その9

 あの城を出たのはいつだったかな。
 とりあえず、結構前のハズだ。うん。
 ともかく、俺は今、相変わらず緋蓮に引きずられながら、荒野にいた。
 地獄巡りは、すぐに終わり、今度こそ何もない場所……だと思う。
「ん〜……なんで、まだきれないんだろぉ〜」
 緋蓮はものすごく不思議そうに首を傾げた。
 止まるなら止まると言ってから、止まってくれ。
 第一、知るかよ、俺が。
 そう、縛られていた縄は相変わらずきつく結ばれたまま。
 どうせだったら、これも解いてもらうべきだったぜ、まったく。
 ……あれ?
「おい緋蓮。あれって、岩だよな?」
「そうだよ? ……あ、そうか」
 おお、気づいたか?
「ぶつけて、とればいいんだね」
 そうそう、ぶつけて……ちょ、ちょっとまてぇぇ!
 んなことやったら、死ぬって絶対。
 その無茶苦茶な思考をどうにかしてくれっ!
「少しは考えろ、緋蓮! 岩で削って縄を引きちぎるとか……」
 あ゛……答えいっちまった。
 うろうろしていた緋蓮は立ち止まり、何かを考え出した。
 答え言ってるんですけど、俺。
「なるほど。そういうことだね」
 いや、遅いって。
 まぁいっか、この動きづらい状況から開放されるんならな。
 あの尖り具合、こするには丁度よさそうだし。
 ただ問題は……どうやって、する?
 直はちょっと遠慮したいところだな。腕とか痛そうだし。
「緋蓮……これくらいの大きさに削りだせねぇ?」
 俺は手で――というか、縛られたまんまの腕で、小刀くらいの大きさを示した。
 お、俺って器用。
「ほえ? やってみる」
 緋蓮は腕をぶんぶん振り回すと、その大岩に向かっていった。



 数分後。
「いたいぃ」
 素手で思いっきり岩を殴り、手を痛めて泣いている緋蓮がそこにいた。
 普通、岩を素手でこわそうなんて考えるか?
 まぁ……水菜じゃないから、緋蓮に普通を求めても無駄か?
「緋蓮……せめて、何か道具を使うとかは?」
「どうぐ? たとえば?」
 例えば……何気に難しい質問だな。
 岩を砕くってことは、ハンマーとかつるはしとか……あ、ドリル……は無理だな。
 でもまぁ、そんなとこか?
「ハンマーと……」
「わかった! せいなるみず、だいちのちからをかりて、ぐげんかせん! とくだいハンマー!」
 大地から湧き出た青い帯が、緋蓮の手の中に集まり、徐々に具現化していく。
 そしてそれは、巨大なハンマーへと化した。
 てか、人の言うことを、少しは最後まで聞け!
「せぇ〜のっ!!」
 ハンマーは、それは綺麗に大岩へ放物線を描いた。
 そして、打点を中心に光の軌跡が走る。
 お、きれいに亀裂が入ったな。
 そのまま、緋蓮は今度こそとぐーで岩をなぐった。
 それでも痛いと俺は思うんだが。
 今度こそ小さくなった岩の残骸から、一欠片を抜き出すと、緋蓮は戻ってきた。
「はい、これでいい?」
「ああ、助かるぜ」
 俺はその欠片を受け取ると、縄の端を削りだした。
 簡単にいくと思っていなかったが、案外すんなりいくもんだな。
 縄は、あっさりと切れた。その後はグルグルと取っていくだけで、楽だったしな。
 ようやく、両腕を解放され、俺はのびのびと深呼吸した。
 両腕を拘束されるって、それだけで疲れるもんだな。
「やっと、しょうねんがじりきで、あるけるね」
「ああ。ようやくこれで、ある意味自由の身だぜ」
「そうだねぇ〜」
「よし、じゃぁ歩くか」
「え〜」
 まて、何故そこで文句がでる。歩いていった方が、楽だろうが!
「いいじゃねぇか。走り通しだったし」
「やだ。あるくなんて、はしっていくの!」
 どこのガキだ、お前は!
 エネルギーが消費されないからって、はしゃぐんじゃない!
 それに、少し頭がクラクラするんだよ……今。
 なんて言うか、目の前がゆがんでる……みたいな?
「……しょ〜ねん?」
 そんな俺の様子に気づいたのか、緋蓮がのぞき込んできた。
 いかんいかん、しっかりせねば。
「ん、大丈夫だ。とりあえずは」
 緋蓮も少しは考えてくれたらしく、俺たちはゆっくり歩き出した。





