白煙を上げてぬいぐるみは元の小さい大きさに戻った。

「先程は、失礼しました。会長さん」

 戸惑う睦月の側に近寄ると、十六夜はぺこりと頭を下げた。

「あ、ああ。どういう事かよくは分からぬが、全て心得た……ということか?」

「はい。ぼくは月卯使い……さっき助けてくれたのは、誰だったんですか?」

 のほほんとした顔で聞かれては、睦月も対応の仕方に困ったようだ。

 助けてくれた…と言ったが、誰も切り離すことに力は使っていない。

 雪影が横から助けるように口を挟んだ。

「助けってなんだい?」

「はい、月人の力によく似た大きな力です。あれがなかったら、ぼく……もとに戻せなかったから」

「「月人の力によく似た大きな力?」」

 その正体に気付くのはまだ先の話。

 一人一人、記憶の戻る者はそれに気づき、12人がそろった時に姿を現す者。

 今はただ、謎のままであった。





 ちなみに、忘れ去られた師走は、翌朝になってから木の下で発見される。

 どうやらあのまま寝ていたらしく、十六夜が力を発揮したところは見ていなかったそうだ。

良かったのか、わるかったのか。

 生徒会室の窓と窓枠は、生徒会の中でどうにか処理され、綺麗に直ったらしい。





 忘れてはいけないもう一つの謎。

 主が消え去った向こう岸で、草原が微かに揺れたのに、今はまだ誰も気づいていない。

『ああ、本当だ。ようやく巡り会えた……』

 彼を知るのは過去の記憶。そして、眠る彼女だけ。

 真実は闇の中に、本当の歴史は刻ノ宮に。

 何が嘘か、何が本当か。見定めるのはそれぞれの眼



人に抱かれし兎は その身をもって力となす

形を変えて 主の思うまま



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(2004/03/29訂正)

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