第泗話 『薫風(かおるかぜ)の調べ』

「さて、どうしたものか」

 放課後といっても、まだ早い時間。授業が早く終わった睦月はいつもの椅子に腰掛けていた。

 生徒会室はきれいに片づけられており、睦月の前の机には書類などもなかった。

「一体何が? 睦月ちゃん」

 奥からお茶を乗せたお盆を片手に、無月が顔を出した。

「生物室、いや、正確には準備室のほうか。何も感じなかったのか?」

「う〜ん……ないなぁ」

 苦笑いを浮かべると、睦月はお茶を受け取った。

「近頃の噂や校内の事故から推測するに、開かずの間から消えた光玉の一つ――月人の力だと思うのだが、それの、持ち主がな」

「そっか。本人じゃなきゃ取り戻せないんだっけ」

「ああ」

 睦月の中では、一人だけ目星はあった。己の感じなかった物を感じたのは誰だったのか。ただそれだけが、頭の中を渦巻いていた。

 その時、丁度生徒会室の扉を叩く音が聞こえた。

「あいている」

 睦月が声をかけると静かに扉は開いた。

「お姉さま〜っ!」 「……(汗)」

 扉が開いたとたん無月に駆け寄る卯月と、静かに扉を閉める初音である。

 お茶を入れてくるね。と言って、卯月の頭を一撫ですると無月は席を立った。

 空いた横に卯月が、向かいに初音が座り込む。

 無月がいなくなったとたん、卯月の顔は真剣になった。

「それで、どうするつもりですの? 睦月」

「分かって言っているのか? 卯月」

「当然ですわ。聞きましてよ、昼休みに何があったかを。そんなことがあったならば、調査は早めにしませんと。
 それから、皐月君を同行させることを提案いたしますわ。彼がそうだという確証が、例え五分五分だったとしても、ですわ」

 呆気にとられる睦月も気にせず、卯月は一息で言い切った。

「……そうか。初音はどう思う?」

「……連れて行くのが……一番の良い手」

 半分は無意識だろうが、後の言葉には少し言霊の力が働いていた。



 + + +



 授業終了の鐘が鳴ると、生徒の声が増えてくる。

 勿論、この生徒会室を訪れる者達もいた。副会長と会計兼書記の2名もそのうちである。

 副会長 如月 雪影(きさらぎゆきかげ)は2年6組在籍。弓道部の副部長も兼ねており、時折生徒会の仕事を休む。どうやら今日はその日だったらしく、睦月にそれをつげに来ていた。

「睦月、あまり無理はしないで。何かあれば、必ず力になるから……」

 そういって、雪影は去っていったのだが。

 ちなみに、この台詞を聞いて喜ばない女生徒はいない。弓道部のエースであること以前に、その容姿でファンは他校にまで及んでいたりもする。彼にしてみれば、そんな者は目にもとまらないらしい。

