その10

 あれから、数日が経った。
 俺の風邪も、寝たおかげで大回復した。もともと、健康優良児だからな。
 治ったのに、まだ水菜の家にとどまっているのは、こいつの所為。
「おい、水菜……いい加減、立ち直れよ」
「やだ。頼まれたのに、面倒見切れなかった。緋蓮は止められないし、少年は倒れるし」
 水菜が、うじうじと、いじけているためだったりもする。
 まぁ、そのおかげで、珍しい書物や何やらを見ることができているんだが。
 ちなみに、卯海の飯は、すっっっっっごくうまい
 どれくらいと聞かれると、返答に困るくらいだ。
 とにもかくにも、すっっっっっごくうまい
 このまま、此処に住むってのもいいよなぁと、本気に思うくらいだった。
「ああ、そこにいましたか、少年君」
「ん? ああ、卯海か。何だ?」
 本をたくさん抱えた卯海が、廊下の向こう側にいた。
 少年君と呼ばれることにも大分慣れた。
 ……嫌な慣れだけど。
「いえ、ちょっと気づいたことがありまして」
「気づいたこと?」
「ええ。色々な場所を、見に行ったのでしょう? それが、名前に関係している可能性があるんです。古い書物を読破した結果なんですが」
 意外なところに、ヒントがあった……ということか?
「名前に関係している?」
「はい。例えば、漢字とか、似たような意味を持つとか……そういった感じです。これで、少し思いつきませんか?」
 漢字とかねぇ……う〜ん。
 フェカロトの住む 浮き水の場。爪月華の野原。フェブレクアに会った 火山地帯。それから、閻魔大王の住む地獄と。


 …………


 結論。
 まったく、まとまりなし。
 それ以上言うこと無し。


「無理だな。あんま、ピンとこねぇし」
「そうですか……気長に待つしかないですね」
 わ。凄く、落胆させてねぇか? 俺。
 悪い気はするが、俺自身どうしようもねぇしなぁ。
「水菜ちゃん、いい加減立ち直りませんか?」
 卯海は俺が考え事をしていると、庭にうずくまる水菜に声をかけた。
「…………」
「少年君だって、もう元気になったでしょう? 僕なら怒っていませんから」
「…………」
 今度は黙りか。救いようがねぇな。
 これじゃぁ、当分此処にいるようだよな……はぁ。
 しょうがない、また書庫にでも行くか。
「卯海、書庫の鍵、空いてるか?」
「え、はい。先程、見たら、無かったので。多分、誰かがいるのかと……」
「そっか、わかった」
 俺は廊下の突き当たりを曲がると、別棟にある書庫を目指した。







