その12

 昼下がりはこれで何度目だろうか。
 毎日毎日、同じ行動……いや、時々かり出されるから違うか。
 だが、ぼんやりする時間は全てが同じだった。
 俺は縁側の端に座り、かならず水菜が周りをうろうろしている。

 ここ数日、下の名前以外なら、大分思い出してきたのだ。
 家――人間界に帰れるのも後少し。
 でも。
「ねぇ、少年! おもしろい物見つけたの!」
 どうしてコイツは、こんなにも呑気なのだろうか。
 っつーか、何だろ。俺が考えるの、さり気なく邪魔してねぇか?
 何となく、そんな気がする。
「……で、おもしろい物ってなんだよ」
 無視すると五月蠅いのは近頃よく分かったので、めんどくさそうに俺は聞き返した。
「じゃん。これです!」
 水菜の差し出したのは、小さな壺。
 紺……いや、藍色の硝子に近い物でできた壺だ。
 一見、何もなさそうな壺なんだが?
「で、これがどうしたんだよ」
 明らかに怪しい札が一枚、蓋に貼り付けられていた。
 まさか、何かの封印とかじゃねぇよなぁ? 水菜。
「実はね、この中に封印されているのは、ずっと昔の猫又族らしいんだ。でね、おもしろそうだから、開けてみようかな、と」
 ……おい。
「勝手に封印解いたりしていいのか?」
「ん〜? 大丈夫。これは、悪いモノじゃないから」
 カラカラと笑う水菜は、それはもう楽しそうだった。
 そう言う問題じゃねぇ!
「じゃ、行くよ〜」
「って、オイ、まだ俺は許可してな」

 ……遅かった。
 いや、半分は予想できただろう、俺。
 水菜は札を簡単にはがすと、蓋を開けていた。
 白い煙がどろどろと……なんか、一瞬寒気が走ったぞ。
 壺の容量無視した量の白い煙が、辺り一面に広がる。
 けど、それ以外に何もない。
 何も出てこない?
 俺が水菜の手元をのぞこうとしたとたん。
『きゅぅ〜』


 何かが。


 そう、何かが。


 …………いる!!


「むぅ? 眉間にしわ寄せて、何考えてるんだい? 少年」
 脳天気だな、お前。人にそんなもん見せておいて。
 いいか? こういうたぐいのモノは、大抵曰く付きなんだ。
 開けた奴、もしくはその時側にいた奴に何かが起こるのが必須ってわけ。
 いくら、昔の猫又だろうと。それが悪い物でなかろうと。
 ははは〜自分で考えてて、むなしくなってきた。
 で、どーするか。この状況。
 振り向きたいが、振り向きたくはない。突きつけられる現実はかなり痛い。
 だけど、振り向かなきゃどーにもならないわけで。

 ………

 俺は意を決し、ちらっと横目で後ろをのぞいた。
 見えたのは、ちょっと長めの銀髪。だが、現実にあるものではなく、透き通った銀。
 もう、どうにでもなれ。完全に決定打。
 どうやら今回俺は、取り憑かれたらしい。
 ……どうしてこう、毎回毎回不幸なんだか。
 しかも、俺ばっか!
『きゅぅ〜?』
 声の主は、どうやら首を傾げているらしい。
 言葉が疑問系だった。
「……一体、何のために俺に憑くんだよ」
 ため息も交え、俺はこの台詞をはき出した。
 すると、水菜が慌てて否定の声をあげる。
「ええ? 取り憑いちゃってないよぉ、少年!」
「どこをどう見たら、そう見える!」
「ちょぉっと、後ろにくっついてるだけだって」
 それを取り憑いていると言うんだよ!
 とにかく、事態の収拾をつけなければどうにもならん。
 ひとまず、俺は冷静に戻ってみることにした。

