その3

「とりあえず、村は出たっと」
 いや……とりあえずもなにも、出なきゃ始まんねぇって。
 第一、村を出たって言ったって、たかが一歩じゃねぇか。
 ……先が思いやられるぜ。
「ん? 何か言いたそうだね」
「何でもねぇよ」
 ぶっきらぼうに俺は言い捨てた。
 俺も水菜も軽装だ。まぁ、旅に出るってワケでもねぇからな。
 それに、余計な物あったって、邪魔だし。
 一応卯海に諸注意――要は無理するなって事――は受けたんだがな。
 遠方へは準備がいるだとかいってるし……そう、遠いところにきっかけが見つかるとも思えないとか。
 大きく伸びをしていた水菜は、笑顔でこっちを向いた。
「まずは……どこから行こうか?」
 俺に聞くなって。
 場所なんざ知るわけないっつーの。待てよ、でも……
「水……る……」
「え?」
 水菜は俺の言ったことが聞こえなかったらしい。
 猫耳の癖に。変なとこ地獄耳の癖に。
 まぁ、いい。言い直してやろうじゃんか。
「水があるとこだ!」
「って、泉とか川とかって事?」
 当たり前だろうよ。
 普通水辺と言えば、大きな湖やら川やら、はたまたあるかは知らんが海とかを思いだすはずだ。
 理由を聞かれると特にはないが、とにかくそこに行きたかった。
 ……聞き直すって事は、他に水辺があるのか?
「それ以外にあるのか?」
 とりあえず聞いてみると、意外にも水菜は考え出した。
 ま、常識じゃ考えられないような場所が出てくることくらい、覚悟しなきゃな。
 ここは人間界じゃない。魔界だ。
 非常識が常識のような所なんだ。うん。
「そうだなあ。水が浮いてるとこならある」
 ……は?
 当然の如く、俺は思考停止を余儀なくされた。
 覚悟してたとはいえ……本当に常識はずれだな。
 浮いているとこだぁ?
「どういうことだよ」
「フェカロトが住んでるとこは、浮いてるんだよ」
 どう説明して良いのか水菜も困っているらしく、身振り手振りであーだこーだと言ってくる。
 フェ……フェカロト? 住んでるって事は生き物か? 妖怪じゃなさそうだな。
 まぁ、カタカナ名前の妖怪なんざ、聞いたことがない。
 ……あ、ドラキュラとかフランケンとかは、怪物と考える場合だが。
 第一、妖怪でそんな名前聞いたこともねぇ。
「そこで……いい?」
 俺は浮いているとこに興味もあったし、水菜がそれ以外思いつかないって顔をしたから、了解した。
 非科学的だろうがなんだろうが……とりあえず、この世界は見た物を信じるしかなさそうだ。
「よぉし! じゃぁ……錫杖!」
 シャンという音と共に、さっきの錫杖が水菜の手に現れた。
 一種の召喚魔法みたいな物か? まぁ…突っ込むだけ、無駄か。
 ああいうのを召喚するというと、アニメだとか漫画だとかを思いだすんだがな……
「フェカロトの住むところまで、てぇいっ!」
 水菜が錫杖を足元に振ると、俺達のいるところに、ぽっかり穴があいた。
 ちょ……ちょちょちょっと待てっ!
 落ちるっっ!!
「うわぁぁぁっ」
「慌てなくても平気だよ。すぐつくから」
 んなこと言われたって信じられるかっ!
 これ、スピードがジェットコースター並だぞ。
 俺は、絶叫系は嫌いじゃないから別にいいが、突然やられりゃ叫ぶっつーの。
 移動魔法(?)にしたって、荒すぎだって。
 もっとこう、楽な方法とかないのかよ。
 あ、いや。一番手っ取り早いのか。この方法が……







 + + +







 なんだかんだ考えているうちに、暗闇のトンネルの底に、光が見えた。
 その光を抜けると、地面が……って、地面じゃなくて、空ぁ?!

