その8

 風に飛ばされて数分。
 まぁ、俺にとっては何時間も過ぎたような感じだけど、多分数分。
 ていうか、そう思いたい。
「お〜! みえたよ。だいおーのしろ」
 そう言って、緋蓮は満面の笑みになる。
 見えたって言うけどなぁ……俺には空気の渦の所為でなんにも見えねぇんだよ!
 せめて、着地点までの距離さえつかめればなぁ。
「緋蓮。あと、どれくらいだ?」
「ん〜……しらない」
 だろうな。さてと、マジでどうするかな。
 この状態じゃ、カードはやっぱり使えないし。
 う〜む。
 結局、安全策を生み出すことはできなかったからな。
「い〜ち」
 ……ん?
「に〜い」
 んん? 何を、数えているんだ? 緋蓮。
「の〜……さ〜ん!」
 どうやら、着地の合図だったらしい。
 ちょっと待て、いくらなんでも、急すぎだぁ!
 緋蓮は、一回転で綺麗に着地。10.0。
 ここが体育系の大会なら、客からは拍手喝采間違いなし。
 で、俺はというと……
 今時漫画でしかでないような、効果音と共にそのまんま落っこちた。
「いてて……あ゛―腰打ったかも」
 俺が落ちた場所は、地面とか部屋の床の上ではなく、屋根の上だった。
 瓦だよなぁ。紅い瓦。
 現実世界――人間界とかで見る赤ではなく、血の色じみた……しかし、どす黒いとも言い切れない紅だった。
「けがしてない? しょ〜ねん」
 もう一個の赤、緋蓮の髪が視界の端に映った。
 いや、さっきハッキリと、腰打ったかもといったぞ、俺。
 腰は大事だぞ。後で色々と困るんだ。
 ……いや、俺男だし関係ねぇーか。なんなんだ? この知識。
「まぁ、大してはな。しかし、ここは」
「やねのうえだよ」
「そりゃ、見れば分かるって。で、どうやって中にはいるつもりなんだ?」
 いくら何でも、こう丈夫そうな瓦を壊していくわけにもいかねぇからな。
 立ち上がって、辺りを見てみたけど、広っ。
 ここ、ホントに屋根の上か?
「あ、しょ〜ねん。そこ、あぶない」
 ……は?
 その場を歩いていた俺の足下が、急になくなった。
 いや、なくなった訳じゃない、瓦屋根に穴が空いていたんだ。
 お、落ちる!
「う、うわぁぁぁぁっ!」
 くっ、今度こそ着地だけは、と思ったが、どうにも腰がっ。
 やっぱり、さっき打ってたっぽい。くっそぉ……
 腰が不安定じゃ、足での着地は無理か。手をついて、反転するしかないな。
 最近、アクロバティックなことやってねぇし、心配だけど。
「あ〜……だから、いったのにぃ。ひ〜れんちゃんが、まえにあけたあななんだよぉ、そこ」
 緋蓮の声が、上からかすかに聞こえた。
 そういうことは、早く言ってくれ。でないと、俺の身が持たない。
 目測、あと二メートル強。
「よっと……と」
 両手をついて反転してっと……今度は着地成功だな。
 俺は立ち上がろうとしたが、まだ腰が痛むのでその場に座り込んだままだった。
 ハタから見ると、すっげー間抜けだな。こりゃ。
「だ〜いじょ〜ぶ〜?」
 緋蓮は俺の後を追ってか降りてきた。
 二回転にひねりを一つ……おおー曲芸みたいだ。
 さすが、猫。そういうのは得意なんだな。
「まぁ、なんとかな。それより此処は?」
「ん? ここ? たぶん、だいおーのへやだとおもうんだけど……ちょっと、ちがったみたい」
 ……へ?
 この部屋は無駄に天井が高くて、でもって、無駄に広いけど。
 どう、違うんだ?
「んとねぇ。えっけんのま……だったかな?」
 謁見の間だとっ?!
 ちょっと待て、そういうのって偉いやつとかが、客と会う部屋ってわけで……となると、"だいおー"の正体ってのも、偉い人物になるわけで…
「よし。さがしにいこう! しょ〜ねん、ついてくるかい?」
「あ、ああ」
 嫌な予感と、不安は限りなくあるんだが……やはり、動いて忘れるのが一番だな。
 それに、俺一人置いて行かれた場合、後々が厄介になることこの上ない。
 緋蓮は俺の腕を引き、起こしてくれた。
 で、一時的だろうけど俺はこの時、腰の痛みをすっかり忘れていた。
 これが、後々で少し事件を引き起こすきっかけとなってしまうんだよな。
「えっけんのまからでて、みぎにいって、つきあたりをとおりぬける。それから……」
 緋蓮の説明しだした道は、明らかに道といえるモノではない。
 それ以降は聞きたくもないので、右耳から左耳にしておいた。
 第一に、壁をどうやって通り抜ける?
 ま、この疑問はその場に着いたとたん解明される。
 何故って、壁には亜空間への扉のようなモノがたて5mほどの大きさでそびえ立っていた。
 壁抜けとか、そういう部類ではない。
 通り抜けるという言葉が、果たして正しいかは疑問だが……あきらかに、異空間へ飛びそこからまた別空間へという感じだった。
 勘弁してくれよ……と思いつつ、俺は緋蓮についていった。







