昼下がりはこれで何度目だろうか。 毎日毎日、同じ行動……いや、時々かり出されるから違うか。 だが、ぼんやりする時間は全てが同じだった。 俺は縁側の端に座り、かならず水菜が周りをうろうろしている。 ここ数日、下の名前以外なら、大分思い出してきたのだ。 家――人間界に帰れるのも後少し。 でも。 「ねぇ、少年! おもしろい物見つけたの!」 どうしてコイツは、こんなにも呑気なのだろうか。 っつーか、何だろ。俺が考えるの、さり気なく邪魔してねぇか? 何となく、そんな気がする。 「……で、おもしろい物ってなんだよ」 無視すると五月蠅いのは近頃よく分かったので、めんどくさそうに俺は聞き返した。 「じゃん。これです!」 水菜の差し出したのは、小さな壺。 紺……いや、藍色の硝子に近い物でできた壺だ。 一見、何もなさそうな壺なんだが? 「で、これがどうしたんだよ」 明らかに怪しい札が一枚、蓋に貼り付けられていた。 まさか、何かの封印とかじゃねぇよなぁ? 水菜。 「実はね、この中に封印されているのは、ずっと昔の猫又族らしいんだ。でね、おもしろそうだから、開けてみようかな、と」 ……おい。 「勝手に封印解いたりしていいのか?」 「ん〜? 大丈夫。これは、悪いモノじゃないから」 カラカラと笑う水菜は、それはもう楽しそうだった。 そう言う問題じゃねぇ! 「じゃ、行くよ〜」 「って、オイ、まだ俺は許可してな」 ……遅かった。 いや、半分は予想できただろう、俺。 水菜は札を簡単にはがすと、蓋を開けていた。 白い煙がどろどろと……なんか、一瞬寒気が走ったぞ。 壺の容量無視した量の白い煙が、辺り一面に広がる。 けど、それ以外に何もない。 何も出てこない? 俺が水菜の手元をのぞこうとしたとたん。 『きゅぅ〜』 何かが。 そう、何かが。 …………いる!! 「むぅ? 眉間にしわ寄せて、何考えてるんだい? 少年」 脳天気だな、お前。人にそんなもん見せておいて。 いいか? こういうたぐいのモノは、大抵曰く付きなんだ。 開けた奴、もしくはその時側にいた奴に何かが起こるのが必須ってわけ。 いくら、昔の猫又だろうと。それが悪い物でなかろうと。 ははは〜自分で考えてて、むなしくなってきた。 で、どーするか。この状況。 振り向きたいが、振り向きたくはない。突きつけられる現実はかなり痛い。 だけど、振り向かなきゃどーにもならないわけで。 ……… 俺は意を決し、ちらっと横目で後ろをのぞいた。 見えたのは、ちょっと長めの銀髪。だが、現実にあるものではなく、透き通った銀。 もう、どうにでもなれ。完全に決定打。 どうやら今回俺は、取り憑かれたらしい。 ……どうしてこう、毎回毎回不幸なんだか。 しかも、俺ばっか! 『きゅぅ〜?』 声の主は、どうやら首を傾げているらしい。 言葉が疑問系だった。 「……一体、何のために俺に憑くんだよ」 ため息も交え、俺はこの台詞をはき出した。 すると、水菜が慌てて否定の声をあげる。 「ええ? 取り憑いちゃってないよぉ、少年!」 「どこをどう見たら、そう見える!」 「ちょぉっと、後ろにくっついてるだけだって」 それを取り憑いていると言うんだよ! とにかく、事態の収拾をつけなければどうにもならん。 ひとまず、俺は冷静に戻ってみることにした。 壺に封じられていたのは、古い猫又族の幽霊。 で、水菜の説明からして悪いモノではないらしい。 しかし何で取り憑くかなぁ? ついでに…… 『きゅぅ〜! きゅぅきゅぅ』 きゅぅとしか、喋ってないし。 ……でも、なんか気に障る。 こう、わきわきとな。