深く広い海は その通り広く大きな心を持つ しかし その心は広すぎて 時にどこかはずれてしまう 四月、始業式から2週間ほど経った頃新しいクラスにも少しずつ慣れてきたころのことである。 少し外跳ね気味の真ん中で分けた前髪と、少し多めの暗い鳶色の髪の少年がいた。 3年1組在籍のこの少年 海藤 葉月(かいとうはづき)は本日幸運と不運をほぼ同時に味わうこととなる。 + + + そんな彼は2・3限目の間の休み時間、親友を捜し校舎内を歩いていた。 気まぐれな親友は、時々こういう風に授業をサボることがあり、しかも一カ所にとどまらない。 そのため、広い学園内全てを回る羽目になることもしばしばであった。 「まったく。次が自習だから、いいものを……でも、あの課題はやらないとまずいし」 廊下を曲がった階段の近くに、親友の双子の片割れを見つけた彼は少しだけ明るくなった。 今日最初の幸運である。 もう一度言おう 彼は本日幸運と不幸をほぼ同時に味わうこととなる。 「無月ちゃん、ちょっといいかい?」 「ほえ? あ、葉月君。大丈夫だよ」 振り向いたのは、ご存じ3年2組になった白城無月。クラスのであろうプリントの山を抱えている。 小学校の頃からの知り合いなため、無月は自然に微笑む。 微笑みを見た多数……否、ほぼ全ての男子が喜ぶことを無月は自覚していない。 それ故、探している自分の親友が大事にするのも頷けるのだが、彼の大事にする仕方は少しオーバーだと葉月は思う。 「葉月君?」 そんなことを考えていると、無月が心配そうに覗き込んできた。 「ああ、ゴメン。師走君……知らない?」 「しー兄? 今日はまだ学校で見てないなぁ。何か用事?」 「うん。まぁ、そんなとこ。しいて言えばいつも通りで、課題をやらせるためにかな」 のほほんと、会話を続ける二人。やはり、邪魔者がいないと和む。 再三言おう、彼――葉月は本日幸運と不幸をほぼ同時に味わうこととなる。 「しー兄なら中庭かな。日差しも丁度いいし」 「寝ている……ね」 「多分」 「ありがとう、行ってみるよ」 「うん」 葉月はそのまま階段を下り、中庭に向かおうとした。 しかし、それはかなわぬコトとなる。何故なら…… 「わわわっ?!」 「え゛」 嫌な予感がした。 葉月が覚えている限り、無月がこんな声を出すパターンはただ一つである。 「無月ちゃんっ?!」 まさか、階段でも同じ事を起こすとは思わなかった。何もないところで転ぶ癖は無月の得意分野である。 今まさに、階段の一番上から落ちようとしていた。 自分が上にいたならば、引っ張り止めることも出来たであろう。しかし、今の自分の位置は無月より下。 できることは、ただ一つだった。 少し大きめな、階段を転げ落ちる音がひびいた。 休み時間だが、人がいないことが幸いした。 無月の持っていたプリントが、当たりに雪のように舞い散っている。 三階と二階の間――階段の踊り場の壁に、葉月はしたたか背をぶつけた。 「……痛っ」 頭も少しぶつけたようで、視界がゆらぐ。 しかし、その腕の中にはしっかりと無月を抱えていた。 どうやら、怪我はなかったようだ。 「無月……ちゃん、大丈夫?」 「……んっ」 落ちると思った瞬間から、硬く瞑っていた目を無月はそろそろと開ける。 「ほぇ、葉月……君?」 「大丈夫だね。よかっ……た」 まさに、バタン・キューの効果音で葉月はその場に倒れた。 目はくるくると回っている。 「葉月君?! 葉月く〜んっ!!」 無月が一生懸命揺すっては見ても、葉月は目を覚まさなかった。 + + + 突然暗闇に落とされてから再び音が聞こえだしたのは、少したった頃だった。 音が聞こえ出すと、目を開けるまで大して時間を必要としない。 目を開けて初めて見えたのは白い天井… 「……授業っ!! いや、その前に……っは」 葉月は慌てて体を起こした。 まだ少し、頭がクラクラするのでまた倒れそうになる。 「ん? 起きたか? ったく、助けた奴が倒れてどーする」 「……」 聞き慣れた声に少し傷つきながらも、そのまま「ここは?」と聞き返した。 「保健室。で? 何があったのか、たっぷり説明してもらうゾ」 横のカーテンが開き、不機嫌そうな顔をした声の主が現れた。 髪は染めた金髪。真ん中に一房と少し離れた前髪。少しつり目に近いが、やはりどこか無月に似て整った顔。学ランの前は全部開け、ワイシャツもズボンになど入れていない。そのワイシャツも胸の辺りまではだけ、そこにした羽根の形のシルバーアクセサリーが覗いている。 いかにも不良少年と言った風貌の彼は3年1組、葉月と同じクラスで無月の双子の兄 白城 師走(はくじょうしわす)である。 「保健室にいたんだ。無月ちゃんは?」 「むーなら教室に返した。鐘の鳴る前にな。俺は呼ばれたから来たんだよ。保健室にいたわけじゃない」 「そ……か」 「まぁ、お前らしいと言えばそうだけど。助けてくれて助かった」 「ああ」 無月に近づく男子を片っ端から闇に葬り去る師走が、近づくことを許す例は少ない。 信用されているのか、はたまた進展はないと思っているのか。後者ならば、葉月的には少し悲しいことだった。 「で、何か用か?」 「ああ、自習の時間の提出物……って、そうだ、授業! 今何時?」 「ああ、今は……」 師走の言葉を遮るように、スピーカーから鐘の音が響いた。 無情にも、そこで授業終了の鐘である。生徒のざわめきが廊下側から聞こえる。 「……今のが、4限目終了のチャイムだ」 続けられた言葉は、葉月に再びダメージを与えたのだった。 back top next (2004/03/29訂正) |
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