第玖話 『月見の兎 夢見の兎』

月に住む兎は もちをついている

地に住む兎は それを見て跳ねる

では 人に抱かれし兎は 何をする?




 それはよく晴れた四月の終わり。

 昼休みに、無月は中庭へ出かけていた。中庭の大池周辺は、昼時を過ごすのに最適な場である。ふと、大きな木を見 上げると、何かが引っかかり落ちてくるのが見えた。

「ほぇ?」

 ポスン と、無月の上に落ちてきたのは、黒い大きな兎のぬいぐるみである。肩と耳の辺りが枝に引っかかったのか、糸がほつれ綿が出かかっていた。

「落とし物、だよね。とりあえず、直してあげなくちゃ」

 ポケットからプチソーイングセット(何故持っているかはこの際おいといて)を取り出すと、その場に座り、作業を始めた。



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「う〜さ〜? う〜さぁ〜……」

 確かこの辺に落とされたはずと、一人の少年が中庭を歩いていた。

 呼んで返事が返ってくるはずもないのだが、名を呼ぶことはやめない。

 かなり小柄で小中学生と間違われそうだが、れっきとした刻ノ宮学園 高等部の生徒だ。

 名は長月 十六夜(ながつきいざよい)1年5組在籍である。

 バラバラの前髪は短く、少々長めの後ろ髪はゴムでひとくくりにしてある。色は灰。目の色は暗緑色に近い黒である。

「う〜さ〜? ……ぅ〜」

 見つからないからか、自然と目に涙がたまりはじめた。

「う〜っ……っく……ぅ〜」

 袖で目をこすりながら、それでも中庭を再び歩き始めた。



 + + +



「ん? 泣き声?」

 耳の部分を縫い上げ、肩の部分に取りかかろうとしていた手を、ふと休めた。

「これの、探し主さんかな。でも、別な人だと困るし……」

 再び手を動かそうとした時、前の茂みが揺れた。

「ふ〜っ……」

「ほぇ?」

 茂みから顔を出したのは十六夜である。

 彼は、無月の抱いているそれを見つけると、ぴたりと泣きやんだ。顔には満面の笑みを携えて、である。

「うさ〜!」

「この子の持ち主さん? じゃぁ、ちょっと待って」

 縫い始めた無月の横に、十六夜は大人しく座り込んだ。

「はい、できた」

「ありがと〜」

 渡されたぬいぐるみをギュ〜ッと抱きしめると、十六夜は微笑んだ。

「お姉ちゃんは裁縫得意なんだねぇ」

「いつも、私の仕事だからね。さてと……」

 スカートに乗った葉をはらうと、無月は立ち上がれた。

「お昼休みおわっちゃうから、私は帰るね。バイバイ」

「バイバーイ」


 教室に戻ってから、そう言えば名前を聞けば良かったと思った無月だった。



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「う〜さぎ、う・さ・ぎ。なにみて、はねる〜」

 壊れてしまっているコトを覚悟して探しにきたものの、きれいになってご機嫌な十六夜は歌に会わせて飛び跳ねていた。

 ちなみに彼は無類の兎好きであり、ぬいぐるみ好きではない。

 その性格と容姿から実は3年や2年の女子(一部1年含む)の間で密かな人気を集めている。

 しかし、その所為で同学年の男子は勿論、一部の女子などから睨まれ、こういった意地悪を受けるのだ。時に呼び出されたり、待ち伏せをされ殴られたりなど……

 そうでなくても、地毛で色の変わった髪で色々言われるのだ。クォーターだからと説明すると、大概納得してくれるのだが、それがどうしたとさらに怒る者もいる。

「ん〜……? 池?」

 あまり学園の地理に詳しくない十六夜は、中庭を抜けるつもりが逆に真ん中に来たらしい。

 彼はまだ知らないが、ここは学園10伝説の六つ目にあたる場所だった。



この池は学園創立当初に造られたモノではない

それゆえ この伝説はそのころより前からのものを引き継いでいる

池の深さは中心より少しずれた場所が一番深く

例えるならば 底なしの池である

底には この池の主が何十年 何百年と住んでいる

その姿は ナマズとも鯉ともザリガニとも言われる

昼よりも夜……それこそ真っ暗な新月の夜中に見ることが出来るらしい




「すごい、大きいねぇ〜うさ」

 返事がくるはずもないが、一応腕を持って動かし聞いてみる。

「っと、授業が始まっちゃう。いかなきゃ」

 すぐに池から目をそらした十六夜は、風もないのに水面が大きく揺れたことに気付かなかった。





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「……てことなの。初音ちゃん、知っている?」

 翌日、無月は昨日見かけた少年―十六夜―のコトを話し初音に聞いていた。

「……(困)」

「知らないかぁ」

「ねぇねぇ、白城さん」

 突如横から別のクラスメイトが話しかけてきた。

 どうやら隠す必要もないので普通の声で話していたのが、漏れていたらしい。

「なに?」

「それって、灰色髪の小さい子?」

「うん」

 頷くと、周りには女子の人垣が出来てきた。

「それって、多分長月君よ〜」 「そうそう」

「今、結構噂になっているのよ、一年に可愛い子がいるって」

「可愛いよね〜。思わず、ギューッとしたいくらい」

 キャアキャアと回りに集まった者達は口々に騒ぎ出した。

「そうそう、弟に欲しいくらい」

「いっそ、攫っちゃうとか?」

「「「きゃ〜っ」」」

 大半が男に餓えて……いや……まぁ、そのような目で見ているのか、それともただ可愛い物好きなだけなのか……

 どちらにせよ、危険きわまりない集団である。

(長月君かぁ。また会えるかな)

