第拾泗話 『陰りのないその心』

己の思うところを貫くは その信念の元

互いにはじきあう性は 何故なのか?

それは昔から 変わらない




 五月に入りそろそろ早めの体育祭も近く、張り切る者達が出てきた。

 新しいクラスになって初めての行事。団体力が問われる物だ。運動能力に長ける者にとっては、楽しみなものであり、苦手な者には憂鬱なものでもある。

 今は昼休み。お弁当を広げている者もいるが、そうでない者もちらほらいた。

「しっかし、体育祭っつったら、あれだろ? スッゲーオレ、楽しみ!」

 ここにも、そんな体育祭という行事に胸を躍らせる生徒がいた。

 2年6組在籍 照岳 文月(てるたけふづき)である。

 少し長い黒髪を全てつんつんに立たせ、目は一部が紺に見える黒。学ランを肘までたくし上げ、苦しそうにしていた詰め襟部分を無理矢理押し広げた。

「あれは、楽しかったよね。ところで、文月。次の数学、宿題やった?」

 前に座り、こちらを向いている少しまつげの長い少年がにっこりと微笑んだ。

 目にかかる黒の前髪を7:3に分けた、文月より少し背の低い少年だ。

 名は志芳 毅晴(しおたけはる)同じく2年6組在籍である。

「……悪いっ! 晴、見せてくれっ」

「また? 少しは自分でやろうよ」

「だってよぉ……」

 その時、五月の薫風に誘われて、文月は窓の外に天使を見た。

否、文月の目には天使に見えた。女生徒が上からふわりと、舞い降りたからである。

 ココは2階。そう見えても不自然ではないのだが、実際はこうだった。





 + + +





 少し時をさかのぼり、3年の教室……3階の様子である。

「睦月ちゃん。今日も何もなし?」

 隣である3年3組を覗きにきた無月がいた。その後ろには初音が立っている。

「ああ、すまぬな。体育祭の分担について今日が最終決定でな。すぐに決まると良いが……」

「大丈夫だよ、睦月」

 にっこりと、隣の窓側の席で雪影が微笑んだ。

 おそらくその脳内では、決まらなければどう脅そうか考えているだろう。

「すぐに決まるから。決めさせるから」

 ブラックオーラがでかけている雪影を見、出方からしてさほど問題も起きないであろうと、睦月は思ったそうな。

「あ……」

「……?!」

 何を思ったか、突如窓に無月が張り付いた。初音は少々驚いたようである。

「小鳥が……落ちるっ!」

 休み時間と言うこともあって、窓は開け放たれていた。

 制服にかまわず雪影の机に乗ると、そのまま窓の外へ無月は飛び出したのだった。

「ひ、姫?!!」 「「無月?!!」」

 窓の外には昇降口前にある噴水側の大樹が見え、そこには野鳥の巣がいくつかある。その枝から鳥が落ちてくるのを見つけた無月は、助けるべく何も考えずに飛び出したのである。

「いかん、これでは……薫はおらぬし」

「どけ……ここより落ちたる者に怪我一つ起こらぬ。下には草の山」

 窓辺に立つと、初音は下を見下ろしながら言霊を使った。

 痣がうっすらと頬に浮かんだのが力を使った印だ。本来ならあまり好ましくないことだが、無月にはかえられないのだ。

 下に芝を刈ったあとの山ができていることを確認すると、初音は慌てて教室を出ていった。

 出遅れた睦月はただ呆然と、窓から下を眺めているだけだったのである。



 下にあった草山がクッションとなり無傷だった無月は、走ってきた初音によって怒られていた。

「……何も考えずに飛び出すな? わかっているよぉ、初音ちゃん」

 微笑まれてしまっては、怒る気力さえ奪われてしまうようだ。

 初音はため息を一つつくと、無月が無事で良かったと思い直したのである。しかし、この様子を誰かが見ていなければいいのだが……と、もう一つため息をついた。





 そして、時は始めに戻る。

 その光景を偶然目にしていた少年が一人。

「文月? 聞いている? お〜い」

 もはや友人(毅晴)の声さえ耳に入らぬようである。

 いわゆる……一目惚れだった。





 + + +





 放課後。

 双子の兄の居所を求め、無月は保健室に来ていた。

「翠ちゃ〜ん。あ、そっか。今は職員会議だっけ……失礼しま〜す」

 中に休んでいる人がいると困るので、気を遣いソロソロと扉を閉めると、ベッドの方へ向かった。

 3年1組の友達に聞いたところ、葉月はまたここで寝ているとのことである。

 彼ならば兄の居場所を知っているのではと、思ったのだ。

「葉月君、寝ているかな?」

「寝ているっスよ……って、無月の先輩」

 どうやら従姉妹の神無月 紅葉(かんなづきもみじ)が見舞いに来ていたようだった。

 カーテンをめくると、うなる葉月と相変わらず絆創膏を額に貼り、体操着姿の紅葉がいた。いつも被っているキャップも被っておらず、動きやすいように黒髪はポニーテールにされている。

「こんにちは、紅葉ちゃん。今日は十六夜君、一緒じゃないの?」

「無月の先輩こそ、初音の先輩が一緒じゃないんスか?」

 二人は目を合わすと、互いに笑い出した。

「十六夜なら、もうすぐ来るっス。これから練習なんで」

「初音ちゃんならもう帰ったのよ。練習か……あ、校庭の真ん中にあるあの木はどうするの?」

「それが、よく分からないんス。抜こうとしても、地面が固すぎてあそこだけ掘れないらしいんスよ」

「ほえぇ。伝説の木に……本当になっちゃいそうだよね」

「そうっスね」

 学園校舎の北に大きな校庭は位置する。

 そこの真ん中に、妙な大樹が生えたのは学年が変わる四月より少し前のことだった。

 伝説の一つに上げられる物とかぶるので、生徒達は密かに噂を立てていたのだった。



学園10伝説の七つ目は校庭にあったという大樹の話

その木は昔願いを叶える物として存在していた

その下で告白をすればかなうし 木に登り穴に願い事を書いた紙を隠せばそれは叶う

そうやって長い間重宝されてきた木は 数十年前に燃え尽きた

正確に言えば 木に雷が落ちたという

そもそも 校庭という場所のど真ん中にそのような木があった事態不思議なのだが

その木に数十年間一度も雷が落ちなかったことさえ不思議でもある




 ともかく、その大樹の話にそっくりな物がひょっこり生えてきていた。

 成長は著しく、数日で大樹までになったのだ。

「紅葉ちゃ〜ん。着替えてきたよぉ」

 保健室の扉からではなく、池側から十六夜の声が聞こえた。

「おお、今行く! それじゃぁ、無月の先輩、また明日!」

「うん、またねぇ〜」

 保健室から出ていく紅葉の髪が、本当の尻尾のように見えて、無月はクスリと笑った。

 それから踵を返すと、葉月の眠るベッドの横の椅子に座り込んだ。

 どうやら目を覚ますまで、待つつもりらしい。開け放たれた窓から、校庭で響く声が五月の風に誘われて、少しだけ入り込んできたのだった。


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(2004/03/29訂正)

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