 小一時間ほどたった頃、不意に緋蓮は立ち止まった。
 越えた空間数知れず。何だってあんなたくさんあるんだか。
 時には地獄の中も通った。
 イイ体験だよ……世界中で俺一人だろうよ、生きたまま本物の地獄を体験したやつなんて。
 ある意味で、日本人の想像は正しかったと思う。
 それとも、俺が日本人だからそう見えたのかもしれない。
 まぁ、世界中には生き地獄みたいな場所もあるがな。
 それにしても、一休憩か? 俺的には走り通しだったし、助かるんだが。
 息を大きく吐き出して、ようやく顔を上げた。
「おい、緋蓮。次は……って、あれ?」
 俺の前から、緋蓮の姿は忽然と消え去っていた。
 つい先ほどまで気配があったとおもったが……まさか、はぐれた?
 わっ、そうだとしたら、最低最悪じゃねぇか!
 こんな場所、一人で生きてでられるほど甘くないぜ? 絶対。
 まず第一に、俺一人でいるところを誰かに見られたら、弁解しようがねぇっての!
 死人と間違われて連れてかれるって。
 どうする? 一体どうすれば……
「もと来た道よりは、先に進むか」
 俺は立ち上がると、当たりを見渡した。
 確か、緋蓮の言ってた道順によると、次は"ろうかのはしまでかけぬける"だったな。
 ここが外じゃなくてよかった。他の気配もしないことだし、歩いていくか。
 長い廊下だよな。紅い絨毯の敷いてある。
 紅い絨毯? そういえば、どこかでこんな絨毯見たよな。
 お偉いさんとかの足下に必ずある、絨毯……あれも、紅かったな。

 のんきに歩いていた俺だが、何かの気配がしたので立ち止まった。
 こっちに近づいてくる……どっちだ? 後ろか? 横か?
 俺は無意識のうちに、ポケットの中のカードを一枚取り出した。
 慌てていたから、選ぶ暇はなかった。
 そして、そのカードは……
「え゛……月?」
 大アルカナ第十八番目のカード"月"
 2匹の狼が月を見上げ、その間にいる蠍も月を見上げている。
 絵の大半を占める月には、女神とおぼしき横顔が写っている。
 よりによって、これかよ。
 月のカードは、相手を闇の底に落とす、幻を見せる……等、主に敵から逃れるときとかに使う。
 いわゆる、一時的に危機状況を脱するだけで、決定打にはかなり欠けるカードなのだ。
 この状況で、適切とは言えないカードだな。
 それに闇の底に落とすのは、相手の属性によって変わってくるし。
 下手すりゃぁ地獄の奴らにはこんなモノ効かない。多分、闇属性っぽいし。
 ……選びなおしている暇は、ないな。
 俺はカードを構え直すと、気配の方を向いた。
「くるならきやがれっ!」
 先の角からわらわらと子鬼どもが集まってきていた。
 サイズが俺より少し小さいから、子鬼と思っただけだが。
 その数……20〜30。あれ全部相手にしろってのか?
 くっ、仕方がないな。
「魔力を秘めし、我がカード。今、月の女神の力をもって、敵の目を眩ませる闇となれ! 辺りは闇の世界へ帰り、生きる者を引きずりこめ! 闇界引抱布(おんかいいんほうふ)!!」
 ブワリと広がる黒い霧。
 それは布のように形を作ると、全ての子鬼を包み込んだ。
 一時的目くらましの働きはどうにかなりそうだ。
 ともかく、その場からさっさと逃げなければいけない。
 カードをしまうと、俺は再び走り始めた。
 だが月のカードの力は、やはり一時の気休めでしかなかった。