 周りの集団の声を右から左に流し、一人上の空の無月だった。





 + + +





 放課後、無月は昼寝をしているであろう師走を探しに中庭へ向かった。

 保健室にいた葉月の話によると、本日は午後のみサボったという。

 ちなみに彼は5限目の体育で貧血を起こして休んでいたところであった。

(見つけたら、生徒会室に行かないと)

 今日は睦月が全員に集合をかけたのであった。

「…………って! …………てよっ!」

 丁度校舎から死角となる池の左側の方から聞こえる声。

 その声をたどり、無月は慌てて走っていった。



 + + +



「痛いってば! 君は誰なのさ!」

「誰だって良いだろ、頼まれたんだ……っよ」

 十六夜の腕を掴み自分の方に引くとそのまま茂みに押し倒した。身長的にも力的にも十六夜にとっては不利な状況である。起きあがろうとしたところにそいつは馬乗りになってきた。

「さ〜って、痛い目あうのはどこからがいいよ?」

 最後まで大事に抱いていた『うさ』を十六夜から引きはがし投げると、そいつは笑った。

「は〜な〜せっ! は……っ」

「けけけっただの女より弱いじゃねぇの。軽い仕事だよなぁ。大体このぬいぐるみだってうぜぇしよ」

 後ろにいた二人が『うさ』を拾うと、十六夜の見える位置に持ち上げた。

「せっかく捨ててやったのに、また拾ってきやがって…まずは…」

「そこで何をしているの!」

 『うさ』の両腕が引っ張られようとした時、無月があらわれた。

「ちっ……邪魔かよ。おい、そんなもんほっといてあっち押さえろ、柳、伊橋」

「おう」「わかったよ、戸部」

 十六夜を押さえている人物…戸部が、後ろの二人に命じると、二人は動いた。

「?! 長月く……っ?!!」

 十六夜に目をとられていた無月は、柳、伊橋の両者の接近に気付かず、簡単にその両手を捕らえられてしまう。

 戸部は連れ出された無月の顔を見ると、口笛を鳴らした。

「へぇ〜意外な、お客だな」

 にやりと笑うと、下にいる十六夜の鳩尾に、拳を一発ねじ込んだ。

「っ?!!」

 力は体格と比例するようで、上にいた戸部がどいても十六夜は、起きるどころか動くことさえ出来なかった。

「さぁて……初メマシテカナ、白城無月サン」

 ゆっくりと近づいてきた戸部を、無月は睨みつけた。名前を呼ばれただけで、全身がそいつの接近を拒む。何故名前を知っているのか、それ以前に……

「長月君に何をしたのっ!!」

「何? 随分な質問だな。だが、そいつは話せないんでね。ああ、あんたの名前なら下級生はともかく、3年の中で知らない奴はいないさ。どうせ相手をするんなら、あんなちびっ子より、こっちの方が楽しそうだし」

 顎にかけられた手をどけたくとも、両腕は後ろの二人にとられたまま……逃げることができない。

「けけけっ……そんな顔もするんだぁ。さぁって」

 もう一方の手が無月にかけられることはなかった。

 戸部の差し出した手首を掴むもう一本の腕。

「てめぇ、何をしている」

 ドスの利いた声にプラスして、寝起き特有の機嫌の悪い声がその人物から発せられた。戸部がその手をたどるとその先には目立つ金髪。
「は、白城師走?!」

「無月になんかしてみろ、てめぇ……ただじゃおかねぇぞ」

 蛇に睨まれた蛙とはまさにこの状態。

 師走の腕を知らない者はいないのだ。

 ただの喧嘩でも強いのに、肉親を巻き込んだコトに関しての師走の強さは伝説並みであった。

 脅したのに、態度を示さないコトにしびれを切らしてか、師走は戸部を掴む手に力を入れた。

「っ……くそっ、柳、伊橋引き上げだ。今日は運が悪い」

 師走の手を強引にふりほどくと、3人は慌てて校舎に向かい走っていった。



 + + +



「む〜。何もされてないか? 大丈夫か?」

「私は大丈夫だよ、しー兄。それよりも」

 抱きつこうとした師走を払うと、無月は十六夜のそばにしゃがんだ。

「長月君。長月君!」

 ピクリとも動かなかった十六夜は、硬く目を閉じている。

 揺さぶっても瞼が微かに動くだけで、目を開けようとはしなかった。

「しー兄。保健室に連れて行くから手伝って。それで、その後睦月ちゃんに伝言を頼んでも良い?」

「……わかった。その後は俺が一緒に帰るからな」

 またあんなのに絡まれちゃ困ると、師走は無月の頭を軽く撫でた。



風の向こうに 何が見える

泉の底に何がいる

もうすぐ新月 もうすぐ新月




 風に乗って流れてきた歌に"うさ"が微かに動いていたが、誰も気付かなかった。

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(2004/03/29訂正)

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