 + + +







 書庫と言うからには、恐ろしい量の本がある。
 ま、簡単に言ってしまえば、図書館並みの大きさだ。
 退治記録とか、魔界の歴史とか、図鑑とか、そういうたぐいのモノもあるし、参考書的なモノ、それから卯海の使うような、本の媒介もいくつかあった。
 驚いたのは、現実世界の歴史書や本があったことだ。
 やはり、現実世界と、魔界の狭間だけあるな……と感心した。
 平安頃からのモノは、詳しかった。それ以前は、あまり干渉しなかったのか、歴史書はゼロだ。
 そんなもんだろうな。それに、こっちの世界だって、そのころにようやくハッキリしたらしい。
 神話や童話なんかは、卯海に聞いたら"長老である父の趣味です"と、言われた。
 趣味で、これだけ集まるか? 普通。
 とりあえず今日もまた、術に関しての本でも読みあさるか。
 俺が、本を探し、書庫の中をうろついていると、先客にバッタリあった。
 薄い蒼の髪――末っ子の菜月だ。
 小さな明かりを横に浮かべて、何か探しているようだ。
 俺は、邪魔しちゃいけないと、その場から立ち去ろうとした。
 が、側に積んであった本に躓き、見事音を立ててしまった。
「……ってて」
「え? あれ? お兄ちゃん大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
 音に気づいてか、ようやくこっちを向いた。
 気配にはあまり敏感ではないらしい。
 菜月は、俺を起こそうと、手を差し出してくれた。
 こういうときは、甘えた方がいいよな?
「サンキュ。……ょっと」
 立ち上がってみると、ズボンの後ろが真っ白になっていた。
 相当、ホコリがたまってたみたいだな。うわ〜……真っ白。
 パタパタと叩くと、白いモヤモヤが辺りに広がった。
 げっ、これ吸ったら、むせ……。
「ゴホッ……ケホケホッ」
「ケホッケホッ」
 横にいた菜月にまで、被害が広がったらしい。
 やっぱ、考えた方がよかったかも。
「ケホッ……大丈夫か? 菜月」
「ケホッ ェホッ……うん。だいじょーぶ」
「そうか」
 何かあったら、どうしようかと思ったぜ。また、どっからか風樹が出てくるのかと思ったし。
 にしても、なんだこれ? 随分古そうな本だな。
「なぁ、菜月。此処にあった本、どんな部類か知ってるか?」
 俺は崩れた山を戻しながら、菜月に聞いた。
「この辺の?」
 それを手伝いながら、菜月は考え出した。
 どうやら、シリーズ物や百科事典の部類ではないらしい。
 背表紙がバラバラだ。それに、厚さ、色もバラバラ。
 やっかいごとにならなきゃ良いけど。
「あ、おもいだしたぁ! あのね、お兄ちゃん!」
 最後の一冊を重ねると、菜月は俺の方を明るい顔をして向いた。
「それはよかった、で?」
「うん。海兄様が言ってた、はじっこの方に積んである、ホコリをかぶった本は、何が起こるか分からないものもあるから、絶対に倒さないでって……あれ?」
 どうやら末っ子の菜月君。言い切ってから、おかしいことに気づいたようだな。
 それが正しい。が、思いだしたのが少しばかり遅い。
「あれ? 今えっとぉ」
「菜月、今何が起こるか分からないって、言ったよな?」
「う、うん」
「てことはだ……」
 向かい合って立っている、俺と菜月の足下で一冊の本がバサリ と落ちた。
 勿論俺たちは、いじっていない。
 思わず黙る俺達を無視して、本は、勝手にパラパラとめくれだし、あるページで止まった。
 そのページは墨のようなもので、全てが塗りつぶされていた。
 俺と菜月は無言で目を合わせた。
 どうするか、だ。下手にいじるとまずそうだし、かといってここを動くわけにも行かない。
 俺達の真ん中で開いている所為だ。
「ど、どうしよう、お兄ちゃん」
「とりあえず、動くなよ菜月。そもそも、何が起こるか分からないってことは、どの程度のことが起こるか予測がつかないって事だから」
 そうこうしているうちに、本から白い煙が上がってきた。
 お約束通り。白い煙の中から、黒い物体がゾワゾワとでてきやがった。
 とりあえず、ここは……
「菜月! 走って誰か呼んでこい。ここは、俺がくい止めるから」
「ヤダっ。ボクだって、戦えるもん!」
「そんなこと言ったって」
 菜月がここまでやる気とは、思わなかった。
 そりゃぁ、能力者の端くれだってのは分かる。たとえ、見習いでもだ。
 ……ちっ。仕方ないか。
「……そう言うんだったら、自分の身だけきちんと守れよ」
 後から考えると、少々安直だったと思う。
 結果的にああなったし?
 けど、ここで無理矢理菜月を追い返したところで、状況が良くなるとも思えなかった事は事実だった。
「うん」
 おお、さっきふさぎこんでいた顔が、明るくなったな。
 じゃ行動開始だ。
 俺は前ポケットのケースから、タロットカードを取り出した。
 ケースの中から、大アルカナのカードだけを取りだし、残りはポケットにしまった。
 左手で全部持つと、右手で一枚のカードを選んだ。
 大アルカナ第12番目のカード 吊られた男だ。
 足を縄で縛られた男が、逆さ吊りにされている絵が描かれている。
「魔力を秘めし 我がカード。今、人を留めし縄をもって、闇から生まれし異形の者を、その場に留めん! 束縛方陣(そくばくほうじん)!」
 俺の周りから、幾重もの縄が現れ、本に向かっていった。
 勿論、縄に見えて、普通の縄じゃない。
 俺の力の通った、確実になんでも捕まえられる縄だ。
 とりあえず、こいつでうまく本を纏められると良いけど。
 触手が嫌がるように藻掻いていたが、とりあえずその本だけは無理矢理閉じた。
 飛び出した触手の先も、すぐに動きを止める。
 これでいくらかは、時間があるな。
 俺がカードを左手に纏め、そう思った矢先。
「わっ! うわぁぁぁっ」
「菜月?!」
 少し離れた場所にいた菜月が、別の本に飲み込まれようとしていた。
「っ菜月!」
 俺はとっさに、何も持っていない右手を伸ばした。
 しっかりと、菜月の腕を掴み、左腕を近くの柱に絡めた。
 それぐらいしなきゃ、体が支えられそうになかったからだ。
 ぐっ……なんだよ、この本っ
「菜月! 大丈夫かっ?」
「う、うん。でも……下半身が……」
 視線を動かすと、ブラックホールの様なものが本に広がっていた。
 そこに菜月の下半身がすっぽりと収まっている。
「異空間転送か。何処に行くか分からない分、キツイぜ」
 口で言って見ても、状況は変わらない。
 左腕、痺れてきやがった。カードを手放すわけにもいかねぇから……これだけはどうしようも。
「俺はこの状態じゃ、何もできねぇっ! 菜月、そこから抜け出せねぇか!」
「む、無理だよぉ。ボクはまだ、媒介がないと何もできないんだ!」
「そっか。でも、このままだ……」
 ミシッと、嫌な音がした。
 それは、大きな木が崩れる前兆の様な音。
 左腕を支える柱を見ると、案の定、柱に亀裂が走っている。
 どれだけ持つ? けど、その可能性は……
「菜月。悪い、最悪の事態を覚悟してくれ」
「……え」
 言葉に反応して、不安そうに顔をゆがめた。
 やっぱり、そういう顔をするか? でもな、こいつは俺だけじゃどうしようもないんだよ。
 柱が持たない、と言おうとした俺の声は、柱の崩壊音にかき消された。
 くそっ、本の吸引力の方が上か。
 せめて、これに誰かが気づいてくれればいいが。
「「うっ……うわぁぁぁぁぁっ!」」
 俺と菜月は、そのまま本に吸い込まれていった。



