第弐拾八話 『君の望む明日はどこに?』

 光の粒子は散ることなく、歌を奏でていた。

 消えそうに瞬き、風に揺れ、わずかながら右へ左へ行ったり来たり。

 てっきり、幽霊でもいるのかと思っていただけに、拍子抜けである。

「違った……?」

 光は弥生の問いかけに答えるわけもなく、繰り返し歌う。

 誰も知らないメロディが、響いていた。

 せっかくお弁当を持ってきたのだ、今日はここですまそうと、弥生は広げはじめた。

 嫌いではないし、むしろどこか懐かしい気もする。

 ずっと聞き続けていたからか、所々あわせて歌えるようになっていた。

「春に行方……たし、………………の桜。……揺れる曼珠沙華と、…………君の人。
 眺める神はとても強く、君………脅かし、…の心…………た。……める鳥の群に、……一つの言の葉よ。
 茜空………、されど…………はあかく、曼珠沙華に…………。
 故に君は言っている、………………。彼……………せて」

 恋歌、それも悲しい物だろうと弥生は思っていた。

 幽霊でもない光が音を発しているのは少し不可思議である。

 もしかすると、幽霊だったものがこんな形になったのかもしれない。

「ゆめゆめ…………つつ、いつか…………空…、掴む……瞳と。
 君と僕は…………。想う心は…………、彼は…………を選んだ。
 泣かないで、…………。いつか…………えるから。魂の底で、……………………いて」





 + + +





「そうして君は気づかない、桜は散った空の果て。翼は朽ちてもう飛べぬ……」

 十六夜を保健室に預け、無月と初音は再び中庭に戻っていた。

 かすかに聞こえた歌声に、突如無月はあわせて歌い始めたのである。

「やがてまた咲く曼珠沙華。しゃらり、しゃらりと……」

 声に、鈴の音が重なった。

 しゃらん、しゃらんといくつもの鈴が連なって鳴っている。

 穏やかな波動が、時計塔を中心にゆっくりと学園を包んでいった。

「始まった、と言うより始めさせた、だな。行かなくて良いのか?」

「紅葉ちゃんと薫君が何かを感じたみたいだから、行けない。今、三人の前に私が行けば、思い出しちゃうだろうから」

「それは……否定できぬな。では、私が見てこよう、どうせこのままでは午後の授業は始まるまい」

 間髪入れず、無月は頷いた。

 先ほどの波動が、学園の全てに眠りを誘った。だからこそ、午後の授業は始まらない。

 起きているとすれば、弥生と紅葉、薫あたりくらいだろう。

「お願いね、初音ちゃん」

 ここは任せることに決めた。





 + + +





 鈴は軽やかに鳴り続けていた。

 昔、祖母と見た何かの舞台のようだ、と弥生は思う。

 音は全てを表していて、連なって響くのは何かを求めているのだ、と祖母は言っていた。

 やはり、この光は何かを自分に求めているのだろうか?

「まだここにいたいの? 空に、帰りたいの?」

「それは違うっスよ、弥生」

 鈴の音を辿り、時計塔まで来てみれば、今まで気づかなかったこの部屋を見つけた。

 そして、その中に探していた人物がいた。

 息を切らせた紅葉が、入り口の扉の前に立っていた。

「鈴はきっと、貴殿を求めているのだと思います」

 少し遅れて、紅葉の後ろに薫が現れる。

 左頬の痣が浮かび上がっているところを見ると、『風』を使ったらしい。

 弥生との面識はなかったが、この場の雰囲気はとても懐かしかった。

「幽霊じゃない? それじゃぁ……」

 鈴を奏でる光の粒子が揺らぐ。

 触れたくともすり抜けてしまう、この相手が幽霊でないとすれば、何だ?

「違うっス。それは……」 「おそらくは……」

 二人の言葉を合図にしてか、鈴の音がハタとやんだ。

 静寂が喜んで広がってゆく。

 その波は……弥生の手前で消え去った。

 祖母から託された、守りの鈴が誰の力を借りたわけでもなく震えた。

 リン、と清らかな音が響き渡る。

『それが望む明日かは分からぬ。ならば、共に探そうぞ』

――――希望の光と、我が鈴の音と共に その御名 参ノ月 弥生

 歌う光球はゆっくりと、右頬に触れた。

 明るい桃の花びらを持つ、赤い小さな花の紋が、そこに浮かび上がったのだった。


鈴は鳴る 未来を目指し

知らぬが故に 光だけを見て

思い出すな 過去の闇を

誰もがそう願っていた



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※注釈 歌の全部の歌詞。(音はご自分でご想像ください♪)
一応イメージとしては、前世に関連。弥生がというよりも、その姉妹の方かな。


春に行方尋ねたし、白染め赤染め桃の桜。
彼岸に揺れる曼珠沙華と、去ってしまった君の人。
眺める神はとても強く、君の心を脅かし、彼の心を消し去った。
翼休める鳥の群に、託す一つの言の葉よ。
茜空は秋の空、されどその日の空はあかく、曼珠沙華によく似ている。
故に君は言っている、どうかお願い。彼を今でも思わせて。

ゆめゆめ翼を隠しつつ、いつかはばたくその空を、掴む心と瞳と。
君と僕は同じで違う。想う心は近いのに、彼は確かに君を選んだ。
泣かないで、ナカナイデ。いつかきっと会えるから。
魂の底で、いつまでも彼を想っていて。

そうして君は気づかない、桜は散った空の果て。翼は朽ちてもう飛べぬ。
やがてまた咲く曼珠沙華。しゃらり、しゃらりと踊る君は、彼を想いここにいる。
時は何も与えない、僕はそれを知っている。

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