風に飛ばされて数分。 まぁ、俺にとっては何時間も過ぎたような感じだけど、多分数分。 ていうか、そう思いたい。 「お〜! みえたよ。だいおーのしろ」 そう言って、緋蓮は満面の笑みになる。 見えたって言うけどなぁ……俺には空気の渦の所為でなんにも見えねぇんだよ! せめて、着地点までの距離さえつかめればなぁ。 「緋蓮。あと、どれくらいだ?」 「ん〜……しらない」 だろうな。さてと、マジでどうするかな。 この状態じゃ、カードはやっぱり使えないし。 う〜む。 結局、安全策を生み出すことはできなかったからな。 「い〜ち」 ……ん? 「に〜い」 んん? 何を、数えているんだ? 緋蓮。 「の〜……さ〜ん!」 どうやら、着地の合図だったらしい。 ちょっと待て、いくらなんでも、急すぎだぁ! 緋蓮は、一回転で綺麗に着地。10.0。 ここが体育系の大会なら、客からは拍手喝采間違いなし。 で、俺はというと…… 今時漫画でしかでないような、効果音と共にそのまんま落っこちた。 「いてて……あ゛―腰打ったかも」 俺が落ちた場所は、地面とか部屋の床の上ではなく、屋根の上だった。 瓦だよなぁ。紅い瓦。 現実世界――人間界とかで見る赤ではなく、血の色じみた……しかし、どす黒いとも言い切れない紅だった。 「けがしてない? しょ〜ねん」 もう一個の赤、緋蓮の髪が視界の端に映った。 いや、さっきハッキリと、腰打ったかもといったぞ、俺。 腰は大事だぞ。後で色々と困るんだ。 ……いや、俺男だし関係ねぇーか。なんなんだ? この知識。 「まぁ、大してはな。しかし、ここは」 「やねのうえだよ」 「そりゃ、見れば分かるって。で、どうやって中にはいるつもりなんだ?」 いくら何でも、こう丈夫そうな瓦を壊していくわけにもいかねぇからな。 立ち上がって、辺りを見てみたけど、広っ。 ここ、ホントに屋根の上か? 「あ、しょ〜ねん。そこ、あぶない」 ……は? その場を歩いていた俺の足下が、急になくなった。 いや、なくなった訳じゃない、瓦屋根に穴が空いていたんだ。 お、落ちる! 「う、うわぁぁぁぁっ!」 くっ、今度こそ着地だけは、と思ったが、どうにも腰がっ。 やっぱり、さっき打ってたっぽい。くっそぉ…… 腰が不安定じゃ、足での着地は無理か。手をついて、反転するしかないな。 最近、アクロバティックなことやってねぇし、心配だけど。 「あ〜……だから、いったのにぃ。ひ〜れんちゃんが、まえにあけたあななんだよぉ、そこ」 緋蓮の声が、上からかすかに聞こえた。 そういうことは、早く言ってくれ。でないと、俺の身が持たない。 目測、あと二メートル強。 「よっと……と」 両手をついて反転してっと……今度は着地成功だな。 俺は立ち上がろうとしたが、まだ腰が痛むのでその場に座り込んだままだった。 ハタから見ると、すっげー間抜けだな。こりゃ。 「だ〜いじょ〜ぶ〜?」 緋蓮は俺の後を追ってか降りてきた。 二回転にひねりを一つ……おおー曲芸みたいだ。 さすが、猫。そういうのは得意なんだな。 「まぁ、なんとかな。それより此処は?」 「ん? ここ? たぶん、だいおーのへやだとおもうんだけど……ちょっと、ちがったみたい」 ……へ? この部屋は無駄に天井が高くて、でもって、無駄に広いけど。 どう、違うんだ? 「んとねぇ。えっけんのま……だったかな?」 謁見の間だとっ?! ちょっと待て、そういうのって偉いやつとかが、客と会う部屋ってわけで……となると、"だいおー"の正体ってのも、偉い人物になるわけで… 「よし。さがしにいこう! しょ〜ねん、ついてくるかい?」 「あ、ああ」 嫌な予感と、不安は限りなくあるんだが……やはり、動いて忘れるのが一番だな。 それに、俺一人置いて行かれた場合、後々が厄介になることこの上ない。 緋蓮は俺の腕を引き、起こしてくれた。 で、一時的だろうけど俺はこの時、腰の痛みをすっかり忘れていた。 