 そう、俺達は空に放り出された。

「わっほ〜い!」
 水菜は両手を広げ、楽しそうに飛んで……否落ちていく。
 こんな高さからじゃ、死ぬって!!
 青ざめた顔をしている俺は、地面ではなく、何か柔らかい物の上に落ちた。
 トランポリン? いや、そんな物は何処にもなかったはずだ。
 よくよく下を見ると、青い物の上に乗っていた。
 手を伸ばして触ってみると、手は中にずぶずぶと入っていく。
 げっ……吸い込ま……れないか。ん? 手が濡れている。
「……水?」
「そうだよ!」
 おわっ……どっからでてくるんだか。て、一緒に落ちたんだから、いるはずだよな。
 水菜がオレンジ色の髪を揺らし、目の前に立っていた。
 俺の乗っている球体が、水の固まりだとすると……
「んじゃ、ここがお前の言ってた場所か?」
「お前じゃないって! そうだよ、ここが、フェカロトの住む場所」
 ふ〜ん……てことは、ここは完全な魔界か。
 言い方が変か? だが、猫又族の住処は魔界と人間界との狭間にあるって言ってたからな。
 そう言う意味では不完全な魔界だろう。
 空は相変わらず暗いが、日が射しているように明るい。
 どういう構造なのか、本当に気になるところだ。
「で、どれがフェカロトなんだ?」
 俺が問いかけた時、水菜が目の前にいなかった。
 おい。いきなり消えるなよっ!
「おお〜い、少年。これが、フェカロトだよ」
 水菜はポンポンと水球の上を跳ねてやってきた。
 横にふわふわと飛んでいるのが、フェカロトか。

 …………

 う……でけぇ。形的にはネッシーみたいだが、兎の耳がある。
 額に一本のツノ。背中には白い翼……と。
 全体的に真っ白な生き物は、なかなかこの景色にとけ込んでいた。
 まぁ、住処だし当然のことか。
「この子はね、子供なの!」
 子供でこれかよ。大きさだって、水菜と同じくらいだし。
 となると、大人はその数倍か?
 ふっと、俺の周りが暗くなった。俺は恐る恐る後ろを振り向く。
 すると、そこには……
「おわっ」
 予想的中。さっき見たばっかの、フェカロトを、そのまんま大きくしたやつがいた。
 でけぇにも、程があるだろ。大きさ的に、俺の5・6倍の体長……9m弱か。
 うわ〜…こんなやつがわんさかいるのか? 魔界には。
「水菜。コイツは、お前の友達なのか?」
「そうだよ」
 水菜は誇らしげに言った。
 こんだけでかいのが友達ねぇ。
 要はペットと一緒の扱いで構わないのだろうか?
 しっかし、随分大人しそうなやつだが、こういうでかいのって、大抵……
「こいつらは、普段から大人しいのか?」
「うん。あ……だけど、戦いとかには厳しいよ」
 戦いねぇ。縄張り争いか?
 あ、違うな。よくある野生動物の生態的には、天敵が存在してそれに立ち向かうとか。
 はたまた求婚時の雌の取り合いとかかな。
 ま、どちらにしろ俺には関係ないか。
「それと、緋蓮が暴れたとき……」
 ボソッと水菜が言ったので、俺にはあんまり聞こえなかった。
 聞き返そうと思ったけど、まぁ面倒だし、いっか。
「どうでもいいが、地面に下りたい」
 さすがに、俺は足元がぼよぼよの所に長時間いる気はなかった。
 平衡感覚が狂ってくるんだよな、こういう場所。
 よくトランポリンをやりすぎると、降りた後も頭がぐらぐらするあれだ。
「ああ、ゴメン。フェカロト、下におろしてくれる?」
 大きいフェカロトは頷くと、首をぐるっと回して、俺をもち上げ、そして胴体にのせる。
「うわっ?」
