その7

 火山地帯――別名を炎上地。
 日に何度も、色々な場所から炎の柱が上がることから、付けられた名前といわれている。
 おそらく、俺の想像からすると、釜ゆで地獄とかがありそうな気がした。
 魔界に地獄があるという話は聞いたことがないが、どうせ地獄も異界なわけだし、魔界にあってもおかしくないだろう。
 ……
 ………
 …………それにしても
 暑い!
 俺が冬だったから長袖を着ている所為でもあるが、とにかく暑い。
 予想はしてたけどさ…加減くらいして欲しいぜ、まったく。
 って、火山に文句を言ってもしょうがないか。
 だが……
「水菜、生きてるか? お前」
「ほろ〜……多分」
 先程、突然俺達の歩いていた真横で炎が吹き出した。
 で、文字通りその飛び火を水菜が少々浴びてしまった。
 洋服ならまだ良い方だったのだろうが、もろに生身の部分だったからな。
 生身っつーか……尻尾だし、な。
 毛が焼けて見えたときは、どうしようかと思ったけど。
 まあ実際、一部毛が焦げてるけど。
 オレンジのきれいな毛並みの中に、ポッカリと茶色い小さな丸。
 その……なんだ? 十円ハゲ……っぽい。
 そのうち、思い出し笑いしそうだ。
 水菜に言ったら、絶対気にするだろうなぁと、思いつつ目をそちらに向けると、案の定、また尻尾を見ていた。
「み、水菜?」
「う〜……何でもない。それよりも、フェブレクアを捜そうか」
 あんなに嫌がっていたフェブレクア探しをしようと言うのは、紛らわしたい一心から来るのか?
 ま……俺には、どっちでも良いことか。
「フェカロトみてぇに、連れてくることは、できな」
 いのか? と尋ねようとして、俺はやめた。
 水菜がこんな状態でできるはずないじゃん! と言いたげな視線を、俺に向けたからだ。
 ……確かに、正論だし。
「まぁ、とりあえず炎が来ない場所に移動しようぜ、せめて」
「わかった」
 というか、この提案……俺のためじゃなく、水菜のためなんだけど
 俺より死にそうな顔してるぜ? まったく。
 とりあえず、比較的暑くない場所に移動した俺らは、その場にしゃがんだ。
 座りたいが、万が一のことを考えて、だ。
 俺は着てる服しかないからな。こいつらの服って、尻尾のための穴あいてるし、借りるわけにもいかねぇもん。
「大丈夫か?」
「うん。尻尾は、2・3日で治るよ」
 いや、俺が聞いたのは、気分の事なんだが。
 ま、いっか。
「で、どうするんだ? ここで、呼ぶのか?」
「ん〜……そうしようかと思ったけど、向こうからやっぱり来たよ」
 と、水菜は言うが、どこにも大きな影はない。
 俺が迷っていると、水菜が首根っこを掴んできた。
「何処見てるのさ、ほら、足元!」
 足元?
 え〜っと……
 俺が下を向くと、クリーム色の何かが動いた。
「ん?」
"クキュゥ"
 ち、小せぇ。
 例えるならば、兎くらいの大きさだ。
 先にフェカロトを見ていた分、予想が外れた。
 俺が持ち上げると、そいつは口をすぼめた。
「ああっ……ダメだよ、フェブレクア! 少年は敵じゃないって!」
 水菜が慌ててそいつを抱え込んだ。
 フェブレクアは俺と水菜を交互に見た。
 少々、疑っているようだ。
 そういやぁ、こいつは黒炎を吐くんだっけか。
 普通の炎より、怖いだろうな。
 水菜の腕の中で大人しくしていることを確認すると、俺はフェブレクアの姿をよーく見た。
 額に赤い十字をつけ、少々長い耳の先は紅。目の色は真っ黒だ。
 それから……前足の先も赤くなっている。
 後ろ足は前足と同じようになっていないかわりに、三本ずつ鋭い爪が生えている。
 尾は体長よりも長いうえに、先は箒のように幾重にもなっている。
 で、不思議な点と言えば、翼が生えているのは良いんだが……浮いてる。
 フェカロトみたいに生えているならば、わかる。
 だが、確かに浮いているんだ、俺の目の前で。
「水菜。こいつが、誰を呼ぶんだ?」
「この子じゃなくて親の方がだよ。気をつけてとしか言えない。振り回される可能性大だから……ね」
 水菜は何故か遠くを見ている。
 よくわかんねぇな。何が言いたいかも、何が起きるかも。
「こいつは子供なんだな?」
 俺が触れても、フェブレクアは嫌がらなかった。
 さっき疑ったのは何だったんだ?