 駆けつけた援軍によってその闇は簡単に振り払われてしまった。
 やっぱ、予想通り闇系はきかないか。
 それでも、俺が逃げる時間はありそうだ。
 よし、さっさとずらかるぞ。
 その時、走っていた俺の腰に激痛が走った。
 先ほど痛めた、場所だ。くっ……忘れてたけど、俺怪我してたんだ。
 走りたくとも痛すぎて、やばい追いつかれる。
「……くっそ……ぉ」
 わらわらと、子鬼は足からはい上がってくる。
 いや、ミニ鬼か? そんなんはどうでもいい。
 まんまと捕まった俺は、そのまま後頭部を叩かれ気絶したのだった。









 + + +









『……だ……ま……』
 ……ん? 何だ?
『……た……う』
 俺は左目をゆるゆると開けた。
 どれくらい時間が経ったのだろうか? とりあえず、大親分の下へ引っ捕らえられたって所だろう。
 気づかれないように視線を動かす。
 どうやらここは、大広間のような場所らしい。
 俺の横には数匹の鬼達がいた。それぞれ皆、頭を下げている。
 てことは、その先には大親分がいるってことか?
 百聞は一見に如かずてことで……俺は右目もうっすらと開け、鬼達の見ている方を見た。
 初めに見えたのは、巨大な靴だ。
 昔の中国風の靴なんだが、大きさがふつうじゃない。
 となると、はいてる人物が相当でかい?
『一体どうするおつもりなんですか? 大王様!』
 先程はハッキリ聞こえなかった声が、今はよく聞こえる。
 やっぱり、頭が寝てたな。
 ……まてよ。大王様? ここが地獄なんだから、そう呼ばれる人物って言ったら……
 閻魔大王?!
 げげっ……俺って今、大ピンチ状態?
 じゃぁ、今寝ている場合じゃないぞ!
 そう思った瞬間、悲しくも俺は起きあがってしまった。
 起きあがってから思うに、俺ってかなり馬鹿だと思う。
 周りの鬼達が、驚いた顔をしざわめきだした。
 ま、当然の反応だ。ああ。畜生、どうにでもなれ。
 大きな垂れ幕の向こうに閻魔大王はいた。
 靴だけが、わずかに下からのぞけるような感じだ。
 影から察するに、洋服も古代中国のお偉いさんがたの服に似ているようだった。
 頭には皇帝のかぶる、四角い帽子のようなものに、じゃらじゃらと何かがたれ下がっている。
 とりあえず、第一印象はでかい……につきる。
 ま、なんでもいいか。
 閻魔はいすにひじをつき、俺に話しかけてきた。
『ふむ、丁度よいわい。静まらんか、皆の者』
 ざわついていた鬼達は、大王様の一喝によって静かになった。
 大声だったわけじゃないけど、ダンディな感じの声は影響が凄いみたいだ。
『人の子よ……何故生きたまま此処にいた? 地獄の我が閻魔の城には、結界があり、常人には入れぬようになっておる。いかにして、入り込んだのじゃ?』
 図体がでかい割には、声はさほど大きくない。
 そうなると、俺って生きたまま閻魔にあった人類史上初めての人?
 いけね……どうしても、違う考えに走るな。
 いわゆる現実逃避って奴だな、うん。
「どうやってと言われても、俺は連れに着いてきただけなんだ!」
 立ち上がろうとしたが、それは無理だった。
 何かに引っかかりストンと、座り込む。
 縄で縛られてるみたいだ。腰の痛みは引いたようだが。
『連れ……じゃと? お主の他に、入り込んだ者がおると?』
「ああ、簡単に言えばそうだな。俺はそいつを捜してただけだよ。はぐれたみてぇだし」
 閻魔はしばらく黙っていた。
 周りの鬼達はというと、俺のことを阻害するような目つきで見ている。
 俺はあまり自由にはならない手を、手前のポケットに突っ込んだ。
 てか、鬼達。普通は後ろ手に縛るもんだぞ、これ。
 入れたとたんすぐに四角いケースが手に当たった。どうやら、カードは無事なようだ。
 まぁ、俺以外が開けようとすれば、なんかしらの影響がでるようにしてあるしな。
 ほっと息をつくと、俺は再び閻魔を見上げた。