胸のしんからわき上がってくるんだが。 「水菜、何喋ってるかわかるか?」 「それが、分かんないんだよね。言葉系と言ったら……」 「なにやら、お困りのようね。ふふっ」 突然、彼女の声が上から降ってきた。 見当のつく者はいるだろうか? 頼み事をしたら、交換に何を請求されるか分からない人物。 上から4番目で次女……肩につく焦げ茶の髪を後ろ側だけのばし、長い三つ編みにしている、姉弟随一の情報通。 林華である。 「面白そうなにおいがしたからね。君のことなら、タダでやってあげてもいいわよ?」 そう言いつつも、目の奥が光ったのを俺は見逃してはいなかった。 初回無料お試し、次回からはちゃんと頂きますっていう感じだ。 ……別意味で怖っ。 「まぁ、いいや。後ろのコイツと話ができるか?」 『きゅぅ〜!』 後ろの奴は、多分楽しそうに手を挙げた。 いや、気配でなんとなくそんな気がしただけだ。 「あらまぁ、誰よ、この子出しちゃったの」 林華が見事なまでに、予想通りの反応を起こしてくれた。 視界の端に、逃げようとする水菜が見える。 その尻尾を、俺は問答無用で引いた。 「にゃぁぁっ?!」 「ふ〜ん、成る程。ま、いいわ」 ……おとがめ無し? それとも、この前のおつりなんだろうか。 あの情報、かなりにやけてたしなぁ。 林華はブツブツと何か唱えてから、俺の背後に手を伸ばした。 『きゅぅぅ?』 短い銀髪が俺の目の前に現れたのはそのすぐ後。 猫耳だろ、長いほぼ二本の尻尾だろ、首に巻いた青のスカーフだろ、白い袖無しだろ、二の腕に巻いてある黒の翼のついた布だろ、その先には手だろ。 そして、当然ながら……足がねぇ。 「…………」 口をぽかんと開けた状態でいると、俺に憑いたそいつは振り返った。 目が赤い。 なんつーか、宝石みたいにキラキラしている。 何となく俺はその目に全て見透かされているような気がして、慌てて目をそらした。 『きゅぅ』 だがそいつは、にっこりと笑った。 昔の猫又族なのはいいが、子供? 姿からすると、そうでもないのか? 「……で、コイツはいったい何なんだ?」 「この子は唯羅(ゆいら)。昔々の猫又族よ」 左様で。 昔々って、どれくらい前なんだろうか。その辺は必要ないので、省いた。 いや、むしろその前に…… 「なんで、名前知ってるんだ?」 「え? ああ、前に出てきた時に聞いたのよ」 「だから、悪いモノじゃないっていったろ〜」 楽しそうに、水菜は言うが、そう言う問題じゃない。 前例があったのに、なんで封印されてたんだよ。 「で、何でわざわざ俺に取り憑いたんだよ」 「……唯羅、どうしてなの? こんな人間の子供なんかに」 子供で悪かったな。 俺から見れば、あんたは二つか三つ上くらいなんだよ、外見。 そんな悪態も心の中だけ。言ったらあとが怖い。 『きゅぅ〜……きゅぅ』 いったん首を傾げてから、唯羅は手振りを交えてなにやら林華に説明していた。 嫌な予感が半分。 俺の助けになりそうな予感も半分……てとこか? 「なんか、あんたの助けになりそうと思ったからだってよ。半分は、取り憑きやすかったからだそうだけど」 さいですか。どうせ、霊媒体質ですよ、けっ。 しかし、前は誰かにとりついてでたんだろうか? ……つか、取り憑かないでもいいならそうして下さい。 「んで、具体的にどう助けるんだよ?」 「さぁ?」 間髪いれずの即答ですか。 その辺までは知らないってことですか。 ……はぁ。 「さぁって」 「だって、唯羅ができる事なんて、たかがしれてるわよ? 幽霊だし、足ないし、物に触れないし」 痛いとこつくな。 