あれはいつだったかの春。 師走以外の月人は世に生を受け、刻ノ宮は騒がしかった。 【長月の兄様。神無の兄様はー?】 歳が近いわけでもないのに、その少女はよく家に来ていた。 【なづきなら、奥にいる。……弥生?】 微笑んだ少女は、怪訝そうに眉をひそめた。 【長月の兄様、憑いてきてる。……重くない?】 【……いや。とれそうか?】 【まかせて! これでも、神木の家の子だもの!】 少女――神木 弥生(しんぎやよい)は、姉ほどの力はなかったが、視ることに関しては天下一品だった。 そして、姉が除霊を得意とするのに対し、浄霊が得意だった。 + + + がばりと上体を起こすと、辺りはまだ暗かった。 暗闇で文字だけ浮かび上がる時計に目を移せば、まだ三時。 布団を握りしめると、大きく息を吸った。 「夢……か。断片よりも、いっそ全部分かればいいのに」 つぶやいた十六夜に答える者もなく、闇は静かにたたずんでいる。 記憶を完全に持ったのは、『霜月』と『水無月』だと聞いた。 もし、姫が昔と同じならば……直接彼女に掛け合ってみるのも一案だと思う。 力を使いこなせるのなら、記憶を戻すなど容易いだろうから。 そう考えて、十六夜は再び床についた。 + + + それは、彼が攻めてきた冬。 刻ノ宮は崩壊寸前で、月人と長と、巫女以外は誰もいなくなってしまっていた。 【今まで生きてきて、初めて見えぬ事を悔やみそうだ】 【霜月……】 苦笑い気味に吐き捨てた初神 霜月(しょしんしもつき)に、声をかけたのは月に魅入られた青年だった。 手の上に、手が重ねられる。 【巫女の思い人は、神乃の者……か】 【ああ。無月は……巫女は彼がいてくれれば、それでいいと】 【それは、良い傾向だ】 珍しく、彼が笑っている気がした。 縛るものなどもうない。崩壊を止める手だてなど思いつかない。 しかし、それでもあの少女は幸せを得た。 【長月、我らは……】 【大丈夫と言いたいが、それも無駄かな。長の心を変えることももうできないだろうし……】 【兄さま!】 会話を遮るように、一人の青年の声が響いた。 珍しく、動揺しているのか、少々声がうわずっている。 繋いでいた彼の手が、少し強く握り返してきた。 【どうした、なづき】 【弥生がっ! 弥生がっ!】 告げられた名に、一抹の不安を覚えた。 戦いに巻き込みたくないと思った、幼い者の一人。 【今行く。霜月】 【すぐ行ってやれ。今なら間に合う】 【……ああ】 昔から、誰よりも大人びた考えを持つ、似た二人。 境遇が似ていたからなのか、何故だかは覚えていない。 最悪の結末を覚悟した二人には、失う悲しみさえも心には響かない。 ――――あの子には辛すぎたのさ、戦えなどと + + + 夜明けの鳥が鳴く前に、初音は目を覚ました。 寝覚めが悪い、と言うわけではないが、あまりいい気分でもなかった。 前世のことが夢にでてくるなど、珍しい。 ということは、予知夢……次の月人に関係しているということか。 (残ったのは二人。弥生と師走。これでは弥生が先か……) また一つ、気になったことがあった。 どうしてずっと近くにいる師走が最後なのだろうか。 それとも、師走の力だけは違う故、必要ないということか。 『彼』との問題に、師走が関わることで逆によじれてしまう危険性を思ってなのか、それともやはり師走だけは巻き込みたくないのか。 「どちらにせよ、無月に聞くしかわからない、な」 月が隠れる。 そして雲はとぎれ、また夜の闇を照らしゆく。 誰かの嘆くその声が、聞こえる者に届いていた。 + + + 『我が願いを叶えるべく、風よ炎よ怒り、立て。大地よ水よ奮え、呼べ』 『彼』の周りで自然が渦巻いていた。 それは確か、全ての月人がそろった春から数えて、二年目の秋。 『彼』がどこからともなく現れた。 抵抗できぬ普通の人々が、まずは犠牲になった。 「こう簡単に進入を許すとは」 誰かが歯を噛みしめて言っていた。 「長様、いかが致しますか?」 「明神(みょうじん)、雪神(ゆきがみ)、両一族を前線へ。神夏(じんか)、神木(しんぎ)、両一族を後方支援に。力無き者は後ろへ。そして、月人をここに集合させよ」 「「「はっ!」」」 「巫女、ここは騒がしくなる故、奥へ。刻ノ宮は守り通す」 守られる立場だということは分かる。長の言い分も当然だ。 長は、そういう役目を担うのだから。 太古の頃から変わらない、刻ノ宮の全てを優先する、それが長なのだから。 だが、巫女――無月は、自分だけその場を離れることはできなかった。 「いいえ、私も月人達と共に」 「っしかし!」 「かまわない、から」 『彼』が求めるのは、『彼女』だけだ。 あとはただ、この刻ノ宮へ向けられる憎悪だろう。 だが、そう簡単に返せるものでもない。 刻はもう過ぎ去ってしまった。 今ではなく、来世以降でなければ、このねじ曲がった刻は戻すことができない。 全ては先代の長、自分の父の所為。 父はもう亡く、血縁ももういない。罪を背負うのは自分だけだ。 「ごめんなさい」と、無月は小さくつぶやいた。 + + + 「夢……か」 朝。 いつもの時間より早く起きた無月は、布団の上で呆然としていた。 あれはもう、大分昔のことだ。 自分が今しなければならないのは…… 頭を降って全てを追い出すと、大きく伸びをする。 「さぁ、今日も頑張るぞ」 夢の時間はもう終わり。 今からは日常の変わらない朝なのだから。 back top next ※注釈 夢の時間軸はそれぞれバラバラです。 順番からすれば、長月視点→無月視点→霜月視点。 昔の子達の名字もちらほらでてきております♪ |
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