「で、そいつを見なかったか? 赤い髪を、ポニーテールにしたやつなんだが」
 その時、閻魔の動きが止まった。
『人の子よ……その連れ……というのは、赤い髪の持ち主なのか?』
「ああ」
 何だ? 明らかに閻魔は動揺している。
『もしやそやつの名、緋蓮ではあるまいな?』
 ……すげぇ、緋蓮のやつ閻魔と知り合いなのか?
 いや、感心している暇はないな。
「そ……」
 俺が答えようとしたとき……
「ひやっほ〜! ひ〜れんちゃん、と〜じょ〜!」
 どこからともなく、例の甲高い声が響いてきた。
『あ……あの……声は』
 ん? んん?!
『嫌じゃぁぁ! 奴が、奴が現れたぁぁぁっ!』
 ガタンといすから立ち上がり、閻魔が慌てだした。
 ちょっと待てー! さっきまでの、ダンディなおじさま風はどうなったっ!
 それと共に、控えていた鬼達が、慌てて垂れ幕の中に入っていく。
 てか、その大きさで暴れたら、此処崩れるっ!
 ……いや、それはないか。ここ、閻魔の城だし。
「やっほ〜だいおー! ひさびさ〜!」
 緋蓮はうれしそうに尻尾を振り、俺の上を飛び越えた。
 おい、オイオイおいおいっ。
「緋蓮、何処行ってたんだっ! お前」
 緋蓮は何でそんなことを聞くんだ? と言いたげな顔で振り向いた。
「んお? あれ、しょ〜ねん。なんでしばられているんだい? たしか、ずっとついてきたよね?」
 お前、気づいてなかったな、俺とはぐれたことに。
 俺はさりげなく緋蓮から目線をはずした。
 もう、こいつの言い訳聞いてもしかたないや、と。
「……いや。さっき捕まって、此処に連れてこられた」
「たいへんだったねぇ。それは」
 思いっきり人ごとだな。ま、いいか。
 緋蓮は再び垂れ幕の方を向くと、楽しげに叫んだ。
「さてと、だいおー! あそびたいけど、とりあえずしょ〜ねんは、はなしてよぉ。でないと、あばれちゃうぞ!」
『わかった。わかったから、やめてくれぇ! 暴れるのはっ』
 頭を抱え、ブルブルと震えるさまは、とても小さく見える。
 ……閻魔大王、形無しだな。一体何があったんだ?
 緋蓮が此処で大暴れしたことは目に見えているんだが、それぐらいで閻魔大王が参るとも思わない。
 相当な被害にあったんだな、閻魔自身が。俺も気をつけておこう。
 さり気なく、水菜の言っていた"気をつけて"の意味が分かった気がした。
「さ、しょ〜ねん。だいおーにもあったし、いこっか」
 この状況ほっていこうってか?
 ま、俺には関係ないし、いっか。
 最近、こればっかしか言ってねぇ気がする。うん。
「ああ、行くのはいいがこれをほどいてくれ」
 未だ縛られている状況で、どうやって連れて行くつもりだったのか。
 緋蓮はしげしげと俺を縛っている縄を見つめた。
「……いっとうりょうだん?」
「それはやめろ」
 ……なんか、嫌な予感がしたので、即答しといた。
 俺の体までまっぷたつになりそうだし。
「うにー……それじゃ、むり」
「……おい」
「てことで、ひきずってこ〜! いたいかもしれないけど、がまんしてねぇ〜!」
 まて、ほどけないって、どういうことだ?
 まぁ、普通に考えれば、ただの縄じゃない……と。
 で、引きずっていくだと? しかも、痛いかもしれないけどと言う、予告付き。
 結局俺は、ついてないってことかよ。
「……最悪だな」
 つぶやいた俺の言葉は緋蓮に届いていなかった。
 すぐそのあと緋蓮が俺の縄を持ち、走り出したからだ。
 ま、走ってていつか切れることを祈るっきゃねぇな。
 ……あ。それも痛いな。ま、いいや。
 もう、何が起こっても驚かない……と思う。
「ひゃっほぉ〜!」
 閻魔の城の中を巡る冒険は、まだ続くらしい。
 入ったからには出るまであるしな。さっさと抜けてくれねぇかなぁ……。
 とりあえず、引きずられていることを忘れるため、色々考えつつ行こうと決める俺だった。


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