第参拾話 『動き出す刻の中で』

 昼休みになり、購買部にて本日のおまけを手に入れた照岳文月は中庭に向かった。

 ちなみに何故昼食のおまけなのかは簡単なことである。

 早々に弁当を食べ終え、未だ満ち足りない食欲のまま動いたからである。

 焼きそばパンに卵サンド、ツナサンドにハムサンドと女子ならばそれだけで満足できそうな量が、腕の中にあった。

「あれ? お前、チビの……」

「こんにちは、文月のにーちゃん」

 池のそばで、不思議なツーショットができあがった。

 手元には大きな黒いウサギのぬいぐるみ。

 長月十六夜がそこにいた。

「なにやってんだ? こんなとこで」

「え、えーっと……」

「あーま、なんでもいいや。けど一つだけいっとく」

「へ?」

 返事を待つことなく、何とも早い変わり身で……十六夜は何を言われたか、理解するのに時間がかかった。

「んな、つまんなそーな顔すんな。一年はらしく、何も考えないで学園生活を楽しんどけ。これやっからよ。じゃぁな」

 手元に投げてよこされたのは、メロンパンだった。

 十六夜は呆気にとられ、礼を言えずにいたのだが、文月は気にせず去ってしまった。

 それが何だかおかしくて、目をほころばせる。

「あの明るさは……昔の文月ちゃんみたいだ」

 自分で望んだにもかかわらず、戻った前世の記憶は、戻らなければ良かったと思っていた。

 今と過去との境目が分からなくなって、けれどもその悩みを誰にも告げられることはなくて、生まれてしまった悪循環。

 けど、今分かった。

 割り切ればいいのだ。今は今で、自分は時神長月ではない、長月十六夜なのだ。

「よし、もう大丈夫」

 何かが吹っ切れて、スッキリとした気分だった。









 + + +









「無月殿、少しよろしいでしょうか」

 久しぶりに開かずの間をあけていた無月は、声に呼ばれ手を止めた。

 昼休みも半ば頃の事である。

「薫君?」

「はい」

 天井の板が一枚はずれ、制服姿の皐月薫が舞い降りた。

 普段ならば、一連の動作を音を立てずにやってのける彼なのだが、声をかけてから降りてくるなどどういうことだろうか?

「雪影様の欠席の理由を、ご存じですか?」

「ううん。と、薫君、知らないの?」

 問われた質問に、問い返してしまった。

 てっきり睦月辺りから事情を聞いているとばかり思っていたからである。

 彼の表情が僅かに曇る。

「自分は、何も。睦月様も知り得ず……」

「それはおかしいね」

「はい。睦月様が、探れとの命を下さればそれもしますが……生憎とそれもなく。
 他の方が知り得ないかと、休み時間を利用し、個人的に聞き回っている状態です。このままでは睦月様が……」

 生徒の前ではかろうじてもっているが、あの睦月がかなり動揺しているのである。

 普段ならば簡単にこなすことも、今日は亀の歩みの如く遅い。

 午前中にあった、他校乱入事件は、師走によってどうにかなったが、午後の授業でこれ以上何かあっては、それの対処もままならないわけである。

「次の授業は休みになったから、初音ちゃんと一緒に何かしてみるよ。家にいるなら連絡とれるだろうし」

「そうしていただけると、とてもありがたいです。では」

 声と共に、薫の姿はかき消えた。

 また睦月の元へと戻ったのだろう。

 誰の気配もなくなったところで、無月はまた作業を始めた。

「あかずの間に閉じこめられたのは、月人の力だけ。有月ちゃんは他のことを覚えていない」

 探しているのは、図書館で見つからなかった資料。

 あの時代、刻ノ宮学園創立時に無月は目覚めていないのだから、そのころに何があったかを知らなくてはいけない。

「有月ちゃんの気づいた、神木と桜木の謎。多分、彼も……あの時代にずれて目覚めていたはず」

 月人の……刻ノ宮の敵である彼。

 けれども、敵となる理由を作ったのは刻ノ宮だ。

 だが、長である有月はその理由を知らない。

 一番下にあった箱を開けても、目的のものは見あたらなかった。

 しかし、その箱をもどかした所の床が、他と違う色だということに気が付いた。

「床板が、外れる?」

 学校という特殊な空間の床が外れるなど、誰が考えようか。

 しかし、開かずの間という特殊な場所、これだけの物に隠されていたのだ、何かあってもおかしくはない。

 すぐに手をのばすと、床板をとりさった。

 現れたのは、漆塗りの少し大きめな箱。

 中に入っていたのは、一期生のアルバムと刻ノ宮創立に当たっての記録。

(やっぱり。有月ちゃんのことだから、どこかにあると思って正解)

「何をしているんだ、無月」

「うひゃぁ?!」

 突然かけられた声に、無月は飛び上がった。

 漆塗りの頑丈な箱を足の上に落とさなかったことは幸いだが、心臓のドキドキは当分収まりそうになかった。

「初音ちゃん、ビックリさせないでよ」

「……すまない。しかし、一体何を探していたんだ? 昼休みも終わるというのに」

「んー……内緒」

 そう言って、漆塗りの箱のふたを閉じた。

 初音にだけならば、話しても良かったが、未だ無月自身全てを理解したわけではない。

 今の状況は混乱を招くだけなので、口を閉ざした。

 箱を再び床下にしまい、板をはめ込む。

 そして部屋の中を元通りにすると、軽く手をはたいた。

 気分はちょっとした模様替えの失敗、といったところだろうか。

「さて、薫君と約束しちゃったし、雪影君の家に電話でもしますか」

「しかし……何があったんだろうか? 予告もなしに」

「うーん。雪影君のことだからね、考えなしにってことはないと思うけど」

 ただ、その考えが分からないと告げた無月に、初音は同意を示した。









 + + +









「まったく。黙って留守にするとこれか……」

 空が茜に染まる頃、生徒会室に影が増えた。

 学生服ではなく、白を基調とした服に水色の長いマフラーのようなものが映える。

 その視線の先に、机に突っ伏している睦月の姿があった。

「睦月、風邪を引くよ。睦月」

「……う、ん……」

「……仕方ないなぁ」

 苦笑いを浮かべると、その人――雪影はゆっくりと顔を近づける。

 夕日に染まる室内で、二人の影が重なった。

「起きた? 僕のお姫様」

 長い長い沈黙が続き、ようやく目覚めた睦月はというと、顔を朱に染めていた。

「ゆっ……きかげ?!」

「連絡を怠ったことは謝るよ。急だったものだからね。ま、言い訳にしかならないし、貴重なものも見れたし……」

 肩をすくめて、再び苦笑いを浮かべた。

 学業よりも優先しなければいけなかった事態だけに、どう説明して良いのかわからない。

 だが、代わりに得た物もある。

「やっぱり、僕がいなきゃダメなのかな?」

 呟いた雪影は、少し楽しそうに笑っていた。


一人が起こした騒動は 終わりを告げた

だが、水面下では 謎が動き出す

過去と今が交わる刻へと



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結論的に言うと、雪影が何していたかは謎のまま。
騎士と魔王のラブラブが書きたくなったのです(笑)

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