その6

 赤土の上を歩きながら、俺は辺りを見回した。
 岩場だけじゃない、何というか……暗闇も近くに存在している。
 何かの影があるわけじゃなく、暗闇だけがそこにある……といった感じだ。
 まるで、何かがそこからでてきそうだ。
 やっぱり、奇妙な世界だな、魔界は。
「水菜、何で火山に直行しないんだ?」
 俺は前を向くと、横目で水菜に聞いた。
 そこで拾ったのか分からない小枝を、水菜は引きずりながら歩いていた。
「ん〜……なんて言うか、予感みたいのカナ」
「予感?」
「そう。火山に行くとフェブレクアがいるんだ」
 また知らない名前だな。
 妖怪?
「フェブレクア?」
「そ、フェブレクア。炎上地(えんじょうち)に住むと言われている、黒炎を吐く生き物だよ。あ、炎上地ってのは、火山地帯の別名。そいつが厄介なんだ。あいつを呼ぶし」
 炎上地……成る程、炎の上がる地だから炎上地か。なかなか良いネーミングだな。
 それにしても……
 あいつ?
 水菜が深刻そうな顔をしたので、俺にはあいつが何か聞けなかった。
 聞いてもいいんだが、嫌な予感がよぎったからな。
「とりあえず……厄介だから、後回しにした訳か」
「ま、そういうことだね」
 この時、俺も珍しく後ろの気配にすぐ気付かなかった。
 それだけ相手が巧妙に気配を隠していたとしか思えない。
 少なくとも、俺に落ち度は無かったはずだ……多分。
 これから水菜にとって最悪の時間になることを、誰も知らなかった。
「にしても、ホント……何でもありなんだな」
「ん? 何が?」
「魔界だよ。人間界と似ているかと思えば、さっきみたいなバビロンの空中庭園風の場所もあ……」
 その時、俺は背後から迫る気配を感じ左によけた。
 俺の右頬を何かがかすって飛んでいく。
 痛……何だ? 紙?
 って、水菜は?!
 俺が横を向こうとしたとき、横と後ろから同じ音が聞こえた。
 何かが小爆発したような音だ。
 漫画風にいうと、ボン。
 ボ、ボン?
 嫌な予感がした。
 何故水菜のいる場所からそんな音が聞こえるのか。
 とにかく見てみなきゃ始まらないわけで……
 ……げっ。
 水菜のいた場所には、小さなぬいぐるみが落ちていた。勿論水菜の形をした。
 後頭部に張り付いた何かは消えている。
 何が――いや、明らかにさっきの何かが影響している。
 ぬいぐるみを拾い俺が考え込んでいると、誰かが呼ぶ声が聞こえた。
「……い」
「ん?」
「おーい、水……悪い手元が狂ったかもしれね、え゛」
 ストンッ と、俺の前に現れた人物は、勿論今まで通り猫耳だった。
 っつーかでかっ。170後半……いや、180はあるな。身長。
 金髪でつんつんの短い髪。そでぐりが妙に避けている白い袖無し。
 ズボンは緑色で、水菜と同じく右側だけ膝までしかない。
 尻尾は……さけすぎ。ま、風樹に比べれば多くない、大して変わらないが。
 もしかすると、こいつが長男?
「もしかして、こいつに用があったとか?」
 俺は手に取ったぬいぐるみを指した。
「……遅かったか。っつーか、お前は誰だ?」
 誰だと聞かれて、なんて答えろと。
 お願いだから、勘で気付いてくれ。
「えっと……その……」
「人間……てことは、ああ、そういうことか」
 悪い悪い、と言ってそいつは俺の頭をクシャクシャッとかき回した。
 俺の方が背低いから反論できねぇっ。
 小さいガキじゃねぇんだからっ!
「先に自己紹介の方が良いか? オレは岐光(きこう)。分岐のきに光のこうだ。長男で2番目だな。歳……これも言うのか?」
 オレは無言で首を縦に振った。
「450だったとおもうぞ」
 うむ、これで穴は埋まった訳か。
 しっかし、風樹に岐光、卯海、林華に火月……5人も上がいるとは。
 苦労するな、水菜。
 まさか、まだいるとか?