 フェカロトの胴体は、つるつる滑るかと思ったが、体毛に覆われていてふかふかしている。
 意外に気持ちいい……カモ。
「レッツゴ〜」
 水菜はフェカロトに乗らず、かけ声と共に水球を蹴った。
 え゛……おい、落ちるだろうよ。いくらなんでも
 俺がそんなことを思っているともつゆ知らず、水菜は楽しげに落ちていく。
 おいおいおい……大丈夫かよ?
 水菜は地面から大体2m位の所で一回転すると、ストンと着地した。
 あいつは俺のほうを見ると、誇らしげに笑う。
 そういやぁ、あいつ、あれでも猫だったな。ったく、心配して損したぜ。
「フェカロト〜もっと早く降りといでよ〜」
 この一言の所為で、俺の和み時間は皆無に等しくなってしまった。
 少しも怖がっていないからか、水菜は余計なことを言ってくれたぜまったく。
 早くっておい。ジェットコースターは移動だけで十分だっ!!
 フェカロトは承知した、というように声を上げると水面に飛び込むように首を下に向けた。
"クオォォォォン"
 く……首にしがみつけないから、どうにか首の近くの毛を握る。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
 俺は思わず目をつぶってしまった。まんまと水菜にやられたわけだ。
 半ば落ちるようにして地面に立つと、水菜が俺の周りを楽しげに回る。
「や〜い。恐がり、恐がり!」
 少々むかついたので、俺は真後ろに来た水菜のしっぽを掴んだ。
「にゃふぁっ?!!!」
 どうやらそこは、掴んではいけない場所だったのか、水菜が奇声を上げた。
 おやまぁ。倒れちゃったよ。大丈夫かね?
 半分は自業自得だけど。
「だ……大丈夫か?」
 数分経っても戻らないので、さすがに悪かったのかと、俺も反省して水菜を覗き込んだ。
「だいっ……じょーぶ」
 あんま、大丈夫そうに見えねぇけど。まあ、本人が良いって言うならいいか。
 とりあえず、水菜が立ち直るまで俺は待つことにした。
 フェカロトは先程俺を下ろしてすぐ、水菜に別れを告げ上空に戻った。
 空には相変わらず、水が浮いている。
 結局、あれの浮力の謎は分からずじまいだな。
 帰ってから、卯海にでも聞いてみるか。
 俺があれこれ考えているうちに、水菜が立ち上がった。
「水のあるところ、満足した?」
「まあな。次は何処が良いかな」
 俺は再び行き先を考え出した。
 水のあるところに連続で行ってもいいんだが、他の場所にも行ってみたい。
 移動となると、またあの落とし穴に似たワープだろうしな。
 それはハッキリ言ってやだな。あれ通ると、ジェットコースターみてぇだし。
 いや、ジェットコースターは嫌いじゃないが、生身でやるのはちょっと勘弁願いたい。
 ……あ。あれを使わない唯一の手段があった。
「なぁ、水菜。とりあえず、その辺見ながら歩いても良いか?」
「歩き? まぁいいけど、魔物は呼ばないでよ」
 よっしゃぁ! って魔物? おいおい、俺がどうやって呼ぶって言うんだ?
 人間の匂いにつられて……とか言うんじゃねぇぞ!
 突っ込みたいことはいっぱいあったが、喉元で止めといた。
 ここで、水菜の機嫌をこれ以上悪くしても、俺に不利になるだけだ。
 一応よそ者だしな……仕方ない。仕方ない。
「ああ。じゃ、行こうぜ」
 道なき道を俺達は歩きだした。
 これで、何か出てくるのもやだしなぁ。
 そう考えていると、何か出てくるってのはお約束で……
 歩いている俺達の前に、光の輪が現れた。

