第弐拾伍話 『のんびりやさん』

 
穏やかな 春の日に

君は一体 何を望む?

無垢なるものに 一体何を……




 五限目の始まりそうな昼休みに、探し人は行方不明だった。

 一年五組在籍の神無月 紅葉と長月 十六夜は広い中庭を駆けていた。

 気付いたのは紅葉。苦笑いを浮かべたのは十六夜である。

「紅葉ちゃん、うさ達に探して貰う?」

 どこから取り出したのか、十六夜は小さな兎の人形を指し示した。

 確かに、十六夜の力を使えば見つけることは簡単だろう。

 だが……

「他の人に見つかったらまずいっスよ。ギリギリまで足で探すっス」

「……分かった」

 そうは言ってみたものの、やはり不安が残る。

 紅葉を先に行かせると、十六夜はポケットから携帯を取り出した。

 邪魔にならない程度のシンプルなストラップには勿論、兎がついている。

 先程の人形よりも小さな飾りをとると、握りしめた。

「風見鶏の口先へ 月夜の幻その上へ 行方を映し 瞳に映し 迷える旅人その先へ」

 小さな光が宿ると、兎の形をしたかざりが動き始めた。

 初めはギクシャクと、だがやがて柔軟な動作も可能になる。

 十六夜の手を離れると、うさぎは茂みの中へ消えていった。

「紅葉ちゃんには悪いけど、こうでもしないと見つからないだろうから。頼んだよ、ミニミニ13号」

 念のため、飾りに向かわせたのは、人が少ないと思われる時計塔の方。

 学園の周囲を固める雑木林は、中庭まで続いている。

 校庭より南、校舎からは北西の位置、部活棟からは東にあたる森の一カ所は広場となっている。

 広場自体はもっと南――校舎からは南西の位置にも存在するのだが、先に述べた広場が特別視される理由は、時計塔にあった。

 小さな教会のようなもので、一番上には大きな鐘もある。

 扉がいつも開いているので、生徒達がよく出入りしているのである。

 思考を続けようとした時、頭のどこかが痛んだ。

「なんだ……ろう。この前から……」

 ズキズキと頭の中を占領していく痛み。

 十六夜は、たまらず木陰に座り込んだ。





 + + +





――――声が、聞こえた



【そうして、真実の先へ進むのか。君は】

【構わぬさ。私は……】

 ためらうような彼女の言葉は、別の声に遮られてしまう。

【霜月の姉様、長月の兄様! ……どうかしたの?】

【弥生……何もないぞ。では長月、また……】

【ああ。どうした、弥生。なづきはいないぞ?】

【神無の兄様はいないのか。あのね、あのね】



――――鐘が鳴ってるよ?





 + + +





 声が二重に重なった。

 大急ぎで顔を上げると共に、十六夜は現実に引き戻される。

 自分には一つの影が落ちていた。

「長月君。鐘が鳴ってるよ?」

 思い出しかけた、前世の記憶。

 それに酷似した声が、上から降っていた。

「弥生……ちゃん?」

「これ、長月君のでしょ。落ちてたよ、はい」

 覗き込んでいた鳶色で肩までのショートカットの少女は、微笑むと兎の飾りをとりだした。

 探し人、花笠 弥生(はながさやよい)本人である。

 差し出された飾りは、先程十六夜が向かわせたものだった。

 あっけにとられたまま、何も喋らないでいると、弥生は眉をひそめた。

「大丈夫? 具合悪い?」

「別に悪くは……っじゃなくて。弥生ちゃん!」

「よかったぁ。大丈夫なんだね」

 手のひらをうち合わせ、笑顔に戻った少女は手をさしのべてきた。

 ありがとう、と告げ手を取った十六夜は、体を起こすと我に返る。

 毎度の事ながら、どうしてこうペースにのせられてしまうのだろうか。

「そうじゃなくて、弥生ちゃん! どこか行くなら紅葉ちゃんにちゃんと言ってくれないと」

「……なんで?」

(えーっと……)

 どうにもこうにも、のれんに腕押し、糠に釘。

 普通のやりとりでは、この少女を納得させることは不可能。

 十六夜は、影でそっとため息をついた。





 どこまでもマイペースで、どこまでも天然を行く少女――(紅葉談)

 実は結構なトラブルメーカーとして有名だった。

 人を捜せば迷子になり、家庭科で包丁を持たせれば、材料は木っ端微塵になる。

 物を運ばせれば必ずいくつかが消え、掃除を任せてみれば箒が数本犠牲になったり。

 怪力をもっているわけでなく、偶然が重なって必ず何かが起きるのだ。

 そして、弥生自身に被害は全くない。

 運がいいのかなんなのか、別名幸運の少女は今日も自分の道を歩いていた。

「所で弥生ちゃん。時計塔のほうで何かあったの?」

 実は最近知ったのだ、あの時計塔が伝説の一つであることを。

 それ故に、少々引っかかった。



刻ノ宮学園の伝説 九つ目

かつて祈りの丘と呼ばれた場所だった。

今は時計となった物も、元は小さな教会で、その役割をキチンと果たしていた。

近くには死者を弔うための場所もあったらしいが、今は跡形もない。

それ故に、図書館棟の幽霊とは別の透明の影が現れるというものである。




「ん〜?」

「首をかしげられてもなぁ。まぁ、いいや」

 戻ろう? と十六夜が言うと、弥生は時計塔を眺めていた。

 ポヤッとした印象の弥生にしては珍しく、真剣な眼差しをもってである。

 その目が視ている物が何かは、分からなかった。


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(2004/03/29訂正)

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