「うん。どうする? 親呼んじゃう?」
「どうするって呼ぶしかないんじゃねぇの? もしかして、呼びたくないとか?」
「まぁね。できればの話。私だって、あいつと交代はしたくないから」
 ……交代?
 どういうことだ? だって、さっきは親が呼ぶとか何とか。
「いいよ、どうなっても知らないからね。錫杖!」
 水菜はいつもだす、青系で統一された錫杖を繰り出した。
 リンッという音が、静かに響く。
 そして、俺にフェブレクアを渡すと、錫杖を地面に突き立てた。
「炎上地に住みし、黒炎を操る生き物 その名をフェブレクア。我が呼びかけに答え、此処に姿を現さん!」
 水菜の錫杖を中心に、光の輪が現れた。
「召喚!」
 光の玉が生まれ、そこから大きいフェブレクアが出てきた。
 なんてことはない、さっきの子供をそのまんま大きくしただけ。
 大きいと言っても、フェカロトほどではなく、大体水菜と同じくらいの大きさだ。
「久しぶり、フェブレクア」
"おや。水菜が私を呼んだのは久しぶりだな"
 しゃ……喋った?!
 驚く俺を見つけたフェブレクアは失礼な! と言うように、睨んできた。
"喋っているわけではない、お前達の頭に直接語りかけているだけさ。少し機転はきかないのか? 人の子よ"
 ああ、テレパシーか。
 ビックリした。
 ……別に喋っても、もうおどろかねぇけどよ。どうしてもフェブレクアと比べちまうんだよ。
「フェブレクア……もしかしなくても、緋蓮(ひれん)の方が良い?」
"よくわかっているじゃないか。まぁ、お前も私は好きなのだがな。故に力を貸す。だが、一番はあの子だよ"
 相変わらず、話が見えないな。
 水菜は錫杖を消すと、フェブレクアを撫でた。
「まったく。破天荒なとこが好きなの?」
 呆れる水菜は、苦笑いを浮かべた。
"そうだな。あとは……突然見せる極悪非道な所とかな"
 フェブレクアが微笑んだように見えた。
 ……破天荒? 極悪非道? 一体、どういうやつなんだ?
 俺は、嫌な予感がしてたまらないんだが。
「ま、いっか。少年、後は任せたよ」
「何を任せるんだよ!」
「これから出てくる、緋蓮のこと。ああ、君のことは教えてあるから。じゃ、頑張ってね!」
 そういうと、水菜の周りに炎が集まりだした。
 しばらくすると、水菜の姿は炎の壁の向こうに消えた。
「あれ……暑くないのか?」
"暑くはない。緋蓮と交代するには水菜が眠らなければならないからな。緋蓮の司る力は炎が大本故に、ああなるのさ"
 やっぱり交代なんだな。
 まてよ、てことは緋蓮って……
"その通りだ、人の子よ"
 俺は一瞬驚いた。
 自分の考えを見透かされたからだ。
 あでも……テレパシーを使える奴が、人の心を読もうと思えば、できるのかも。
 それに、俺が考えたのは一般論だろうし。
"考え事か? それならば、後にするぞ?"
 フェブレクアは目を伏せようとした。
「いや、今言ってくれ。そのほうが、すっきりする」
"予想通り、緋蓮は水菜の中に眠る副人格。だが、普通の二重人格と違い水菜と酷似した己の姿も持っている。それ故にあのような人格交代をせざるを得ないのだ"
 難しいぞ、なんか。
"やはり、難しいか? 人の子よ"
 う……見抜かれてる。しかも、笑われた気がする。
"私とて、そのことに気付くまで5年程かかったのだよ。私に会いに来るのは必ず緋蓮だったからな。まぁ、今は慣れた。それに、子供の相手もしてくれる"
 俺は腕に子供を抱いたままだったことに、今気付いた。
 よく見てみると、ぐっすり眠っていた。
 こう見ると小動物と同じだな。魔物の子供なんて。
"人の子よ、お前はどうやら緋蓮や水菜に近いようだな。我が子が此処まで大人しくするとは……お主にも、友情の証を渡そう"
 そう言ってフェブレクアは翼から一枚羽を抜いた。
 器用だな。首を回したうえに、翼を広げてそっから引っこ抜いてる。
 その羽を口から放すと、口から黒炎を吐いた。
 全てを焼き尽くす黒炎なんかに触れたら、羽は燃えると思ったが、それは違った。
 黒炎を吐く生き物の、体の物なんだから、燃えるはずはないか。
 そして、不思議なことに羽は黒炎を吸い込み、色を変えた。