俺はまじまじと唯羅を上から下まで見た。 幽霊だしなぁ、ちょっと透けてるし? ま、いっか。 『きゅぅ?』 「何でもないわよ、唯羅。あたしは、もう行くわね。あとは水菜にどうにかしてもらいなさい。壺に戻るの自分でできるでしょ?」 『きゅぅ』 唯羅はバッチリのポーズをとると、にこやかに微笑んだ。 「じゃぁね〜頑張りなさいよ〜。ばっはは〜い」 嵐は去った。じゃなくて、通訳は消えたが正解か? ともかく、何が起きるか知らねぇけど、ほっとけってことか。 「林ねえ……いっちゃった」 「いいんじゃねぇの、何か思いつくまでこのまま過ごすってのはどうだ?」 『きゅぅ〜』 「さんせ〜い!」 妥協策ではあるが、これ以上ややこしいのもゴメンって訳で。 奇妙なのが俺に憑いてはいるが、再び縁側での平穏な昼は戻ったのである。 + + + 久々に、本気で占いでもしますか。 タロットでの占いは一日に複数やることは厳禁。といっても、同じ事に……だ。 何を占うかなぁ。 この間俺のこの先を占ったら、吊られた男の正位置が出たんだよな。 "今の環境に不平を言わないで、その試練に耐えればやがて実を結ぶ"だ"多少自己犠牲をする気持ちが欲しい時期"だ……とりあえず、今の状態で絶えろの指示が出たんですけど。 自己犠牲なんか、十分受けてますよっ! なんか、いい結果にならねぇかなぁ。 カードを裏返しにしてバラバラにすると、俺は目を閉じ深呼吸を2・3回する。 心が落ち着いたら、願うことに集中しながらカードをきる。 さぁ、出てくるカードは……? 『きゅぅ〜!』 「わわっ?!」 危ういとこだな、カードをばらまくところだった。あぶねぇ、あぶねぇ。 「唯羅! 占い中は勘弁してくれ、集中がとぎれると結果が変わる」 『きゅぅ』 どうやら反省しているらしい。声のテンションがかなり低い。 まぁ、とりあえず……さっきの結果はっと。 俺は一番上のカードをめくった。 ……これは。 思わず顔がほころんだ。これほど嬉しい結果は久々な気がする。 やったぜ、俺が家に戻れるのも近いかもしれねぇ。 「少年〜? 随分嬉しそうだねぇ」 「当然、だって見ろよこのカード、ある意味最高だぜ」 「ええっ?! だって、これ」 まぁ、水菜から見たら正位置だから悪い意味だけどな。 大アルカナ13番目のカード死神。 その名のまま、正位置の場合はかなり悪い意味。だが、逆位置の場合は一番いい意味にかわる。 まぁ、最悪の逆さまだから当たり前、かな? 「これが示すは、好転の兆し。っつーことは」 「てことは?」 『きゅぅ?』 「俺が、元の世界に戻れる日も近いって事だ」 なんだよ、リアクションなしか? おもしろくねぇ。 と、俺が思ったその半瞬後。 「すごいや、少年!」 『きゅぅ〜』 二人して――いや、水菜だけが抱きついてきた。 「おい、あんまくっつくなって。暑苦しいだろーがっ!」 『きゅぅ〜! きゅぅ、きゅぅ〜!』 ………なんか 『きゅぅ』 さっきから、気に障ってたんだが…… なんか、きゅぅきゅぅいわれてると……こう、血が疼くというか。 「……少年?」 『きゅぅ?』 「いい加減……俺のことを、きゅうきゅう呼ぶなぁぁ!」 怒り爆発……っつーか、俺もさすがに我慢しきれなくなってな。 ビクッと水菜と唯羅の耳が揺れたように見えたが、俺は構わず続きの言葉をはき出した。 「俺の名前はきゅうじゃねぇっ! やいとだぁぁぁ!」 その場が凍り付いたのは、言うまでもなかった。 back top next |
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