第弐拾壱話 『過去と昔、前世と現世の間』

 刻ノ宮学園は、創立から大体50年ほど経っている。

 創立当初の事実を知るものは、何故かいない。

 勿論過ぎ去った分知るものは少ないだろうが、理由はそれだけではない。

 学園の歴史にも記されていない創立者、および創立から3年間の歴史。

 50年も昔となれば資料が残っていないだろう…と思う者も多いだろう。

 だが、図書館にある資料によれば、学園は確かに記されていない空白の3年より前に創立され、それと共に伝説もできあがっていった。

 その空白の3年に何があったのか、それはまだ誰も知らない。





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【重(かさね)ちゃん。どうしても、これは封印しなければならないの?】

 ひっそりと辺りをうかがって、ツインテールの少女が語りかけた。

 場所は一回りほど小さな教室だろうか?

 二人の目の前には札に包まれた小箱があった。

 もう一人の、肩につくくらいのセミロングの少女はその小箱に手を伸ばした。

【そうだ。そうしなければこやつらは生まれ変わることはできない】

【でも、今までどうにかなってきたんじゃぁ……だって、昔と今は違うでしょ?】

【そうだな。だが、輪廻の輪に入れていないとなると話は別だ。ワタシの所為でというのも……後味が悪い】

 何か訴えようと顔を上げたツインテールの少女は、しかし何も言えず再び顔を下げた。

 思うところは色々あるらしいが、発言権など持っていない。それは初めにあった時から自覚していた。

【お前は何も悪くない、魂に触れた所為で関係を持ってしまっただけだ。祝月と卯の花月の末裔にはすでに話を通してある】

【でも……それでも私は!】

 まだ続けようとするツインテールの少女の頭をかき混ぜると、セミロングの少女は小箱を封じる札を一枚ずつ剥がしていく。

【では、選択肢を二つだそう……】





 その言葉は、忘れぬ事のないただ一つの、今の私を構成する物。

 受け継いでしまった前世の記憶を、本来の持ち主に返すか否か、それが彼女から託された私の役目。持ち主が本当に価するかどうかを判断 しろと言われたのだから。

 だが、この増えてしまった、彼女の封印した力は予定外のこと。

 今、彼女とそれに関わる者達に何があっているのか、それはわからない。

 後から来ようとする子達、あの感じは昔あったことのある子が二人。

 もう一人は彼女に近く、もうひとりは知らない……

 さぁ、雫ちゃん、貴方はどうする? この力と記憶を持って何を思うかな?





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 図書館に着くと、一番手を切ったのは卯月だった。

 迷いもなく一点だけを目指し本棚の間を進んでいく。

 睦月と無月は何の疑いもなくそれを追ったが、初音だけは一度歩みを止めた。

(何か腑に落ちないな。先程まで何も分からぬ者が先を行くなど……)

 しかし、あまり考えに没頭すれば、すぐにおいて行かれてしまう。

 初音がようやく追いつく頃、一行は地下一階の一番奥の部屋前にたどり着いていた。

「ここは……確か一般生徒は立ち入り禁止のはず」

「でも、開いてるよ? 睦月ちゃん。それに…」

 扉を眺めたのは睦月。その横で、筆記用具を拾い上げたのは無月である。

 拾い上げた眼鏡は欠けておらず、壊さないように慎重に扱う。

 卯月はキョロキョロと周囲を伺い、初音だけが床に残る水に気が付いた。

(やはりな……ここに残っている気配は『水無月』の力だ。だが)

 力の使い方に、少し違和感を覚えた。もし、雫が力を取り戻したのならば、もっと慣れない使い方をするはずだ。

 しかし、ここに残った水に感じるそれは、コントロールも何もかも分かった風である。

 記憶はそう簡単に戻るモノではない。何より初音自身がよく分かっていることだ。

 彼女に会うくらいの、それこそかなりインパクトのあることが無い限り不可能である。

 初音がしゃがみ込んで考え事をしている時、半開きの扉に卯月が手をかけた。

 何もないと踏んで、安心してのことだったのだが、彼女が触れたとたん微弱電流が走った。

 丁度、静電気のようなモノで、思わず手をパッと離す。

 だがそれに、無月も睦月も、まして下に集中している初音も気づかなかった。

「どう……しますの?」

「ううむ」

「入るっきゃないよ、睦月ちゃん!」

 鍵も鎖もないこの状況に、戸惑っているのはもはや睦月だけだった。

 それでも動かない睦月に後押しをかけようと、初音は息を吸い込んだ。

「……正しき者に幻を、月人と無月のみにこの扉を開く」

 言葉の鎖が広がっていき、この場に見えて見えざる力の結界が張られた。

「これで、いいだろう? さぁ行くぞ」

 再び扉に手をかけたのは初音である。

 別段何も起こるわけでなく、自然に扉が開く……



凍り付いた狭間の世界へ、外とかけ離れた刻の中へ




 狭間の世界を司るのは、この伝説の主 五月雨の幽霊。

「……ちゃん……約束破りになったらゴメンね」

 静かな少女のつぶやきで、雫はようやく目を覚ました。

 倒れた時に頭を打ったかと思われたが、どこも痛くはない。

 視界がぼやけているのは、眼鏡がない所為だろう。

「るー……ちゃん?」

 暗闇の所為で余計見えない空間に、ひとまずいるであろう人物の名を呼びかけた。

 しかし返事は返ってこない。

 ここがどこなのかさえ分からないというのに、後は何を頼りにすればいいのだろうか?

「るーちゃ〜ん」

「……ぃ……」

 もう一度、呼びかけてみると、微かな反応が聞こえた。

 近くにいないのだろうか? だが、初めはハッキリと声が聞こえたはずだ。

「るーちゃん?」

「……が……しぃ」

 何かを確かに言っている。だが、それはまだ聞こえない。

「聞こえないよ、るーちゃん」

 沈黙がその場を支配した後、ようやくその声はハッキリと聞き取ることができた。

「私は力が欲しい。貴女を巻き込まなくできるような……」

 それは、儚き少女の願いであった。

 燐光と共に、雫の前に現れたのは、五月雨の幽霊と呼ばれる少女。

 その顔は何処か悲しげである。

「るー……ちゃん?」

「だってそうでしょ? 記憶も力も私が持っているのに、それでも正当なる魂のもらい手は……貴女は現れた」

 よく見えないので、細やかな動作は分からない。

 だが、伸ばされた手が頬の辺りをさわったことは分かった。

 人を思いやるような、暖かさを持ったぬくもりだ。

「しずちゃん。私は前世と現世を繋ぐ者。貴女なら、この記憶を返してもいいと思った。けど、確かめたいことがあるの」

「確かめたいコト?」

「うん。それは……」

 ヒュッ と風が鳴るのと、流雨が振り向いて空を睨みつけるのは、ほぼ同時だった。

 まっすぐに飛んでくる、二枚の符。

 それがグニャリと不可視の力によって曲がり、四散した。

「雫から、離れなさい! 五月雨の幽霊っ」

 駆け込んできたのは、右手に符を携えた卯月。

 雫を背にかばい、流雨は彼女に対峙したのだった。


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(2004/03/29訂正)

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