 + + +



「今の声は……水菜ちゃん、大変です!」
「……聞こえたよ、海にい。少年と菜月の声でしょ」
「水菜……ちゃん?」
「行って来る。多分、場所はあいつが捜し出せると思うから」
「そうですか。じゃぁ、お願いします。僕は、書庫の方をどうにかしてきますから…」
「うん!」







 + + +







「「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」」
 本の中に吸い込まれた、俺と菜月は、妙な場所に放り出された。
 俺、最近こういうのばっかじゃねぇ?
 ともかく落ちてることにはかわりねぇ。
 大して高さもなかったので、俺は半分無意識で、菜月を庇う形になっていた。
「……ってぇ」
 いくら、長袖とはいえ、地面を擦ったんだ……いてて。
「菜月、平気か?」
「うん。お兄ちゃんが、庇ってくれたから」
「そうか、ならよかった」
 どうやら、左手に持ったままのカードも無事のようだ。よかった。
 土埃を払い、体を起こすと辺りを見渡す。
「此処、何処だ?」
 う〜ん……この台詞、前にも言った気はするんだけど。
 前に見た、荒野と似ているが、ちょっと違う。
 なんて言うか……もっと、雰囲気がダークで、嫌な予感がビシビシするような感じだ。
「わかんない。でも、とりあえず、魔界のどこかだと思うけど……」
 異世界の可能性は消えた、か。俺一人じゃ判断に迷った所だけど。
 周りを見る菜月の目が、少し怯えている。
 やっぱり、こういう場所とは、まだ縁がなかったか。
 見習いってのは口だけじゃないようだな。
「さっきの声で、誰かが気づいてりゃ、助けが来るだろうよ。そんな不安そうにするなって、な?」
「う、うん」
 さてと、あくまで気休めだからな、これからどうするか。
 いつもよりも敏感になった感覚は、便利といえば便利だ。
 けど、この状態って疲れるんだよな。
 先程から、俺たちに向いている、殺気が近づいてきていた。
 ひぃ、ふぅ……3匹か。少ない方だな。
「菜月。此処、動くなよ」
「うん。……え?!」
「心配するなって。すぐ終わるさ」
 俺は菜月の頭をなでると、周辺をにらみつけた。
 閻魔の城とは状況が別だ。けど、あの時ほどやばい感じでもない。
 俺の力でどうにかなりそうだ。これも、退治屋の血なのかな?
 一枚のカードを選ぶと、敵のいる方に向けた。
 大アルカナ、第13番目のカード 死神。
 巨大なカマを持つ、マントをかぶった骨だけの体が描かれている。
 このカード、あまり使いたくないんだけど一発にかけるしかない。
「魔力を秘めし 我がカード。今、死をもたらす者の力を持って、周辺に潜む 生きとし生けるものを死に誘わん! 死蓮消(しれんしょう)!」
 黒くよどんだ空気が、カードから溢れ俺の周囲を包み、それから辺り一帯に広がっていった。
 ……これ使うと、必ず気分悪くなるんだよな。ま、それだけ威力も大きいけど。
 この技に限り、属性を無視できる。ただし、連発は不可能。
 そういうリスクをもった、ある意味切り札的カードだ。
 しばらくして、魔物達の断末魔が聞こえた。やっぱ、効果絶大だったようだ。
 声が聞こえた時、菜月が俺の服の裾をぐっと掴んできた。
 やっぱり、ちょっと怖かったらしい。当然だけど。
「大丈夫だ、もういないって」
「うん」
 ポンポン と、頭をなでてみたけれど、まだちょっと震えてるな。
 う〜ん……早く、誰か来てくれれば一番なんだけど。
 俺がふと、空を見上げると黒い影が一つ現れた。
 新手か? でも、殺気はないような……。
「あ――いたぁ――!!」
 俺は、思わず目を瞬かせた。
 空から降ってきた――いや、降りてきたのは、他の誰でもなく、水菜だった。
 それと、地響きと共に、横に大きな獣が一匹。
 茶色い大きな犬のようにも見えるが、三つの頭に、尻尾が二股と、奇妙な姿をしている。
 左と右の首の額には、一本角がはえている。それに一番左の首は左目が見えていないようだ。
「よかったぁ。そんなに遠くない場所で……探したぞ、菜月! 少年!」
 俺は次かよ。ま、探してくれたことには感謝しねぇと。
「大丈夫だった? 菜月」
「うん、水姉様。ボクは大丈夫だよ、お兄ちゃんが守ってくれたから」
