止められぬ 刻へと進むのは 彼女の望んだ 正しき未来 鎖を持つ彼は まだ何も知らず 辺りの変化に気づいていない 欠落の違和感。 そんなものを師走が覚えたのは、六月の初めだった。 漠然とした物で、何故そうなったのかは分からない。 ただ何かが足りないと、胸の奥からわき上がってくるのである。 「……変だな」 初めは大して気にも留めなかったのだが、一週間も続けばさすがの師走も違和感を覚え始めた。 「なぁ、むー」 「どしたの? しー兄」 「オレ、何か大事なこと忘れてるか?」 「……え?」 初め無月はなんのことだと首を傾げた。 しかし、一つだけ思い当たる節はある。 それは、ずっと忘れていて欲しいことだった。 「急になんで?」 変なの、と笑って返せば、困惑した瞳と出会った。 「どうにも、最近変な感じがしてな。オレの気のせいか?」 「きっとそうだよ。それより、しー兄。今日は夜ご飯何にする?」 未だ大丈夫。 「そうだな……久々に、中華が良いな」 師走が全てを思い出す前に、終わらせる。 無月は心の中でそう決心したのだった。 + + + 『彼』にだけ分かる手紙を送ったのは、一週間くらいしてからのこと。 新月に限りなく近い頃のことである。 会いに行くことを初音に告げると、彼女は同行すると言い張った。 「でも初音ちゃん。危ないよ?」 初音には『彼』に伝えることを教えて、待っていてもらうことにしていたのだ。 「無月一人行かせることの方が、心配だ」 「……うーん。でも彼女のことを知ってるだろうし、平気だと思うけど?」 「それでもだ」 「…………」 結局、折れたのは無月のほうだった。 師走に初音の家に泊まることを告げると、自分は葉月の家にでも行くと言っていた。 久方の来訪だから、先方も許してくれるだろうという読みらしい。 無月はそれを聞いて小さく笑った。 放課後は校舎内で時間を潰し、部活動の生徒が帰る頃は開かずの間でひっそり待機していた。 必要ないからまた、誰かに見つかるわけにはいかないから、明かりはつけなかった。 この場所を知ってる者にさえ、気づかれては困るからである。 購買部で手に入れておいたもので、簡単な食事を済ませ時間が来るまでしばし眠った。 冬ではないから、風邪の心配はなかった。 + + + 新月が近づくこの日、月は早々に姿を消した。 中庭、池のそばにくると、無月は空を仰いだ。 約束は真夜中。もうすぐだった。 「無月。彼は言葉を信じてくれるだろうか?」 「さぁ。でも、有月ちゃんのことが一番大事なはずだから」 「うづき、か」 『気安く彼女の名を呼ばないでもらおうか』 人影が一つ増えた。 卯月の姿が泉に移り込み、その体から何かが抜け出す。 懐かしい、というと随分遠い記憶だが、かつて聞いたのと同じ声だった。 透き通った、黄緑がかった灰髪の青年が、そこに現れる。 『それに彼女の名は……』 言葉が続くことはなかった。 彼が悔しそうに、顔をゆがめる。 本当の名を口に出来るのは、目の前にいる巫女だけなのである。 「お久しぶりと言うべきなのかな、神乃 日次(かみのひなみ)」 『覚えていたのか、刻ノ宮の巫女』 右目のない彼――日次の唯一の光である左目が、二人を見下ろした。 顔の右半分にある、焼かれたような跡と、顔の右下から左上に走る三本のひっかき傷が、印象的だった。 そこにいないはずの彼の髪を、現実の風が揺らす。 無意識のうちに、初音は体が竦んでいることに気が付いた。 彼は怖いと、どこかで覚えているのかもしれない。 「忘れはしない。刻ノ宮を滅ぼした人だもの」 『要因を作ったのは、そっちだろう。ごたくはいい。あんな手紙で読んだのは何故だ』 「有月ちゃんを貴方に返すため。そして……刻ノ宮を終わらせる」 日次は、疑うようにじっと無月を睨み付けた。 『それはどういう風の吹き回しだ? 今更許せとでもいう……』 「許してくれとは言わないし、言う資格がないって知っている。 ただ、あの時では不可能だったことが今ならできる、と言いたいだけ。 そのために……全てを話すから」 それは、封じられた刻ノ宮の歴史。 人々は忘れても、巫女だけは忘れることを許されず、時に人の記憶には残らないようにしてきたもの。 無月は日次を見据えた。 「それを聞いた上で決めて欲しい。有月ちゃんを帰すために、やらなくてはいけないことがあるから」 『信用しろ、と?』 「私の命をかけろと言うならば、賭ける。それだけの覚悟はある」 後ろで、初音が焦るのが何となく感じられた。 これは初めから無月が一人で決めたことだった。 日次はと言うと、疑うような視線をやめていた。 『巫女』は沈黙することはあっても、発言に嘘を絡めることはできないという確信があったからである。 彼の姿がゆっくりと、無月の視線まで降りた。 『そこまで言うならば、聞こうか……だが、後ろのあれはいいのか?』 「彼女は昔から全て知ってる。私が、話した唯一の人だから。そして、知っておいて欲しいだけ」 『ふうん。まぁ、いいさ……さ、初めてもらおうか。刻ノ宮の巫女』 【ごめんね、師走】 手の中にあった物が擦り抜けていく。 失ってはいけないはずの物を無くす、そんな予感が走る。 「ダメだ、無月!」 目の前にある腕を掴んだところで、師走は現実に引き戻された。 「どうしたの? 師走君」 腕を掴まれた葉月はと言うと、驚いた顔をしていた。 部屋の中には、動き続けるDVDプレイヤーの稼働音と、スタッフロールの流れるテレビのBGMだけがあった。 どうやら、映画を見ていた途中で寝ていたらしい。 どっと、汗が噴いた。 「いや……なんでもない」 「何でもないって顔じゃないと思うけど……そう言うなら」 不思議そうにしていた葉月は、しょうがないと言いたげに肩をすくめた。 「けど、師走君が無月ちゃんのことを名前で呼ぶって珍しいね」 「……そうか?」 「そうだよ」 言われてみれば、滅多なことがない限り名前で呼ぶことは少ない。 昔から『しー兄』と『むー』と呼んでいた、それが師走にとっての日常だから。 名前を呼ぶことで、何か思い出すのが嫌だったから。
それが意味を持っていることに、未だ気づけない。 back top next 動き出します、最後の月人の話。 そして、刻ノ宮の真実も見えてきます。 今まで姿だけだった彼、日次も登場。 役者はそろいましたよ♪ |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||