 まぁ、今はそのことはおいといて、どうにか話を戻そう。
「水菜だったら、何故かぬいぐるみだぞ」
 俺は手元のぬいぐるみを指した。
「ああ、それなら分かってる。オレの手元が狂った所為で当たったんだよ、これが」
 岐光が指を立てると、符が現れた。
 符? 今まで何も持っていなかったよな。
「符術使い?」
「ああ。さっきまで、暗闇を移動するあいつを追いかけてたんだよ」
 岐光の指した先に、同じくぬいぐるみになっている何かがあった。
 変な黒い塊に見える。
 それは丁度、俺と水菜の背後に当たる場所だった。
 ……気付かなかったな、さっき。
 危ねぇとこだったのか。
「これ、どうしたら元に戻せるんだ?」
 さすがに、少々かわいそうに思えてきた、水菜が
「どうしたらって言われてもなぁ。オレには無理だ」
 ああそうか。無理か。
 ……
 ………
 …………って、ちょっと待てぇ!
「解決の方法はないのか?」
「ないことはない。だがオレには無理だ、ってことだ」
 頼りねぇな。
 でも、岐光に無理なら誰に頼めと?
「じゃぁどうすれば?」
「んなもん、決まってる!」
 お、策ありってか? 自信満々じゃんか。
「選択肢は三つだ」
 岐光は指を3本立てた。
 三つ? 随分あるなぁ。
 俺は、岐光の案に期待をかけた。
 だがそれは見事裏切られる。
「ほっとくか、お前さんがどーにかするか、海に頼むかだな」
 ダメじゃん。
 長男、ダメじゃん。
 とりあえず、一つ目は却下で、俺にもこういう術系は解けないから、二つ目も却下と。
 俺の場合、術解くついでに水菜を退治しかねないからな。
 てことは……
「海って?」
「んあ? 海は海だよ。オレの下の弟」
 卯海のことか。成る程、そう呼ぶわけだな。
「最後の選択肢しか、まともな物ナイじゃん」
「そう言うなよ。こういうのの後片づけは、基本的に海ってのがオレ達の中での暗黙の了解なんだ」
 暗黙の了解……大変だな、卯海も。
 後片づけって言うか、そういうの尻拭いと言うんじゃ?
 まぁそれはおいといて。
「それはいいとして、そうなると村の方にもどんないと」
「ああ、それなら大丈夫だ」
 岐光は先程のように符を出した。
 ただし、今回は親指と手のひらで挟んだ場所だった。しかも、大量に。
「オレ的には人を運ぶのが、気にくわんのだが。今回は特別だぞ」
「……ああ」
 睨まないで欲しいと、俺は思った。
 なんか、不良に絡まれている気分になる。
 背丈的にも、見てくれ的にも。
 でも、さすがに"そっちに原因があるだろ!"とは言えなかった。
「よし。じゃぁ、動くなよ」
 岐光は持っていた符を上下に二枚ずつ、四方に二枚ずつ振り分けた。
 丁度、俺達が八角形に組まれた符に囲まれる形だ。
 残りの符を両手に一枚ずつ持ち直すと、岐光は目を閉じた。
 符を持った人差し指と中指を、胸の前でクロスしている。
「地に住まいし、土地神に恩願い奉る。我らをこの結界ごと、速急に次元の狭間 猫又族の村まで送り届けることを、願う。我は猫又族長老が長男、岐光也!」
 水菜と違って、随分慎重だな――と、俺は思ったがそれは多分違う。
 俺がいるから、わざわざ慎重に運んだんだろう。
 たぶん、岐光一人ならば先程の符で、土地神に願うことなく移動できるはずだ。
 まてよ? となると、水菜のやり方は?
 土地神もまったく無視できるわけだし、何より異次元の穴をただ開ければいい――成る程。
 一番、楽な方法ってわけか。
 まぁ、いいけど。

 + + +

 辺りの風景がめまぐるしく変わり、数十秒後、俺は初めに来た場所にいた。
 丁度、水菜の家の、門の外だった。
 ここをくぐるのは二度目か。
 ぬいぐるみになった水菜がちゃんと、腕の中にいることを確認すると、岐光に続いて家に上がった。
「あれ? 岐光君。追っていた奴、捕まりました?」
 書斎から、卯海がひょっこり頭を出した。
 手には本を持っているわけでなく、はたきを持っていた。
 ピンク色のあれだ。埃をパタパタと落とすやつ。
「ああ。ただし、余計なおまけができちまったがな」
 岐光は先程の黒い塊のぬいぐるみを、卯海に手渡した。
 はたきをその辺におくと、卯海はそれを受け取る。
 どうするつもりなのか聞きたいが、まぁいっか。
「おまけ……?」
 卯海は不思議そうに瞬きをしてから、俺の方を見た。
 今まで、岐光の陰に隠れて見えていなかったらしい。
「おや、君は、さっきの?」
 さっきって、大分経っている気がするんですけど。
 こいつらの時間感覚って、おかしいんじゃねぇの?
 それとも、魔界内での時差か?