これが、後々で少し事件を引き起こすきっかけとなってしまうんだよな。 「えっけんのまからでて、みぎにいって、つきあたりをとおりぬける。それから……」 緋蓮の説明しだした道は、明らかに道といえるモノではない。 それ以降は聞きたくもないので、右耳から左耳にしておいた。 第一に、壁をどうやって通り抜ける? ま、この疑問はその場に着いたとたん解明される。 何故って、壁には亜空間への扉のようなモノがたて5mほどの大きさでそびえ立っていた。 壁抜けとか、そういう部類ではない。 通り抜けるという言葉が、果たして正しいかは疑問だが……あきらかに、異空間へ飛びそこからまた別空間へという感じだった。 勘弁してくれよ……と思いつつ、俺は緋蓮についていった。 小一時間ほどたった頃、不意に緋蓮は立ち止まった。 越えた空間数知れず。何だってあんなたくさんあるんだか。 時には地獄の中も通った。 イイ体験だよ……世界中で俺一人だろうよ、生きたまま本物の地獄を体験したやつなんて。 ある意味で、日本人の想像は正しかったと思う。 それとも、俺が日本人だからそう見えたのかもしれない。 まぁ、世界中には生き地獄みたいな場所もあるがな。 それにしても、一休憩か? 俺的には走り通しだったし、助かるんだが。 息を大きく吐き出して、ようやく顔を上げた。 「おい、緋蓮。次は……って、あれ?」 俺の前から、緋蓮の姿は忽然と消え去っていた。 つい先ほどまで気配があったとおもったが……まさか、はぐれた? わっ、そうだとしたら、最低最悪じゃねぇか! こんな場所、一人で生きてでられるほど甘くないぜ? 絶対。 まず第一に、俺一人でいるところを誰かに見られたら、弁解しようがねぇっての! 死人と間違われて連れてかれるって。 どうする? 一体どうすれば…… 「もと来た道よりは、先に進むか」 俺は立ち上がると、当たりを見渡した。 確か、緋蓮の言ってた道順によると、次は"ろうかのはしまでかけぬける"だったな。 ここが外じゃなくてよかった。他の気配もしないことだし、歩いていくか。 長い廊下だよな。紅い絨毯の敷いてある。 紅い絨毯? そういえば、どこかでこんな絨毯見たよな。 お偉いさんとかの足下に必ずある、絨毯……あれも、紅かったな。 のんきに歩いていた俺だが、何かの気配がしたので立ち止まった。 こっちに近づいてくる……どっちだ? 後ろか? 横か? 俺は無意識のうちに、ポケットの中のカードを一枚取り出した。 慌てていたから、選ぶ暇はなかった。 そして、そのカードは…… 「え゛……月?」 大アルカナ第十八番目のカード"月" 2匹の狼が月を見上げ、その間にいる蠍も月を見上げている。 絵の大半を占める月には、女神とおぼしき横顔が写っている。 よりによって、これかよ。 月のカードは、相手を闇の底に落とす、幻を見せる……等、主に敵から逃れるときとかに使う。 いわゆる、一時的に危機状況を脱するだけで、決定打にはかなり欠けるカードなのだ。 この状況で、適切とは言えないカードだな。 それに闇の底に落とすのは、相手の属性によって変わってくるし。 下手すりゃぁ地獄の奴らにはこんなモノ効かない。多分、闇属性っぽいし。 ……選びなおしている暇は、ないな。 俺はカードを構え直すと、気配の方を向いた。 「くるならきやがれっ!」 先の角からわらわらと子鬼どもが集まってきていた。 サイズが俺より少し小さいから、子鬼と思っただけだが。 その数……20〜30。あれ全部相手にしろってのか? くっ、仕方がないな。 「魔力を秘めし、我がカード。今、月の女神の力をもって、敵の目を眩ませる闇となれ! 辺りは闇の世界へ帰り、生きる者を引きずりこめ! 闇界引抱布(おんかいいんほうふ)!!」 ブワリと広がる黒い霧。 それは布のように形を作ると、全ての子鬼を包み込んだ。 一時的目くらましの働きはどうにかなりそうだ。 ともかく、その場からさっさと逃げなければいけない。 