第八話 『幸か不幸か』

 昼休みが過ぎ、5限目となった。

 本日の5限目は先生の都合で3−2と合同授業となっていた。科目は音楽である。

 3−2と言えば、無月や初音のクラスである。

 そして、音楽室と言えば、五つ目の伝説にうたわれる場所だった。



ピアノが鳴り響く 壁の作曲家達が抜け出す

よく言われるのは そういうものである

防音の部屋である為 中に誰がいても外の者は気付くことはない

夕方から夜にかけて この教室に一人で入った時など例外ではない

この部屋に……閉じこめられるという

閉じこめられてしまえば

外と中の時間の流れは異なるものとなり 迫り来る亡霊達から逃れる術はない

この部屋に閉じこめられた者は 朝日を迎える頃には精神的破滅を迎えるという




「で、どうしてそんな話を突然するんだよ! こういうの大嫌いだって知っているだろ?」

 普段から白い顔をさらに青白くして、葉月は横の師走を睨みつけた。

 179と174と5p差があるので、少し首を上向きに傾けてである。

「ふふん、昨日聞いたから」

「誰に?」

「むーに」

「あ、そう」

 差し支えないことならば、全て自慢話として葉月に話す師走。

 無月のコトとなるといつもの冷静さと不良っぽさは、どこ吹く風。

 まぁ、小学校の頃からそうなので、葉月はなれているが。

(ホント、好きだな〜……まさにシスコン。言ったら怒るけど)

 歩きながら葉月は廊下の窓の外に何となく目を向けた。

 今日の天気は先程無月が言ったとおり良好。

 よく授業をサボる師走が、音楽に出るなど天地がひっくり返るくらい珍しい。

(凄い威力だよ、無月ちゃんて)

 とりあえず、ため息をつく葉月であった。



 + + +



 同様に音楽室を目指している女生徒が二人。無月と初音である。

「新たな力が目覚める……」

「はい?!」

「神託に、あやまりはない」

「初音ちゃ〜ん」

 突如言霊を放った初音に、無月は説明を求めるのだった。



 + + +



「むー」

「ほへ?!」

 前方に無月を発見した師走は、襲いかか……もとい抱きついた。

 急に走り出した親友を追ってきた葉月が最初に目にしたのは、こちらを睨みつける初音だった。

(いや、睨まれても困るんだけど)

「しー兄」

「ん〜……?」

「ほら、また着崩している。ワイシャツはズボンに入れて、前は止めなきゃダメでしょ」

 まるで母親のように制服の乱れを直そうとする無月。

 二人の親は中学の頃に他界しており、それから半母代わりは無月の仕事だった。

(ホントは出来るくせに、やらないのが師走君なんだよね。にしても、初音ちゃん怖い……)

 親友の性格をバッチリ理解し、その妹の親友の対処をどうするか少し青ざめた顔で、本気で悩む葉月であった。





 + + +





 合同授業となったこともあり、1限目と半分で授業は終了した。

 この日二クラスともこれが最後の授業だった為、大半はさっさと帰ったり、部活に向かったりした。

 そして、四人だけが何故か残っていた。

「……わかりました。キチンと返しに行きます。はい、さようなら〜っ」

 この教室の鍵を受け取ると、無月が戻ってきた。

「ほへ? 何しているの、三人とも」

 正確に言えば二人ともである。

 師走と初音が葉月をはさみ、目線のみの無言の争いを繰り広げていた。

 葉月はその争いの餌食……もとい、巻き込まれているだけである。

「む、無月ちゃん〜」

 葉月が助けを求めたその時、空いていた音楽室の窓と扉が全て閉まった。

「「「「?!!」」」」

 それと同時にカシャンと鍵のかかる音が聞こえる。

 師走が慌てて扉を開けようとするが、完全にしまっていた。

 ダンッ と防音の扉を叩くと、忌々しげに舌打ちをした。

「……」

「え゛嘘、ホント? 初音ちゃん」

「……(コクコク)」

「まずいね」

 果たして何がまずいのか、師走と葉月は分からなかった。

 フオン…… オオオオオ――ン…… ポォォォォォン……

 何か妙な鳴き声とピアノの音が、この教室に響きだした。

「ひっ」

 顔を真っ青にして、葉月が後ずさる。

 先程自分で言っていたことだが、幽霊や怪現象のたぐい――ホラー系は大の苦手である。

「しー兄。ここって、伝説の一つだったよね」

「ああ、それがどうかしたか?」

「う〜ん……」

 人のような、小さな子供のような笑い声が聞こえた瞬間、葉月の精神は絶えきれなくなり、意識を手放してしまった。目はグルグル、心なしか口からは泡を吹きかけである。

「葉月君?!」

「葉月! だめだ、完全にノックダウンしてやがる」

 仕方なく師走は葉月を担ぎ上げると、窓際の壁際に置いた。

「……」

 初音はただずっと、虚空を睨みつけている。

 その頬の痣が、濃くハッキリと浮き上がってきた。

(どうする? この場で戦えるのは自分だけ……守りきれるか?)