 ……あり得なくはない。
 あーって、違う違う。卯海、気付よ不審な点に。
「彼が、どうかしたんですか? 岐光君」
 気付いていない。
 ……いや、あのにっこりは気づいている。
 どうあっても、言わせる気だ。
「海、わざわざオレの口から言わそうとしてないか?」
「何がですか?」
 分が悪そうに、岐光は頭を掻いた。
 ダメ長男、おい。いいとこを見せろよー。
「水を、巻き込んだ。いっとくが、わざとじゃないぞ」
 俺はぬいぐるみになった水菜を卯海に差し出した。
 にこやかな笑顔で受け取った卯海だが、俺には相当怒っているように見えた。
 とりあえず、怖い。
 その、何を考えているか分からないにっこりが怖い。
「岐光君、これで何度目ですか?」
 水菜の時と、同じじゃん。
 似たもの兄妹? う〜ん、それはいいとして。
 岐光は指を折りながら、数えだした。
「姉貴に二度、林に一度、月に三度、水は……四度目か?」
 回数に、俺は呆れて物がいえなかった。
 しかも、卯海は被害にあってない。何者だ、ホント。
「五度目です。通算十一度目……ここまでくると、水菜ちゃんがかわいそうですよ?」
「う゛……ともかくだ、早く治してやってくれよ。どんどん浸食するはずだ。んじゃぁ、まかせ」
 去っていこうとする岐光の腕を、卯海が掴んだ。
 勿論、顔は例の人を脅すときの微笑みだ。
「逃げる気ですか?」
「オレだって、まだやることが」
「ナイはずです。先程捕まえてきてもらったのが、最後ですし。それに、岐光君……いい加減長男として、自分で落とし前をつけることを、学んで下さい」
 弟に負けてるゾ、岐光。
 俺の中で、ダメ長男決定。
 応援もせず、俺は黙って状況を見ているだけ。
 この場合余計な口を挟む方が危ない。
 誰だって自分が可愛いさ。
 このままいくと、家事全般も卯海がやっていそうだな。
 こう、ピンクのエプロンをつけて、片手にお玉を持って……。
 やば……想像だけなんだが、かなり似合うかもしれない。
 母親役が卯海だと、父親役は……岐光?
 ……ダメだ似合いすぎる。
 しっかり者の、妻にダメ旦那? かかあ天下か。うん。
 これ以上考えると話がこじれすぎるな。
 俺は二人の間に入る気はなかったが、とりあえず声をかけた。
「どっちでもいいけど。水菜、無事なのか?」
 卯海は岐光を掴んだまま、俺の方を向いた。
「今のところは無事なはずですよ。そうですね、話は水菜ちゃんを元に戻してからにしましょうか。岐光君」
「なんだよ……」
 岐光はぶっきらぼうに答えた。
 卯海にさっきよりも強く腕を捕まれることを考えずに。
「今すぐ、水菜ちゃんをあの姿にした符を出して下さい。この場ですぐ終わらせます」
「ちっ、わかったよ」
 岐光は人差し指と中指を立てると、それを振った。
 俺には空気の渦が集まっていくようにしか見えなかった。
 多分、あれは岐光の力――妖気を集めていたんだと思う。
「これで、いいか?」
 岐光が符を差し出すと、卯海はそれを受け取った。
「十分ですよ、かといって逃げないで下さいね」
「へいへい」
 卯海は近くにあった本の山の上に、ぬいぐるみの水菜を置いた。
 そして、本棚からかなり分厚い本を一冊取りだすと、左手の上に広げた。
 岐光から受け取った符をその本の上に立てた。
 丁度、符が本の上に浮くような形だ。
 俺は目を見張った。
 こういう、方法を見るのは、初めてだったからだ。
「異形の形を為す術もなくとった者よ、災いの元 符の力を元に、我が本の力にて、癒されん……魔物封じ、浄化反転!」
 浮いていた符が赤く光り、全て本に吸い込まれた。
 吸い込まれた後、本は青く光り、青い光りは水菜に向かって放たれた。
 少しの間、何も起きなかったが、やがてぬいぐるみがカタカタと動き出した。
 そしてあの、ボンッ という音と共に、水菜が元に戻った。
 本の上に置かれていたわけだから、本の山を崩しつつである。
「うにゃ〜……肩こったぁ」
「大丈夫なようですね。水菜ちゃん、動けるならば本の上から下りて下さい」
 本を閉じ、本棚に戻すと、卯海は水菜の前からどいた。
「は〜い。で……原因は誰なの?」
 俺は悪いと思いつつ、岐光を指さした。
 卯海など微笑みつつ「岐光君です」と言う。
 岐光を見上げていた水菜だったが、なかなか手を出さない。
