第弐拾話 『図書館に潜む影』

面影は微かな証 志すは違うもの

曇りなきその想い それとは裏腹に

天は陰り 雫を落とす




 その日は珍しく、五月雨が降っていた。

 二年四組在籍の水無月 雫(みなづきしずく)は図書館で考え事をしていた。

 土曜の午後なので、人はまばらである。

 刻ノ宮学園にある図書館は、創立当初からの有名な場所であった。

 蔵書は数知れず。地上二階、地下一階。そのさらに地下には、必要以外閲覧不可能な貴重文献まで数多く保存されている。それ故に、校舎の中にではなく別棟が建てられていた。

 場所は校舎から北北東、中庭 池の東、部活棟の南にある。

 それと共に、伝説の八つ目もここにあった。



図書館に住むという幽霊の存在がその元である

別段、悪さをすると言うことは残されていない

五月雨の降る頃に気まぐれで現れる 本好きの幽霊だそうだ

いくつかある目撃例は必ず立ち入り禁止区域の側である

別名を門番の霊とも呼ばれる存在だった




「そろそろここの本も読破ってとこ……かな」

 右側に読み終わった本を重ねると、雫は大きく伸びをした。本とは言っても、普通の薄いモノではなく、百科事典のたぐい。全て読んだとすれば、相当な知識を得られるだろう。

 しかし、雫の手元には閉じられたノートがあるため、必要な部分だけを抜粋していただけのようだった。

「し〜ずちゃん」

 ふいに後ろから雫を呼ぶ声がかかった。伸びの延長で体を大きく反らすと、視界に一人の影が映った。

「あ、るーちゃん」

 色の薄い茶色で長い髪を、両耳の上で留めた――いわゆるツインテールに制服の少女がいた。制服の色は雫の着ている今のモノと違い、少し緑系統の色が混じっている。

 雫に言った名は笹目崎 流雨(ささめざきるう)、一応同学年の二年だそうだ。

 しかし、そんな名の生徒は今の学園の二年に存在しない。それに、この少女……雫の周りに人がいる時は絶対に現れない。

「もう、調べモノおしまい?」

 首を傾けると、長いツインテールがさらりと揺れる。上体を起こし、眼鏡をかけ直した雫は椅子に横向きに座り直した。

「う、ん。もう資料読み尽くしたらしくって、見つからないから……」

「それなら良いところ知っているよ!」

 にぱっと笑顔を作り、流雨は右手の人差し指を上げた。この待ちかねたような笑顔は何なのだろうか?

