俺……そんなに悪いこと言ったか?
 とりあえず、開き直ってみた。

     その13

 叫んだ後、凍り付いた場は動かなかった。
 ちなみに、すでに5分は経過している。
 "きゅう"とかいて、"やいと"それが俺の名前だ。漢字で書くと久しいに火と書く灸という字。
 ちなみに、よく"きゅう"と悪口で言われたりする。
 かなーり、むかつく。
 けど、今回はそのことに感謝しないといけないな。
 全部思い出したわけだし。これで俺は、家に帰れるんだ!
 周囲に気を配れる位、余裕の出てきた俺は視線が増えていることに気づいた。
 ギャラリー増えてねぇか?
 ぐるっと見渡すと、水菜の姉弟一同が全員集まっていた。
 あの声を、聞きつけてか? まぁ、それはどうでもいいが。
「……なんで、黙ってるんだよ」
 俺は絶えきれず口を開いた。
「ぅ……ぃ」
 水菜に聞くと、目を泳がせていた。
 ……論外。
「……で、何でいつの間に全員集合なんだ?」
「それは勿論、あんたの大声よ。これは何かあるわと、いっさんできたんだから」
 右手にはメモ帳。左手にはペン……左利きか?
 情報通 次女の林華……却下。
「何かあったらこっちが困るんだよ。特にこの敷地内だとな」
 それは本心かな? 苦労性の長男 岐光。
「興味本位といえば、そんなとこね。見ていて楽しいし。で?」
 ああ、さいですか。見ていて楽しいって俺は動物じゃねぇぞ。
 菜月にかなりブラコンな長女 風樹。
「それはもう、何か壊しでもしたのなら、弁償してもらうために」
 にっこり…じゃねぇぇぇっ! その笑顔、マジで怖いんだってば、ある意味最強な、次男 卯海。
「…………ぐぅ」
 寝るなぁぁぁっ! 集まっておいて、理由を聞く前に寝るんじゃない!
 強いのか弱いのか、いいやつなんだかそうでないんだか、三男 火月。
「んと……大丈夫?」
 やっぱり、いい子だよ。唯一の癒し系……末っ子の菜月。

 いや別に説明じみた会話をした意味は深くはねぇけどな。
 とりあえず、だ。とりあえず。

「名前も、完全に思い出したぞ。これで、俺は晴れて家に帰れ……るんだよな?」
 何故疑問系かって? 良いながら、だんだん自身がなくなったからだ。
 これまでの経験上、もう一つや二つトラップが残っているのは目に見えてる。
 慎重になりたいわけだ。
「帰れるかどうかは……水菜ちゃん、探していた場所見つかりましたか?」
 真っ先に答えてくれたのは卯海だった。
 しかし、それは俺の問の答えではない気がする。
「見つかって……にゃぃ」
 耳が垂れて、しっぽが下がって、まさにキューン……って、それは犬だ。シューンという効果音がピッタリだ。
 何だ? 何のことだ?
 俺のいない所で、何の会話が進められている。
「鈍いわねホンと。いい、少年Aもとい、少年灸……記憶を取り戻すだけじゃ、帰れないの」
 やっぱり。
 覚悟はしてたから、風樹の言葉はそう大したダメージにはならなかった。
 ダメージにはならないが……その後はなんと無しに聞きたくない。
「あら、予想通りって顔ね。じゃぁ、続き言うわよ? あんたが落ちてきた穴を見つけなきゃいけなかったわけよ。そこからじゃないと戻れないし、行った後それをふさぐこともできるわけ……一石二鳥でしょ」
「風樹〜それじゃぁ、ちょっと情報足りないんじゃない? きちんと入ってきたところからでないと、大変なことになるってのが、抜けてるってば」
「あら、そう。ところで、林華……あなたはいつになったらお姉さまをつけるのかしら?」
 ……あのー。
「さて、風樹は風樹だし。いつだろうね?」
「少しは姉を敬いなさい!」
 ……もしもーし。
「ふふ〜ん、そんなこと言っている余裕はあるのかなぁ? 姉に呼ぶにあたいするかってことに関わる情報仕入れたんだよな。それに、それはあたしの決めることだし」
「ぬわ〜んですってぇ〜」
 ……以下略。話がそれだしたので俺は無視を決め込むことにした。
 次に、分かりやすく説明してくれそうなのっていうと……
 怖いけど、やっぱり知識ありそうなのに聞くしかないな。
「卯海、その穴って見当も付かないのか? その、場所とか……」
「ええ、全くと言っていいほど
 ははは〜……ダメじゃん。
 帰れねぇじゃん、俺。
「こうなったら、どうにかして探し出すほかないですね。全員総動員といったところでしょうか……ほらほら、風樹ちゃん、林華ちゃん喧嘩はその辺にして」
 ギャイギャイと騒ぐ約2名は、そんな声は聞こえていないようだった。
 おいおい、やめとけ。こういう状態の卯海は怒らすとあとが怖いぞ。
「風樹ちゃん、林華ちゃん、あとでお仕置きですよ」
 にっこりと、卯海が微笑んだ。
 真っ黒な神様、降臨。
 くわばらくわばら。
 たっ、祟らないでください、マジで!
 俺は関係ありません!
 だから、やめろってば! 俺はその顔が怖いんだぁぁぁっ!
「か、海にい」 「おい……海」
「「あの二人、聞いてない(よ・ぞ)?」」
 見事に水菜と岐光の声がはもった。
 どっちかっていうと、被害者二人組の尤もな意見。
 二人とも、やっぱりどこか怯えている感じだ。
「ふふふ……良い度胸ですね、ホント。水菜ちゃん、岐光君ここで壁になっててください。菜月君にはちょっと見せたくないので」
「は〜い」 「お前、やりすぎるなよ?」
「大丈夫ですよ」