 壺に封じられていたのは、古い猫又族の幽霊。
 で、水菜の説明からして悪いモノではないらしい。
 しかし何で取り憑くかなぁ?
 ついでに……
『きゅぅ〜! きゅぅきゅぅ』
 きゅぅとしか、喋ってないし。
 ……でも、なんか気に障る。
 こう、わきわきとな。胸のしんからわき上がってくるんだが。
「水菜、何喋ってるかわかるか?」
「それが、分かんないんだよね。言葉系と言ったら……」
「なにやら、お困りのようね。ふふっ」
 突然、彼女の声が上から降ってきた。
 見当のつく者はいるだろうか? 頼み事をしたら、交換に何を請求されるか分からない人物。
 上から4番目で次女……肩につく焦げ茶の髪を後ろ側だけのばし、長い三つ編みにしている、姉弟随一の情報通。
 林華である。
「面白そうなにおいがしたからね。君のことなら、タダでやってあげてもいいわよ?」
 そう言いつつも、目の奥が光ったのを俺は見逃してはいなかった。
 初回無料お試し、次回からはちゃんと頂きますっていう感じだ。
 ……別意味で怖っ。
「まぁ、いいや。後ろのコイツと話ができるか?」
『きゅぅ〜!』
 後ろの奴は、多分楽しそうに手を挙げた。
 いや、気配でなんとなくそんな気がしただけだ。
「あらまぁ、誰よ、この子出しちゃったの」
 林華が見事なまでに、予想通りの反応を起こしてくれた。
 視界の端に、逃げようとする水菜が見える。
 その尻尾を、俺は問答無用で引いた。
「にゃぁぁっ?!」
「ふ〜ん、成る程。ま、いいわ」
 ……おとがめ無し?
 それとも、この前のおつりなんだろうか。
 あの情報、かなりにやけてたしなぁ。
 林華はブツブツと何か唱えてから、俺の背後に手を伸ばした。
『きゅぅぅ?』
 短い銀髪が俺の目の前に現れたのはそのすぐ後。
 猫耳だろ、長いほぼ二本の尻尾だろ、首に巻いた青のスカーフだろ、白い袖無しだろ、二の腕に巻いてある黒の翼のついた布だろ、その先には手だろ。
 そして、当然ながら……足がねぇ。
「…………」
 口をぽかんと開けた状態でいると、俺に憑いたそいつは振り返った。
 目が赤い。
 なんつーか、宝石みたいにキラキラしている。
 何となく俺はその目に全て見透かされているような気がして、慌てて目をそらした。
『きゅぅ』
 だがそいつは、にっこりと笑った。
 昔の猫又族なのはいいが、子供?
 姿からすると、そうでもないのか?
「……で、コイツはいったい何なんだ?」
「この子は唯羅(ゆいら)。昔々の猫又族よ」
 左様で。
 昔々って、どれくらい前なんだろうか。その辺は必要ないので、省いた。
 いや、むしろその前に……
「なんで、名前知ってるんだ?」
「え? ああ、前に出てきた時に聞いたのよ」
「だから、悪いモノじゃないっていったろ〜」
 楽しそうに、水菜は言うが、そう言う問題じゃない
 前例があったのに、なんで封印されてたんだよ。
「で、何でわざわざ俺に取り憑いたんだよ」
「……唯羅、どうしてなの? こんな人間の子供なんかに」
 子供で悪かったな。
 俺から見れば、あんたは二つか三つ上くらいなんだよ、外見。
 そんな悪態も心の中だけ。言ったらあとが怖い。
『きゅぅ〜……きゅぅ』
 いったん首を傾げてから、唯羅は手振りを交えてなにやら林華に説明していた。
 嫌な予感が半分。
 俺の助けになりそうな予感も半分……てとこか?
「なんか、あんたの助けになりそうと思ったからだってよ。半分は、取り憑きやすかったからだそうだけど」
 さいですか。どうせ、霊媒体質ですよ、けっ。
 しかし、前は誰かにとりついてでたんだろうか?
 ……つか、取り憑かないでもいいならそうして下さい。
「んで、具体的にどう助けるんだよ?」
「さぁ?」
 間髪いれずの即答ですか。
 その辺までは知らないってことですか。
 ……はぁ。
「さぁって」
「だって、唯羅ができる事なんて、たかがしれてるわよ? 幽霊だし、足ないし、物に触れないし」
 痛いとこつくな。
 俺はまじまじと唯羅を上から下まで見た。
 幽霊だしなぁ、ちょっと透けてるし? ま、いっか。
『きゅぅ?』
「何でもないわよ、唯羅。あたしは、もう行くわね。あとは水菜にどうにかしてもらいなさい。壺に戻るの自分でできるでしょ?」
『きゅぅ』
 唯羅はバッチリのポーズをとると、にこやかに微笑んだ。
「じゃぁね〜頑張りなさいよ〜。ばっはは〜い」
 嵐は去った。じゃなくて、通訳は消えたが正解か?
 ともかく、何が起きるか知らねぇけど、ほっとけってことか。
「林ねえ……いっちゃった」
「いいんじゃねぇの、何か思いつくまでこのまま過ごすってのはどうだ?」
『きゅぅ〜』 「さんせ〜い!」
 妥協策ではあるが、これ以上ややこしいのもゴメンって訳で。
 奇妙なのが俺に憑いてはいるが、再び縁側での平穏な昼は戻ったのである。