カードをしまうと、俺は再び走り始めた。 だが月のカードの力は、やはり一時の気休めでしかなかった。 駆けつけた援軍によってその闇は簡単に振り払われてしまった。 やっぱ、予想通り闇系はきかないか。 それでも、俺が逃げる時間はありそうだ。 よし、さっさとずらかるぞ。 その時、走っていた俺の腰に激痛が走った。 先ほど痛めた、場所だ。くっ……忘れてたけど、俺怪我してたんだ。 走りたくとも痛すぎて、やばい追いつかれる。 「……くっそ……ぉ」 わらわらと、子鬼は足からはい上がってくる。 いや、ミニ鬼か? そんなんはどうでもいい。 まんまと捕まった俺は、そのまま後頭部を叩かれ気絶したのだった。 + + + 『……だ……ま……』 ……ん? 何だ? 『……た……う』 俺は左目をゆるゆると開けた。 どれくらい時間が経ったのだろうか? とりあえず、大親分の下へ引っ捕らえられたって所だろう。 気づかれないように視線を動かす。 どうやらここは、大広間のような場所らしい。 俺の横には数匹の鬼達がいた。それぞれ皆、頭を下げている。 てことは、その先には大親分がいるってことか? 百聞は一見に如かずてことで……俺は右目もうっすらと開け、鬼達の見ている方を見た。 初めに見えたのは、巨大な靴だ。 昔の中国風の靴なんだが、大きさがふつうじゃない。 となると、はいてる人物が相当でかい? 『一体どうするおつもりなんですか? 大王様!』 先程はハッキリ聞こえなかった声が、今はよく聞こえる。 やっぱり、頭が寝てたな。 ……まてよ。大王様? ここが地獄なんだから、そう呼ばれる人物って言ったら…… 閻魔大王?! げげっ……俺って今、大ピンチ状態? じゃぁ、今寝ている場合じゃないぞ! そう思った瞬間、悲しくも俺は起きあがってしまった。 起きあがってから思うに、俺ってかなり馬鹿だと思う。 周りの鬼達が、驚いた顔をしざわめきだした。 ま、当然の反応だ。ああ。畜生、どうにでもなれ。 大きな垂れ幕の向こうに閻魔大王はいた。 靴だけが、わずかに下からのぞけるような感じだ。 影から察するに、洋服も古代中国のお偉いさんがたの服に似ているようだった。 頭には皇帝のかぶる、四角い帽子のようなものに、じゃらじゃらと何かがたれ下がっている。 とりあえず、第一印象はでかい……につきる。 ま、なんでもいいか。 閻魔はいすにひじをつき、俺に話しかけてきた。 『ふむ、丁度よいわい。静まらんか、皆の者』 ざわついていた鬼達は、大王様の一喝によって静かになった。 大声だったわけじゃないけど、ダンディな感じの声は影響が凄いみたいだ。 『人の子よ……何故生きたまま此処にいた? 地獄の我が閻魔の城には、結界があり、常人には入れぬようになっておる。いかにして、入り込んだのじゃ?』 図体がでかい割には、声はさほど大きくない。 そうなると、俺って生きたまま閻魔にあった人類史上初めての人? いけね……どうしても、違う考えに走るな。 いわゆる現実逃避って奴だな、うん。 「どうやってと言われても、俺は連れに着いてきただけなんだ!」 立ち上がろうとしたが、それは無理だった。 何かに引っかかりストンと、座り込む。 縄で縛られてるみたいだ。腰の痛みは引いたようだが。 『連れ……じゃと? お主の他に、入り込んだ者がおると?』 「ああ、簡単に言えばそうだな。俺はそいつを捜してただけだよ。はぐれたみてぇだし」 閻魔はしばらく黙っていた。 周りの鬼達はというと、俺のことを阻害するような目つきで見ている。 俺はあまり自由にはならない手を、手前のポケットに突っ込んだ。 てか、鬼達。普通は後ろ手に縛るもんだぞ、これ。 入れたとたんすぐに四角いケースが手に当たった。どうやら、カードは無事なようだ。 まぁ、俺以外が開けようとすれば、なんかしらの影響がでるようにしてあるしな。 ほっと息をつくと、俺は再び閻魔を見上げた。 「で、そいつを見なかったか? 