第弐拾泗話 『無月と導き出された答え』

 溢れそうだった彼女の気が落ち着くと共に、無月の額にあった六芒星は消えた。

 空間が不安定になり、初音は端に寄せていた卯月の体を抱え寄せた。

「……ねちゃん?」

「無月さん……」 「……無月」

 そこはもう、水のはびこる広い異空間ではなくなっていた。

 狭い、それこそ人二人がギリギリで通れるくらいの通路しかなく、古ぼけた背表紙がぎっしりと詰め込まれた本棚だけが残った。

「水無月。卯月を運び、睦月の倒れているところで待機してくれ」

「え? ……はい。でも、初音さん、何故生徒会長さんが……」

 あれだけ強いのに、と雫が続けると、初音は苦笑いを漏らした。

 それ以上の答えはない。

 雫は、自分よりも背の高い卯月を持ち上げると、部屋の出口へ向かった。

 軽々と持ち上げた所を見ると、『力』を使ったのだろう。

 それを確認すると、初音はゆっくりと振り返った。

 何を言って良いか分からず、無月の中途半端に持ち上げた指が、宙で遊ぶ。

「あの……えっと……」

「堅くなる必要はない。確認がしたいだけだ」


――彼女に隠していることが、あるだろう?


 続いた初音の言葉に、無月は一瞬驚いたように目を見開き、辺りを見回してから、もう一度表情を伺った。

 それでも微動だにしない初音に、無月は諦めたように肩を竦めた。

「初音ちゃんは誤魔化せない、か。いつから気づいてたの?」

「全てを思いだした時から、だ。この前、彼女からこちらにコンタクトしてきた。それがきっかけとなってな。
 師走が誤解をしたままかもしれん。あの日の力の暴走は、無月の所為ではない。
 ……それよりも、私は同じ事を聞きたい。いつから『知って』いた?」

 ややあって、無月は目を細める。

 それが、全てを物語っていた。

 予想通りだ、無月は――――

「無月、お前はやはり……」

「本当に裁かれるべきは……だよ。もう縛る必要はないと思う」

「っしかし!」

 初音にしては珍しく、声を荒げる。

 無月一人に背負わせるには、あまりに重すぎる事なのだ。

 当然のことと言えば当然だった。

「いいんだよ、初音ちゃん。全てはあの時に終わっていなければいけなかったんだから。彼女を引き入れたままでは、刻ノ宮は完全に消えることはない」

 悲しげな声で、しかし表情は変わらずに淡々と続ける。

「神乃に追われ、対抗策をあんな形でとり……それでも崩壊する運命からは逃れられなかった。
 私がここにいるってことは、刻ノ宮が完全に滅びたわけではない。ギリギリで彼女が転生の力を私に使ったんだと思う。
 ……神乃(かみの)は滅びてしまったけどね。同族の手によって」

「まさか」

 オウム返しのようにしか、初音は言葉を返せなかった。

 神乃と言えば、神に匹敵する力を所有した一族のはずだ。

 刻ノ宮と創世はほぼ同じくして、敵対する一族。

 彼らが同族の手に落ちたなど、聞いたことがない。

「本当だよ。『彼』は同族殺しの咎を持つ復讐者。……あの時、シンクロしていたから分かる。ねえ、初音ちゃん、みんなにはまた、黙っていてくれる?」



 + + +



【初神の……っと、霜月。刻ノ宮の秘密を話したのは、初めてなの。じじ様達には言わないでね?それと、他の人には黙っていてくれるよね?】

 いたずらっぽい笑みを浮かべた、あの無月の表情を忘れることはない。



 + + +



 それが重なったからだろうか、それとも元々なのか、初音の思考は今も過去も変わりなかった。

 何があろうと無月の話した刻ノ宮の秘密は、胸の奥深くにしかない。

 人と話すこともあまり無いし、何より無月を裏切るようなことはしたくないのだ。

 『彼女』は『巫女』を守る。

 ならば私は『無月』を守ろうと。

 それが初音の……いや、『霜月』の月人としての全てなのだから。



「……よかろう。言霊使いとして、霜月として、二言はない。悪かったな、引き留めて」

「ううん。いいの。私も、初音ちゃんだけにはいいたかったから。さ、行こうか。雫ちゃんが心配しちゃう」

「……(コクリ)」

 部屋に残された最後の雫が、名残惜しげに天井から身を投げた。



過去を知る者 全てを知る者 その違いはどこにある?

己が心と向かい合えど 見える未来(さき)は本物か?

彼女と彼と月人と 刻ノ宮の残る謎

そして絡むは神乃の血筋

幕はまだ 降りることはない



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(2004/03/29訂正)

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