その4

 フェカロトのいたところから歩き出して、数十分。
 俺達は、未だ歩いていた。
 笑いたければ笑え。未だ歩いてるんだぞ。へっ。
 こうなってくると、文句の一つも言いたくなる。
 前を歩く、オレンジ色の猫耳、先の別れた尻尾をもつ妖怪に視線を送った。
 あいつ……さっき、近くだって言ったよな?
 ……
 …………
 いい加減、黙っているのも疲れてきた。
「水菜…いつになったら着くんだよ」
「へ? いつも何も、すぐだって」
 お前らのすぐは、どのくらいの長さなんだ!
 ったく……お? なんか、少し明るくなってきたな。
 さっきから歩いている草原にかわりはないはずだが、確かに明るく暖かく感じる。
 地面を見てみると、俺の影が見えた。
 影がある。てことは、日向?!
「此処……か?」
 とりあえず、水菜に聞いてからじゃないとな。
 魔界だから、何があるかわかんねぇし。
「うん、此処。だけど、此処の日向は、すぐに移動しちゃうって、月にいは言ってた」
 移動? 日向がか?
 太陽が動くのはわかるが、日向が動くということは、雲がすぐでるってことか?
 いや、雲がでても太陽がそこにあるなら動くということはありえない。
 そうなると、太陽そのものの存在が違う……?
「……わからん」
「ん? 何か言った?」
「いや、何でもないさ」
 水菜は何もない草原を、キョロキョロと見渡している。
 なに捜してるんだ?
「おい、何捜してるんだ?」
「ほえ? んとね、大木」
 大木? 草原にそんなも……。
 ……
 ……あった
 ここから少し遠い、小高い丘になっている場所に。
 いいのか? これで、本当にいいのか? しかも、こいつ…気付いてねぇ。
 俺は頭をガシガシと掻いた。
「オイ水菜。あそこ」
 水菜の肩に手を置き、俺は指でさしてやった。
「あ、あった。凄いぞ、少年!!」
 誉められてもなぁ。どう見たって自分で見つけられるって。
 ただっ広い草原の中の、ホントにでかい大木だぞ?
「はいはい。で、見つけてどうするんだ?」
「あそこに行くんだよ。木の上に月にいがいるから」
 木の上……何してるんだよ。
 見張りなわけねぇし。というか、こんなとこ高所に上らずとも見渡せる。
 まさか…。
 俺のまさかは当たった。
 走って丘を登り、辿り着いた木の下で水菜は大声を出した。
「月にい〜起きてよ〜!! 聞きたいことがあるんだ〜!」
 案の定、"月にい"と呼ばれる人物は、木の上で昼寝をしていた。
 太い枝の上に座り、幹に背を任せている。
 片足は下にのばしている状態……よくあれで落ちないな。
「なぁ、登って起こした方が早くねぇ?」
「そ、そういうわけにはいかないんだよ」
 妙に水菜は慌ててる。
 そういえば、猫は木登りできないな。でも、何であいつはできてんだ?
 ったく。起きるまで待つのか? まぁ良いけどよ。
「水菜、起きたら教えろよ。俺は……昼寝でもしてっから」
 草の柔らかそうな場所を見つけ、俺は寝ころんだ。
「ちょっと少年! むぅ……わかったよ」
 文句を言いかけた水菜は諦めると、また木の上に声をかけだした。
 さてと、寝ると言っても眠くねぇんだよな、実際。
 なんか面白いもん持ってきてねぇかな。
 今までバタバタしてた所為か、自分の初めから持っていた物を確かめていなかった。
 といってもまぁ、身につけているもの位しか所持品はないが。
 ポケットは全部で四つ。
 ズボンの両サイドには何も入っていない。勿論後ろのポケットにもだ。
 このポケット群に物が入っていれば、嫌でも気づく。
 残るは、上に着ている上着の前ポケット。
 丁度お腹の前で、ダボダボしていて、あまり体に接することがない。
 だから、何が入っているか見当もつかないのだ。
 両側から手を入れて、ポケットをあさってみると、四角いケースが手に当たった。
 なんだ? 箱……?