 + + +





 しかし、強がってみたもののこのままじゃマズイよな。
 原因を探ってみるか?
 さんざん緋蓮に引きずられたが、それだけで目の前がくらくらするとは思えない。
 そうなると、それ以前に、俺が何らかの症状を持っていたわけで。
 よく思い出せ……俺は今どうしてここにいた?
 記憶喪失になった所為で、魔界を旅するわけになっただろ。
 その原因が、水菜に巻き込まれたからであって。
 で、本来なら巻き込まれないはずの俺が巻き込まれた原因はっと?
 ……
 …………
 …………風邪?
 そうだよ、俺は風邪引いてて、熱があったじゃねぇか、最初!
 通りで調子悪いはずだ。なんで今まで忘れてたんだ? いや、そう言う問題じゃない。
 思い出したとたん、余計ひどくなってきやがった。
 頭痛と目眩……んでもって、足……ふらついてきた。
 病は気からってホントだな。
 やべぇ……あのまま、思い出さず忘れときゃぁよかったぜっ。
「え? あ……しょ……ん?」
 緋蓮の声が遠ざかってきやがった。マズイ……でも、もう
 耐え……られ……ね……ぇ
 俺はそのまま地面に倒れ込んでしまった。意識を失ったのもほぼ同時。
 緋蓮の足音が遠ざかっていくのと、誰かが側に降り立ったような音だけが、かすかに聞こえた。









 + + +









 なんか、食い物の匂いが微かにしている。
 イメージ的には朝、和風の家の風景。
 母親が台所で大根を包丁でトントント……待て?
 そう言う想像をする前に。
 今、俺は何処に居るんだ? なんか妙にフカフカした……こう、ベッドみたいな場所?
 さっき確か、岩場で倒れたのは覚えてる。
 それでどうした? どこか別な場所に運ばれたか? それとも今までのことが全部夢?
 夢だったらいいな……と思いつつ、俺は目をゆっくりと開けた。
 けどやっぱり、夢落ちなんていいものではなかった。
 ま、とーぜんか。