 数分後、二人の断末魔が聞こえ、ちょっぴり返り血みたいなものが頬に飛んでいる卯海が戻ってきた。
 風樹と林華は――戻ってこなかった。
 ……南無阿弥陀仏。
 やっぱり、コイツには逆らわない方がいいのかもしれない。
「さてと、本題に戻しましょうね。穴なんですが……これから全員で探してみます。今まで見つからなかったですが、少年君っと失礼。灸君が思い出したことによって見つかるかもしれませんから」
「賛成だな。オレは月と南の方を行ってみる……月、行くぞ!」
「んあ? よく分からないけど、分かったゾ」
 どうやら岐光と火月は南に向かうようだ。
「じゃぁ、私は東かな〜。なちゅき〜一緒に行くでしょ」
「うん、風姉様!」
 東の担当は風樹と菜月か……気のせいか、兄弟殆どが風樹を一瞬だけど睨んだ気がした。
「となると、西か北か。少年……っと灸、どっちがいい?」
「そうだな、閻魔がいたのは?」
「西」
「じゃぁ、そっちだ」
 何でか? そりゃぁ、もう一回閻魔を見たかったのと、魔界に関して知っている奴に聞いた方がいいと思ったからだ。
 閻魔といえば何でも知ってそうな雰囲気だろ?
 あーでも、俺の印象悪いかな? あの緋蓮と一緒にいたからなぁ。
 かなり不安だ。
「ということは、僕と林華ちゃんが北ですね」
「そうね。ま、残り物同士だし……さっさと終わらるわよ!」
 残り物って。とりあえず、北は卯海と林華の二人が行くことになった。

 見つかったら即連絡、その方向を大体見終わったら一度家に戻ってくる。
 ということで、穴捜索は始まった。





 + + +





 数時間後。

 俺と水菜は何も得られぬまま屋敷に戻ってきた。
 そして、そこで告げられた他の兄弟達の結果。
 ふ……ふふふふふ……

情報ゼロってなんだ〜!! 俺は帰れねぇのかぁぁぁぁっ! 誰の陰謀だぁぁぁっ!!
 ぜぇはぁ。
 叫んでも、あんまりスッキリしない。
 っくそ、そんじょそこらにあたりたい気分だ。
 後ろの方では水菜達がこそこそと話をしていた。

「どうしましょうか……ねぇ?」(卯海)
「まさか、ゼロだなんて思わないわよ」(林華)
「姉様、兄様……ボクの所為?」(菜月)
「そんなこと絶対ないわ、なちゅき。大丈夫、問題ないから」(風樹)
「で、ホントどーすんだよ」(岐光)
「う〜……」(水菜)
「なぁ、オイラ思ったんだが、最初に落ちてきた場所は行ったのか?」(火月)

 ………

「「「「「「それだぁ!!」」」」」」

 な、なんだぁ?!
 突然声をそろえて。
「どーして、それを最初に思いつかなかったんでしょうか?」
 だから何?
「……オイラ、最初に探したと思ってたゾ」
 いや、だから。
「灸! 最初の場所。私と最初にあった場所だよ。あそこに行ってない!」
 ビシイッ と、俺に指を突き立てて水菜がかなりハイな状態で言った。
 最初の場所? ああ、あのただっぴろい草原のことか。
 だが、行ってないってどういうコトだ?
 東西南北、全部探しに行っただろうが。
 ん? 東西南北?
 確か……
 確か、あの場所は。
「思い出した? そうだよ、あそこはここの上。ここ中心に行ったら見てるはずのない場所なんだよ!」
「そういやぁ……そうだったな」
 あの場所から俺と水菜は移動魔法じゃないが、ワープを一度だけしている。
 魔法陣みたいなのがあって、そこから一瞬で下に降りてきたのだ。
 簡易エレベーターみたいな物だったと思う。
 あそこは、猫又達の見張り台のような場所だそうだ。
「今から、そこに行ってみよう」
「当然」
 行かないでどーするんだって。
 てなわけで、俺達はその草原に向かった。



