その1

 その日、俺は学校を休んだ。
 理由なんて簡単。健康優良児で有名な俺が、珍しく"風邪"をひいたからだ。
 だから、家にいた。で、なんだかんだやっているうちに…気がつくと俺は、知らない場所へ放り出されていた。



「っててて…」
 俺は頭をさすりながら起きあがった。
 体中はそんなに痛くはない。下が草で助かったな……
 目がハッキリしてから辺りを見回してみたが、どうも身に覚えのない場所だ。
「此処……何処だ?」
 問いかけても、別に答えが返ってくるわけでもない。
 そこは、ただ広い草原みたいな場所だ。
 俺は青くない、暗い雲に覆われたような空を見上げた。
 くもりでも、絶対にあんな空にはならない。
 そこは俺の住んでいる世界ではないような気がして、少し叫んでみることにした。
「此処は何処なんだぁぁぁ!!」
「五月蠅いよ、少年!」
「うおあっ?!」
 俺の近くで返事がした。いきなりなもんで、俺は素っ頓狂な声を上げる。
 ……冷静に考えてみると、俺の目の前に人が現れただけだった。
 長く、オレンジ色のポニーテール、目は茶色、白い長袖、緑色の長ズボン…いや、右側は膝までめくっている。
 って、髪がオレンジィ?!
 まあ、多少のことは目をつぶろう。
 此処に、別の人影もねぇし、とりあえずコイツにでも聞いてみるか。
「なあ、此処何処だ?」
「はぁ? 君、そんなことも知らないで此処にいるの?」
 そいつは俺の質問が意外だったのか、呆れ声で返してきた。
 いや、俺は知らねぇから聞いてんだけどなぁ。
 とりあえず、俺は頷く。
「此処はねぇ、魔界。人間には来れないハズなんだ……け……ど」
 そいつは、そう言うと腕組みをして考え込みだした。
 ……魔界?! あれは空想の物じゃなかったのか? 大体、人間は来れないだと?!
 来ている俺は、なんなんだよ。
「そうだっ! 海にいに聞こう。少年、ついて来てくれる?」
 わけがわかんねぇけど、とりあえず、ついていってみっか。
 俺は了承の意をこめて、頷いた。
 それ以外に帰る方法とかなさそうだし。大体、魔界っつーことはなんかでてきそうだしな。
「えっと、名前は?」
 そいつはなんて呼べばいいか困ったらしく、俺に尋ねてきた。
 ……あれ? 俺の名前は?? 何だっけ??
 そもそも、何で此処にいるんだ?
 あーだこーだ、ちょっと考えてみたが、さっぱり分からねぇ。
「わかんねぇ」
 俺は、正直にそう言った。
 嘘偽りまったくなし。けど、そいつは不満らしい。
「は? どういう事さ。自分の名前がわかんないって!」
 まぁ、正直な反応だけど、わかんねぇモンはわかんねぇとしか、言いようがねーっての。
「まさか、少年。記憶喪失なんじゃぁ……」
 記憶喪失? ああそうかもしれねぇな。
 なんせ、自分の事だけを忘れてるようだし。
 世間の常識(?)みたいなことは覚えてるし。一時的な記憶喪失だろうよ。
「そうかも、しんねぇ。むしろ、そうみてぇだ」
 そいつは俺の返事を聞くと、ガックリとうなだれた。
 そして、妙なことを言い出した。
「まさか……また、やったのか? というか、私の所為?」
 何だ? コイツ。変に落ち込みやがって。
 いや、それ以前に聞き捨てならぬ言葉があったような……
「あ〜ヤダヤダ! まさかだし」
 うっわ、早っ。立ち直りやがった?!
「とりあえず、ついて来てもらうよ。話はそれから!」
 人に指を指すなと言われたことないのかぁっ。
 そう言って、そいつは俺に背を向けた。
 何気なく、そいつに目を向けると、ズボンの辺りから一本の長い尻尾があった。
 しかも、その尻尾は色がオレンジなうえに先が分かれてる?!!
 大体よく見ると、耳があるべき場所に、オレンジの猫耳?!
 今更だが、俺……なんでこんな奇妙キテレツな奴に声かけたんだろうか。
「ん〜? どうかしたか?」
 俺がついてこないのを不思議に思ってか、そいつはこっちを振り向いた。
「お前のそれ……尻尾?」
「お前じゃない、水菜! 尻尾? そうだけど、それがどうかし……」
 どうやら、そいつ―水菜―も俺が不思議がる理由に気がついたようだ。
「ゴメン。忘れてたよ。……錫杖!」
 乾いた笑いを浮かべると、水菜は右手を空に向けた。
 すると、青系の色で出来た錫杖がそこに現れる。
 先には紺色の丸い小さな水晶がつき、青い輪が四つついているやつだ。シャンッ という鈴の音が響き渡る。
「てぇいっ!」
 それから水菜は、自分の前で一振りした。
 煙に包まれたかと思うと、水菜から尻尾が消え、耳は人間の耳になった。
 髪の色もオレンジから焦げ茶に変わっている。
「これで、平気? というか、違和感ない?」
 とりあえず、質問には答えてみる。
「ああ……ってか、お前何者なんだ?」
「私? 私は猫又だよ。人間界と魔界の合間に住む種族さ」
 んな、あっさりと言っていいのかよ。……まてよ、猫又?
 確か、長生きした猫がなるんじゃなかったか? 猫は九つの魂を持ってるから、生まれ変わることが出来て、その証拠に尻尾が分かれるってやつ…
 第一人間になってっぞ? いいのかよ。
「ん〜……まだ変な顔するの? とにかく行くよ、村、ホントに近いから」
 今度こそ行く気満々のような水菜は踵を返し、すたすたと歩いていく。
 俺は遅れをとらないように、小走りに追いかけた。

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