第拾陸話 『大樹に対する対処の方法』

 文月の同行は、無月がお願いをすると承知してくれた。

 流石、惚れた弱みである。

 ちなみに、事情に気付いた紅葉がからかいかけたのだが、横の十六夜がしっかりと止めていた。

 時々立場が逆転する二人組のようだ。





 大樹の元へ着くと、睦月、雪影の両名は周囲を見張りに遠ざかった。

 一応普通の学生に見られては困るからである。部活動には早い時間であることと、体育祭前と言うことが幸いし残っている生徒はいなさそうだ。

「えっと……この木がそうだとすると、二人の力は何だと思う?」

「おそらく、水と大地。育つ環境にはピッタリの条件だもん」

 無月の問いに十六夜がにっこりと答えた。

 紅葉は退屈そうに木を見上げ、文月は根元に座り込んでいる。

「文月君……って言ったよね。それ、どうしたの?」

「わわわっ?! それ? どれのことッスか?」

 いきなり顔を近づけられ、赤面しながらも指された肩附近を見る文月。しかし、彼の目にまだ蛍のような光玉はうつっていないようだ。

「見えないか。じゃぁ、この木に何かされなかった?」

「何か……ッスか? すーてっと……」

 立ち上がった文月の元へ、先刻と同じようにバラバラと物が落ちてきた。先程の比ではない上小石までもが混ざっている。

「これのことッスか」

 げんなりとした顔で文月は無月を見やった。……その先に面白がって笑い転げる紅葉も見つけた。一触即発の危機ではないだろうか?

「う〜ん……どうやら、いたずらさんになっているみたい。しかも、このままが良いって感じ」

「それは一体、どういう事だ?」

「あ、睦月ちゃん」

 真剣な眼差しを向けられ、無月は少々戸惑っている。

「戻りたくない……って感じだよ。このままが良いって」

「それは困る」

「なんか、誰かみたいだね」

 無月と睦月の会話を見ていた十六夜が、クスリと笑った。

「へ?」

「だって、力の持ち主に力は似ているって事」

「それ、どういう意味っスか……十六夜」

「そのまんまだよ、紅葉ちゃん」

 にっこりと、微笑まれては紅葉も返答のしようがなかった。

 どうやら、この十六夜。どこか天然な……それでいて雪影に似ているような……

 紅葉と文月の口げんかも始まったことだしこれは置いておこう。

「もし、無理矢理にでもはがすならば」

 無月の視線はある一点にあった。

 木を分裂させると言うことは、木をまっぷたつに斬ること。斬ると言えば刀。刀と言えば?

「無月。一応言っておくが、我が正元鬼では無謀だぞ? 斬る対象が大きすぎる。それでも……やれというのか?」

「……だ、ダメ?」

 小動物にせがまれる目と例えれば一番分かりやすいだろうか。無月のお願い攻撃は、見事クリーンヒットした模様だった。

 たっぷりの沈黙があった後、睦月は大きく息を吐いた。

「了承した。皆、下がっていろ」

 正元鬼を鞘から抜くと、睦月は下段の構えをとった。

「日輪と同じくして 光を纏うはその力……明神流 剣技 爪牙(そうが)!!」

 刀は右下の根っこあたりから、左上の枝先まで一度走ったかに見えた。しかし、光が線を描き3本の軌跡が走った。だが、倒れるどころか切り口が広がる様子さえない。跡が走っただけなのだ。

「くっ……やはり、我の力が足りぬ」

 正元鬼を鞘に戻すと、睦月はその場に片膝をついた。

「む、睦月ちゃんっ」

「心配は無用だ無月。我の力が及ばぬからいかんのだ……」

 どこか勘違いする睦月の腕を急いで無月は引っ張った。

「いや、そう言う事じゃなくて。見て! 睦月ちゃん」

「……?」

 見上げた睦月の目に飛び込んできたのは、木が不可思議に揺らぐところだった。

 グニャリと全体が曲がっている。そこだけ空間が違うかのように。

「一体何が起きたのだ?」

「わからない。けど、睦月ちゃんが斬った傷がふさがるかと思ったらこうなったの」

 もはや、木とは言えないような物になりつつあった。空間のねじれの影響か葉は全て枯れ果てて散り、枝は枝垂れ桜のようにだらしなく垂れ下がっている。幹の高さも初めとは比べ物にならないほど縮んでいた。

「もしかすると……」

「雪影?」

 睦月の手を引き助け起こすと、後ろで木の変化にも気付かず口げんかを続ける紅葉と文月を睨みつけた。……いや、それも一瞬で顔はすぐに笑顔になる。

 勿論、好意のではなくブラックverだ。見える人には見える黒い物が雪影の背後でうごめいている。

「そこの二人、ちょっと静かに激しく争えないかなぁ。そうすればもっと分かれると思うからさ」

 争うことに意味があるだけなのだが、静かにをつけたあたりは流石に耳が痛いからだろう。

 紅葉の高い声と文月の馬鹿でかい声の張り合いだからだ。しかし、雪影の声は届かなかったようで声量は小さくなろうとはしない。音もなく二人に近寄ると、紅葉の頭と文月の肩に手を置いた。

「聞こえなかったかな、二人とも。静かに争えって、僕言ったよねぇ?」

「は……はいっス」

 半泣きになりかけた紅葉が後に語った所によると、その時、鬼の幻影を見たそうな。

 しかし、感じるのが疎い馬鹿はどこにでもいるようで……

「聞こえてないッスよ! そんなの……」

 無謀にも文月は雪影に立ち向かおうとしていた。

 この時点で立ち向かってきた者と言えば、雪影の経験上相当勇気のある者か、ただの馬鹿だけであった。どうみても、文月は後者。

「どこにでもいるよね。まったく。そう言う馬鹿は、どうされたい? ねぇ……照・岳・ふ・づ・き・君」

 まさに、悪魔の微笑み。

 その笑顔からは誰も逃れたことはないと言うそんな笑みである。これを食らった者は、数週間寝込むと言われる伝説の笑みである。

 プクプクと泡を吹くと、文月はその場に昏倒してしまった。

 眺めていた紅葉の顔からは血の気が引いていた。

「……雪影、少々やりすぎだ」

「そうかな? 邪魔は入らなくしたよ。ああいう馬鹿はすぐ治るでしょ。ほら、木の様子もまたドンドン変わっているから」

「う、うむ。そうだな」

 さり気なく雪影に先導され、睦月は納得していた。

 果たしてそれで良いのかどうか。

 木の様子はというと、すでに光の固まりとなっていた。地中に埋まっていた跡もなく、散ってしまった葉もない。全てがその光の中に吸い込まれたようだ。

「随分、大きかったね」

「ここまで形が崩れれば、大きさは問題ないよ、姫様」

「そうかな? そうだね。あとは……紅葉ちゃん」

「へ? なんスか?」

 無月が手招きをするので、紅葉はそちらに移動した。

 一瞬文月を心配そうに振り返ったが、雪影の顔がちらつき、慌てて顔を戻す。

「無月の先輩?」

「あのね、その光の中に入れるかな」

「?! 一体、どうやってっスか?」

「それを知っているのは、紅葉ちゃんだけだよ。知っていても今は忘れているだけだから、大丈夫だって」

 ポンと無月に背中を押され、一歩光に近づけられた紅葉はどうしようか迷っている途中だった。

 しかし、何故だろうか? 背中を押されたとたんそんな迷いは消えてしまった。

 意を決すると、紅葉はその光の中へ突っこんでいったのであった。


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(2004/03/29訂正)

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