第弐拾陸話 『夢』

 あれはいつだったかの春。

 師走以外の月人は世に生を受け、刻ノ宮は騒がしかった。



【長月の兄様。神無の兄様はー?】

 歳が近いわけでもないのに、その少女はよく家に来ていた。

【なづきなら、奥にいる。……弥生?】

 微笑んだ少女は、怪訝そうに眉をひそめた。

【長月の兄様、憑いてきてる。……重くない?】

【……いや。とれそうか?】

【まかせて! これでも、神木の家の子だもの!】

 少女――神木 弥生(しんぎやよい)は、姉ほどの力はなかったが、視ることに関しては天下一品だった。

 そして、姉が除霊を得意とするのに対し、浄霊が得意だった。







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 がばりと上体を起こすと、辺りはまだ暗かった。

 暗闇で文字だけ浮かび上がる時計に目を移せば、まだ三時。

 布団を握りしめると、大きく息を吸った。

「夢……か。断片よりも、いっそ全部分かればいいのに」

 つぶやいた十六夜に答える者もなく、闇は静かにたたずんでいる。

 記憶を完全に持ったのは、『霜月』と『水無月』だと聞いた。

 もし、姫が昔と同じならば……直接彼女に掛け合ってみるのも一案だと思う。

 力を使いこなせるのなら、記憶を戻すなど容易いだろうから。

 そう考えて、十六夜は再び床についた。







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 それは、彼が攻めてきた冬。

 刻ノ宮は崩壊寸前で、月人と長と、巫女以外は誰もいなくなってしまっていた。

【今まで生きてきて、初めて見えぬ事を悔やみそうだ】

【霜月……】

 苦笑い気味に吐き捨てた初神 霜月(しょしんしもつき)に、声をかけたのは月に魅入られた青年だった。

 手の上に、手が重ねられる。

【巫女の思い人は、神乃の者……か】

【ああ。無月は……巫女は彼がいてくれれば、それでいいと】

【それは、良い傾向だ】

 珍しく、彼が笑っている気がした。

 縛るものなどもうない。崩壊を止める手だてなど思いつかない。

 しかし、それでもあの少女は幸せを得た。

【長月、我らは……】

【大丈夫と言いたいが、それも無駄かな。長の心を変えることももうできないだろうし……】

【兄さま!】

 会話を遮るように、一人の青年の声が響いた。

 珍しく、動揺しているのか、少々声がうわずっている。

 繋いでいた彼の手が、少し強く握り返してきた。

【どうした、なづき】

【弥生がっ! 弥生がっ!】

 告げられた名に、一抹の不安を覚えた。

 戦いに巻き込みたくないと思った、幼い者の一人。

【今行く。霜月】

【すぐ行ってやれ。今なら間に合う】

【……ああ】

 昔から、誰よりも大人びた考えを持つ、似た二人。

 境遇が似ていたからなのか、何故だかは覚えていない。

 最悪の結末を覚悟した二人には、失う悲しみさえも心には響かない。



――――あの子には辛すぎたのさ、戦えなどと







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 夜明けの鳥が鳴く前に、初音は目を覚ました。

 寝覚めが悪い、と言うわけではないが、あまりいい気分でもなかった。

 前世のことが夢にでてくるなど、珍しい。

 ということは、予知夢……次の月人に関係しているということか。

(残ったのは二人。弥生と師走。これでは弥生が先か……)

 また一つ、気になったことがあった。

 どうしてずっと近くにいる師走が最後なのだろうか。

 それとも、師走の力だけは違う故、必要ないということか。

 『彼』との問題に、師走が関わることで逆によじれてしまう危険性を思ってなのか、それともやはり師走だけは巻き込みたくないのか。

「どちらにせよ、無月に聞くしかわからない、な」

 月が隠れる。

 そして雲はとぎれ、また夜の闇を照らしゆく。

 誰かの嘆くその声が、聞こえる者に届いていた。







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『我が願いを叶えるべく、風よ炎よ怒り、立て。大地よ水よ奮え、呼べ』

 『彼』の周りで自然が渦巻いていた。

 それは確か、全ての月人がそろった春から数えて、二年目の秋。

 『彼』がどこからともなく現れた。

 抵抗できぬ普通の人々が、まずは犠牲になった。

「こう簡単に進入を許すとは」

 誰かが歯を噛みしめて言っていた。

「長様、いかが致しますか?」

「明神(みょうじん)、雪神(ゆきがみ)、両一族を前線へ。神夏(じんか)、神木(しんぎ)、両一族を後方支援に。力無き者は後ろへ。そして、月人をここに集合させよ」

「「「はっ!」」」

「巫女、ここは騒がしくなる故、奥へ。刻ノ宮は守り通す」

 守られる立場だということは分かる。長の言い分も当然だ。

 長は、そういう役目を担うのだから。

 太古の頃から変わらない、刻ノ宮の全てを優先する、それが長なのだから。

 だが、巫女――無月は、自分だけその場を離れることはできなかった。

「いいえ、私も月人達と共に」

「っしかし!」

「かまわない、から」

 『彼』が求めるのは、『彼女』だけだ。

 あとはただ、この刻ノ宮へ向けられる憎悪だろう。

 だが、そう簡単に返せるものでもない。

 刻はもう過ぎ去ってしまった。

 今ではなく、来世以降でなければ、このねじ曲がった刻は戻すことができない。

 全ては先代の長、自分の父の所為。

 父はもう亡く、血縁ももういない。罪を背負うのは自分だけだ。

 「ごめんなさい」と、無月は小さくつぶやいた。







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「夢……か」

 朝。

 いつもの時間より早く起きた無月は、布団の上で呆然としていた。

 あれはもう、大分昔のことだ。

 自分が今しなければならないのは……

 頭を降って全てを追い出すと、大きく伸びをする。

「さぁ、今日も頑張るぞ」

 夢の時間はもう終わり。

 今からは日常の変わらない朝なのだから。


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※注釈 夢の時間軸はそれぞれバラバラです。
順番からすれば、長月視点→無月視点→霜月視点。
昔の子達の名字もちらほらでてきております♪

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