「ならよし。でも、あんま無茶はダメよ」
 よき姉弟かな、とな。
 やっぱ、歳が近いとあまやかさねぇのか? それとも、上が過剰だからやらないだけなのか。
「水菜、こいつは何だ?」
 俺は側にいる三頭、二俣尾の獣を指した。
"こいつとは何だ、人間のくせに!" "人間のくせに!" "ん〜……ぉ?"
 俺から見て、真ん中の頭、右の頭、左の頭の順に喋った。
 何なんだ、ホント一体。
「ああ、ゴメンゴメン。この子はケルベロス」
 ケルベロス……って、地獄の門番か?
 この場合は、魔界の門番と言うべきだろうか。
 確かに、オオカミっぽくも見える。強面なんかは、ぴったりかもしれない。
"何、ジロジロ見ていやがる!" "いやがる!" "に〜んげ〜ん?"
 トロイ左の頭は無視するとして……やかましい!
「お前の、友達なのか?」
 俺はわずかに、目をそらすと、水菜の方を向いた。
「う〜ん。ケルベロスは、私の友達というか、召喚獣みたいというか」
"水菜、その辺がいまいちいい加減だぞ" "いい加減だぞ" "みてるぅ〜?"
 ケルベロスは尻尾をぴんと立てて、怒っていることを表した。
 2対1だから、多い方の感情にあわせるんだろうか? あの尻尾。
「だってさ、基本的にケルベロス、魔界の門にいるじゃんか。私が呼ぶと、すぐ来てくれるけど」
"そりゃ、仕事だからな" "仕事だからな" "かげん〜?"
「にしても、よく此処が分かったな」
 話のしんをおるようだけど、とっとと此処から去りたいのが本心だからな。
 無理にでもこいつらのただの会話を区切りたい。
「あ、それはケルベロスのおかげ。少年一人だったら難しかったけど、菜月も一緒だったからね」
 どういうことだ?
 俺の不思議そうな顔を見て、水菜は苦笑いを浮かべた。
「つまりね、ケルベロスは、魔界にあるモノの場所を見つけられるんだ。知っているモノならば、より詳しくね。今回の場合、菜月の居場所を探してもらったんだ」
 あ、成る程。そう言うことか。
 ある意味ではちゃんと、番犬なわけだ。
「納得?」
「ああ」
 俺と水菜の間に、突如ケルベロスがいきなり顔を出した。
 そして、左の首が奇妙なことを告げる。
"どうでもいいが、水菜。囲まれたぞ"
 先程のトロイ口調と違い、目つきが厳しくなり、毛が逆立っている。
 囲まれた? そんな気配何処にも……?
 そう思い周りを見ると、敵意満々の視線が四方八方から向けられていた。
 気配を消されていたとしか、いいようがなかった。
"この状況、どうするんだ" "どうするんだ?"
 一歩遅れて、真ん中と右の首も目つきを変えた。
 戦闘態勢に入ったと言っても、過言じゃないだろう。
「それって、どうでもいいことじゃないよ、ケルベロス。早く言ってよぉ」
"しかしだな、いつまでも喋っているから"
 俺的には、その口調の違いの理由が知りたいぞ、左の首。
「む〜……これじゃぁ、真っ直ぐ帰れないじゃないか。ケルベロス! 菜月を連れて、先に村に行っててくれる?」
"それでいいのか? ここで、戦った方が" "そうだぞ、水菜!" "いいのか?"
 順に左、真ん中、右の首だ。そんなケルベロスに、水菜は笑いかけた。
 なんか、嫌な予感がする。
「大丈夫だよ。少年が全部倒してくれるって。私は、その後少年を連れて帰るから」
 ちょっと待てーっ!
"それなら、承知した。後は任せたぞ" "菜月、背中に乗れ!" "乗れ!"
 ケルベロスはパタパタと尾を振り、横に座っていた菜月に近づいた。
 さっきまでの戦闘態勢はどうした。
 そして左の首。いつになったら、戻るんだ。
「背中? うん」
 遊びに行くかのように、無邪気に菜月はケルベロスの背に乗った。
 菜月……怯えてたんじゃないのか。
「じゃ、菜月、振り落とされないように気をつけてね。ケルベロス、時々妙にスピード上げるから」
"妙にとは何だ!" "何だ!" "ただの、趣味だ!"
 真ん中、右、左っと、さっきと順番違うな。
 ……
 …………
 ……………あれ?
 今、さり気なく最後に左の首が、凄いことを言ったような。
「あと、帰ったらさ、海にいに夕飯までには帰るって、言っておいて」
「は〜い」
 ケルベロスは菜月がしがみつくのを確認すると、大地を蹴った。