 俺だったらすぐ、手を出して文句の一つでも言うけど。
 水菜は岐光の服の端を掴むと、引っ張った。
「光にい〜……これで何回目だよぉ」
「何回目って……四」
「五回目です」
 横から釘をさすように卯海が言った。
 明らかに、あおってるな。
 ぐーで殴ろうとした水菜だったが、さすが、身長25p差……届いてねぇ。
「なんで、私ばっかり!」
 何か思案していた卯海が、ふいに水菜を持ち上げた。
 丁度、岐光と目線があう位置にだ。
 突然のことに、水菜も驚いている。
 ――意外と、力あるんだな。
 ま、基礎体力がなきゃ、退治屋はやってられないか。
「どうぞ、水菜ちゃん。好きなようにしてください」
 後ろを振り向き、卯海の様子をうかがっていた水菜だが一瞬笑うと、岐光の方を向いた。
「じゃぁ遠慮なくいくよ、光にい。てぇい!」
 グーで殴りかかった水菜だが、簡単によけられてしまった。
 それもそのハズ。持ち上げられているから、コースを読むことなんて簡単だ。
 俺だってよけられるさ。
「岐光君……誰が、よけて良いなんて、言いました?」
 水菜ごしにだが、かなりの威圧感が岐光には感じられたはずだ。
 離れてる俺にさえ伝わってきたんだからな。
「よけないでいいとも言ってなひれ?」
 岐光が言い切らなかったのは、水菜が頬を引っ張ったからだ。
「――たてたて、よこよこ、まるかいてちょん! ちょん! ちょん! ちょん!」
 ちょん! と言うたびに、岐光のうめき声が聞こえた。
 あれは痛いだろ。
 普通のひっぱりじゃない。
 水菜の奴、爪たててやがった
「海にい、もういいよ、降ろして」
「はい。気が済みました?」
「う〜ん。とりあえずは」
「それじゃぁ、岐光君と一緒に、ここの片付けしてきて下さいね。僕、お茶をいれて隣の部屋で彼と待ってますから」
 卯海はそれだけ言うと、俺の背中を押してこの部屋――書斎から出るよう促した。
 ここにいる理由もないので、俺は卯海についていった。

 小一時間ほどして、疲れた顔をした水菜と岐光が入ってきた。
「つ、疲れた」
「海、何なんだよあの部屋。片づけようとすると、別な本が倒れてきやがって」
 二人分のお茶をいれると、卯海は微笑んだ。
「ああ、それはですね……きっと、本を日頃から大事にしていない罰ですよ」
「嘘つけ。お前の妖気を祓いつつ、片付けるのが、どんなにきつかったか。水が部屋を荒らしかけるし。これからは、気をつける。お前にかせられる罰の方が怖い」
 岐光は湯飲みのお茶を一気に飲み、卯海のおでこにデコピンを放つと、扉の横に立った。
「じゃぁな。用事も済んだことだし、オレは遊びに行くぞ」
「ダメです」
 岐光は部屋の外――丁度でると目の前に見える柱に頭をぶつけた。
 痛そうだな……あれ。
「なんでだよ、海! オレの仕事はもう」
「はい。新たな依頼状です。頑張ってきて下さいね」
 やっぱり悪魔だ。
 何が何でも長男を働かせる気だ。
 さっきの想像に当てはめると、やっぱりかかあ天下。恐妻だな。
 くわばら、くわばら。
「……たまには、オレじゃなくて、林とか、月に頼めよ」
「何を言うんですか。たまにしか仕事をしないくせに。長男に一番仕事が多くて、いいんです」
「がんばってねぇ……光にい」
 卯海の笑顔プラス、水菜の仕返しと言わんばかりの笑顔。
 あれは、骨を折るしかないね。
 岐光は渋々顔で、廊下を歩いていった。
 水菜は喉潤しに2・3杯飲むと、耳を立てた。
 参考にまでだが、お茶はかなり冷めたものだ。
 流石、猫。熱いのは飲めないらしい。
「さ、少年。行こうか」
「おう」
 再び、この家から出発か。なんか、双六で言う、振り出しに戻る! をされた気がする。
 別に、今までの努力(?)がパァになったわけじゃないけど。
 次の目的地は?
「言ってた通り、炎上地。火山に向けて、レッツゴー!」
「で、移動はどうすんだ?」
「勿論、異次元の穴に決まってるじゃん。さぁ、目をつぶって……ゴー!」
 足元に開いた、いつもの大穴。
「やっぱり、それかぁぁぁ!」
 落ちていく俺の声は、不思議にそのトンネル内に響き渡った。
 現実世界に戻ったら、絶対にジェットコースターにはのらないと、俺は心に誓った。


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