 右側から取りだしてみると、透明なケースにカードが入っていた。
 トランプに似た大きさのものだ。
 俺、そんな物を常時持ち歩いているのか?
 左手もポケットの左側からだし、ケースを開けてみた。
 そして、一番上のカードをめくってみる。
 そこに描かれていたのは雷に打たれる塔とそこから飛び降りる二人の人。
 この絵柄……どこかで見たような。
 記憶をたどり、どうにか思い出そうとしてみる。
 確か、確かぁ……。
「そうだ、"タロットカード"!」
 この絵柄の意味は……。
 タロットの塔のカード。22枚ある大アルカナのカードのひとつだ。
 でもって、正位置で出たこいつの意味。今の状況から察するに……。
 "突然起こるアクシデント"が最適。
 俺は頭を抱え、項垂れた。
「最悪じゃねぇか……今更教えてくれなくても良いのにな。てか、起こってからでても意味ねぇって」
 仕方なく、カードを全部地面に広げると、かき混ぜた。
 本来のタロットカードの使い方をするしかない。
 時間つぶしもあるけど、気になるのは、今の俺の運勢。
 混ぜた後カードをそろえ、慣れた手つきできっていく。
 一番上のカードをめくると、そこにあった絵は8本の剣。
 小アルカナの一つか。
 しかも、正位置ではなく逆位置。
「逆位置……新しい周期の始まり、小さな救い、新しい友人の出現」
 俺は木の下で呼び続ける水菜を見た。
 新しい周期の始まり、は微妙に違う。
 小さな救い、救われる状況じゃねぇし。というか、救われてない。
 となると、友達か? あれが新しい友人だってか? てか、妖怪だぜ?
 まぁいい。俺にこういう特技があったとはな。ちょっとは記憶のたしになるかな。
 お……まてよ、もう一個俺にはこれでできたことがあったな…。
「そうか。オイ、水菜。ちょっと下がれ!」
「へ? え?」
 いきなり声をかけられ戸惑う水菜の腕を、俺はひいた。
「わっ……危ないじゃないか、少年!!」
「なぁ、あそこで寝てる"月にい"ってやつ、苦手なもんあるか?」
 俺は少々意地悪そうな笑みを浮かべ、水菜に聞いた。
「へ? 月にいの苦手な物? う〜ん…」
 ま、そんな簡単にあるもんでもないか。
「ああ、木で昼寝してて一度雷に打たれてから、雷が苦手って、言ってた気がする」
 雷か……それならできるな。
「ちょっと、気をつけてろよ。まだ、完全に思い出してねぇから、力の加減ができないかもしれねぇ!!」
「へ? ええ?!」
 戸惑う水菜を後目に、俺は一人立ち上がった。
 そして、さっき抜いた、塔のカードを取り出した。
 そのカードを右手の人差し指と中指で持つと、頭上に掲げた。
「魔力を秘めし、我がカード。今、崩れ落ちる塔の聖なる雷(いかずち)をあの木に降らせよ! 雷神光来(らいじんこうらい)!!」
 雷雲が大木の上に立ちこめ、青白い閃光が走った。
 そして、大木が傍にあるにもかかわらず、そのすぐ側に落ちた。
 それほどコントロールに狂いはない。
 その時、天を引き裂く音がしたのは言うまでもない。
「―――――――……!!」
 水菜が俺の腕を引いた。顔が凄く辛そうだ。
 猫耳が痙攣したかのように、ぴくぴくしている。
 そういやぁ……猫は耳が良かったな。ま、だから気をつけろって、言ったんだけど。
 遠くでこれだけのダメージなら、近くのあいつは……無事じゃないかもな。
 木の上方から物が落ちてくる音が聞こえる。
 そのまま落ちるかと思われたが、地面につく前に"月にい"はうまく受け身をとった。
「ててて……なんだよ、今の。雷?」
 頭を押さえながら起きあがったのは、紛れもなく木の上で寝ていた人物。
 逆だった黒い髪の毛、左前は妙に長い。
 白い上着は今まで見てきた奴らと同じなのだが、こいつは左が長袖で右は袖無し。
 男にしては不似合いな、雫形の宝石がついた、鎖。
 深い青の長ズボンに、なんといっても特徴的なのは、ゲタ。
 なんでゲタ?