 純白の羽が光に当たるとキラキラと虹色に見える、漆黒の羽になった。
"黒炎に焼かれた、私の羽だ。これをお主に渡しておこう"
「サンキュ。フェブレクア」
 左腕で子供を支え、右手で受け取った。
"これは炎の威力を増す力と魔物の炎から身を守る力を持っている。しかし、人の子であるお主に、このような物が、必要かどうか"
「いや、十分使えるさ。俺は多分……退治屋だろうから」
 多分というか、確実に……かな。
 こういう不可思議生物相手に、何かをやっていたことは間違いない。
 フェブレクアは少々驚いた顔をしていた。
 だが、俺が平気でいることにむしろ納得したようだった。
 丁度その時、水菜の消えた方から声がしてきた。
 なんというか……少々音程の高いはしゃぎ声のようだ。
 まぁ水菜の地声が気持ち低めだった所為もあるが。
「ひゃっほぉ〜! フェブレクア〜ひさしぶり〜!」
 スキップでは出ないハズであろう、跳躍力を見せて、その人物は俺の前におり立った。
 早い……というか、怖っ。
"久しぶりだな、緋蓮。お主も変わらないな"
「かわるはずないよ〜! ひ〜れんちゃんは、ひ〜れんちゃんだもん!」
 姿は確かに水菜を元にしている。
 ポニーテールはかわらないし、洋服も変わっていない。
 耳の色も大きさも、尻尾の長さも分け目の位置も変わっていない。
 だが、気持ち身長は水菜より低めだし、髪の毛の色はオレンジではなく赤。
 それに、あちらこちらピンピンとはねている。
 目の色も変わっていないが、気持ち垂れ目だ。
「お〜……? きみが水菜のいってた、しょ〜ねん?」
「あ、ああ」
 突然下から覗き込まれ、俺は少し引いた。
 小さい子供が、興味を示した時のような反応だ。
 つまりは、純真無垢?
「ふ〜む。ひ〜れんちゃんのコト、きいてる?」
「……いや」
「う〜……ひ〜れんちゃんは、せつめいするのが、きらいなのにぃ〜」
 なんだろ、ノリが――流される?
 というか、小さい子供だ。自分の意志だけを真っ直ぐに出す、子供。
 えっと……。
「説明は良いよ。自己紹介さえしてくれれば」
「じ〜こ〜しょ〜お〜か〜い〜?」
 もの凄く不機嫌そうな返事が返ってきた。
 うわっ……もしかして俺、墓穴掘ったか?
 頷くしか、できなかった。
「フェブレクア〜……ヘルプぅ」
 緋蓮はフェブレクアの横に逃げてしまった。
 やっぱ、子供だ。
 困ると大きな物に隠れる。
"了承した。人の子よ、先程言ったこと以外に何を聞きたいのだ?"
 ……俺にどうしろと?
「いや、緋蓮はどういう時に外に出てくるのか、とか思っただけだよ」
 フェブレクアは目を細めた。
"少々難しい問題だな。緋蓮は水菜のひるんだ隙とかに、外にでてくるのだよ。それ以外に、水菜が望んでかわることもある。ま、どちらにしろ水菜しだいということだな"
 成る程。わかりやすいというか何というか。
 まぁ、主人格と副人格の差はその辺だろう。
 二重人格と違って、全部水菜がコントロールできるのか。
「そ〜なの。ひ〜れんちゃんは、すきなときにあそびたいのにぃ」
"しかし緋蓮。お主はかわると当分の間占領しているのではないのか? その体を"
 フェブレクアは緋蓮を見下ろした。
「そ〜かなぁ……きがすんだら、かえすよぉ。ちゃんと」
 ……え゛?
"聞き及んだ噂によると、数週間はお主の目撃情報が耐えなかった時があるぞ?"
「ん〜……きのせいだよぉ。ひ〜れんちゃんは」
 考え込む緋蓮は、明らかに怪しかった。
 それは、認めたんじゃないのか? 自分だと。
「……で、話を聞いてる限りでは、当分緋蓮のままってことか?」
「うん! ず〜っと、ひ〜れんちゃんなの」
 うわぁ……。こいつ、思ったより食えないかも。
 満面の笑みだぞ。そうなると俺の旅……のようなやつはどうなるんだ?
「楽しそうだな、緋蓮」
「そりゃぁ、もちのろん!」
"ふむ。では、若い者同士、楽しむといい。私はそろそろ帰るよ"
 フェブレクア、それはないだろ。
 この状況でこいつと二人っきりにしないでくれ。
 心の中で半泣きになりかけた、俺の思ったことを察したのか、フェブレクアが微かに笑った。
"人の子よ、我が子を渡してもらえるか?"