 なんせ彼は昔から、睦月一筋なのだから。

 そして、会計兼書記 水無月 雫(みなづきしずく)は1年5組在籍。今日はどうしても外せぬ用があり、帰宅を申し出た。

 彼女は彼女で、この生徒会室をほぼ自室のごとく使用しており、実験器具などを放置している。

 それを、二人は別段とがめたりはしていない。

 理由は能力にもある。彼女ほど優れた会計と書記の能力を持った者はこの学園にはいないのだ。

 勿論、急ぎの仕事がないため、睦月は帰宅を承諾した。



 + + +



「まったく、都合がよいのか悪いのか。よく分からぬ日だな」

「丁度いいのではないですの? 睦月、肝心の本人はいつ呼ぶんです?」

 時刻はそろそろ3時半。部活のない生徒は、おそらく帰宅し出す時間である。

「それは、いつでも出来る。薫!」

 黒く長いマフラーのような物を首にした、忍者服に似た格好の薫が睦月の横に姿を現した。

 天井の板が一枚だけ僅かにずれていることから、そこから降ってきたのであろう。軽々着地をすると、顔を上げた。

「大体の話、聞いていたであろう。生物準備室へこれから向かう、よいな?」

「はっ」

 正元鬼の柄を握りしめると、睦月は立ち上がった。





 + + +





 西日の差し込む廊下を抜け、少々暗くなりつつある準備室の前に5人は立った。

 昼は気づかなかったが、禍々しい気配が扉の隙間から漏れだしている。

 その気配に、無月は何かを感じ横にいる初音の制服を引っ張った。

「……?」

「違う……この前と違う」

 繰り返し繰り返し、うわごとのように呟いている。その様子に前の3人は気づいてはいなかった。

「睦月。開きませんわ、この扉」

「そんなわけなかろう。鍵は開けた」

「試して下さいまし。本当に開きませんの!」

 試しに取っ手を引いてみたが、扉はうんともすんとも言わなかった。

「睦月様……壊しますか?」

 薫が、今にも何か取り出しそうな雰囲気を漂わせつつ、一歩前に進み出た。

 手には明らかに破壊できそうな、物騒な物を携えている。

「薫、一応学園の建物。むやみやたらに壊すはどうかと」

「そうですわ、やるならば壊れていないようにしなくては。証拠さえなければどうにでもなりますわ」

「それもどうかと思うぞ、卯月」

 どうあっても、破壊しかないと、決めつける年下二人組。

 それを何とか止めようとする、真面目な生徒会長 睦月の図ができあがっていた。

 そして、その一方で初音がカタカタと震える無月を支えながら、おろおろしていた。

「……無月……落ち着け」

「でもっ初音ちゃん」

「大丈夫だ。何も出てきはしない……あの扉のこちら側には」

 扉に向かい初音は言霊を発した。すると、漏れだしていた禍々しい気配が消えていく。

 睦月がそれに気づき、薫の方に手を置いた。

「薫……壊さずにお前が開けて見ろ。我らでは出来ぬ」

 どうして自分なのか? と言う顔をしてはいたが、睦月の言うことなのでと、薫は納得した。

 左手に短刀を握りしめつつ、薫は右手を扉にかけた。案の定扉は静かに外に開く。

 初音の言霊通り、中から何かが出てくることはなかった。

 しかし、扉の向こうは漆黒の闇。それを睨みつけると、睦月が音もなく一歩進み出た。

「魔を払うは 其の役目 初日を纏う神剣也……」

 上段に構えた正元鬼の刃から、淡白い光が立ち上る。

「明神流 剣技 点眼砕!!」

 振り下ろされた正元鬼の刃は、闇のカーテンを切り裂いた。

「薫っ中にゆけ! 扉の閉じる前に」

「はっ!」

 薫がその切れ目を通り抜けると、闇の幕は再び閉じた。


皐月に吹く   御息の風は

その身体 駆け抜け

力となせ


 準備室の中では、そんな唄が響いていた。

 窓が無く、夕日の入らぬこの部屋の中で、唯一光る玉。唄はそこから発せられていた。

 それは……少々季節はずれな、蛍のようであった。

 すっと手をさしのべると、光玉は奥に逃げていってしまう。


時の調べは 風の調べ

風の調べは 光のたより

闇の中にうち光て 天より生ゆる翼とならん


 準備室の最奥まで来ると、黒紺色の玉の周りを、先程の光玉がくるくると回っていた。

「これは……」

 よく見ると、光玉は黒紺の玉を押さえているようである。薫は無意識のうちに手を伸ばし、その双方に触れた。黒紺の玉は光玉へと転じ、二つの玉は一つとなる。

――――唄が聞こえしそなたは、我が持ち主 その御名 伍ノ月 皐月

 そう言って、光玉は消えた。

 薫の左頬に、一枚の青葉をかたどった痣を残して。





 部屋の禍々しい気配は消えた。

 黒紺に転じてしまった光玉の影響が無くなったからであろう。

 月人が見つかり、問題は解決されたかに見えた。

 しかし、月人の力が悪しき物へ転じた理由は、今は誰一人気づいてはいなかった。


 そう、ただの始まりに過ぎなかったのだから。



風を纏い 飛ぶ君に

私の願いは聞こえるか

その背に気をつけて 何が迫るか分からないから


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(2004/03/29訂正)

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