第弐拾玖話 『刻ノ宮学園騒動記』

 その日、生徒会副会長である如月雪影の姿が学園になかった。

 ただそれだけのことが、一日中学園を騒がせることになることを、今はまだ……誰も知らない。

「ほえ、雪影君休みなの?」

「……(コクコク)」

 朝、いつも通り登校した無月は、目を瞬かせた。

 生徒会の仕事で、睦月、雪影、雫の三人は早めに登校していることが多い。

 しかし、初音の見てきたところによると、彼だけが居ないらしい。

「……なんか、嫌な予感がする」

「そうだな。何も起きなければいいが、とばっちりは避けたい……」

「うーん。それはどうだろう」

 一日中学園を騒がせることに……気づいている者もいた。









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 化学は彼女にとって退屈な時間である。

 端から見ると、普段の彼女の言動からしてそれはおかしい。

 だが、彼女曰く、好きだからこそ退屈。

 好き故に、もっとグレードの高いことがやりたくなるそうだ。

「あーもう。やる気がありますの? 雫」

 化学教師は気まぐれで実験班を決める。

 だから、出席番号が離れていようと、一緒になることもありえるのである。

 先ほどから試験管と戯れている雫に、卯月の声がかかった。

 実験などやらずとも結果は知っているし、考察すべき事も解っている。

 それを手早くまとめて、ノートに書き写すと、雫は卯月に提示した。

「ないわけではないですよ。はい、これが答え。けど、朝からどうも調子が狂いっぱなしで…」

「はぁ? 何おかしな事を言って……」

「けど卯月ちゃん。あの副会長さんがいないんですよ? しかも、その所為でか生徒会長さんがいつも通りじゃなくて」

「けれども、あの雪影さんがいないのでしたら、思う存分実験できるのでは?」

 その言葉に、今まで半死状態だった雫の眼鏡……ではなく目が煌めいた。

「そう、ですよね」

「そうですわ、いい方に考えるというのも……」

「ふふふふふ、卯月ちゃんありがとう」

 どうやらサイエンティスト魂に火をつけてしまったらしい。

 うっかり言ってしまった自分の言葉に、卯月はこの瞬間、少なからず後悔していた。

 授業中なので、使用可能な薬品と時間は限られているはずだ。

 いざとなれば、どうにかして力で押さえ込めばいいだろう。

「な・に・を・し・よ・う・か・な」



 その後、化学室では小爆発が起こる。

 何をどう混ぜたらそうなってしまうのかは、雫のみぞ知る。

 幸い窓際だったためかけが人はなかったが、卯月は雫が無意識のうちに力を使っていたと思っている。

 そうでなければこの状態はあり得ないのだ。

 窓ガラス数枚と試験管一本、それに500mlビーカーが一つという被害は。









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 小爆発は化学室の真下にあたる、一年六組と五組にも当然伝わっていた。

 嫌いな数学が面白くなくて半分寝ていた紅葉は、すっかりたたき起こされてしまった。

 教室中がざわめいている。

「弥生、弥生。何があったんスか?」

 隣の席の弥生だけは、窓に寄らずに席に座ったままだったので声をかけた。

「んー? よくわからない」

 つい先日月人に加わったこの少女は、以前と変わっていない。

 そのままの返事に、紅葉はただ呆れた。

「起きてたんじゃないんスか、弥生」

 ちらりと手元を見れば、綺麗に書かれたノートがある。

 半分寝ながら書いていた自分の物とは比べたくはない。

「起きてたよ? 紅葉ちゃんが寝始めた時間も知ってるよ?」

「そんなのは知らないでいいっス」

「そーお?」

 これではらちがあかないと、紅葉は別の人物を捜した。

 教師さえも窓の外を見ているのだから、少々の間授業は再開しないだろう。

「椿、何があったんスか?」

 手前に戻ってきた一人に、紅葉は声をかけた。

 少しふっくらした体型のその少女は、おかしそうに笑う。

「なーんかね。化学室で爆発があったみたい。今の授業は確か二年生じゃない?」

「……そうっスか」

 原因が知り合いでないことを、密かに紅葉は願ったのだった。









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 確か今は授業中だったはず。

 三年一組所属、海藤葉月は一人考え込んでいた。

 では、目の前の光景は何だ?

 久々の光景にため息さえも出てしまった。

「師走くーん。未だ終わらない?」

 飛んできた一人を避けて、争いの渦の真っ只中にいる人物に声をかけた。

「それはこいつらに聞いてくれ!」

 事の始まりは体育の初めだった。







 普段、校庭側の門は登下校時間しか開いていない。

 しかし何故だろう、門は閉じていなかった。

「なんか嫌な予感が……」

 天気がいいため、外体育になったはいいが、問題が近付いている気がして葉月は横を見た。

 クラスメイトで腐れ縁に近いつきあいの師走は、その方が面白いと言いたげににやりと笑っていた。

 他校生が雪崩れ込んだのは、三時間目の授業開始から十分後の事だった。

「随分大量だな」

「のんきだね、師走君。今日雪影君がいないからじゃないかな」

 葉月はただなんとなくその言葉を口にしていた。

 学園への侵入者やその他問題になりそうな厄介ごとは、誰もが気づかぬうちに処理されていることが多い。

 今現在、そういった裏を取り仕切っているのは、生徒会副会長の雪影だった。

 何がこうじてそう言ったことをしているかは誰も知らないのだが。

「あー……そういやぁ、今日招集されなかったな」

「……授業出てない時は、そんなことしてたんだ」

 よくよく考えてみればおかしな事だった。

 彼、白城師走は遅刻の常習犯であるにもかかわらず、教師にそのことを怒られることはほとんど無い。

 今まで不思議に思わなかったが、そう言うことだったのか、と葉月は納得した。

「他の奴らを呼んでる暇もねぇし……ま、こんくらいオレ一人でどーにかなるだろ。葉月、ジャージ持っててくれ」

「え、ちょ、師走君?!」

「お前ら、オレが相手をしてやるぜ!」

 投げつけられたジャージを抱えると、師走の声が遠くから聞こえた。

 体育教師が来る前にどうにかならないかななどとは、望みが薄いかもしれない。







 最後の一人をどうにか倒し、転がっている他校生を全て門の外に投げ出すと、師走は北門を閉じた。

 何故鍵を持っているかはこの際無視しておこう。

 とにかく嵐は去ったのだ。

 それだけで十分だった。


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解説?
雫ちゃん暴走&学園安全の裏事情編(笑)
さり気なくでてきた、弥生と紅葉のクラスメイト。
一応名前は槇志摩 椿(まきしまつばき)といいます。
生徒キャラは釉豼ちゃんとハル、そしてこの椿ちゃんで三人目ー。
そして、他校生が何を狙っているかはご想像にお任せいたします。まぁ、それだけ大きな学園ですからねぇ(笑)
師走君の雪影と繋がる線が表にでましたとさ。

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