 俺をのぞき込んでいる奴がいる? ぼんやりとしていてまだハッキリとはしないが。
「だ……」
 誰だ? と言いかけて、俺は口を閉ざした。なんか声裏返った気がする。
 ……しゃべれないわけでもねぇだろうけど。
「え? あれ? 気がついた?」
 のぞいていた奴が、声をかけてきた。俺は何故か驚いて、目を完全に開いた。
 そいつの髪は淡い青色。顔の右半分は前髪で隠れ、目がハッキリとは見えない。
 んで耳が、猫。
 つまりは、水菜の兄弟だよな。でもあれ? 上はもういないはずだよな?
 となると下? つまりは弟?
 って、俺があれこれ考えているうちに、だんだん不安そうな顔になってるぞ?
 とりあえず……
「ああ」
「よかったぁ。ちょっと、待っててね。姉様か兄様にしらせてくるから」
 立ち上がり、行こうとしたそいつの腕を、俺は何となく掴んでしまった。
 ……
 …………
 …………なんで掴んでんだぁ! 俺っ!
 向こうも困った顔してるぞ。どうすっかなぁ。
「んと、えっと」
 う゛……めちゃくちゃ、困ってる。こっちも困ってるんだよ、無意識の行動で。
 かといって、今更離しても……なぁ?
 俺が困っていると、突然声がかかった。
「こらぁぁっ! なちゅきになにをしてるのっ!」
 その声は、風樹?!
 と、"なちゅき"? どう考えても、俺が腕を掴んでるこいつを指す気がするけど。
 本名なわけねぇよな。となると、あだ名?
「あ、風姉様。あのね……今、誰かを呼びに行こうと思ったんだけど」
「いいのよぉ……菜月(なつき)。それよりも大丈夫だった? 何もされてない?」
 ペタペタと全身を風樹はなでていた。
 ――ブラコン? まさか、な。
 にしても風樹……何もされてない? はねぇだろっ!
 俺がそんなことするように見えるか? なぁっ!
 そっちの気はないっつーの。明らかに、一般人――でもないか。でも、ノーマルだろ? 俺は。
 "なつき"が無事なことを確認すると(?)風樹は俺の方をのぞき込んできた。
 そう言えば俺、寝かされてたんだな。
「またあったわね、少年A君」
 早速おかしな呼び名が広まっている模様。
 少年Aって、何かの犯人みたいだな。
「あ、ああ。此処は?」
「ここは、私たちの家よ。まったく……なんで、熱があること黙ってたわけ? 黙ってなければ、卯海は無理に外に行かせなかったのと思うわよ?」
 ずずいっと、風樹は迫ってくる。
 それにあわせ、俺は少しばかり頭を後ろにそらした。
 それ言われると、すっげぇ辛いんですけど。
「そう言われても。俺だって、すっかり忘れてたんだぜ?」
「普通忘れる? 熱出していたんでしょう?」
「あはは……」
 人間、そんなもんですよ風樹さん。
 もう、乾いた笑いを浮かべるしか、俺にはできなかった。
 沈黙を見かねてか、風樹の後ろにいた"なつき"が、ひょっこりと顔を出してきた。
「風姉様……ボク、自己紹介するの?」
「んん? なちゅきがしたければ、いいわよ」
「うん。する!」
 すぐに、風樹が可愛いとか言いながら抱きついたのは置いておく。
 元気がいいのもいいが、風樹……完全にブラコン決定。
「ボクは菜月。菜っぱのなに、お月様のつきって書くの。年は50歳で、四男 一番下だよ」
 あまり、自己紹介をしたことがないのかうれしそうに話しだす菜月。
 一番のちびっ子てことか。人間にしてみりゃ小学生くらいだよなぁ。
 ああ、そうか。だから、風樹はあんだけ可愛がってるんだな。
 妙に納得できて不思議なくらいだぜ、まったく。