「あ、ああ」
 俺は腕の中で眠る子供を、そっとフェブレクアの背にのせた。
 少々恨めしい目線を送りつつだ。
 それに気付いてか気付かないでか、フェブレクアはすぐに去っていった。
「さぁって〜……あそびにいこうか!」
 ピョンとはねると、緋蓮は腕を伸ばした。
 思い立ったら即行動か?
「遊びにって、何処へ?」
「そ〜だなぁ……だいおーのとこいこっか」
 大王? ……閻魔大王? まさか、な。
 まぁ、どちらにしろ移動することには変わりないか。
「それはいいが、どうやって行くつもりだ?」
 愚問だったのか、緋蓮は凍りついた。
「うにゃ〜……ど〜しよう」
 これだからなぁ。さて、どうしたものか。
 思い立ったはいいが、最後まで考えていないのが小さい子供だ。
 俺に移動魔法は無理だし。水菜みたいに緋蓮が使えれば良いんだが……
「緋蓮、移動魔法はできないのか?」
「ほえ? ん〜……水菜みたいのは、できない」
 俺は思いっきり、その場でこけた。
 今一瞬、できるのかと思ったぞ。絶対に、フライングだって。
「じゃぁ、どうするんだよ!」
「おむかえを、よんでみるとか?」
 本当に小さい子なら、可愛いとも思えるんだろうがな、その首を傾げる仕草も。
 いかんせん、元があの水菜だと思うと……な。
 にしても人任せだな。いい加減というか、そういう所まで頭が回っていないと言うか。
 やっぱ、フェブレクアを帰すんじゃなかった。
 俺としたことが。
 いや、悔やんでも仕方ないな。立ち直りが大事だろうし、今更な。
 俺があれこれと考えているうちに、緋蓮は地面に何かを書いていた。
 ……なんだ?
 気付けばそれは俺の立ち位置を中心に半径大体2m程のものになっていた。
「緋蓮。何やってるんだ?」
 俺が恐る恐る尋ねると、緋蓮は楽しそうに跳ねた。
「もちろん、あなをつくってるの! 水菜みたいのはできないもん。これ、たいへんだったんだよぉ、じめんにかくの」
 パンパンと手を叩き土を落とすと、俺の横に緋蓮は立った。
 手が汚れている……この場所で普通、指使って描くか?!
 熱いだろうよ、ったく。
 ……ん?
「緋蓮、穴というと具体的には?」
「ほえ? えとねぇ……かいたもじがひかってぇ……あなができるの」
 最悪だ。水菜と同じ方法じゃねぇか。
 そのままあれだろ?
 暗闇の底へ真っ逆さまだろ?
「でもねぇ、そこまでは水菜と一緒だけど、そのあとはちがうんだよ」
 って……は?
 緋蓮は俺に構わず淡々と続ける。
「あなから、かぜがゴォーって、でてきてね、ばしょまでとばしてくれるの!」
 風が出てくる、だと? それって、突風ってことか?
 局地的竜巻みたいなもんか?
 けど、そうだとすると、着地点の予想なんかできないだろうし。
 ヤバイ。下手すると、打ち所悪くて怪我するぞ。
 いや、打ち所悪くて、おだぶつだな。
 そうこうしているうちに、足元は闇の穴へとかした。
 しまった……遅かったかっ!
 よく考えれば、こいつらの移動は普通じゃないんだから、期待しても無駄だったんだぁっ!
 あ゛〜俺としたことがぁっ!
「しょ〜ねん。ひ〜れんちゃんにつかまってるといいよ!」
 緋蓮は自信満々に胸を張った。
 言っちゃ悪いと思うが、頼りないぞ。
「しんぱい? だいじょ〜ぶ。ひ〜れんちゃんに、つかまってれば」
 いや……だから。
 有無をいわさず、緋蓮は俺の右腕を抱え込んだ。
 風はいきなり強風が吹くわけでなく、徐々に強くなっていった。
 そして…
 唸るような音を立て始めた。
「これ、ただの風とはいわねぇって!」
 俺の声は多分、至近距離の緋蓮にも聞こえていないだろう。
 局地的竜巻とは俺もよく言ったもんだ。
 強風というか、突風……いや持続するからやっぱり竜巻並だったからだ。
 冷静に判断してるが、こうしないと意識が飛びそうなんでな。
「にゃはは〜……しろまで、ゴーゴー!」
 不思議と緋蓮の声は俺に聞こえた。
 どういう仕組みだ? まぁ、いい。
 城、か。無事にたどり着けるんだろうか?
 ケースにしまったままのカードを今此処で出すわけにはいかない。
 風にさらわれてしまっては、元も子もないからだ。
 つまりは、着地は俺自身の体力でどうにかするしかない。
 運がいいことを願いつつ、抱えられた右手を支える緋蓮の手に、仕方なく俺は自分の左手を重ねたのだった。


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