 で、尻尾の分け目はと言うと、水菜にわりと近い。
「月にい!! 起きなかったらどうしようかと思ったよ」
「ん〜……? なんだ、水かぁ」
 明らかに眠そうだ。それに加え、めんどくさそう。
「なんか……用かぁ? オイラ、まだ眠い……んだけ……ど」
 木の根本に座り込んだ東獅ノい狽ヘ、今にも寝そう……て、寝てるし?!
「おい、水菜。大丈夫なのか?」
 俺もさすがに心配になって、カードをケースにしまい水菜の横に立った。
「まぁ、いつものことなんだけど。さっきの雷でも起きないようじゃ、ダメかも」
 そうか…そうなのかよ。
 苦手な物でさえ起きないってことは、相当な眠さなのか。
 ったく。しかし……
「せめて、自己紹介でもして欲しかったが」
 俺がそう言った時、ふいに"月にい"が目を開けた。
「……お前が……例の少年か? 水が連れてきたって言う」
 いきなり目を覚まして、第一声がそれか?
 観察されるのには慣れてきた。全く、嫌な慣れだな……
「ああ……まぁ、そうだけど」
 "月にい"は、よいしょと言うと、木を支えにして立った。
「オイラは火月(かげつ)。燃えさかる火のかに、月のげつだ。三男だ。歳は200くらい……」
 意外に、身長あるな。卯海より高いみたいだし……まぁ、ちょっとだけどな。
 てことは、175位か? 下の方がでかいのって、悔しいだろうな。
「これで……いいか? そしたら……オイラ……もう寝るぞ」
「まってよ、月にい! 日向のある場所、教えてよ!」
 寝そうな火月の腕を水菜は必死に揺する。
 おいおい、年上だろうよ。
 大体その揺すり方は、脅す時に使うやつだって。胸ぐらをひっぱるなよ、おい。
「んあ? ……日向ぁ? そうだなぁ……これから2・3日は火山付近が晴れてるゾ。あとは、爪月華の野原だな」
「火山と爪月華の野原だね。ありがと、月にい!」
 ひらひらと手を振って、火月はその場に座り込んだ。
 そのまま眠りについているのは、一目瞭然。
 何というか。
 ……頬を引っ張ってみてぇ。
「少年。なにか、よからぬ事を考えているね?」
 どうやら、自然と顔がにやけていたらしく水菜がいぶかしげに俺を覗く。
「な、何でもねぇよ」
「それにしても……少年。凄い特技持ってたね」
 水菜は先程の雷の事を思い出したらしい。
「ああ。これか?」
 俺はケースをポケットから取り出すと、水菜に手渡した。
「これ……随分古いカードだね」
 一枚を取りだし、水菜は裏表をしげしげと眺める。
 俺のタロットカードは、形はしっかりしているが、色はかなり茶色い。
 日に焼けてしまったようにも見えるが、元々そういう色なのかもしれない。
「そうだな」
 まぁ、どうしてそれが俺の手にあるかは思い出せないんだけど。
「でもこれ、普通の人間が持ったら危ないよ。というか、普通の人間には使いこなせないと思う」
 つまり……それは、俺を普通じゃないと言いたいのか?
「もしかすると、魔物退治とかに使うやつかな?」
 魔物退治? 俺が?