「菜月君。少年君、目を覚ましましたか〜?」
 俺たちが少し話していると、卯海の声が聞こえてきた。
「あ、海兄様だ。うん。さっき、目を覚ましたよ」
「それはよかった」
 部屋の扉から、卯海が顔をのぞかせた。
 ピンクのフリルのついたエプロンに、お玉を装備。
 ……食事担当は、卯海か。
 おい、一番上。普通は長女の仕事だろう。
 どうでもいいけど、俺的には。
 卯海と少しの間話していた菜月は、元気に俺に手を振ると、部屋から出ていった。
「ふぅ」
 菜月が出ていった後、こっそり卯海が安堵のため息をついたのを、俺は見逃さなかった。
 こいつら、一番下だけ可愛がってるな?
 うん、絶対そうだ。
「風樹ちゃん。ダメじゃないですか、菜月君を困らせては」
 笑顔を崩しはしないが、明らかに卯海の額にはしわが寄っている。頬は引きつっている。
 けど、その言動は間違ってるぞ。
 菜月は困ってなかった……と、思う。
「困らせてないわよ。私がなちゅきにそんなことするわけないでしょ?」
「それはそうですが。でも、ですねぇ」
「卯海……あんた、私と喧嘩したいの?」
 間髪入れず、風樹が卯海に詰め寄っていく。
 ここで、やるなよー喧嘩。俺一応、病人だぜ?
 なにやらその言葉にカチンときたのか、卯海は怒ったときの笑みを浮かべた。
 それは怖いっ! 怖いって!
「その言葉そっくりそのまま返して差し上げますよ」
「ほぉ〜……卯海。あんた、いい度胸してるわね」
「風樹ちゃんこそ、この家の中では僕にかなわないことを、証明して差し上げましょうか?」
 だ、誰かっ!
 誰か、こいつらを止めてくれ! 俺は、そう願うしかできねぇし。
 止めようにも、カードは俺の手元じゃなくて、横の机の上に置いてあるんだよな。こんな時に限って。
 二人はにらみ合いを続けてやがる。
 何かきっかけがあれば、どっちも技を繰り出す気配バリバリ。
 誰か助けてくれねぇかなぁ。
 ホント切実な問題だぜ?
 今にも、自分の妖力使って互いをぶちのめしそうだし。
「五芒星を元に 天より来たりし蒼の牙……」 「天と地 闇と光の間を司る我が書物の力……」
 両者、手を引き構えた状態。
 待て待て! 呪文を唱え出すな!
 声を出そうと思った俺だが、体を上げた瞬間、グラリときた。
 やばい、急に起きあがったら、目眩が。
「……覇者の怒りを呼び」 「……殲滅の輝きと共に」
 その時、ドタバタという音が聞こえた。
 あれ? 誰かが近づいて……
 バタン! という音と共に、この部屋の扉が開いた。
「何、家でやってんだ、風樹! 海!」
 勢いよくこの部屋に飛び込んできたのは、岐光だった。
 部屋に入るなり、二人の口を両手でふさぐ。
「家ぶっ壊す気かよ、お前ら」
 おお。長男らしい、発言だな。家の心配か?
「片づけ、オレがさせられることを、考えろ!」
 前言撤回。自分のためかよ。
「ぷはぁ。仕方ないわねぇ……卯海、勝負はまたそのうちよ!」
 岐光の手を引きはがすと、風樹は卯海に人差し指を向けた。
「はい。でも、風樹ちゃん手加減は無用ですよ」
 それに、にっこりと返す卯海。
 姉弟喧嘩の域を超えてる気がする。
「当たり前でしょ。じゃ、少年A君 またね」
 最後まで、少年A呼ばわりかよ。
 ……嵐が去ったな。
「すみませんね、バタバタして。……少年君?」
 俺が変な顔をしていたのか、卯海がのぞき込んできた。
「あ、ああ。一時はどうなるかと思ったぜ」
「あはは、時折かっとしちゃうんですよね、風樹ちゃん相手だと。まぁ、僕としても相手に不足なしと言ったところですし」
「海、それよか腹減ったぞ。飯はどーすんだ?」
 そういえば、岐光がいたな……と、俺はそっちを向いた。
「ああ、岐光君。それならもう少しでできあがりますよ。にしても、ずいぶんと早い帰りですね」
「それ嫌味か? 風樹が家に帰ってるって聞いたから、何か起こるんじゃねぇかと、慌てて帰ってきたとこだよ」
 苦労性だな……岐光って。姉弟(風樹)のことをよく分かってるというか、何というか。
「聞いたって、一体誰にですか?」
「それだけは言えねぇよ、オレの情報源の一つだしな。すぐなら、その辺で待ってるぜ。じゃ、気をつけろよ、人間の少年、色々とな」
 笑いながら、岐光はこの部屋を出ていった。
 いや、意味深なこと言い残さねぇで欲しいんだけど。
「ああそうだ、卯海。俺一体どうやって、此処に戻ってきたんだ?」
 誰が一体運んだか、実はかなり気になってたんだよな。
 あの状況下だと、緋蓮の可能性が一番高いんだが。
「ああ、運んできたのは風樹ちゃんなんですよ。見つけたのは菜月君。移動魔法の練習をしていたら、偶然見つけたそうです」
「じゃぁ、緋蓮は?」
 あいつ、俺を置いて逃げやがったのか?
「緋蓮ちゃんは慌てて、家まで戻ってきたんです。自分じゃ運べないから、誰かをと考えたのでしょう。緋蓮ちゃんが家についた頃、君を連れた風樹ちゃんが菜月君と共に帰ってきたんです」
 ふ〜ん。よく、入れ違いにならなかったもんだな。
「で、あのさ。俺もう少し、寝ててもいいか? 起きあがれそうな気もするんだが」
「ああ、構いませんよ。それじゃぁ、後で起きたときに、お粥でも作りましょうね。じゃ、お休みなさい」
 ご丁寧にも、卯海はこの部屋のカーテンを閉めていってくれた。
 お粥か……思いっきり病人だな、いや、病人なんだけど。
 部屋も暗くなったし、身体休めにもう一眠りするか。
 緋蓮、落ち込んでなきゃいいんだけど。あ、もう水菜に戻ったのか?
 ま、起きれば分かるんだろうよ。一回寝てからな。
 じゃ、お休み。
 俺は布団をかけ直すと、静かに目を閉じた。


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