 力を授かったとはいえ、限界はある。

 この状況下で、三人全てを守りきれるという自信は、初音にはなかった。

「睦月、如月、卯月、皐月! 誰でもいい、聞こえたならばここに、音楽室に来てくれ!!」

 言霊は光になり、窓をすり抜け飛んでいった。

 これで後自分は、この場を乗り切れればいい。

「無月、三人で固まっていろ」

「うん」

「おい、何をする気だ初音。だいいち……」

「貴様は黙っていろ。説明はできん」

 言いたいことは山ほどあったが、初音の言葉に重みがあったことと、いつもとは違う目の伏せかたをされたので、師走は黙って従うことにした。

(姿なき者が相手……つらいな)

 ピアノの音はピアノからなどしていない。

 また鳴き声も、この部屋ではなくどこか別の空間から流れてきているように思える。

 突如、空気の固まりのような物が初音に襲いかかった。

「……っ?!」

 油断した、と思う。

 力ある者が崩れた瞬間、空気の渦は無月に向かった。

「むーっ!!」

 それを感じ取った師走は無月の前に立ちはだかった。

 しかし、空気の渦…見えない力は強く、師走は飛ばされ、壁に打ち付けられた。打ち付けられただけならまだしも、さらに腕や足、胸を圧迫される。

「ぐっ……」

 力は減るどころか増すばかりで、壁に亀裂が走り師走の後ろがへこみだした。

「しー兄っ!!」

「……力無き者に その力及ばぬ。三者を守る盾はあり!」

 初音が叫ぶと、師走を押さえていた力が消える。

「っあふっ……」

 床に倒れ込んだ師走は、しばらくの間苦しそうに息を吐いた。

「この部屋にはいりしも……っ」

 立ちくらみが襲った。初音の方にも少し限界が来ていた。

 4人を呼ぶ為に放った力は学園全体に及ぶ物。それだけ広範囲は初めてだったため、あまり上手く調整が出来ていない。

 それに加え持続の言霊まで使ってしまった。

(早く……来てくれっ!)

 初音の願いは、思ったよりも早くに叶えられることとなる。





 + + +





『無月! 初音! 無事かっ!』

 扉の向こうから睦月の声が聞こえた。

「睦月ちゃん! 大丈夫だけど、扉が……」

『何っ?!』

 音楽室の前まで来ると、睦月は止まった。他の三人はまだいない。

 扉が開かなければ中には入れない。生徒会長としてさけたいことだったが、この時壊す以外の考えは睦月にはなかった。

(なるべく分からぬよう壊すには……鍵だけを飛ばす!)

 扉の前で左足を引くと、居合い抜きの体制をとった。

「……明神流 剣技 閃(せん)!」

 扉の真ん中の一線―鍵のかかるところ―を光が走ったかにみえた。

 睦月は正元鬼をしまうと、その一撃で壊れたと思われる扉を蹴った。少々へこんだような音がしたが、今の睦月はそんなもの気にするところではない。


 後ほど、扉の横でかなり後悔する生徒会長 睦月の姿が発見されたのは、また別の話である。


 さて、睦月が来たことで少し余裕の出来た初音は、気にかかっていたことを考え出した。

 この部屋にいる者を狙うのは分かる。そして、狙った相手を庇った師走は、必要以上の報復を受けた。となると、一度たりとも狙われていないのは誰だったか。

 一番狙いやすい―抵抗するはずがない―ハズの人物は全くの無傷。

(もしかすると)

 その時、扉が開き睦月が乗り込んで――教室に入ってきた。

 そこへ攻撃のねらいが移るのは至極当然のこと。

「睦月!!」

 横飛びでそれをかわすと、急いで四人の元へ走ってきた。

「師走に、海藤までいるとはな。もう少し、早く異変に気付くべきだった。すまぬ」

「過ぎたことはどうでもいい。ともかく……そいつを起こせ」

「「は(い)??」

 無月と睦月が声をそろえて聞き返した。ちなみに師走は話を聞いていない。

「はじゃない。そこに転がっている……葉月だ」

 示す先は放置されている葉月。

「どうもおかしいと思った。あいつだけ、狙われていない」

 あんな格好の的、はずす手はないはずである。

「しかし……いったいどうやって」

「…………知るか」

「初音ちゃん。とりあえず、葉月君〜」

 起こそうと、二人から離れた無月に、再び風が襲いかかろうとした。

 その時、ようやく葉月が目を覚ましたのである。

「無月ちゃん! 危ないっ!!」

 急いで起きあがり、庇いながら目を瞑った葉月の手前で、風は跳ね返った。

「盾か。しかし、まだ完全体では……」

 睦月が呟いた時、風がうねった。

――――ようやく目覚めたり 我が力の主 その御名 八ノ月 葉月

 風は全て盾に吸い込まれていき、最後に小さな光玉になった。

 光玉はふよふよと動き、葉月の額に入り込む。そこに現たのは、細長い逆三角形の橙の痣。

「な、なんか今。変な物が……は、は、はいっ……」

 バタリ と、再び目を回し、葉月はその場に倒れてしまった。

「……何もしてない奴が、普通倒れるか? 初音、師走、怪我は」

「……(フルフル)」

「お前、これが大丈夫に見えるか? まぁ、外傷はねぇけど」

 体についた土埃を払い、壁に手を当てながら何とか師走は立ち上がった。

「で、この壁はどーす……」

 壁はきれいさっぱり元に戻っていた。

 下に落ちていたと思われる破片のカケラもない。

 睦月は、扉も直っていることを願ったが、それがかなわないのは先に述べたとおりである。


 この後、葉月の力はかなり大きいことが判明するが、葉月の性格上――というか、力の性質上攻撃に転じることはあり得ない。

 得たモノは大きかったが、大して役に立てられないというわけだ。

 さてこれは、幸か不幸か?



心と表情という 大事なものを手に入れた

拒絶ではなく守護の盾

その幸せを 彼は知らない


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(2004/03/29訂正)

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