 雫は少しばかり考えてみたが、自分が知らず彼女の知る場所など、思いつかない。

 どこに? と首を傾げると、流雨はついてきてと言わんばかりに腕を引っ張った。躊躇する雫を横目に、元気よく階段の方へ駆けていく。

 ノートと筆記用具を手に取ると、辞典はそのままに、見失わないよう後を追ったのだった。





 + + +





――――生徒会室

 黙々と仕事をこなす睦月の前で、無月と初音が座って……

「……(笑)」

「え、あっ嘘! 今の無し〜っ」

「……(首横振り)」

「あう……また、私の負け?」

 ……ボードゲームで遊んでいた。

 三人とも土曜休みなのに学校にいるため、制服ではなく私服である。

 睦月はツツジ色の着物に紺の袴。無月は白いフードのついたパーカーに、明るい緑のスカート。初音は黒いワンピースに、灰色の上着を着ている。

 学校に来るのに制服でなくて良いのか? という疑問もなくはないが、校則上部活動以外ならば私服でも構わないとなっている。

 睦月と初音が顔を上げると、扉を叩く音が聞こえた。

 音のする前に目を向けたところを見ると、二人とも気配を読んだようである。

「開いている」

「失礼致しますわ」

 入ってきたのはこれまた私服の卯月である。いつもならば周りそっちのけで無月に飛びつくのだが、今日はそうでなく、何処か真剣な表情でいた。

 手に持った鍵のついた黒い箱を大事そうに抱えている。

「何か、あったのか?」

 机の上を直ぐに整理すると、睦月は席を立った。三人のいるソファーの方へ歩み寄るためである。

「ええ……今朝の占いで良くない予兆が。鍵は『雨』『本』それに『動力』と出ましたわ」

「ううむ」

 武道の系統を継いだ睦月の家系と違い、卯月の家系は妖かし退治の系統を継いでいる。退治の他に得意とするのが占い。

 過去数度あった『良くない予兆』は全て当たったのだ。

 それ故に結果を蔑ろ(ないがしろ)にするわけにはいかない。

 考え込む二人に、ゲームを続行しつつ初音は問いかけた。無月はそちらに集中しているため、珍しく自分からである。

「睦月、残っている月人はあと何人だ?」

「月人か? あと三人だが」

 声をかけられ驚いた睦月だったが、別に言霊は働いていない。

 ブツブツと指折り数えた後、初音は睦月と卯月を見据えた。

「今いない者から考えると、可能性としては水無月……八つ目の伝説は図書館だ。これで合点できないか? 今更思えばそっくりだ、昔と。
 あの力は厄介だぞ、物の多い図書館ではな。どうかしたか?」

 黙り込んでしまった睦月を、珍しいと言いたげに見上げた。気持ちは分からなくもない。

 初音自身、これだけ喋るのは珍しいと思っているのだ。

 あの日以来、長く喋ることは極力控えてきた、人を傷つけないように……

 だが、力の制御の仕方が分かった今は気にすることもない。

「いや、長月よりも詳しいからな、驚いただけだ。初音、記憶が完全に戻ったか?」

「……まぁな」

 表情をあまり変えない初音なので、それ以上は読みとることができない。

 しかし、心強くなったことは確かだった。

「ともかく、もし雫だとすれば、今日は図書館に行っているはずですわ。急ぎませんと」

「そうだな。何か起きてからでは遅い」

 初音は頷くと、無月と進めるゲームの手を止めた。何故? と見上げる頭をなでると、図書室へ向かう事を話した。

 無月はすぐに承知すると、遊んでいた物を急いでで片づけ始めたのであった。

「もう、起こっているかもしれない」

 ボソリと呟いた無月の声らしからぬ声は、誰にも聞こえていなかった。





 + + +





「風の移りな 水の去り際 剣と盾とが入り乱れ 始まりの鈴が鳴り響く 飛ぶのは破魔の矢 捕らえる鎖 大地は裂けて 言葉は消える 兎はやがて月に上り 力を持って封印す」

 先を歩く流雨の足が扉の前で止まった。見上げたその目は冷えきっている。

 彼女が扉に触れると、静電気のような音が聞こえ、鍵がはずれる音が静かにひびいた。

 迷うことなく扉を開けると、その扉の中に滑り込んだのだった。





「るーちゃん?」

 雫がたどり着いたのは地下一階の一番奥。そびえる古い扉の奥は、重要文献…持ち出し禁止の物があるはずだ。

 一般生徒進入禁止の地下一階一番奥のこの部屋、およびその中にある、さらに地下への階段。

 普段は鍵がかけられ、さらに鎖で封印されていたはずだ。しかし、鎖はなく、鍵もかかっていない。ましてや、扉は半開きの状態だ。そして扉の下には、水たまりができている。

 その元をたどれば、とっての部分から絶えず水がしたたり落ちていた。

――――禁を犯せば知識は手に入る……さぁ、お前はどうする?

 まるで雫への挑戦のように、扉は物語っていた。

「やっぱり、五月雨の幽霊だ。るーちゃんのこの誘いは……のるべきなのかな?」

 そっと扉に手をかけると、雫は何者かに足をすくわれた。

 声を上げようとすれば水が口の周りを覆い、眼鏡が音を立てて下に落ちる。

 勢いよく倒れるわけではなく、背後が何かに支えられている。

 妙な眠気に襲われた雫が目を閉じると、そのまま部屋の奥へズルズルと引きずられていった。

 後に残るのは、舞い散るノートと筆記用具のたてた音だけ。

『お前は力が欲しているか? 平和でなくなるその力を』



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(2004/03/29訂正)

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