第拾伍話 『バッタリ。』

 校庭へ向かった紅葉と十六夜は、何者にも絡まれることはなかった。

 近頃は十六夜を襲う男子もおらず、平和なものだ。

 紅葉は理由を知らないのだが、十六夜は十分知っていた。

 月人の力を得てから、ミニうさを常に所持しており、襲われた時に脅しをかけたのだ。噂が噂を呼び、そう言う輩はまったくといっていいほどいなくなった。

「紅葉ちゃん、今日は何の練習?」

「あ〜お前、また聞いてなかったのか? 学年練習。騎馬戦だよっ! ほら、弥生が呼んでる」

「ホントだ。でも……弥生ちゃんが呼ぶって事は、遅刻だよね?」

「……そうだな」

 何故か諦めた顔で、先を走る紅葉はため息をついた。



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 騎馬戦の練習も滞りなく進み、休憩時間になった。

 紅葉は十六夜と共に、校庭の中央へ向かったのである。

「凄いねぇ。紅葉ちゃん」

「うん……あれ、なんだ? これ」

「ん?」

 紅葉が手に取ったのはクラスごとに色分けされたハチマキである。ちなみに現在地だが、紅葉は木の上で、十六夜は下から見上げている。

「何、見つけたの〜? 紅葉ちゃん」

「ハチマキだ。どっから……」

 落ちてきた上を見上げると、逆さ吊りにされた人間がいた。……足は幹に掴まっているようなので、自らその格好をしているようである。

「……そこで何してるんスか?」

「え゛? わ……うわぁぁぁぁっ」

 紅葉が声をかけたとたん、その人物はバランスを崩した。

 足を幹から離してしまい、地面に真っ逆さまである。

「十六夜! よけろっ!」

「え? えぇ?」

 戸惑う十六夜の真横に、その人物は着地したのだった。

 上から落ちたわりに、無傷である。そうとうタフなのだろうか?

「いって―……おい、何でいきなり声なんかかけんだよっ!」

「うわぁ、何んスか? その言いぐさは」

 降りてきた紅葉は、不機嫌そうにその人物に返した。

 ハチマキで相手の学年を見たらしく、一応は口調を変えている。

「はいこれ。落ちてきたっスよ。馬鹿文月……先輩」

「あ〜あ〜どうも……って、お前か! 馬鹿とは何だ、馬鹿とは!」

「そのまんまじゃないっスか。文月!」

「てめぇ……また!」

 捕まえようとした文月の腕をするりと脱出し、紅葉は集合の場所へ駆けていった。

 十六夜は、ペコリと御辞儀をするとその後を追ったのだった。

「なんなんだ? まったく」

 ぶつけた頭をさすりながら、文月はその場に立ち上がった。

 紅葉とは葉月を通した知り合いだ。葉月は昔から近所に住んでいるいわゆる幼なじみである。何故か昔から自分にだけ態度が違う。

 確かに、人より頭の回転が劣るのは自覚しているが……やはり、その所為だろうか? と文月が物思いにふけっていると、とどめのように頭上からバラバラと枝が落ちてきた。

「……晴か?」

 しかし、返事はない。

 不思議に思い顔を上げると、さらにバラバラと色々な物が落ちてきた。

「今日は、厄日かぁっ?!」

 慌てて引き上げていく文月は、触れられない物が落ちてきたことに気付いてはいなかった。

 それが、小さな小さな光の玉で、肩辺りにくっついているなど、思いもしなかったのである。





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 葉月に教えて貰った場所――校舎から見て北西、校庭から見れば南西に位置する時計塔へ無月は向かっていた。その附近で最後に師走を見かけたらしいのだ。

 丁度校庭に向かう道を横切った時に、戻ってきた文月と見事にぶつかった。

 転がったのは……勿論無月である。

「いたた……ごめんなさい。前を見てなくて」

「こっちこ……うわぁっ!」

「ほぇ?」

 突如赤面し後ずさった文月を、訝しげに無月は見つめた。

 昼間見た天使が目の前にいると、激しく勘違いしているようだ。

 その時文月の肩にとまる小さな光玉を無月は見つけた。

「それ……」

「っすいませんっ。急ぐッス!」

 顔を赤らめたまま下を向き、そのまま文月は走り去ってしまった。

 呆気にとられた無月は、何故か時計塔に向かわず、生徒会室に直行したのである。

 その際、一度池の手前で転んだのは……いつものことである。





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 生徒会室には会計の水無月 雫(みなづきしずく)だけしかいなかった。光によっては焦げ茶に見える黒髪を長いお下げに結い、大きな眼鏡をかけている。制服ではなく、黒い長袖の上に白衣を着込んでいた。

