第参話 『三つ目……生物準備室』

闇を切り裂くは 白き風

皐月に薫る風のごとく その御息は天を駆ける

そして魔を討ち果たし また空を巡ってゆく




 あれから一週間が過ぎた。

 無月は変わらず毎日を過ごしてはいたが、少し忙しくなっていた。

 あの開かずの間は、生徒会長 睦月の力により、新部の部屋として扱われた。

 当然、一時開かずの間は伝説通りではなかったという噂が生徒の間でささやかれはしたが、そんなモノ他に代わりが見つかると、消えていった。

 一応、表向きは学園の怪現象を解く部とされている。が、本来の目的は月人を捜すこと。

 たとえ入部希望者がいたとしても、全て断った。

 しかし、月人を捜すと言ったものの、いつ怪現象が起こるか――いつ月人に力が戻るかはわからない。

 そのために、ここ一週間はずっと準備に手を回していた。



 + + +



「睦月ちゃ〜ん。日直のお仕事だよ。昼休みの今のうちにいかないと」

「ああ、初音は?」

「いるよ。だけど、まだお昼食べているし、睦月ちゃんと私が日直でしょ?」

「承知した」

 二人は職員室で鍵を取ると、二階校舎東側 南端にある生物準備室へと向かう。

 そこは、昼休みではあるが、人気のない場所であった。



生物準備室……それは奇界への入り口

刻ノ宮学園10伝説の三つ目に語られし場所でもある

この場所では人が消える 奇界へ飲み込まれた と噂する者が多い

その準備室に一人で迷い込めば 出てきた者はいない

跡形も……それこそ存在自体消え失せるらしい




 近頃、変な影を見たとか、妙な気配を感じた、という者が後を絶たなかった。

 睦月の方に報告が何件かあがっており、未解決問題の一つでもあった。

 もし、散った力の一つの影響ならば、速急にその持ち主を捜し出さなければ解決することはない。

 そこが、なかなかこの問題に着手できていない理由だった。

「無月、何を持っていくのだ?」

「ん〜……ホルマリンとか、空き容器とかだって。実験体は先生が持ってくるから」

 棚を探しながら、無月は手元のリストを広げた。

 それを読むうちに、大体何をやるかなど察しはつく。

「解剖……か。少々多いな」

「大丈夫、バレットとかに入れて運べば」

「そうか。あちらを見てくる」

「うん」

 リストの物を探す目的もあったが、一度この準備室を調べようと思っていたことを、睦月は思い出したのである。

(やはり、何か漂う気配が無くもない。しかし……)

 カタン と、音がしたので睦月は腰から正元鬼(しょうがんき)を抜くと、そちらを向いた。

 しかし、何もいない。

「いかんな。あまり過敏に反応するのもよくはない」

 正元鬼を鞘に戻すと、必要な物をとり無月の元へ戻った。

「これで、全部か?」

「う〜んと、あと一つだけないの」

「どれだ?」

「……これ」

 棚を見上げると、一番上の奥に置いてあるのが見えた。

「無月、あれではないのか?」

「あ、あれだ! よっと」

 先程まで使っていたと思われる足台を引き寄せそれに乗ると、無月は精一杯背伸びをした。

 あと少しで手が届くというその瞬間 無月の体が大きく傾いだ。

「え? ええっ??」

 とっさに棚を掴んでは見るものの、大した支えにはならずそのまま棚のいくつかの物と共に……無月は落ちた。

「無月っ!」

 何とか受け止め無月に怪我がないと知るとホッとした顔をする。

 しかし、棚はまだ不安定な状態。そこから色々な物が落ちてくるのも時間の問題である。

(よけきれぬっ!)

 睦月は無月を庇うように覆い被さり、その背で全て受けようとした。

 この辺の棚は少々危険物も置いてあったはず。だが、そんなことを考えるよりも先に体が動いていた。

 地面を蹴る音と、風が動く音が聞こえる。睦月の上を何かが飛んだ。

 そして、落ちてくるハズの物は落ちてこない。

 不思議に思い睦月が顔を上げると、落ちてくるハズだった物を抱えた人物がいた。

 学ランを着た消し炭色の長い髪を後ろで縛る者。

「薫……」

 安堵の顔をしてその者の名を睦月は呟いた。

「あまり、関心はしませんね。危険な時は呼んでくださらねば」

「すまぬ。無月、大丈夫か?」

「うん。あ、薫君だ」

 ほこりを払い立ち上がった無月は、薫に微笑みかけた。

 不意打ちを食らったかのように、一瞬顔を赤らめた薫だが、すぐに挨拶の意も含め頭を下げた。

 皐月 薫(さつきかおる)1年7組在籍の少年である。

 古くから明神家に使える忍びの一族で、一応忍者の端くれである。

 しきたり通り、幼い頃から睦月の身辺を守っている。

「しかし、よくここに来られたな。生物準備室など人のよらぬ場所に」

「昼休みですから。それと、丁度廊下で見かけたのもあります」

 各学年7クラスずつあり、それぞれの学年の階にクラスルームはある。だが、スペースや特別教室の関係で、1年は7組だけが2階に教室があるのだ。

 それ故、薫が廊下で二人を見かけたのも合点がつく。

「しかし、一体どうして倒れたのだ? 足台は安定していたはずだ。無月」

「う〜ん、変なこと言うけどね、引っ張られて押されたの」

 先程足台で背伸びをした時、背を引っ張られたというのだ。そして、バランスを崩し駆けたところに追い打ちをかけるように押された、と。

 無月の横には睦月がいた。他に人はいなかったのだ。

 そうなると、ここにはやはり何かある……と、考えるしかなかった。こういった感じで出てこられると、あまりいい気はしない。

「! 誰だっ!」

 突如、沈黙を破り薫が部屋の奥へくないを投げつけた。

 その先で、影がうごめくのを薫は見逃さなかった。

「薫……この部屋をどう思う?」

「あえて言うなれば、何かがいる、かと」

 奥を睨みつけてから、睦月に視線を合わせた。

 丁度その時、予鈴が鳴り響く。

「睦月ちゃん、そろそろ」

「そうだったな。薫、ここの調査については放課後に今一度指示をする。それでよいな?」

「はっ。それでは、失礼します」

 御辞儀をすると、颯爽(さっそう)と駆けていった。

 その姿を見送ると二人も荷物を持ち、教室へ戻ったのだった。

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(2004/03/29訂正)

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