 ケルベロスの影がその場から消えるのを見送ると、水菜は俺の方を向いた。
「てことで、後始末よろしくね」
「てことでじゃねぇっ! あ゛〜もういい、一気に終わらせてやる!」
 こうなったら、本気でかたす。どんな手を使ってもな!
 それは――ある意味俺が半ギレになった瞬間だった。









 + + +









 数分後。
 周囲にいた獣たちは、一匹もいなくなった。どうやって倒したかなんて、覚えていない。
 手にあるカードからして、最強クラス系攻撃ばっかりやってた事は確かだ。
 ま、それだけ無我夢中だった、てことで。
「おつかれ。じゃ、ご飯食べに帰ろうか!」
「おん前……なぁっ……」
 息切れ切れの俺に、これで当然という表情で水菜が俺の周りをはねている。
 お前、また尻尾引っ張るぞ。むしろ、裂くぞ!
「睨むなよぉ。あ、そうそう。いいこと教えてあげようか」
 ……何を突然?
「名前のこと。海にいがさっき言ってたこと、ずっと考えてたんだ。でね、私の記憶違いじゃなかったら、少年の名字は……」
 そうか、水菜は俺の家を見てるんだった。
 なら、俺が思い出すより水菜からヒントをもらえばよかったんじゃないか。
 水菜は一呼吸おいて、俺に笑いかけた。
「水の原っぱって書いて、水原だよ」
 水原……か。
 まだあんま、実感ねぇよな。
 でも、これで一歩近づいたな、俺の記憶に。


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