 + + +





 久々に、本気で占いでもしますか。
 タロットでの占いは一日に複数やることは厳禁。といっても、同じ事に……だ。
 何を占うかなぁ。
 この間俺のこの先を占ったら、吊られた男の正位置が出たんだよな。
 "今の環境に不平を言わないで、その試練に耐えればやがて実を結ぶ"だ"多少自己犠牲をする気持ちが欲しい時期"だ……とりあえず、今の状態で絶えろの指示が出たんですけど。
 自己犠牲なんか、十分受けてますよっ!
 なんか、いい結果にならねぇかなぁ。
 カードを裏返しにしてバラバラにすると、俺は目を閉じ深呼吸を2・3回する。
 心が落ち着いたら、願うことに集中しながらカードをきる。
 さぁ、出てくるカードは……?
『きゅぅ〜!』
「わわっ?!」
 危ういとこだな、カードをばらまくところだった。あぶねぇ、あぶねぇ。
「唯羅! 占い中は勘弁してくれ、集中がとぎれると結果が変わる」
『きゅぅ』
 どうやら反省しているらしい。声のテンションがかなり低い。
 まぁ、とりあえず……さっきの結果はっと。
 俺は一番上のカードをめくった。
 ……これは。
 思わず顔がほころんだ。これほど嬉しい結果は久々な気がする。
 やったぜ、俺が家に戻れるのも近いかもしれねぇ。
「少年〜? 随分嬉しそうだねぇ」
「当然、だって見ろよこのカード、ある意味最高だぜ」
「ええっ?! だって、これ」
 まぁ、水菜から見たら正位置だから悪い意味だけどな。
 大アルカナ13番目のカード死神。
 その名のまま、正位置の場合はかなり悪い意味。だが、逆位置の場合は一番いい意味にかわる。
 まぁ、最悪の逆さまだから当たり前、かな?
「これが示すは、好転の兆し。っつーことは」
「てことは?」
『きゅぅ?』
「俺が、元の世界に戻れる日も近いって事だ」
 なんだよ、リアクションなしか? おもしろくねぇ。
 と、俺が思ったその半瞬後。
「すごいや、少年!」
『きゅぅ〜』
 二人して――いや、水菜だけが抱きついてきた。
「おい、あんまくっつくなって。暑苦しいだろーがっ!」
『きゅぅ〜! きゅぅ、きゅぅ〜!』


 ………なんか


『きゅぅ』


 さっきから、気に障ってたんだが……


 なんか、きゅぅきゅぅいわれてると……こう、血が疼くというか。


「……少年?」
『きゅぅ?』
「いい加減……俺のことを、きゅうきゅう呼ぶなぁぁ!」
 怒り爆発……っつーか、俺もさすがに我慢しきれなくなってな。
 ビクッと水菜と唯羅の耳が揺れたように見えたが、俺は構わず続きの言葉をはき出した。
「俺の名前はきゅうじゃねぇっ! やいとだぁぁぁ!」
 その場が凍り付いたのは、言うまでもなかった。


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