 何だぁ? 何もないところからいきなり。
「光円? まさかっ」
 水菜が驚いた顔をしている。
 なんだ? 見当がついてんのか? 知り合いとかなら良いが。
「少年、急ぐよ! あれを何事もなく通り過ぎよう」
 は? 何を言い出すんだよ。知り合いじゃねぇのか?
 文句を言おうとした俺を水菜は強引に引っ張る。
「いててっ……いきなり引っ張るなよな」
 そう言いつつ光の輪を通り過ぎようとしたとき、その光の輪に文字が浮き上がってきた。
 なんだぁ? 何が起きるんだよ。
「あ〜……もう間に合わない」
 水菜が俺の前で、ぺたんと座り込んだ。
 何がそんなにやばいんだろうか?
 ガックリしている水菜を横目に、光の輪を見ると、中に人影があった。
 人? いや、人間はいないんだった。誰だ?
「水菜! あんたまた、逃げようとしたわね!」
 光がおさまり、中の人物の姿がようやく確認できた。
 ダークオリーブの肩までは届かない髪、白い長袖に、腕には髪の毛の色と同じ布。
 羽衣みてぇだな、あれ。しかし、何で落ちねぇんだ?
 勿論耳は水菜と同じ猫耳で、下は緑の長ズボン。
 で、しっぽが……げっ、さっき会った卯海よりも割れてる。
 身長は俺と同じくらいか?
「はうっ。ごめん、風ねえ……」
 風ねえ? つまりは、姉妹か。しかし……
 俺の視線に気付いてか燈翌ヒえ狽ニ呼ばれる人物はこちらを向いた。
「君が、水菜が連れて来ちゃった人間? へえ〜……なかなかね」
 な、何がなかなかなんでしょうか? えっと……
「そうですけど、あんたは?」
 警戒しつつ、相手のことを聞く。
 名乗らない相手に名乗るほど、俺は落ちてない。
「ああ、ごめん。私は風樹(ふうき)、風のふうに、樹木の樹のきって書くわ。長女で、歳は大体500歳よ」
 長女か。歳が500だから、卯海よりも上だな。
 ったく、何人兄弟がいるんだよ。
「さっきの光の輪はあんたの仕業か?」
 光の輪。まぁ、正確に言えば文字も光ってたな。
「え? ああ、あれは魔法陣。私は魔法陣使いだから」
 魔法陣。というと、中に書く文字によって、色々できるあれか。
 魔法陣使いねぇ……それぞれ専門分野があるってことか?
「成る程ね」
「どうでも良いけど風ねえ! 何で来たのさ」
 俺の横で水菜が風樹に尋ねた。
 う〜む……余計なお世話! って顔してるな、水菜。
「来るのに理由がいるわけ?」
 あっさりとそれを風樹は返す。
 水菜はそれに答えられず、黙り込んでしまった。
 一方風樹の方は、勝ち誇った笑みを浮かべている。
 兄弟って、上に逆らえねぇ運命なんかね。
「とりあえず、風ねえ。悪巧みなんかしてないよね?」
 おいおい、ストレートに聞くか? 普通。
「あんたねぇ。私を誰だと思ってるの」
 しっぽを振りつつ、風樹は水菜の鼻に人差し指を突きつけた。
「ふ……風ねえ」
「そ、わかってるんならよろしい」
 万事解決か、あんま見えねぇが。仲良きことは良きことかな…ってね。
 まぁそれは良いとして、ホントの所どういう用件なんだか。
「でさぁ、水菜。こいつ、ちょっと貸して」
 こいつと風樹が指したのは……ちょっと待て、俺?!
 何で、俺なんだよ。てか、何する気だよっ!
 お願いしますおかしな事には使わないでください。ひぃっ。
「貸してって……風ねえ、物じゃないよ! 少年は」
 水菜は負けじと反論する。
 てか負けるなよ〜ある意味俺の命がかかってる。
「え〜。だってさ、遊びたいのよ」
 あの〜遊びって、一体。名前も知らぬ俺と何をするんですか。
「遊びたいって……少年は自分を思い出すために、魔界を冒険してるんだよ。遊んじゃったら、いつ人間界に帰れるかわからないじゃないか!」
 そうだ水菜、もっと言ってやれ! 俺的には遊んでも良いが、自分のことが大事だしな。
「む〜……ケチ」
「ケチとかそういうんじゃない!」
「まぁいっか。また来るね」
 風樹はウインクを残し、さっさと魔法陣に消えてしまった。
 文句を言いかけた、水菜を残して。
「風ねえ……また来るかもね」
 何つーことを言い出すんだ、水菜ぁ!
 俺の記憶はどうなるんだよっ!
「勘弁ねがいてぇな」
 そういった俺に、水菜は尻尾を振って近づいてきた。
「あはは〜同感。さてと、行こうか」
「おう」
 突然現れた珍客も去り、その場は静かになった。
 こうなると……また別な場所に行けば、他の兄弟もでてくるのか?
 なんか特徴ありそうだよなぁ。妖怪だし。
「少年、次は何処に行きたいかい?」
「そうだな〜……太陽の照ってる場所ってのはあるか?」
 曇り空ばっかで流石に日光が恋しくなってきた。
 日光って言っても栃木にあるあれじゃないぞ。
 太陽光の方に決まってる。
「太陽のでてる場所? それなら、月にい捜すほうが早そうだね」
 場所じゃなくて"月にい"?
 まてまた兄弟か? しかも、別のやつ。
「確か今日は、いつもの場所にいるって行ってたし。此処から歩いてすぐの場所だよ」
 近くか。なら歩いていけるな。
 フェカロトのすむ場所から、南(光の方角から考えて)に方向を変え、俺は水菜のあとを歩き出した。

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