「どうだかな。ただ、俺はこれの使い方を知っていて、俺自身にも何らかの力がある……としか、言いようがねぇ」
「少年、手出して」
 手? 何すんだ? ま、いっか。
 差し出すと、水菜は何か小さく呟いた。
 それから俺の手に触れる。僅かだが、火花が散った。
「……っ痛」
 俺は思わず手を引っ込めた。なんせ、静電気みたいな衝撃を受けたからだ。
「あ、ゴメン痛かった?」
「大丈夫だ。……何したんだ?」
「いや……少年にも、魔力があるか確かめただけだよ」
 水菜自身にも衝撃はあったのか、手を振っている。
 魔力があるか? さっきの火花で?
「結果は……聞くまでもないか?」
「うん、あるみたいだね。しかも、結構」
 水菜は何か考えようとしたが、すぐに頭を振って打ち消している。
「結構ね……ま、要するに悪用しなきゃいいわけだろ?」
「そうだね」
 あんま、悪役にはなりたくねぇからな。
 そんな、自信なさげにするなよ。
「でも少年。わかったからには、魔物退治。手伝ってもらうからね!」
 ……は?
 今、なんか凄いことさらっと言わなかったか? 水菜。
 俺が文句言いたげな目線を送ると、水菜は笑った。
 なんか、思いださない方がよかったかも。
 後悔先に立たずってやつだ。
 ま、これ持ったら俺も戦いたくなったのは事実だけど。
「そういうことに、しておいとくよ」
 俺は水菜からケースを受け取ると、ポケットにしまった。
 しばらくの間、俺と水菜は草原でのんびり転がっていた。
「あ、そういえば……どうするんだ?」
 俺は思いだした。というか、すっかり忘れていた。
 尋ねられた水菜の方は、キョトンとしている。
「どうするって?」
「行き先だよ。二手に分かれるじゃんか」
 火山と爪月華の野原……俺的には火山よか野原の方が良いな。
「そうだねぇ、火山にいこっか」
 水菜は俺に向かってにこやかに微笑んだ。
 こ、こいつっ……
 俺の考える方と、全く逆じゃねぇか!
 火山なんか行ったら、火の粉をかぶり、火山灰を浴び、あまつさえ、溶岩に埋もれる!!
 これは考え過ぎだな。おさえて、おさえて……。
「火山なんか行ったら、暑いだろーが」
 俺の中で、一番まともで冷静な意見を述べてみた。
 文句を言いたいこともあるんだが、それを先には出せない。
「そりゃぁ、暑いかもしれないけど……少年、暑いのは嫌いか?」
 嫌いか? ってなぁ。気分的に嫌なんだ。
 大体、俺着てるの長袖。
 めんどいから、暑いのが嫌いって事にしておこう。
「まぁ、そう言えばそうだな」
「そっかぁ……じゃ、爪月華の野原に行こう!」
 簡単だな〜……。意見が変わりやすいと言うか。
 ま、暑いのがなけりゃ、俺も十分だ。
「よっしゃぁ。って、ここからどれくらいかかるんだ?」
 今までそれを考えていない。
 というか、かなり遠くて、また例の移動魔法は嫌だぞ。
 あんな…無茶苦茶なやつ。
「早ければ、歩いて2日カナ。確かな位置はあんまり知らない」
 歩いて2日。てことは、つまり……。
 顔を向けると、水菜がもの凄く嬉しそうに微笑んだ。
 うわ、嫌な予感バリバリ。
「ふふふ、移動魔法の出番だね!」
 やっぱり、そうかっ!
 それは、やめてくれ! と言いかけた俺の前で、楽しげに水菜は跳んだ。
「てことで、行くよぉ! 錫杖!!」
 シャンッ という音がし、俺達の足元にぽっかりと穴が口を開いた。
 はは……俺ってとことんついてねぇな。
 もう、叫ぶ気も失せた俺は目を閉じ自然に任せることにした。


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