 その彼女も仕事をするわけでなく、自分の机でなにやら怪しげな煙を立たせていた。

 どうもその雰囲気に、無月は声をかけることを一瞬ためらった。

「雫……ちゃん?」

「あ、無月さん。こんにちは、何かご用ですか? それとも……」

 キラリ と、大きな眼鏡のレンズが光り、手元にあった煙の立つ試験管を持ち上げた。

 彼女は何故か生徒会室で趣味の実験をしている。

「そろそろ、実験に協力してくださる気になりましたか?」

 苦笑を浮かべると、無月は辞退の意を表した。

「ところで、睦月ちゃんと雪影君知らない?」

「生徒会長さんと副会長さんですか? そろそろ戻ってらっしゃるかと思いますよ。体育祭の分担決めに行っていますから」

「ほぇ……あ、そうか。そう言えば言っていたね。じゃぁ、少し待たせて貰うね。実験の協力はダメだからね?」

 また何か持ち上げた雫に釘をさすと、客用のソファーに無月は座り込んだ。

 しかし、さほど待つこともなく睦月と雪影は生徒会室に戻ってきた。

 驚いた表情をした睦月と微かに残ったブラックオーラを纏う雪影である。

「何かあったか、無月!」

「姫が僕たちが戻ってくるまで待っていた……ということは、アレのことしかないよね?」

 無月が頷くのを確認すると、睦月は急いで正元鬼を掴み外へ出た。しかし、なかなか出てこない雪影を待ち扉付近で立ち止まったのである。

 雪影はというと…弓に弦をはめながら、雫ににっこりと笑いかけていた。好意の笑みではなく、ブラックverである。

「雫……どうでもいいけど、あのこと忘れたワケじゃないよね。ここで実験させてあげてるんだから、立場をわきまえて、換気しなよ?」

「はいはい。分かっていますって」

「……実験するなら、タフなやつをさがしなよ。今度睦月でやったら、一生寝たきりにさせるからね」

 果たしてそんなことが雪影にできるかはさておき、雫の顔が引きつっていたので脅しとしては十分なのだろう。

 それにしても、今度ということは、以前何かしでかしたということなのだろうか?

 満足そうな顔をすると雪影は睦月達の待つ外へでていった。



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 校庭へ向かう途中、十六夜と紅葉に3人は出会った。

 練習が終わったのか、疲れ切った顔である。

「あれ? 会長さんに、雪影のにーちゃんに、姫様……何かあったんですか?」

「長月、お前は疲れているだろう、大丈夫だ。ただ、新たな者が見つかった」

 しばらくうつむいていた十六夜だったが、思い出したように一人納得していた。

「……じゃぁ、ぼくも行きます。紅葉ちゃんも連れて行って良いですか?」

「あ、ああ、構わぬが?」

 十六夜の真意がつかめずに、睦月は少々戸惑い気味である。

 関係ない人間をあまり巻き込むわけにはいかないと思ったのだが。

「大丈夫です、紅葉ちゃんは関係ありますから」

 睦月の不安を察してか、やんわりと十六夜が微笑んだ。

 今のところ感じる力は月人の中で一番の彼だ。言うことを信じても良いだろう。そう考えて睦月は同行を許したのだった。

 ふと、無月は小さな光玉の存在を思い出した。ぶつかった彼の肩にあった物だ。そのことを睦月に言おうとすると心配はなくなった。

 何故ならば。

「あ、馬鹿文月〜! 今日は2度目だなっ!」

 部活へ向かおうとしていた文月を紅葉がめざとく見つけ、声をかけたからだった。

 勿論、怒った彼が近づいてきたのは言うまでもない。


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(2004/03/29訂正)

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