赤い髪を、ポニーテールにしたやつなんだが」 その時、閻魔の動きが止まった。 『人の子よ……その連れ……というのは、赤い髪の持ち主なのか?』 「ああ」 何だ? 明らかに閻魔は動揺している。 『もしやそやつの名、緋蓮ではあるまいな?』 ……すげぇ、緋蓮のやつ閻魔と知り合いなのか? いや、感心している暇はないな。 「そ……」 俺が答えようとしたとき…… 「ひやっほ〜! ひ〜れんちゃん、と〜じょ〜!」 どこからともなく、例の甲高い声が響いてきた。 『あ……あの……声は』 ん? んん?! 『嫌じゃぁぁ! 奴が、奴が現れたぁぁぁっ!』 ガタンといすから立ち上がり、閻魔が慌てだした。 ちょっと待てー! さっきまでの、ダンディなおじさま風はどうなったっ! それと共に、控えていた鬼達が、慌てて垂れ幕の中に入っていく。 てか、その大きさで暴れたら、此処崩れるっ! ……いや、それはないか。ここ、閻魔の城だし。 「やっほ〜だいおー! ひさびさ〜!」 緋蓮はうれしそうに尻尾を振り、俺の上を飛び越えた。 おい、オイオイおいおいっ。 「緋蓮、何処行ってたんだっ! お前」 緋蓮は何でそんなことを聞くんだ? と言いたげな顔で振り向いた。 「んお? あれ、しょ〜ねん。なんでしばられているんだい? たしか、ずっとついてきたよね?」 お前、気づいてなかったな、俺とはぐれたことに。 俺はさりげなく緋蓮から目線をはずした。 もう、こいつの言い訳聞いてもしかたないや、と。 「……いや。さっき捕まって、此処に連れてこられた」 「たいへんだったねぇ。それは」 思いっきり人ごとだな。ま、いいか。 緋蓮は再び垂れ幕の方を向くと、楽しげに叫んだ。 「さてと、だいおー! あそびたいけど、とりあえずしょ〜ねんは、はなしてよぉ。でないと、あばれちゃうぞ!」 『わかった。わかったから、やめてくれぇ! 暴れるのはっ』 頭を抱え、ブルブルと震えるさまは、とても小さく見える。 ……閻魔大王、形無しだな。一体何があったんだ? 緋蓮が此処で大暴れしたことは目に見えているんだが、それぐらいで閻魔大王が参るとも思わない。 相当な被害にあったんだな、閻魔自身が。俺も気をつけておこう。 さり気なく、水菜の言っていた"気をつけて"の意味が分かった気がした。 「さ、しょ〜ねん。だいおーにもあったし、いこっか」 この状況ほっていこうってか? ま、俺には関係ないし、いっか。 最近、こればっかしか言ってねぇ気がする。うん。 「ああ、行くのはいいがこれをほどいてくれ」 未だ縛られている状況で、どうやって連れて行くつもりだったのか。 緋蓮はしげしげと俺を縛っている縄を見つめた。 「……いっとうりょうだん?」 「それはやめろ」 ……なんか、嫌な予感がしたので、即答しといた。 俺の体までまっぷたつになりそうだし。 「うにー……それじゃ、むり」 「……おい」 「てことで、ひきずってこ〜! いたいかもしれないけど、がまんしてねぇ〜!」 まて、ほどけないって、どういうことだ? まぁ、普通に考えれば、ただの縄じゃない……と。 で、引きずっていくだと? しかも、痛いかもしれないけどと言う、予告付き。 結局俺は、ついてないってことかよ。 「……最悪だな」 つぶやいた俺の言葉は緋蓮に届いていなかった。 すぐそのあと緋蓮が俺の縄を持ち、走り出したからだ。 ま、走ってていつか切れることを祈るっきゃねぇな。 ……あ。それも痛いな。ま、いいや。 もう、何が起こっても驚かない……と思う。 「ひゃっほぉ〜!」 閻魔の城の中を巡る冒険は、まだ続くらしい。 入ったからには出るまであるしな。さっさと抜けてくれねぇかなぁ……。 とりあえず、引きずられていることを忘れるため、色々考えつつ行こうと決める俺だった。 back top next |
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