 + + +



 魔法陣のその向こうに、草原は広がっていた。
 懐かしい……と言えるほど経ってはないけど、とりあえず久々って感じだ。
 ……俺、どんだけこっちいるんだろ。
 ちょっぴり自己嫌悪だ。
「ああ、大丈夫ですよ。元いた時間に戻してあげられますから」
 そりゃどうも……って、人の心を読むな!
「ん〜っと……あったよ、海にい!」
 水菜の指す先は丁度真上。
 曇った感じの空の真ん中に、ぽっかり空いた真っ黒の穴。
 分かりやすい。さしずめブラックホールと言ったところか?
「でも、前見た時はなかったよね?」
「そうですね。やはり灸君の記憶が関係してるんでしょう。さてと……あれをひとまず手元に持ってこなければいけませんね」
 は? 手元?
 卯海は左手で前と違う本を開くと、もう一方の手をその穴にかざした。
 背表紙が黒っぽい……なんともいえぬ、っつーか呪われそうな感じがする。
「定められし理に背き 穴をこの物に閉じこめん 氷結移包の呪(ひょうけついほうのじゅ)!」
 そこから先は説明しがたい。
 曲がるはずのない穴がグニャリと捻れ、小さなブラックホールのようなものになる。
 まぁ、元々ブラックホールみたいなもんだけど。
 くねくねと不思議な動きをとり、卯海の手に乗った。
 それから、卯海の周りをくるくると動き、左手の本の中に収まった。
 収まったとたんに穴は再び活動を再開したようで、その辺の塵を吸い込みだしていた。
 うかつに手を出せない気がする。どこに流されるか分からない……まぁ、俺が吸い込まれた穴なんだし、一カ所にしか通じてないはずだけど。
「これでいつでも使えますね。背表紙にきちんと書いておかないと」
 この時俺は疑問に思わなかった。卯海のいつでも使えますね。の意味を。
 そもそも、あの次男がただで返すはずがない。
 やっぱ、まだ把握しきれてなかった、ってとこかな。
「海にい〜これで、行けるの?」
「ああ、行きますか? あちらの穴も安全な場所に移動してきてもらいたいですし」
「了解! さ、灸。行こうじゃないか」
「へ? え? ああ、おうともよ」
 前に吸い込まれた時と同じ要領で、俺達は本の中……俺が出てきた穴の中に入ったのだった。







 + + +







 トンネルを抜けた先は、雪国だった。
 そんな文が教科書にあった気がする。今ならその心境がよく分かった。
 目を開けたらそこは、台所だった
 そう言えば俺、何か飲もうと思って降りたとこだったっけ。
 熱が出た時は、水分補給が重要だしな。
 だけど、前と違うのは2点。
 猫耳猫しっぽ、妖怪猫又である水菜と、今出てきた穴の存在。
「へぇ〜灸の家って、こんなんなんだぁ」
 興味津々といった感じで水菜はその辺を見ていた。
 人の家に入り込んでた癖に、その態度はなんなんだよ。
 どうでもいいが……いや、どうでもよくない。この穴ふさげよ!
「水菜。こいつ、どうするんだ?」
 穴を指さして、左手で水菜の首根っこを掴んだ。
 ちょっとばかり俺の方が背が高いので、こういうことができる。
「ああ、そうだった。しょうね……っと、またやっちゃった。灸の部屋ってどこ?」
「俺の部屋? 二階の、丁度この真上だけど?」
 なんでだ? と尋ねた俺に、水菜は笑って返した。
 その笑顔が、珍しく任せておけと言いたげで、部屋に行ってれば、という提案を俺はすぐのんだ。
 水菜は台所におきっぱなしってワケだ。
 どうにかしてくれるだろ。

 ……安直な考えは後でものすごい結果を引き起こす。
 今回もそれだった。
 俺、魔界で学んだハズなんだけどな。
 付け焼き刃じゃどーにもならないってことか。



 + + +



 しばらくして水菜は俺の部屋にやってきた。
 扉からではなく、穴から。丁度俺のベッドの真横、よく見なきゃ穴と気付かない感じだ。
 つまり、例の穴が突如として俺の部屋に現れたのだ。
 なんでだ? 閉じに来たんじゃなかったのか?
「ああ、灸。私これで帰るから。またね〜」
「ちょ……ちょっとまてぇぇ!」
「ばいば〜い」
 笑顔のまんま水菜はその穴に消えていった。
 よく考えると、あいつの変える方法ってこの穴しかないんだよな。
 人知れず、俺は落ち込むことになる。

 前より小さくはなっているものの穴はそのまんま。

 この先俺の静かな生活は、どうなるんだよぉぉぉっ!

 それはまだ俺 水原 灸(みずはらやいと)が中1の冬の出来事。

 この先に何が待つのか……それはまだ誰も知らないことだった。






 妖猫と俺 完


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